二人の出会い話~古文書からの始まり~
お待たせしました。下絵夢という魔の毒牙からなんとか生還した次第です。特に素発羅獏三十なるあやつは手強い相手でありました。
「たくっ、今度あんなふざけた真似したらマジで契約切ってやるからな」
「ゴメンってば~、レオくん。君の性別を証明したい一心に駆られちゃってさ~、お陰でレオくんのことを男って思ってくれた人も出来たじゃない」
「過程が酷すぎたから嬉しくねーけどなっ!」
酒場でのズボン引きずり下ろし事件はまだ許してはいないが、取り敢えず猫亜人の彼女ーーキャットピープルのショコラの護衛契約は継続ということで落ち着いた金髪美少女……でなく、彼女の護衛をしているレオと呼ばれる少年は憤りながらも必要以上には離れずに歩いている。
「あ~、それにしてもレオくんマジ可愛ゆす~♪ こんな綺麗なのに男でしかも傭兵やってるだなんて、言っただけじゃ誰も信じてくれないのも納得だよね」
「す、すり寄るなってのっ。それに大きなお世話だっ!」
猫なで声で頬を擦り付けてくるショコラを必死に押し返すレオ。そう、一目では女の子にしか見えない可憐な容貌をしてる彼は傭兵をやっているのだ。
確かにショコラの言うとおり、男ということさえなかなか信じて貰えなさそうなのにこの上に傭兵もやってますだのとくればギャグかなにかだとしか思われないだろうーー実際、ショコラと契約するまではその見た目のせいで傭兵としての仕事が全くなく毎日が金欠だった、無理からぬ話だが。
「私さ、今でもこう思ってるんだよね。あの時私とレオくんが出会えたのはこれはもう運命と言うしかない訳だと思うよ。レオくんに始めて出会ったことは生涯まで記憶に残るスペシャルな想い出になったからさ♪」
「まぁ……俺としても忘れたくても忘れられねぇけど。あの濃すぎる記憶は」
どこか遠い目をしながら呟くレオ……彼とショコラが迎合したのは、かれこれ今から一ヶ月ほど前の事である。
そもそも、ショコラがなぜ傭兵を雇って旅をしようだなんてことになった経緯についても説明しよう。
◇ ◇ ◇ ◇
彼女はキャットピープルの亜人が住まう里の出身であり、裕福とはいえないが貧しくもないという中流家庭で育った。
家族は両親と祖父母で五人暮らし、物心がついてから二十歳の頃まではこれといった夢はなく、ただ漠然と毎日を生きようということぐらいしか考えてこなかったがーー数日前に亡くなった冒険家だったという祖父が収集した大量のコレクションもとい遺品整理をしていた最中に気になるものを見つけたことがショコラの人生転換の契機となった。
それは古い文字の羅列が書かれた巻物で最後の方にはなにやらどこかの地方の地図を記した絵が描かれていた。それを見つけた時はよく分からない文字が書いてあるだけの紙っ切れぐらいにしか思ってなかったが、なにが書いてあるのかが気になって里を出入りする行商人に頼み込み、歴史学者ぐらいしか使わない古代語の翻訳本を購入して、四苦八苦しながらも独力で解読した結果、以下の文章が書かれていた。
~それは古代の秘宝にして至宝、持たざる者に永遠なる富を約束すべし。だが忘れるなかれ、それを持つことによる責任を。覚悟の無いもの持たれば、それは破滅を呼ぶべし~
これに書かれてる”それ”というのがなにを差してるのか、永遠なる富というのはどんな物なのか、破滅というのは自分の身の破滅という意味かはたまた世界でも破滅するというのか、抽象的な事柄ばかりでこれを書いた者がなにを伝えたかったのかはショコラも分からなかったが、これにいたく興味を惹かれる自分を自覚した。
亡くなった祖父はよく自身が体験した冒険談を聞かせてくれたものだが、ショコラは話としては楽しかったが自分が実際にそういったことをしてみようという、いわゆる冒険心に駆られることはなかった。
祖父は祖父で自分は自分だからと。現実的な視野で捉えていたのだが、なぜだかこの巻物に書かれた一文はショコラの興味心というのを酷く擽ってきたのだ。
永遠なる富……それは一生かかっても使いきれない財宝なのか、または願い事を叶えてくれる古より伝わる魔道具の類いなのか、その正体を解き明かしたいという気持ちが殺到した。少なくとも生前の祖父からはそんなものを手に入れたなんて話は聞いたことがない。
歳で冒険家を続けるのが難しくなってきた時にこの巻物を手に入れたのかもしれないが、ならばそれを代わりにしてあげるのも供養になるんじゃないだろうか。
色々な感情に突き動かされて、ショコラはよくある財宝伝説のひとつだと信じてはいない両親を一晩に渡って説得して里を出ることを許してもらった。両親もこれまで寄る辺なく黙々とした月日を送ってきた愛娘が、ここまでイキイキとした顔ではっきりとものをいう姿勢に感銘を受けたのだろう。
またあの祖父が収集していたのだから、まるっきり嘘のものだとは言えないのかもしれないという打算もあったが……。
そんなこんなでショコラは巻物を頼りに各地を放浪する旅にへと出ようとしたのだが、そこでひとつの問題が起こる。
女のひとり旅は当然ながら危険が付きまとうし、おまけに昨今は大国とその属国による武力衝突の小競り合いが度々起こっている不穏な時代。
里の近くでモンスターを狩ったりなどをしていたこともあるショコラは腕に覚えがない訳ではないが、流石にそこそこの実力ではこの先の旅路の安全確保という訳にはいかない。
そこで護衛として人を雇おうということになった。一般的には二つの職業をしてる者が当てはまる、それはモンスターの討伐から街の雑用仕事まで請け持つ冒険者というものと主に戦闘関連の仕事を生業とする傭兵のどちらかだ。この内、長期的に雇おうとすると傭兵の方が都合が良い、冒険者は幅広い仕事を請ける何でも屋的な性格なので個人を対象にした依頼などは短期間でしか請けれないところがある。
継続的に雇おうと思ったら、依頼料がそれに比して跳ね上がるし路銀を考えたらそれを考慮すると傭兵の方が安上がりでもあったのだ。
で、早速ショコラは傭兵ギルドに赴いて護衛してくれる傭兵を雇おうとしていたのだが……ある条件に拘ったことから悪戦苦闘していた。
~ある街の傭兵ギルドにて~
「という訳でね、こういう条件に合致する傭兵を探してるんだけど?」
「……あんた、本気で言ってんのか? こんな条件に合致する奴なんてウチには居やしねぇよ、帰った帰った」
「ちょっと、そんな対応はないんじゃないっ? 一考するくらいはして欲しいんですけどっ!」
「一考なんざするまでもなく分かりきってんだよっ! こんな無茶苦茶な条件言っといて文句ほざいてんじゃねぇっ!」
机を叩いて怒鳴るギルド長。目の前でムスッと頬を膨らませてる亜人を彼は睨み付けるように見るが、普段はこのような荒げた態度で応対することはないのだが、ショコラの提示する傭兵契約の条件があまりにも無茶なものだったのだ。
傭兵を旅の間の護衛として雇いたい、それはなんの問題もない。その間の報酬額も高額とはいえないがさりとて安いものでもない無難な値……これならばギルド長が目くじらを立てることもなかったのだが問題となるのはその次からだ。
①むさ苦しくないこと
②強面すぎないこと
③むきむきでガタイが良すぎないこと
④なるべく可愛い外見で
⑤実力の方は一流を希望
ーー以上である。当然ながらこんな支離滅裂ともいえる条件を満たす傭兵など居る筈がない。⑤の条件に合致する者なら居るものの、①から④にかけては絶望的といってもいいだろう。そもそも、傭兵などという荒仕事をやってる人間だったら程度の差はあれ、精根な顔つきにガタイも恵まれた奴ばっかりになるのは必然だ。
にも関わらずそれらを除外した上で実力もある傭兵がいいと、この猫亜人は再考を要求してくるが、いくら金を積まれようとギルド長はこんな馬鹿なことに付き合う気など毛頭なく口論の末に交渉は破談となったのだった。
「は~ぁ……ここもダメだったかぁ。やっぱり条件緩くした方が良いのかなぁ、でも長旅になるんだしその間ずっとむさい男と一緒なんて堪えられないし、いっそ冒険者ギルドで探してみようかなぁ?」
里から程近い街を転々としながら条件に見合う傭兵を探し続けてきたが、今回訪れたここも至極当然というべきか敢えなく空振りに終わった。傭兵ギルドを出てとぼとぼとした足取りで歩くショコラは愚痴りながら妥協するかどうかを悩んでいる。
こうしてる間にも持ち出してきた金は磨り減ってきてるというのに、未だに条件の緩和を躊躇ってるショコラだが流石にいつまでも里の近くでダラダラしてる訳にもいかない。
(確か、この街にはもう一軒傭兵ギルドがあった筈だからそこに行ってダメだったら検討しよう……)
陰鬱とした顔で次の傭兵ギルドでも駄目だった場合は条件のハードルを下げようと決心して、地図を片手にそちらへと向かう。
重い足取りのせいで少し時間がかかったが、目的のギルドが見えてきて「どうか次は当たりの人が居ますようにと」藁にも縋る思いで祈っていたショコラであったが、夢想に耽ってたせいでギルドから出てきた人影に正面からぶつかってしまった。
「あたっ!?」
「あっ、悪い。大丈夫かあんた」
「へ、平気だよ。ごめん、ちょっと考え事しちゃってて……」
出てきた人影は小柄であったのだが、向こうはよろけただけなのに対してショコラの方がぶつかった衝撃に耐えきれずに尻餅をついてしまった。おかしな現象に違和感を抱いて打った臀部を擦りつつ、今のは前方不注意だった自分の責でもあるとして人影に一言謝ろうと顔を上げたショコラは息を呑んだ。
(うわ、すっごい綺麗な娘だ……お姫様、な訳ないよね?)
目の前に居る人物は身長は自分より低く百六十ぐらいの背丈で、陽の光を反射するかのごとく煌めく金髪の髪が過剰なまでの美しさを放っている。
それに見合って顔の造形も整った美人であり、ショコラと比べて起伏こそない体型だがそれを凌駕する魅力のある娘だった。
ただ、それだけ綺麗なのに革鎧を着て手にはゴツい手甲や突起物の付いた膝当てなどを装着しており、アンバランスな物々しさがあった。
護身用にしても重そうなそれを付けてる割に平気そうな様子で、細い体でよくやれてるものだとショコラは感心した。
「……あんまジロジロ見られるのは好きじゃねぇんだけど?」
「あ、ごめんなさい。すごく綺麗なものだったから見とれちゃってさ……ほんと羨ましいぐらい綺麗だね、君」
「綺麗、ね。俺にとっちゃ褒め言葉にはならねぇんだけどな」
「あらそうなんだ」
見た目は超絶美少女だが、中身は男らしい感性をしてるようだ。まあ別に珍しいものでもないし、ショコラもやや男寄りの話し方なので然して気にしなかった。しかし、傭兵ギルドから出てきたということは彼女は傭兵でもしてるのだろうか。依頼をしに来た客とも考えられるが。
「君はひょっとして傭兵、だったりする?」
「ああ、その通りだぜ……やっぱ傭兵っぽくは見えねぇか? 一応、格好はそれらしい風にしてんだけど」
「ああうん、悪いけどそうとは思えないかな」
彼女は傭兵だったようだが、そう言われてもとても見えない。十人に訪ねても十人全員は信じないだろう、それだけ荒事もこなす傭兵には見えなさすぎる容姿だからだ。聞けば、その顔のせいでなかなか仕事が見つからなくて金に困ってるそうだ。
確かに、こんな美少女には誰も進んで仕事を持ってこないだろう。単純に実力の方を疑問視して。
「どいつもこいつも人の実力を外見で判断しやがるからなぁ、お陰でろくに仕事にありつけなくてよ」
「まあ、それは致し方ないと思うけど」
「最もだけど、流石にこのままだと路上暮らしに転落しかねるからなんとかしないといけなくてよ……ところでさ、あんたここの傭兵ギルドに用があんのか?」
「そうだよ、実は旅路の間に護衛をしてくれる人を探しててさ。だけど条件に合う人が全然居なくてあちこち巡ってるんだよ」
「へぇ~……じゃあさ、あんた俺を雇う気はねぇか? こんな見た目してるけど俺は強いぜ?」
そう自信ありげにアピールしてくる彼女にショコラは悩む。腕っぷしがどれだけあるかは分からないし、会ったばかりだから信用度もない彼女をいきなり護衛で雇うのは不安があった。
正式にギルドから紹介されたならまだしもだが……とはいえ、このように個人間で傭兵と契約を結ぶのはよくあることでもある。
メリットとしてはいちいちギルドを介さずに早期に素早く契約を結べる利便さとスピーディーが見込まれ、デメリットとしてはギルドから直接雇用する訳ではないのでその傭兵への信頼度などは限りなく薄いという先行きの不透明さなどが挙げられる。
なので、ショコラが渋るのも頷ける話だが彼女は生活費の余裕がないのもあって積極的に契約を薦めてきた。
「なぁ、良いだろ? その条件ってのは分からねぇけど、あんただっていつまでもそれに固辞してる訳にもいかないんだろ」
「そう、なんだけどね。でもねぇ……」
「頼むよ、確かに俺はこんな男らしくない顔とかしてっけど、こう見えて鍛えてるし武術の心得だってあるしーー」
言いかけたところで、突然ショコラに両肩を掴まれた。先程と違って、目を爛々とさせて凝視してくる姿に気圧される。なにか変なことでも言ったかと狼狽えるぐらいだが、ショコラからすれば思ってもいなかった情報が出てきたことにおくびにも出してないが内面ではテンションが爆上がりしていた。
「あ、あの、なんか気に触ることでも言っちまったか俺?」
「……ううん、そんなこと全然ないよ。確認するけどほんとに君って男なの?」
「疑ってんのかよ……まぁ自分でも女っぽい顔とは自覚してっけど、俺は男だ。嘘でもなんでもなく本当のことでーーっ!?」
