58 改造されたナルマルム
「子供の声?」
「どこにも姿はないし、これは風の魔法だろう」
「さらわれた一人は風精霊の加護持ちというし、無事を知らせるため魔法を使ったのだろうか」
それぞれが思ったことを話していると、シェーゾンの声は続く。
『この子は大丈夫だから、いじめようとしないでください』
どういうこと? 内容から考えるにシェーゾンはさらった魔物をかばっているように思える。
警備の一人が聞こえるかもしれないと大声で、状況を尋ねる。
「俺たちはさらわれた君たちを助けにきた。だが君はその魔物をかばっているように思える。事情を説明してほしい」
その声が届いたのか、わかりましたと返事があった。
始まりは三ヶ月前までさかのぼるらしい。
早起きした町の子供が二度寝できず散歩に出て、砂浜の端っこで弱った小さな魔物を見つけた。スイカよりも小さなそれに、好奇心から近づいて棒で突いてみたところ反応が鈍く、触れるかもと触れてみたら、おとなしくされるがままだった。これは珍しいペットになるかもと思ったが、以前子犬を拾ったとき親に飼うことを反対されたことを思い出し、こっそりと飼うことに決めた。
このまま砂浜に置いておくと誰かに奪われるかもと思い、ばれにくい磯まで持ち運んだ。そこに生えていた水草をすごい勢いで食べ始めた魔物を見て、お腹が空いていたのかと、近くの木から木の実を取って与えたところ、それもよく食べた。しかも喜んでいるように見えて、満足するまで食べ物を与えたところ、すっかり懐かれた。
その日からその子供は毎日磯に通い、それを友達に見つかり秘密だと言って、一緒に飼うことにする。
やがてナルマルムは子供たちに懐いたまま大きく育った。これを見て子供たちは大人に見つかれば退治されるかもと考えて、日中はおとなしくするように言い含めた。ナルマルムはそれに従い、夜に動き回るようになって、日中は浜に近づかず水中を泳ぐようになった。だが隠しきれるものでもなく、水中にできた影や夜に泳ぐ音を発見され、調査隊が組まれた。
そして今日子供たちと一緒にいるところを見つかり、警備から戦意と武器を向けられたことで恐怖しながらもナルマルムは子供たちを守るため連れ去った。
ナルマルムは子供たちに宥められおとなしくしているらしい。
シェーゾンの説明を聞いて、皆が溜息を吐く。安堵と子供が原因ということに気が抜けたのだ。
『だからこの子は安全なんです。いじめないでください! お願いします!』
「とりあえず君たちも魔物も姿を見せてくれないか?」
力が抜けた表情で警備が言う。
三分ほど静かだったが、やがて水をかきわける音がしたかと思うと、ナルマルムの背に乗った四人の子供たちが姿を見せた。
子供たちは不安そうだが、それはナルマルムを怖がっているからじゃなくて、今後どうなるかという思いからだとよくわかる。
ナルマルムの方もおとなしく、攻撃的な意思を見せていない。
「どうやら話は本当らしい。どうするかな、これ」
子供の無事は嬉しいが、ここまで敵意のない調教されていない大型の魔物は初めてで警備たちはどうすべきか迷う。
警備たちは話し合い、このままおとなしいなら、すぐに退治とは考えず、トウプル様の判断を仰ぐことにしようと決めた。
「君たちに聞きたいんだが、そのナルマルムは君たちの言うことをちゃんと聞くのかい? かばって嘘を吐かず、正直に、どれくらい言うことを聞くのか答えてほしい。そうでなければこちらとしても対応に困る」
「聞くよ! ちゃんと聞く」
やんちゃそうな少年が少し焦りぎみに答えて、ほかの子供も続いてそれぞれに言ってくる。
「落ち着きなさい。どれくらい言うことを聞くのか答えてほしい。君たちの言うことだけを聞くのか? それとも俺たちの言うことも聞いてくれるのか?」
声を荒げず落ち着いた様子で警備は聞き、子供たちは顔を見合わせ話し出す。
話し合いはすぐに終わり、困った顔で俺たちを見てくる。
「どれくらい言うことを聞くのかなんて試したことない」
「そうか。じゃあこれまでどういった感じで接してきた? こうして出てきたということは、互いに言いたいことが伝わっていると思うのだが」
「うーん……普通に話しかけて言ったことをやってくれる。俺たちはこの子のしぐさとかでお腹が空いたとかわかる」
