第八十二話 魔王様、辱めをうける
3人でやってきた鴨川5号ダンジョンの入口は、海辺にポツンと置いてあった仮設トイレの中だった。
海水浴場でもない浜辺に佇む仮設トイレは、なんだかすんごく哀愁が漂ってる。
何もこんな場所を入口にしなくてもいいのに……。
だけど、中の待機エリアはごく普通だった。
10畳くらいの部屋にはコインロッカーもあるし、ダンジョンに繫がっている扉の横にはアイテム破棄用のゴミ箱もある。
至って普通の待機エリア──なんだけど、特筆すべき点があった。
「……誰もいないね」
「で、ござるな」
「だね」
まおに続く、みのりちゃんとあずき姉。
しんと静まり返っているせいで、やけに3人の声が響く。
待機エリアは、もぬけの殻だった。
他のダンジョンだったら、探索準備をしているスカベンジャーさんや、探索から戻ってきてホクホクしているスカベンジャーさんでごった返しているのに。
ひょっとして、スタンピードの影響でまだ立入禁止になってる?
──と思ったけど、ダンジョンナビを見たところ探索可のマークが。
……あ。これはアレだな。
単純にこのダンジョンの人気がないだけだ!
まぁ、観光地に来てダンジョンに潜る物好きなんていないよね……。
「けどまぁ、誰もいないなら貸し切り状態で潜れるじゃない。良きかな、良きかな」
あずき姉が意気揚々と待機エリアのど真ん中にドカッと腰を降ろした。
その両手には、コンビニ袋が。
さっき近くのコンビニに寄って沢山買い込んでたみたいだけど……。
「何買ってきたのそれ?」
「え? お酒とおつまみだけど?」
あずき姉が、いけしゃあしゃあとコンビニ袋の中から缶ビールを取り出す。
こ、こいつ、飲むつもりなのか!?
──と思ったけど、よく見たらノンアルコールビールだった。
ああ、良かった〜。
あずき姉にも自律心が残っていたみたい。
袋には他にもポテチやらおつまみやらが大量に入っていた。
「あたしはここで一人宴会してるから、おふたりはどうぞごゆっくり」
「一人宴会……」
「な、なるべく早く戻ってくるでござるよ、有栖川先生……」
まおとみのりちゃん、哀れみの目。
てなわけで、ちゃちゃっと準備をしてダンジョンの入口へと向かう。
今日はドローンちゃんは無しだから、準備は簡単だ。
「まお殿、配信はするでござるか?」
「中の雰囲気を見てからかな。珍しいダンジョンだったら配信してもいいんだけど──」
ガチャリと扉をあけるまお。
「……え?」
扉の向こうに広がっていた光景を目の当たりにして、固まってしまった。
ダンジョンには、色々な種類がある。
オーソドックスな洞窟型に始まり、遺跡型に森林型。
山脈型に河川側、中には無人島型みたいなダンジョンもあるらしい。
だけど、こんなダンジョンを見るのは、はじめてだった。
まず目に止まったのは、壁に掲げられた看板にネオンサインでデカデカと書かれた「おいでやす」の文字。
さらに、その文字の両隣には、イラストで描かれたモンスちゃんがにっこりスマイルで大量の風船を持っている。
変なのは看板だけじゃない。
続いている通路の両脇には木造の建物が並んでいて、立て看板に「お土産屋」とか「休憩所」、「ごはん処」と書かれている。
さらにさらに、奥にある空間に見えるのは、キラキラと輝くメリーゴーランドとティーカップ──。
「……これは遊園地、でござるか?」
「うん、間違いなく遊園地だね」
みのりちゃんもびっくりしているみたい。
あれ? もしかして、間違って遊園地に入っちゃった?
