60 フードの男
宮殿の王の執務室にロンジーとキーンがいる。
今日の仕事を粗方終わらせて、フーインから届いた神守の森の報告書を読もうとしていた。
「さて良いことが書かれているといいが」
「そうですね。こちらは慎重に動いているためか、成果は芳しくありませんし」
報告書の一枚目に目を通して、最初に書かれた神獣から魔法使用の許可を得られたという一文に表情を綻ばせる。
それを見たキーンは良い結果が書かれているんだろうと、内容に期待する。だがロンジーが表情を引き締めたことで、向こうでもなにかしらの問題が起きたことを察する。ロンジーが書類を見終わるまで静かに待つ。
ロンジーが書類を置いたところで、キーンは内容を尋ねる。
「どのような報告でしたか?」
「神獣様から魔法の使用許可は得られたそうだ。その後の予定だと最初に魔法を使う場所に向かうんだったが、襲撃を受けた皆の心境を考えて休暇を取ることにしたと」
「あそこで狙われるだろうとは予測していましたが、やはり来ましたか。残党による被害が思いのほか大きかったのでしょうか」
「以前あいつらと相対したとき、たまに自分たちの被害を考えず行動することがあったな? 今回もそうだったようだ」
神獣に矢を射かけたこと。自分たちの命を気にせず、使役する魔物を使ったこと。霊獣を魔物を作る材料にしたこと。
これらを聞いてキーンは表情を引きつらせた。
「神獣様に矢を射かけたって……あいつらそこまで見境なかったでしょうか。最低限の統制はとれていたと思うのですけど」
「トップを失って暴走しているのかもしれんな。神獣様に害を及ぼすなど正気ではやれん」
もとから正気ではない集団だったが、目的を果たすための理性はあったとロンジーが言い、キーンが頷く。
彼らの目的は世界を壊そうというもの。神獣に害を与えればたしかに大きく荒れるだろうが、この国だけに影響がでるだけで、世界全体への影響は大きなものではない。かつてはそれを理解していて、安易な行動にはでなかったのだ。
今回の行動にしても矢を射かけて、使役する魔物を連れて突っ込むだけというお粗末なもの。以前なら神獣を狙うにしても、フーインたちの注意をよそに引き付けるなり、神守の森の出現場所になにかしらの小細工をしかけようとしたはずなのだ。
「単純な行動になっているおかげで対処は容易かもしれんが、かわりにこちらの想定を超えた行動をとるか。この町に潜む残党も同じなら悠長にやっている暇はないかもしれんな」
「捜査を強化しますか?」
「ああ、その方がいいだろうな。あの三人にしても泳がせず、一度呼び出して話を聞くとしようか」
「ではそのように書類を作ります」
「頼んだ」
すぐにキーンが呼び出し状を作り、狸と狐とオウムのニールのところへと文官に持っていかせる。
次にこれまではひっそりとやっていた宮殿と町の異変調査を表立ってやるよう指示を出す書類も作る。これによって残党や反体制派に行動が筒抜けになるだろうが、これまで見逃していた情報を拾えるようになることでプラスマイナスゼロと二人は考える。
昼を過ぎて、狸と狐とオウムのニールがやってくる。
ロンジーはキーンに仕事を任せて、三人をソファに座らせて、自身は正面のソファに座る。
いつもの執務室とは違い、部屋隅に騎士が二人待機していることに呼び出された三人は内心緊張する。
「呼び出しを受けて参りました。このように急な呼び出しで少々驚いております、いかなる用事なのでしょうか」
挨拶後に狐のニールが尋ねる。
「忙しいところ呼び出したのは世間話をするためではない。聞きたいことがあった。いくらか前にフーインが中隊規模の一団を連れて出かけたことは知っているな?」
「それは当然です。帰ってきたばかりのフーイン様がまたどこかに向かったので不思議に思っていました」
神守の森に向かったことは知っているが、表立って知らされていることではないため狐のニールたちは知らないふりをする。
