84話(戦闘描写あり)
雷魔法の発動により、周囲一帯に魔法発光の光が迸る。
パン! と空気を揺るがす音が聞こえ、エリシャの泣き声も姿も発生した煙によって遮られる。
「無力化、できたか……?」
「気絶しているといいんだけどね」
クォンツの横に歩み寄ってきたリドルが防御障壁を周囲に展開しながら言葉を返す。
ちら、とクォンツの頬に視線を向けたリドルは「痛そう」と顔を歪める。
「絶対触んなよ……」
「そう言われると触りたくなるよねぇ」
「ふざけんな」
二人で会話をしていると、背後にいたウィルバートから勢いよく腕を引っ張られた。
後方にたたらを踏むようにして数歩下がった所に、エリシャの腕が横切った。
ぶおん、と風を切り目の前を横切っていったエリシャの腕に背中に嫌な汗を流した二人の背後から、腕を掴んだままのウィルバートが声をかけた。
「残念ながら私の姪っ子は気絶していなかったようだ」
「……防御障壁も役立たずですか、これは傷付きますね」
「リドルの防御魔法は俺より効果が高いのにな……」
などと三人が話していると、後方からアイーシャの声が聞こえた。
「ク、クォンツ様! 大丈夫ですか……!?」
アイーシャの心配するような声に、クォンツはぱっと振り返る。
先ほどエリシャの攻撃を避け切れず、吹き飛ばされた姿を見られてしまったのだろう。
クォンツは「ああくそ、だっせえな」と思いつつ、アイーシャに平気だ、と言うように片手を上げて応える。
クォンツが振り返り、エリシャから視線を外したからか。隣にいたリドルが「クォンツ!」と慌てて肩を叩いた。
「エリシャ・ルドランの視線がルドラン嬢に行った……! 今なら腕を斬り落とせるかもしれないぞ!」
「なんだと!?」
リドルの言葉にエリシャに振り向いたクォンツは、エリシャの意識がアイーシャに向かっている事を確かに確認した。
痛い痛い、と苦しそうに泣きながら恨みの籠った視線をアイーシャに向け、怒りを顕わにしている。
このままではエリシャの逆恨みの激情がアイーシャに向かってしまう、と危惧したクォンツは急いでリドルから借りた剣を再び構えた。
今度こそ腕を斬り落として、エリシャを無力化する。
クォンツは強く剣の柄を握り直す。
駆け出そうとした所で、クォンツの襟首をウィルバートが掴み、制止した。
「待て、クォンツ卿。このまま向かったら、先ほどと同じ事を繰り返すかもしれない。合成獣の腕が無意識にエリシャの身を守るように動いたら、大怪我をするかもしれんだろう」
「で、ですがウィルバート卿。このままではエリシャ・ルドランの意識がアイーシャ嬢に……! あれがアイーシャ嬢に向かったら最悪でしょう!?」
「――消滅させないのであれば。要はエリシャを気絶させればいいのだろう? あとはあの合成獣の腕の力を封じればいい」
「そんな事……! 気絶させる事は可能でも、合成獣の腕の力を封じるなど……!」
「闇魔法の汎用性を忘れたのか? 闇魔法は何でもできるだろう?」
(だから俺は闇魔法を使わせたくねえってのに……!)
ウィルバートの言葉に、クォンツは押し黙ってしまう。
ウィルバートの言葉は正しい。
この場で今一番効果的な魔法を発動できるのはウィルバートだ。
だが、そうさせたくなかったクォンツは自分の不甲斐なさに拳を握った。
「何を心配しているか、は……概ね理解しているよ。闇魔法の発動まで、時間を稼いでくれ」
「――くそっ、承知しました」
「苦労をかけるな」
クォンツは自分の背にかけられたウィルバートの声に、軽く片手を上げてからそのまま真っ直ぐエリシャに向かって駆け出した。
「酷い、痛い、なんでこんな事になったの? 私が何をしたって言うの? なんでお姉様だけ無事なの? お母様、お父様……お父様なんで助けてくれないの」
ぶつぶつ、と呟きながらエリシャはアイーシャに向かって無事な方の腕を突き出している。
何度も何度も攻撃魔法を発動しようとしているが、エリシャの腕には魔力封じの枷が嵌められたまま。そのため、エリシャが魔法を発動しようとしても、全て不発に終わっている。
だが、合成獣の腕の方は枷が壊れてしまっている。
だからあの腕に魔法が宿っていたのか、とクォンツは納得した。
アイーシャに対する執着が強く、今はクォンツの姿などエリシャの視界に入っていない。
「エリシャ・ルドランの体を斬り付けたら命を落とす可能性があるな……中距離から攻撃を仕掛けるか」
接近し過ぎれば、再び合成獣の鍵爪の餌食になってしまう。
その危険を排除するため、クォンツはエリシャから一定の距離を開けたところで立ち止まる。
クォンツの向かい側では、リドルも同じような事を考えたのだろう。クォンツと同じく、合成獣の鍵爪の範囲外で足を止め、攻撃魔法の発動準備に取り掛かっているのが見える。
クォンツもリドルに倣い、長剣に魔法を付加し、発動する。
長剣を両手で構え、横に一閃するように振り抜いた。
すると、剣から放たれた雷撃がエリシャに向かって一直線に向かって行く。クォンツと同じく、リドルも水魔法を発動していて、合成獣の腕に向かい、二人の魔法が迫った。
雷と水の魔法が融合し、威力を膨れ上がらせて合成獣の腕に牙を剝く。
自動防御の魔法でもかかっているのか、それとも合成獣の腕には別個で意識があるのか。エリシャはアイーシャに視線を固定したままだと言うのに、合成獣の腕は自身に向けられた攻撃魔法の気配に反応し、防ぐように動いた。
「エリシャ・ルドランと合成獣の腕は別個の意識でも持ってんのかよ」
「どうやらその可能性が高いね。研究員がとても興味を惹かれそうだ」
「……拘束に成功したらマーベリックに言ってやればいいんじゃねえの」
「そうだね。合成獣の研究にもなるし、邪教の対抗策も講じれるかもしれない。マーベリックに相談してみるよ」
二人がのんびり話をしている前で、二人の攻撃を受けた合成獣の腕は、相乗効果で強力な魔法攻撃になった二人の攻撃を完全に防ぎきる事ができなかった。
バチン!
と大きな音を立てて合成獣の腕を弾き、その衝撃でエリシャの体が大きく傾く。
叫び声を上げ、後方に倒れ込んだエリシャに向かって駆け寄るウィルバートがクォンツを追い抜いて行く。
「――ウィルバート卿!?」
クォンツがぎょっとして制止するように声を上げたが、ウィルバートがエリシャの下に辿り着く方が早かった。
ウィルバートの表情は、髪の毛に隠れて見えない。
倒れ込むエリシャに馬乗りになったウィルバートを見て、クォンツの背筋に嫌な汗が伝った。
もし。
もし、ウィルバートが感情を殺し、エリシャに手をかけてしまったら。
闇魔法で、合成獣の腕だけではなくエリシャ自身を消滅させてしまったら――。
クォンツが急いでウィルバートの下に向かおうとしたところで、ウィルバートがぱっと顔を上げてクォンツに向かって叫んだ。
「合成獣の腕の力を無力化する! エリシャが暴れないように抑えていてくれ!」
ウィルバートの目にも、態度にも。殺気などは微塵も浮かんでいなかった。