「なるほど。ナルマルムの方が言葉を理解し行動しているようだな」
そうだとするとあれはそれなりに知能が高いんだろう。空腹時に特定のしぐさを見せるのも、それで子供たちが理解してくれるからかな。
警備がナルマルムになにか言いかけて止まり、子供たちを見る。
「その子に名前はあるのかい?」
「マズって呼んでた」
「そうか。ではマズ、俺の言うことがわかるなら、髭を縦に振ってくれるかい」
すぐにマズは長くしなやかな髭を縦に振る。
しっかり言葉を理解してるなぁ。これだけの知能がある巨体の魔物が暴れたらと思うとぞっとする。人に敵対していないのは子供たちが敵意など見せずに接したおかげなのだろうか。
警備は肯定で髭を縦に否定で髭を横にと前置きして現状を説明し、子供たちを陸地に戻したいことを伝え、一緒に浜の方へ来てほしいと伝える。
それにマズは髭を横に振る。
どうしてだろうと俺たちが疑問に思っていると、答えてくれたのは子供たちだ。
「浜に近づけないようにお薬がまかれているから」
「ああ、そうか。じゃあ俺たちが最初に君を見た、あの磯までなら大丈夫かな?」
マズは髭を縦に振る。
ほっとした雰囲気が俺たちの間に漂う。
空を飛べる者がトウプル様たちに事情を説明するため、空を飛んでこの場を離れていく。
俺たちも馬車で移動し、マズと子供たちは水上を移動していく。
騎士と兵の中には、マズに警戒した視線を向ける者もいた。あれだけの知能があるなら演技と考えるのも無理はない。でも子供たちが近いので、警戒だけで済ませていた。
行きよりも時間をかけて目的の磯に戻ると、トウプルや心配した表情のレンソや大人がいた。レンソの横にいるのは子供たちの親かな。魔物と一緒ということで心配でたまらないのだろう。
マズの髭に胴を絡まれて陸地に子供たちが下ろされると、レンソたちは駆け寄って抱きしめた。
心配されていることに子供たちは不思議そうだが、魔物にさらわれたと聞かされて心配し、一応安全そうな魔物で命の心配はないと報告を受けても不安はなくならない。実際に無事な姿を見て、安心するのは当然だろう。
トウプル様が一歩踏み出して、マズに声をかける。
「マズといったね。私はトウプルというんだ。よろしく」
マズが髭を縦に振る。それを見て、トウプル様は頷いた。まずは友好的な対応で安心したんだろうか、トウプル様の表情に微笑みが浮かぶ。
そのままトウプル様はマズにいろいろと話しかけていく。いつもどのようなものを食べているのか、量が足りるのか、今度も大きくなるのか、どこからきたのか、これからどうしたいのか。
それらの質問にマズは答えていく。
この会話でトウプル様はこのままこちらに友好的であるなら、町の住人にマズを害すことのないよう通達することに決めたようだ。
住民に理解してもらうまで、派手に動かないようトウプル様が頼むとマズは承知したと髭を縦に振って、水中にもぐっていった。
「いやぁ、下手な人間よりも素直で助かった」
トウプル様は朗らかに笑い言う。
「トウプル様、あれの言うことを信じるのですか?」
警備の一人が不信感というよりも確認するように聞く。
「意思疎通がすべて上手くいっているわけじゃないかもしれないから、なにからなにまで信じるわけじゃない。人同士だって完璧に意思の疎通ができるわけではないしね。ならば人と魔物ではさらに意思の疎通が困難だろう。でもひとまずは信じてもいいかなとは思っている。これまでマズによって被害が生じていないから。自分の身を守るためにも、人との敵対はまずいと理解しているのかもしれないね」
あの知能ならありえそうだ。
今後も人が友好的ならば、マズも暴れるようなことはないかな。
休暇に発生した事件がひとまずの解決を見せ、俺たちは休暇に戻る。
シェーゾンは今日一日レンソから離れることを許されず、そばで過ごすことになった。
その日の夕食後にフーイン様たちは戻ってくる。フーイン様の方でも収穫があったらしい。
フーイン様が食事を終えて人心地ついてから、トウプル様と一緒に皆でフーイン様の話を聞いた。
フーイン様の収穫は乾いた血で汚れたリュックだったらしい。その中には旅に必要なものと書類が入っていたそうだ。
書類にはナルマルムの改造品種について書かれていた。書類の持ち主は残党の関係者なんだろうなぁ。
