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第八十一話 魔王様、ウキウキになる

 長いトンネルを出た瞬間に、ようこそとお出迎えしてくれた大海原──。


 それ見て、まおとみのりちゃんが同時に感激の声をあげた。



「うおおお! 海だあぁああ!」

「海でござるぅうう!」



 水面にキラキラと反射している太陽の光。


 風に乗って運ばれてくる潮の香りに、まおたちのバイブスはぶち上がる。


 都会っ子であるまおたちにとって、海という存在は異世界に近い。


 つまり、ダンジョンよりもファンタジー!


 そんな光景を前に、冷静でいられるわけがないのである!!



「う~み~はひろい~な、おおきいな~♪」



 みのりちゃんが体を揺らしながら、ニコニコ顔で歌いはじめた。



「つ〜き〜が〜のぼる〜し」

「ひねく〜れ〜る〜♪」

「あはは、まお殿、歌詞が違うでござるよ」

「えっへっへ、そうだっけ?」



 もうなんでも良いじゃん。


 楽しければOK!


 うん、これぞ旅行って感じだよね!!



「まだ東京湾だからそこまで大きくないけどな〜」



 車のルームミラー越しにあずき姉が突っ込んできた。


 そう。


 今、あずき姉が運転する車が爆走しているのは、鴨川の海岸線ではなく、東京アクアラインなのだ。


 アクアラインは神奈川の川崎市と千葉県の木更津市を横断している高速道路で、東京湾のど真ん中をズバッと橋が通っている。


 とはいえ、ずっと橋の上ってわけじゃなく、半分くらいが海底トンネルなんだけどね。


 それでも十分すごいけど。


 だって、海の中を走ってるわけでしょ?


 ダンジョン顔負けのアンダーグラウンドだよ。


 しかし、とミラーに映るあずき姉を見て思う。


 昨日、あずき姉に車を出して欲しいと頼み込んで本当に渋々OKを貰ったんだけど、なんだかんだであずき姉も楽しみにしてたみたい。


 だって、麦わら帽子にグラサン、白いシャツにデニムのショートパンツと、完全にリゾートスタイルだもん。


 海でイケメンゲットするぜ〜なんて息巻いてたし。


 かくいうまおは、可愛いピンクのワンピース。


 隣のみのりちゃんは、ふりふりのレースが付いた白のワンピースに、麦わら帽子。


 うむ。実にお嬢様っぽい。


 どっからどう見ても、筋肉ムキムキモンスちゃんに興奮するような腐女子全開女の子には見えないよね。



「ていうかあずき姉、さっきから流れてるこの曲なんなの? 歌詞が甘酸っぱすぎて飲み物が欲しくなるんだけど」



 車のカーステレオから流れているのは、恋愛をテーマにしてるJPOP。


 女3人で海に行くときにかけるような曲じゃない気がするんだが?



「昔、流行ってた曲でござるな」



 そう答えたのはみのりちゃん。



「小生のママ殿も聞いてたでござるよ」

「あ〜、懐メロってやつか。てか、みのりちゃんのお母さんってあずき姉の同年代なんだね?」

「いや、ひとまわりくらい違うと思うでござる」

「……え? てことは、あずき姉が年齢サバ読んでた? ウソでしょ?」

「んなわけあるかい! この曲が好きなだけ! あたしはピチピチの23歳だから!」



 そ、そうだよね?


 ま、23歳はピチピチではないと思うけど。



「ところであんたたち、鴨川のどこに行くつもりなのさ?」



 年齢詐称の冤罪をかけられそうになったあずき姉が、尋ねてきた。



「とりあえず、内浦あたりの海水浴場を目指してるけど」

「とりあえず決まってるのは、鴨川5号ダンジョンに行くってことだけかな?」

「鴨川5号って確か外房線の安房天津駅の近くだよね? だったら美味しいご飯食べて、海を満喫してから行くべ」

「美味しいご飯!」



 おもわずガタッと立ち上がるまお。


 シートベルトのせいで微動だにできなかったけど。



「いいねいいね! 鴨川の名物ってなんだろ!?」

「小生が調べたところによると、房州産とこぶし姿煮とか、おらが丼……海産物が多いでござるな」

「お〜、いいね、いいね!」



 海の町って感じがして良きだね!