「別の用事を頼んで出てもらった。その日にお前たちが三人集まって話していたこと、その内容を知りたい。しらばくれずともよい、断片的にだが会話の内容はこちらもわかっている。前々からお前たちは怪しんでいたから見張りをつけていたからな」
「見張りですと? なぜそのようなことをされなければならいのですか!? 不当な扱いだと抗議しますぞ!」
「そんな問答をするつもりはない。ようやく終わったあの争いの日々。それを残党や反体制派に戻されてたまるものか。平穏を維持するなら、少しくらいの無茶はするぞ? 吐けるときに吐いた方が互いに楽だ」
触れれば切れそうなほど鋭い視線でロンジーは三人を見据える。
そんな視線を受けた三人はロンジーの本気を感じ取る。だが簡単に折れることもない。
「なにをおっしゃりたいのか、私たちには理解しかねます」
対立姿勢にロンジーは小さく溜息を吐くと、騎士に目配せする。
それに頷いた騎士は扉を開けて廊下にいた兵士たちに指示を出す。そこから聞こえてくる内容は三人の執務室と私室の捜査を指示するものだった。
横暴だと三人は抗議するが、ロンジーは意に介さず、次の質問を投げかけた。
「あの日、お前たちと一緒にいたフードで顔を隠した人物は誰だ?」
その瞬間、三人は不思議そうな表情になった。今度はしらばくれているのではなく、本当に予想外のことを聞かれたといった様子にロンジーもキーンも意表を突かれる。
「……なにをおっしゃりたいのかわかりませんね」
「本当に覚えがないのか? 静かにしていたそうだが、あの部屋には四人いたと見張りから情報が入っている」
三人も内心で首を傾げている状態だ。あの日、彼らがいた部屋には『三人』しかいなかった。そう記憶している。三人で集まり、三人で部屋を出たはずだ。
見張りとやらが見間違えた可能性を考えるが、あの部屋に大人数がいたならともかく、三人と四人を間違える可能性は低いと思う。
ここでふと狸のニールは疑問を抱いた。あの日、集まる場所を決めたのは誰だったかと。
(いつもは私たちのうち誰かの執務室に集まっていた、はず。あの日なぜ空き部屋に集まった? そこに行くのに疑問を抱かなかったのはなぜだ?)
思案の表情を浮かべた狸のニールをロンジーが見ていた。
狐とオウムのニールは本当に覚えがない様子だが、狸のニールだけは反応が違う。詳しいことを聞くなら、彼だろうかとロンジーは考える。
「三人を個別に尋問室に連れていけ」
ロンジーたちは騎士たちに命じ、すぐに三人は拘束される。不当だと訴えながら三人は執務室から連れ出されていった。
「キーン、どう思う?」
「フードの人物をかばったり隠したりしているようには思えませんでした。本当に知らないという感じでした」
「俺もそう思う。魔法で隠れていたというわけではないだろうな。それなら見張りも気づけなかったはずだ。魔法かなにかで、三人には認識できなくさせられていたと考えた方がいいな」
「ええ。認識できなくなるだけならいいのですが、ほかにもなにか仕掛けられていると厄介です。操られていてこちらの情報が流されていることくらいは覚悟した方がよさそうですね」
フードの人間がいれば、それなりに目立つだろう。それが宮殿で目撃されていないことも疑問だ。
フードに特定の人物から隠れる効果がある道具なのかと二人は話す。部屋の中ではフードで三人から隠れて、部屋から出るときフードを外してなに食わぬ顔で歩き去った。そういったほかの可能性も考え、話し合いながら二人は仕事に戻る。
◇
丘の上から帰ってきて、今日はやることは終わったので、鍛錬を行うことにしてシャーレと一緒にダイオンから指導を受ける。
町のすぐそばで鍛錬をして、その後はマプルイの様子を見て、毛を解いたりして時間が流れていく。
夕食まで時間があるので、見物がてら散歩していく。ダイオンは好みの酒を探すため別行動だ。
店には周囲の森からとってきた薬草などが並び、シャーレが興味を示す。
「主様、いくつか購入したいものがあります」
おや、自分から欲しいものがあるって言うのは珍しい。
「料理に使う調味料とかあった?」