改造品種ナルマルムは大食いであり、そして通常品種を大きく超えた成長を見せて、最終的に空腹で暴れることを想定して作られた。だがそれは目標であり、いくつもの失敗を繰り返していた。
この書類の改造品種も成功とはいえず、それでも最初よりは目標に近づいているので、試しにどこぞの湖に放してデータ収集に使おうと考えていたそうだ。
「ナルマルムを湖に放したはいいが、魔物に襲われて死んでしまったのだろうな。その後はマズといったか? そちらがそのナルマルムから聞いたとおりだ」
マズが言うには、誰かから湖に放り込まれたあとは、湖の魔物に餌として追われて浜に逃げた。そこで少年と出会い、安全に空腹を満たして、成長できた。体が大きくなった今では、逆に魔物を餌にすることもあるらしい。
「マズの言う通りなら、すでに成長は止まっていて、ある程度の食事で満腹になるそうです。私どもには幸運なことに、目標に遠く及ばない成果だったということでしょう。それと知能の高さも向こうの想定外だったのでしょうな」
「知能に関しては書類のどこにも書いてないからな。今後あれをどうするつもりだ?」
「現状維持ですね。住民に存在を知らせて、近づかなければ安全と周知してもらうつもりです。今は人に悪意を持っていなくとも、交流で悪感情を持つこともあるでしょう。互いに住み分けることが正解ではないでしょうか」
「利用すれば湖はさらに安全になりそうだが?」
魔物をどんどん食べてもらえば、薬を撒かずとも人が泳げる部分は広がるし、魚の養殖も可能になりそうだ。利益が出て、町にとって良いことなのでは?
でもトウプル様は首を横に振った。
「上手く利用できればそうなるかもしれませんが、いつか改造の影響で暴れだすかもしれません。そのような不安定な存在を利用はしたくありませんね。安全と思い込んで、人の活動域を広げて、暴走したときに人が踊り食いされているところなんて見たくありません。それに交流を持てば情も生まれる。暴れて討伐することになったとき、余計な悲しみを背負いたくはありません」
もしもを考えて安全を第一にするのか。町を治める者ならそっちを意識してもおかしくないか。
「では子供たちの接触も今後は止めるのか?」
「止める気はないですね。これまで当たり前に接してきた存在が急にいなくなると不安になって悪影響を与えそうです。しかしあの子たち以外にはなるべく接触を禁じるつもりでいます。面白半分に接触して傷つける者もいるでしょうから」
トウプル様はそれを基本方針として、フーイン様も認めた。
しばらくすれば砂浜から遠く離れた湖上で隠れずに泳ぐマズを見ることができるかもしれない。
マズが今の性格のままならば、漁をしている大人がひょっこりと水中から顔を出したマズに驚くという光景が当たり前になるんだろうか。平和な光景だろうし、そうなるといいな。
翌日は、休暇の最終日で問題なく遊ぶことができた。
俺とシャーレは泳ぐよりも、水をかけあったり、水中の生き物を探してみたりと、水辺でゆったりと遊ぶ。
この町でできた友達との別れが迫るシェーゾンは少し寂しそうではあったが、再会を約束して悔いのないように遊ぶ姿が夕暮れまで見られた。
そして出発の日、リフレッシュできた皆の顔は気力に満ちたもので、神守の森で負った心労などどこにもなくなっていた。
午前中に食料などを購入し、昼食後出発となった。
シェーゾンは見送りにきた友達と会っていて、俺たちはトウプル様に見送られる。
トウプル様とは主にフーイン様が話していたが、何不自由なく過ごさせてくれたトウプル様と屋敷の皆さんには俺たちからも礼を言う。
騎士から準備が整ったと連絡が入り、別れもすんで馬車に乗り込む。
「また来たいと思えた町だったな」
「そうですね。とても過ごしやすいと思えた町でした」
「ゆっくりしたいときはまた来るのもいいかもね」
ダイオンが言い、俺とシャーレは頷いた。
そのときは普通の宿だろうけど、そこでも穏やかに過ごせそうだ。
馬車が動き出し、開けたままの後部ドアから世話になった屋敷が遠のいていくのが見える。
「いつかまた来たとき、マズが討伐されてるとかなってないといいなぁ」
「トウプル様の方針を皆が守るなら元気な姿が見られるかもしれませんね」
祈るだけならタダだし、この町の平和を祈っておこう。
感想と誤字指摘ありがとうございます