そう思ってスマホの地図アプリを開いてみたけど、まおたちは間違いなく鴨川5号ダンジョンにいる。
しばし、思案。
「なるほど。鴨川5号ダンジョンは、遊園地型ダンジョンか」
いや、そんな種類のダンジョンがあるかどうかは知らないけど。
ダンジョンwikiでも見たことないし。
大分類するなら洞窟型なんだろうけど、珍しいにもほどがある。
しかし、この遊園地って誰が運営してるのかな?
もしかして、モンスちゃん?
「いらっしゃいませ」
男性の声がした。
いつの間にか、まおたちの前にタキシードを着た男性がひとり立っていた。
すんごい身長が高くて、青白い肌。
ウエーブがかった銀色の髪の隙間から覗く瞳は赤く、妙に色気がある。
なんだか見覚えがあるけど……あっ、思い出した!
この人、亜人モンスちゃんのヴァンパイアさんだ!
「鴨川ゴーゴーダンジョンにようこそお越しくださいました」
「……え? ゴーゴー? このダンジョンの名前ですか?」
「左様でございます」
ヴァンパイアさんが恭しくお辞儀をする。
「わたくし、鴨川ゴーゴーダンジョンの支配人を務めさせていただいております、ドラクロアと申します。以後、お見知りおきを」
「お、おお……?」
なんだろう。
すんごい紳士的なモンスちゃんだな。
上流階級っぽいっていうか、貴族っぽいっていうか。
というか、ここまでちゃんと意思疎通できるモンスちゃんも珍しい。
だって、今までまおが会ってきた亜人タイプのモンスちゃんって、リザードマンちゃんやサハギンちゃんみたいな子ばっかりだし。
そんなドラクロアさんが、そっと尋ねてくる。
「お客様、ゴーゴーダンジョンは初めてでございますか?」
「あ、ええと、はじめてですね」
「で、ござるな」
「左様でございますか。それではまず、当ダンジョンについて軽くご説明をさせていただきます」
ドラクロアさんはぴんと姿勢を正し、落ち着いた口調で続ける。
「鴨川ゴーゴーダンジョンは、世界初のレジャーランド型ダンジョンです。当ダンジョンにあるアトラクションはすべて無料でご利用いただけます。もちろん、入場料もいただいておりません」
「……な、なんですと!?」
それって結構凄いことでは!?
有栖川家御用達の「浅草花やしき」より凄いじゃん!?
「続きまして、当ダンジョンでの注意事項を説明させていただきます」
「ちゅ、注意事項?」
首を傾げてしまった。
だって、ダンジョンでそんな説明を受けるの、はじめてだし。
いったいどんな注意事項なんだろう?
まさか……超絶デバフを受けちゃうとか!?
「当ダンジョンへの飲食物の持ち込みは、ご遠慮くださいませ」
「なんて?」
思わず聞き返しちゃった。
いや、ごく普通の注意事項なんだけどさ!
「ご不便をおかけして申し訳ありません。何かお召し上がりになりたい場合は、メインストリートにある各種料亭をご利用くださいませ。鴨川の海の幸をお楽しみいただけます」
「……ダンジョンで海の幸」
意外なんだけど、意外じゃないっていうか。
こういう場合、モンスちゃんの肉を使ったダンジョン飯を提供してて、「やだ〜、そんなの食べられないよ〜」ってなるのがお決まりパターンじゃない?
「アトラクションは無料でご提供させていただいておりますが、飲食店に関しては食材の実費のみ頂戴しております。ご利用いただける通貨は日本円です。両替が必要な場合はご利用いただく店舗の店主、もしくはわたくしにご用命を」
「は、はい」
ちょっとビックリ。
実費だけで海の幸を楽しめるって、かなりリーズナブルじゃない?
おまけに無料でアトラクションも楽しめるし、なんて良心的な遊園地だろう。
……いや、ダンジョンなんだけど!