「いえ、ポーション作りに手を出してみようかと。ここは材料が豊富で、ほかで買うよりも材料費が安くなります。練習をするなら今だと。ポーション以外にも熱さましなど作ることができそうです。主様が野外で体調を崩されたとき、手元に薬がなかったりすると練習が役立つと思うのです」
どこまでも俺のためなんだなぁ。ありがたいし、シャーレ本人が困ったときにも作り方を知っているのは役立つだろうから許可だ。俺も低品質のポーションを作れるように練習しとこうかな。シャーレが言うように困ったときに役立つだろうし。
「いいよ。俺もポーション作りの練習をしたいから、材料と機材を探そう」
これはフーインたちの行動とは無関係なものだから自費だ。
低品質ポーションなら道具にこだわる必要はなく、普通の小鍋やビーカーでいいので、簡単にそろえることができる。
店員から良い感じがしたので、出来上がった薬の鑑定をしてくれる人の紹介を頼んでみると快く頷いてくれた。出来上がったものはここに持ってきたら、鑑定料を払うことで翌日には結果を教えてくれるそうだ。
店員が知っている調薬の注意点なんかも聞けて、材料と道具を持って宿に帰る。
コーダーからもらった本を開いて再確認しながら、準備を進めていく。床に敷いた布に並べたものを指差し確認する。
「道具よし、材料よし。じゃあ始めようか」
「はい。最初は材料を丁寧に洗って、しっかりと水を飛ばす、ですね」
タライに入れた水で、低品質ポーションに使う材料三つを洗う。根っこについた土をきちんと落としていく。これが残っていると薬草の成分に土から出た成分が混ざって効果が落ちるそうだ。
魔法で水を飛ばして、さらに材料の下準備を進めていく。葉と茎と根をわけるのだ。それらをわけず、ざっくざっくと切ってすり潰す手順もあるらしい。だがそれは良い材料で、低品質ポーションを大量に作るときの方法だそうだ。
今は本に載っているとおりに丁寧な仕事を心がけて手順を進める。
各部位にわけて、それらをすり鉢に入れてすりこぎで潰していく。俺が葉を潰し、シャーレが茎と根を潰して、それを潰し終えるとビーカーに入れていく。
シャーレは茎を潰すと一度すり鉢とすりこぎを洗ってから、根を潰した。
三つのビーカーに潰したものが入っており、そこに霊水を注いで、石板で蓋をする。このまま一時間以上放置する。
ちょうど夕食の時間が近いから、夕食後に続きをやればいいな。
ビーカーを部屋の隅に置いて蹴とばさないようにする。
使ったすり鉢やナイフなどを洗っているうちに夕食の時間になった。
ダイオンは食堂でシャイマンさんといくつか買ってきたお酒を試飲していた。立地の影響を受けてかハーブワインが豊富だったらしい。二人はそれぞれ気に入ったものがあったようで、小さな樽で買ってこようと話していた。
夕食が終わって、部屋に戻る。ダイオンはシャイマンさんや休憩中の兵たちとカードゲームをやるらしく食堂に残っていた。酒を飲みながらやるつもりらしくて、おつまみに肉厚のシイタケをステーキにしていた。なかなか食べ応えのありそうなもので、明日はあれを頼もう。
「どうなったかな」
「色が水に移ってますね」
うっすらと緑や青や黄に水の色が変化していた。
蓋を外して、潰したものを取り出す。これは別の薬の材料になるらしいけど、今日は使い道がないし、保存がきくものでもないようなので捨てる。
「それじゃ発動のキーを書いた紙を置いてっと」
ポーション作りには水に関する錬金術用の魔法の発動キーが必要で、きちんと本に書かれていた。
書き写したそれを床に置いて、小鍋をその紙の上に置く。
「魔法の発動をお願いします」
「あいよー。ヴァス。混ぜて熟して組み合わせ」
一度も使ったことのないものだけど、基本的な魔法だったんで、難しくはないだろうとやってみたところ一度で発動完了した。加護様様だ。
「あとはそーっとそれぞれの薬液を入れるだけですね」
そう言ってシャーレが液体を入れる小鍋を手元に寄せる。
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