90 鉱石を運ぶ
バセルテルから帰還して三日ぶりにベッドで寝たレンシアはすっきりとした目覚めで起きて着替える。
まともな寝床でたっぷりと寝たため体調は完全に治っていた。これからまた移動で酔うかもしれないと思うと憂鬱になるが、きちんと酔い止めを持っていくつもりなので多少はましになるはずと自身を励ます。
いつものように領主である伯父と一緒に朝食をとるため食堂に向かう。
「おはようございます」
「おはよう。顔色が良くなったな」
「はい。疲れはすっかりとれました」
「問題なく出発できそうだな。頼まれたものは急ぎ手配して馬車に積むように指示をだしている。確認して不足していなければ、そのまま出発してかまわんよ」
「わかりました」
「解呪ができる者についてもピックアップを頼んでいる。こっちに関しては無駄になるかもしれんな」
「だといいんですけどね」
「彼氏に実績を積ませられるといいな?」
「か、彼氏じゃないですっ」
ニヤニヤと笑う領主から若干顔が赤らんだレンシアは顔をそむける。
二人が話しているうちに、伯父一家がそろい、テーブルに朝食が並ぶ。
伯父一家から仕事に関して聞かれつつ朝食をすませたレンシアは荷物を持って、馬車を置いてある馬房に向かう。
そこにいた馬番に声をかけると、積み込んだ荷物について書かれた書類を預かっていたと渡される。レンシアは馬番に礼を言い、それを読んでいく。
「ええと、鉱石、食材、飼い葉、酔い止め……クッション?」
近くにある馬車を覗き混むと、丸く平べったいクッションが四人分積まれていた。書類の追記に、衝撃吸収にクッションを追加と書かれていた。
「ああ、伯父さんが手配してくれたのね」
ありがたいことだと感謝し、馬車の中に入って、積み込まれたものを確認していく。
一番大事な鉱石からだ。鉱石は一抱えある木箱に詰め込まれていた。重さはどれくらいか。レンシアが軽く箱をゆすってみてもびくともしないので、確実に子供の体重より重いだろう。
(大人の体重くらいはあるかもね)
石像が言っていたように、青みを帯びたものばかりだ。一つ手に取っていろいろな角度から見てみたが、レンシアには水の属性がどうとかはわからなかった。
ほかのものも見ていって不足しているものはなしと頷いて外に出る。
十五分ほどするとコードルたちもやってきた。レンシアは彼らにいつでも出発できると告げて、馬車に馬を繋ぐ。
領都を出て、順調に進み、明日には到着というところまできた。
今日も野宿ということで、日が暮れる前に野営に適した場所で馬車を止める。
最初に異変に気付いたのは馬だ。急に小さく嘶き、それを異常と察したシバニアが武器を手に周囲を警戒する。
「レンシア嬢は馬車の中へ」
「わかりました!」
レンシアはすぐに頷いて駆け足で馬車の中に入る。
「賊か魔物か?」
コードルの確認にシバニアはまだわからないと首を横に振った。
コードルとフロスもそれぞれの武器を手に、周囲を警戒する。
「下だ!」
かすかな振動を感じ取ったシバニアが剣で地面を示す。
すぐに土をまき散らしてなにものかが姿を見せた。それはごつい爪をもったモグラの魔物だ。大きさは猪よりも若干大きいくらいか。
「注意しろ、あれ一匹だけじゃない」
シバニアは地中から感じられる振動から、少なくとも三匹以上はいると続けた。
「どっちかあれについて知っているか?」
地中から出てきたモグラへと剣を振りかぶりながらシバニアが聞く。すぐに否定の返事があった。彼らの知っているモグラの魔物とは特徴が違うのだ。
「レンシアなら知っているかもしれないわ」
「ちょっと聞いてみてくれ」
コードルは地中から出てこようとしているモグラたちの相手をすることにして、フロスに頼む。
フロスは馬車のドアをノックして、少しだけレンシアにドアを開けてもらう。
「なんだ? モグラたちの注意が馬車に向いたぞ?」
モグラたちが一斉に馬車へと顔を向けたことに、コードルとシバニアは少し驚きつつも隙だと斬りつける。