「注意事項は以上でございます。何かご質問がありましたら、なんなりと」
「あ、ええっと、はい……」
みのりちゃんがそっと手を挙げた。
「どうぞ」
「このダンジョンで探索はできないのでござるか?」
「左様でございます。当ダンジョンはアトラクションと料理を楽しむ場所。従って当ダンジョンでのスキル、凶器の使用は禁止……特にスキルは強制的に使用不可とさせていただいております。」
「ええっ!?」
思わず素っ頓狂な声がでちゃった。
スキルの使用禁止なんて、モンスちゃんに襲われたらひとたまりもないじゃん。
まぁ、ドラクロアさんにそのつもりはなさそうだからいいんだけど。
でも、スキルの使用禁止かぁ……。
どうも信じがたいなぁ?
ちょっと試してみよう。
「えい、【どどんがどん☆】……あっ、ホントだ! スキルが発動しない!」
「お客様、いきなりわたくしめにスキルをぶっ放そうとするのはおやめくださいませ」
冷静にツッコミを入れられてしまった。
ごめんなさい。
てか、【モンスターシンドローム】のスキルを持ってるみのりちゃんが亜人モンスちゃんのドラクロアさんを見ても気絶してないし、試すまでもなかったね。
えへへっ。
「スキルが使えないダンジョンというのは珍しいでござるね……昔からこのダンジョンではスキルが使えないのでござるか?」
みのりちゃんが尋ねると、ドラクロアさんは首を横に振った。
「いいえ、使えなくさせていただいたのはごく最近……当アトラクションがオープンしてからでございます」
「使えなくさせていただいた?」
首をひねるまお。
「左様でございます。ダンジョンのリニューアルの際に、そのように設定させていただきました」
「……へぇ?」
なーほーね。
よくわからないけど、後からそんなふうにしたってことか。
ダンジョンって、そんなことができるんだ。これは学びだわ。
「他に質問はございますでしょうか?」
「……ん〜、まおは大丈夫かな? みのりちゃんは?」
「小生も大丈夫でござる」
「ありがとうございます。それでは、当ダンジョンをごゆるりとお楽しみください」
深々とお辞儀をしてくるりと踵を返すドラクロアさん。
そして、そのまま優雅に立ち去ろうとしたんだけど──。
「……ああ、申し訳ありません、お客様。ひとつだけ重要なことを忘れておりました」
こちらを振り向く。
「おふたりに掛け声を頂戴してもよろしいでしょうか?」
「……へ? 掛け声?」
「左様でございます。当ダンジョンにお越しいただいたスカベンジャー様にお願いしているお約束事です。これをやっていただくことで、楽しさが倍増する魔法の掛け声でございます」
「おお、なんだか凄い! やりましょう!」
「ありがとうございます。では、まず最初にわたくしが『ダンジョン』と言いますので、お客様は勢いよく拳を突き上げ『ゴーゴー! ラッキー!』と合いの手を入れてください」
「わかりま……えっ?」
自分でもわかるくらい、胡散臭い顔をしてしまった。
な、なにそれ?
ゴーゴー、ラッキー?
メチャクチャダサくないですか?
いやさ、百歩譲ってまおは良いよ?
キャラ的にそういうの、慣れっこだし。
だけど、やんごとなきお嬢様のみのりちゃんはNGでしょ。
──と思ったんだけど。
「わかりましたでござる!」
「あれみのりちゃん?」
意外とノリノリだった。
目がキラキラしてるし、そういうの好きなのかな?
だけど、困ったことになったな。
嫌がるみのりちゃんに便乗して有耶無耶にしようと思ったのに、ここでまおだけ拒否ったら、ノリが悪い女だって思われちゃうよね……?
うう……ここは恥を忍んでやるしかないか。
「わ、わかりました。まおもやります」
「ありがとうございます」
こほんと咳払いをひとつはさみ、ドラクロアさんが続ける。
「それでは参りますよ……はいっ、ダンジョン!?」
「ゴーゴー! ラッキー!」
みのりちゃんと一緒に拳を突き上げる。
「それでは行ってらっしゃいませ!」
にっこり微笑むドラクロアさん。
……いや、何なのよコレ?
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