 海が近いから魚介類も超新鮮だろうし、どのお店で食べても良さそう。


 よし! それならお昼は海鮮丼だな──と思ったんだけど。



「ノンノンノン、甘いよみのりちゃん」



 運転席のあずき姉がドヤ顔で続ける。



「鴨川と言ったら、お米でしょ! 明治天皇への献上米にもなった『長狭米』が美味しいんだから!」

「へぇ、そうなんだ! さすがは教師だな!」



 知識がすごい。



「てことは、おにぎりが美味しいの?」

「は? 何言ってんだ? お米と言ったら日本酒に決まってんだろ! 純米吟醸原酒『夏の一献 寿萬亀』! これに限るっ!」

「お前こそ何言ってんだ」



 速攻で突っ込んだ。


 一瞬でも感心しちゃったまおの無駄な時間を返せ。



「未成年かつ、自分の学校の生徒に飲酒させるつもりか」

「いやいや、飲むのはあたしだけだから。あんたたちは、オレンジジュースでも飲んでもろて」

「……えっ?」



 みのりちゃんがギョッとする。



「有栖川先生、お酒を飲むんですか? 帰りの運転はどうするんでござるか?」

「そりゃあ、あんた……」



 何かを言おうとして、すうっとあずき姉が息を飲む声が聞こえた。


 しばし、沈黙。


 カーステレオから「残念、ダメだったね……」と哀愁に満ちた女性歌手の声が流れてくる。



「……ええっ!? 待って待って!? ちょっと待って!? 休日に遠路はるばる鴨川まで来て、お酒飲めないのあたし!?」

「飲めるわけなかろうに……」

「ご、ごめんなさいでござる……」

「そ、そんなぁああああっ!?」



 ガチで泣きそうな顔をしてるあずき姉の悲鳴を引き連れながら、車はアクアラインを爆走するのだった。



 ***



 お酒飲めないなら帰ると言い出したダメ大人をなだめつつ、なんとか到着した鴨川。


 お昼は鴨川5号ダンジョンの近くにあった海鮮料理屋さんで「おらが丼」を食べることにした。


 このおらが丼というのが、鴨川のご当地グルメのひとつ。


 地元でとれた野菜や魚介類をふんだんに使っているらしく、味も見た目も豪華!


 我が家を意味する「おらが」と題しているとおり、それぞれのお店で工夫をこらしているんだって。


 まおたちが頼んだのは、二段になっている海鮮丼。


 初めて見たよ。こんなすごいの。


 これ、都内で食べようとしたら相当お高いよね……?



「それでは、いただきますっ!」

「いただきますでござる」



 ででんとテーブルに鎮座する二段盛りの海鮮丼を前に、手を合わせるまおとみのりちゃん──だったんだけど。



「はい、ちょっと待った!」



 ズビシッっと、あずき姉の待ったが入る。


 なんだなんだ!?


 日本酒を止めたからって、嫌がらせか!?



「ど、どうしたんでござるか? 有栖川先生?」

「おふたり……特にまおは、泣く子も黙るダンTV登録者220万人を超える有名配信者、だよね?」

「……え? まぁ、そうだけどぉ?」


 

 軽くドヤァ。



「有名配信者がこ〜んなに美味しそうな海鮮丼を前にして、普通に食べるだけでいいのかい? 配信者としての腕、見せなくていいの?」



 あずき姉がペシペシと二の腕を叩く。


 ええと……つまり、食レポしろってこと?


 確かに一流配信者ともなれば、食レポくらいできて当たり前。


 そういう案件が来るかもしれないし。


 しばし思案。



「……ま、今は配信してないし、普通に食べるだけでいいや」

「こら〜っ!」



 怒られちゃった。


 配信者たるものアドリブトーク力は必須スキルだなんて熱く語られ、結局、みのりちゃんと食レポ対決をすることになってしまった。 


 本当にあずき姉ってば心配性なんだから。


 こちとら、登録者220万人の配信者ぞ?


 食レポくらい、余裕だって。



「んじゃ、行くよ?」 



 あずき姉がスマホを取り出し、こちらに向ける。


 配信はしないけど、記録用に撮影するんだって。


 ピロンとカメラアプリの音。


 瞬間、まおは100点満点のスマイルを放った。



「は〜い、みなさんこんまお〜〜! 実は今日、鴨川の海鮮料理屋さんに来てるんです! ほら見てください、このすごいどんぶり! 二段になってて実にリーズナブル!」

「……最初に褒めるとこ、そこ?」



 げんなりした顔をするあずき姉。


 カメラマンさん? いちいち口を出さないでくれますか?



「それでは、早速美味しそうなお魚さんを食べてみましょうかね! まずはこのマグロから!」

「それブリな」

「ぱくっ! うん、美味しい! さっぱりしたまろやかさで、歯ごたえがほろほろ! ええっと……見事にコクがない!」

「……?」

「これぞ正にうおって感じですよね! 超・うおです! うおっ、魚が攻めてきたぞっ! なんつって!」

「はい、赤点」

「……っ!? なんでぇぇえぇ!?」



 ちょっと待ってよ!?


 まおの食レポ、超上手かったじゃん!


 グルメリポーターの彦◯呂さんも裸足で逃げ出すレベルじゃん!?



「は〜い、お次はみのりちゃんお願いね〜」

「わ、わかりましたでござる……っ!」



 あずき姉にカメラを向けられ、みのりちゃんがフンスと鼻を鳴らす。


 二段の海鮮丼をカメラに向け、そっと差し出した。



「……わぁっ! みなさん見てください、この豪華な見た目! カラフルなお魚さんたちが器からはみ出しちゃうくらい沢山乗ってます! まずは視覚から楽しませてくれるなんて、ミシュ◯ン三つ星シェフもビックリですよね!」

「……ほう?」



 丁寧な説明だね。


 ふ〜ん、中々やるじゃん。


 てか、みのりちゃん? いつものござる口調はどこいった?



「では、早速頂戴しましょう! もぐ……あっ、すごく美味しいっ! ここ鴨川は海が近いですし、とれたてなんでしょうか!? いつも食べているお魚と違って新鮮な食感がたまらないです! ブリはプリプリで肉厚、生サーモンは脂が乗っていて、口の中に入れただけでとろけていきます! これは、私の中で海鮮丼の常識が覆っちゃいましたね〜!」

「……じゅるっ」



 あっ、ついよだれが……。


 あの、レポーターさん? その海鮮丼、どこで食べられるんですかね?


 え? 今、まお食べた? ウソでしょ?



「ど、どうでござるか? 有栖川先生?」

「はい、出ました! 100点満点!」

「わぁ! やったぁ♪」

「……くっ」



 喜ぶみのりちゃんを見て、思わずギリギリと歯ぎしりしてしまった。


 すんごく物申したいけど、ケチのつけようがない食レポだった。


 ええ、今回は負けを認めましょう!


 今日はこれくらいにしといたるわっ!!


 ──てなわけで、色んな意味でおらが丼を楽しんだまおたち。


 その後、海岸線を散歩して(あずき姉はイチャイチャしているカップルを憎悪の目で見て)、いよいよ今回の旅のメインディッシュ、鴨川5号ダンジョンへと向かうことになった。



 そこでいまだかつてないものが待ち受けているとも知らず……。

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― 新着の感想 ―
[一言] うん、 捕れたて(漁れたて)の料理は内房・外房の普通のお店なら極々当たり前なのですが… 流石にサーモンはとれたてとは言えないので、、、 では、何が漁れたてかといいますと… 例えば回遊カツオ…
[一言] まぁそりゃ・・・・まおちゃんはしょうがないよアホの子(褒め言葉)だし
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