さらにモグラたちは地中から出現し、一際大きなモグラも出現した。出てきたモグラたちの三倍くらいの大きさだろうか、鉛色の毛皮を持つモグラだ。
「でけえな!?」
「ずいぶんとタフそうだ」
「俺があの大物の気を引くから、お前は小物をささっと倒してくれ」
わかったと答えたシバニアが剣を振り、コードルは盾を構えて大モグラに突撃していった。
コードルは大モグラにかすり傷を負わせて注意を引き、大モグラの攻撃を避けていく。
「二人ともっレンシアが知っていたわ。それはイルジモール。十匹くらいの群れで行動する魔物。リーダーがいて、それを倒せば逃げていくそうよ。おそらく私たちが運んでいる鉱石を目当てに襲いかかってきたとレンシアは言っているわ」
「弱点は?」
「強烈な光を当てれば一時的にのたうち回るそうだけど、誰もそんなものは使えないでしょ? だから代案、一個鉱石を囮に使って、それに集まったところを私が氷の魔法で一網打尽ってのはどう?」
「やろう」
大モグラの爪を避けながらコードルが即答し、シバニアも反対意見を出さず剣を振り続ける。シバニアは光魔法を使えるが、強烈な光を放つ魔法は一つしか心当たりがない。多くの力を使うので、フロスに代案があるなら任せた方が良かった。
許可を得たフロスは馬車の屋根に上がって、ドアから伸ばされたレンシアの手から鉱石を受け取り掲げる。
「あなたたちの目当てはこっちよ」
モグラたちは鉱石の匂いでも捉えたのか、顔をフロスに向ける。地中に残っていたモグラも飛び出てきて、馬車に体当たりする。
「うわっ。つられて出てきたわね。そんなに欲しいならあげるわ。ほら!」
投げた鉱石が弧を描いて飛んでいく。それを追うようにモグラたちが殺到する。だが大モグラだけは馬車に目標を定めた。飛んでいった餌よりも多くの餌が馬車の中にあると察したのだ。
「フロス! レンシア嬢! 馬車から離れろ!」
コードルが呼びかけて、すぐにフロスは屋根から飛び降りて、ドアを開ける。幸いレンシアも聞こえていたようで外に出たところをフロスに手を引かれて馬車から離れる。
すぐに大モグラが馬車へと突撃して、馬車を大きく揺らす。車中のものが散らばる音が聞こえてきて、馬の悲鳴も上がる。
「私は予定通りモグラをどうにかするから、二人は大きい方を! スー。激しく咲きほこれ氷の花!」
レンシアの手を引いたまま馬車から離れたフロスが魔法を使い、餌に殺到するモグラたちに地面から出現したいくつもの氷の刃が襲いかかる。
空から見れば蓮のように見える氷がモグラたちを切り刻んだ。
率いられたモグラの方は片付き、残るは大モグラのみとなる。その大モグラは馬車の中で転がる鉱石を目当てに、馬車を攻撃していた。
「俺がモグラを吹っ飛ばす」
「俺が大打撃を与える」
いつもの連携だと男二人は頷いて、動き出す。
シバニアは大モグラが転がるであろう場所へ移動し、魔法を使って剣に光を宿す。
コードルはシバニアの剣が輝きを強くしたのを見て、大モグラへと走る。走りながら魔法を使ったコードルに周囲の土や岩がくっついていき、二メートルを超す石像となって肩から体当たりをしかける。その勢いと重さには、大モグラといえども耐え切れず馬車から離れて地面に転がった。
「いくぞ、シャイニングセイバー!」
転がった大モグラへと素早く駆け寄ったシバニアが輝く剣を振り下ろす。斬ると同時に光が弾けて、大モグラから野太い悲鳴が上がった。
光が消えると、腹を大きくえぐられた大モグラがじたばたともがいていた。とめどなく血が流れ出ていき、すぐに動きを止める。
「シバニア、ほかにいそうか?」
石像形態ではなくなったコードルが周囲を探っていたシバニアに聞く。それにシバニアは首を横に振った。
二人は剣を鞘に納めて、馬車の点検を始めた。
フロスは馬を宥めており、レンシアは馬車の中に入っていき、ちらかった内部を片付ける。