言いかけた口が固まった。ごく自然な動きで、ショコラの手が股間をわし掴んできたのだ。突然のセクハラに思考が止まりかけたが、すぐさまに我に帰るとショコラを勢いよく突き飛ばした。
「なっ、なっ、なにしやがるんだいきなりっ!! 変態かっ、ド変態かあんたはっ!?」
顔を真っ赤にして手で前を隠しながら後ずさる姿は初な生娘にしか見えなかった。そんな姿にますますショコラの決意は固まった。
「……私は今、猛烈に感動してる。こんな奇跡みたいな見た目をした男の子、ううん男の娘に出会えたことに感極まってるよっ! 決めたよっ、君に私の護衛依頼を頼むからっ! 良いよね? てか良いっていう返事しか私は望まないけどもっ、なんだったら永続的に頼む気だからよろしくねっ!」
「ちょ、ちょっと待てってのっ。確かに先に言い出したのは俺の方だけど、初対面で股間触ってくるような奴の護衛なんてやる気はーー」
「そんなこと言わないでっ! 前金も弾むし、間に払う護衛料も色つけても構わないからっ! この通り、一生のお願いですっ!」
挙げ句の果てには土下座までして懇願してくるショコラに押されまくったことにより、彼ーーレオリア・シュルタスは彼女と長期間の専属護衛契約を結ぶことと相成ったのだった。
そして場面は現在にへと戻りーー
「ほんと、あの時押せ押せで迫って良かったよ。レオくんに拒否られた時は地の果てまで追って契約してもらうつもりだったしさ、私としても穏便な手でいけて安心したよ」
「あれのどこが穏便だよ。あん時の鬼気迫る形相は暫く夢に見ちまうほどだったんだぞ、トラウマなったわ」
「まあまあ、細かいことは気にしない気にしない。私は好みの男の娘に護ってもらって幸せ街道まっしぐら♪ レオくんの方はお金が貰えてホームレス暮らしを回避できたから互いにWinWinな関係を築けたのは悪くないでしょ」
「……なんか釈然としねぇ単語も混じってる気がするけども」
最初になんだかんだありつつ、旅の間にもたまにセクハラに逢ってはいるが契約を解消することなく今に至っている(尚、護衛料は長期というのもあって月払いという形にしており、金額は二千ゴールドである。参考に一般的な庶民の平均収入は月千五百ゴールドくらいだ)
ショコラは危なげな性癖を持ってるようだが、今までにレオリアにあれこれ構ってきてはいるものの一線を越えるような真似はしてこなかったのもあり、こうして護衛を続けている。レオリアに対しては可愛いものを愛でたいという気持ちが占めてるようだ。
そう扱われること自体はなにも思わない訳ではないが、露骨に性的な誘いを仕掛けてこない分、毒気がないから一種の安心はあった。
以前にはレオリアを男娼扱いしてそういう行為をさせようとした女も居たので、ショコラもまたそういう手合いの奴かと危惧してはいたのだが結果としてはセクハラはするがちゃんと節度は弁えてるようだ。
「さてさて、酒場でいい仕入れたことだし今度こそヒントぐらいはあるといいんだけどなぁ」
「”永遠の富”ってやつだったか? 初めに聞いてから今でも半信半疑なんだけどなそれ。この一ヶ月、あちこちの遺跡っぽい場所を回ってきたけど、ヒントのヒの字もないハズレばっかだったじゃんか」
「何事も継続が肝心なんだよ。どんな偉業の功績だって、最初から順風満帆とはいかないもんでしょ。十や二十の空振りがあったからって挫けたり諦めたりなんかしないよ、私の辞書に諦めの文字は無いんだからっ!」
手を空に突き上げて鼓舞するように言っているショコラに苦笑する。情熱のままに絵空事の宝を追い求める姿は他人が見たら酔狂の一言で済まされてしまいそうだ。わりかし現実的な思考をしてるレオリアもそう思ってはいるが、それに不満を言わないで付き合ってやってる自分も酔狂の類いだよなと思った。
(こんな旅も悪くねぇよな。古代の宝探しだなんて新鮮な気分になれるし、それに……地方や国を移動し続けるのは俺にとっても都合いいしな)