「好き勝手ひっかいてくれたな。弁償しろとか言われないよな?」
「大丈夫ですよ。わざと傷つけたわけではないですし、もし町長がそう言っても領主様からでるようにします」
コードルの声が聞こえていたレンシアが作業の手を止めずに言う。
「そりゃ安心だ」
「コードル、こっちを見てくれ」
車体の下を見ていたシバニアに呼ばれて、コードルも覗きこむ。シバニアが軸に触れていた。
「ん-? ぐらついてるな。動かすとやばいか?」
「どうだろうな? 動かせても速度はでないかもな」
「近くの村で応急修理を頼んだ方がいいか。移動中にバキッといかれると困る」
「その方がいいだろうな」
レンシアにこの辺に村があるか聞くと、あるということなので明日そちらに向かうことにする。
このまま誰か一人バセルテルに行って、救援を頼むという話もでたが、また鉱石目当ての魔物に襲われる可能性もあり、戦力低下は避けようということになった。
◇
レンシアたちが出発して八日が経過して、彼女たちは帰ってきた。
俺たちが狩りから帰ってきて町の入口についたとき、ちょうどレンシアたちも戻ってきたのだ。
馬車は行きよりもずいぶんとぼろぼろになっていた。あちこちに傷があり、車体の一部には車内にまで届く傷が一つあった。
馬房に馬車を返したレンシアたちと一緒に歩く。
「帰ってくるときになにがあったんです?」
鉱石の入った木箱を持つコードルに聞く。重いのか、箱を持つ手にしっかりと力が込められている。
「これを狙ったモグラの魔物に襲われてな」
事情を聞いているうちに、役所と宿への分かれ道に来て、役所へと歩いていくコードルたちを見送り宿に帰る。
無事鉱石が届いたし、明日はまた山登りだな。あの鉱石を狙った魔物が山にもでないとかぎらないから注意しとかないと。
町長に報告をしたレンシアたちが夕食頃に宿に戻ってきて、職人の手配も問題なくすんでいることを教えてくれた。
大精霊に渡すものなので名誉なことだと、職人の選定が少しばかり荒れたそうだけど町長側で対処したそうな。こっちにまで飛び火してこなくてよかった。
明日鉱石の質が問題なければ、明後日に職人へと鉱石を持ち込み製作開始となる予定だ。
というわけで明日に備えてレンシアはさっさと寝て旅の疲れをとると言い、部屋に戻っていった。
「疲れてたのか」
そこまで疲れているようには見えなかったな。
「行きはもっとはっきり疲れが表情に出てたのよ、あの子。馬車が揺れてね。帰りは薬やクッションで馬車の揺れに対処して行きよりはましになってる」
「そんなに揺れがひどかったんですか?」
「あなたたちもここまで馬車だったし、揺れに関してはわかってるんじゃないの?」
「俺たちの馬車は錬金術の道具で揺れに対処してるんで」
「ああ、それでなのね。あなたたちの馬車だと揺れはあまり感じなかったって酔いに悩まされながら不思議がってたわ」
普通の馬車だとここまでの道はきつめなのかな。あの絨毯をもらえてよかった。
俺たちはもうしばらく起きていて、シャーレが眠たげにあくびをしたのを合図に解散となって各自の部屋に戻る。
朝になり、再び登山の準備を整える。鉱石は俺が頑丈なリュックに入れて運ぶことになった。運ぶことだけ考えて、戦闘と警戒は皆に任せるのだ。
リュックを背負うとシャーレよりも重い。成人男性の平均体重よりも重いかもしれない。リュックが肩に食い込んでくるけど、身体能力が上がっているおかげで運ぶくらいなら問題はない。このまま戦闘をやれと言われても重心などがぶれていて無理だろうけど。
前回と同じコースで山に入り、祠に到着する。レンシアたちが遭遇したモグラのような鉱石狙いの魔物はいなかったのでスムーズに来ることができた。すこしばかり嫌な感じがしたのだけど、何事もなかった。魔物と遭遇する可能性があったんだろうと思う。
あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします




