55 預りもの
「引っ張るぞ!」
ダイオンも脱出は無理と判断し、電撃を発する綱を握る。
「ぎっ!?」
言葉にならない悲鳴がでる。日本にいたときコンセントになにかを突っ込んで流れてきた電流で体が固まると聞いたことがある。いままさにそれを実感していた。
ダイオンとシャイマンさんも似たようなものだった。
そんな固まる俺たちの視線の先で失敗作キメラはどんどん再生を進めていく。
フーイン様はほとんど取り込まれた状態だ。やばい、どうにかしなければっ。
「主様! 耐雷防御魔法です!」
焦る俺の耳に、シャーレの声が届く。そうか、それがあったと思った俺は急いで魔法を使う。ダイオンもシャーレの声でその魔法を思い出したのか、自身に魔法を使っていた。
だいぶ痛みと痺れがましになり、急いでシャイマンにも使う。
「引くぞ!」
ほとんど裂け目がなくなっている失敗作キメラから延びるロープを三人で引っ張ると、フーイン様を引きずり出すことができた。
咳き込んでいるフーイン様の腕の中には鷲がいる。すでに死んでいるのだろうか、鷲はピクリともしない。
そして失敗作キメラは大きく体を震わせ始める。悲鳴を上げる代わりに体全体が大きく波打ち、苦しさを表現しているようだった。
やがてその体を維持できなくなったようで、粘液が地面に広がるように体を崩していった。
残るのは動物の各部位と粘液だ。
「終わったか?」
電撃の痛みがまだ残っているのか顔を顰めたシャイマンが言う。
「周囲に気配は?」
体中に軽度の火傷のような傷をつけたフーイン様が聞く。
「俺には感じられませんね」
「俺もです」
周囲を見たダイオンが言い、シャイマンも頷く。
ダイオンがまだ嫌な感じはあるかと俺に聞いていて、周囲を見てみる。ないな。嫌な感じの正体は失敗作キメラとそれを従えていた奴らのことだったらしい。
「俺も嫌な感じはしない」
そうかとフーイン様が大きく溜息を吐いた。ひとまず戦闘は終わりと判断したんだろう。
「あとはこの鷲を神獣様に渡そう。おそらく神獣様はこの鷲を憐れんだはずだから」
体中の痛みに顔をひきつらせフーイン様は歩き出す。それをシャイマンが気にかけていつでも支えられるように隣を歩く。
戦闘が終わり、騎士と兵たちは非戦闘員に治療を受けている。触手による攻撃で少数ながら死者も出ており、そういった者は鎧を脱がされて身を清められている。
フーイン様も治療をと非戦闘員が声をかけるが、鷲を渡す方が先だと断った。
神獣様の前に立ったフーイン様は鷲を掲げ持つ。
「神獣様。この鷲を」
『その子はもう死んでいる。霊獣も生き死にはあるとはいえ、さすがに幼子が死ぬのは憐れだ。まだ世界の広さを知らぬままだろう』
「霊獣だったのですか」
『うむ。生まれたばかりで人に捕らわれ、あのような怪物の材料とされたのだろう』
人に対する怒りよりも鷲に対する憐みを感じさせる神獣様がふーっと息を吐くと、鷲は浮かび上がって透き通っていき、緑色の光へとその身を変えた。
その光を見て、少しだけ思案した神獣様が俺を見た。
『そこのヒューマ、こっちに来てくれ。ほかの者は我らの会話が聞こえないくらいに離れるのだ』
「俺で間違いないんですか?」
『ああ、お前だ』
周囲からなぜという視線が俺に注がれる。俺自身もなぜ呼ばれたのかさっぱりだ。
だけど神獣様の指示に逆らう者はこの場にはおらず、俺一人を残して離れていく。シャーレは残りたそうにしていたけど、ダイオンに肩を叩かれ、渋々離れていった。
近くにと神獣様に呼ばれ、二メートルの距離まで近づく。ここまでくると見上げる形になる。
『お前のことはあの方から聞いていた』
神獣様があの方って呼び方をするのは一人しか該当しないな。
「あの方とは管理者ですか?」
『そうだ。そういう呼ばれ方もしている。あの方から淀みを正す使命を授かったのだろう?』
使命なのか? 使命といえばそうかもしれないけど、そこまで大仰な感じではないような気もする。ただ移動して滞在するだけだし。
「淀み乱れているところに行ってくれと頼まれて、それに従ってます」
『お前自身はたいしたことをやっていないと感じても、それは大事なことだ。今後も励むように』
「わかりました」
意味なく逆らうような頼みでもないしな。
「ええと、呼んだのは使命について話したいからですか?」
『それもあるし、この子のこともだ。このまま世界に還すことも考えたが、もっと世界を見てもいいのではとも思った。お前はあの方の指示であちこちに足を運ぶだろう。ならば同行させようとな。さすれば今は無理だが、そのうち癒されて、精霊として復活する』
「癒される、ですか?」
どういうことだろう? 俺は霊獣や精霊を癒す術なんぞ持ってない。旅をしていればそういった魔法を獲得するんだろうか。
『旅を続けていればわかる。大精霊たちが放っておかぬだろうしな。頼まれてくれぬか、この子のことを』
「最後の方はなにを言いたいのかよくわからなかったんですけど、わかる範囲だと俺がその霊獣を預かれば精霊として復活すると。なにか預かることで不利益というんですかね? 悪いものが寄ってくるようなこととかありますか?」
『ない。むしろ復活すれば旅をするにあたって便利かもしれんぞ。なにせ国境を自由に越えることができるようになる。それは我ら神獣と精霊と霊獣に許された権利だ。お前と繋がることになる精霊も当然その権利を有している。お前とお前に近しい者もその権利の影響を受けることが可能だ』
国境を自由に越えると来たか。そうなったら急ぎのときは便利そうだけど、急ぐ理由も今のところないんだよな。むしろ管理者がそういった行動ができることを前提に移動を頼んでくるかもしれない。
受けることの不利益は、越境可能という秘密にしなければならないことを抱えること。いやまあローズリットがいる時点で秘密がどうこうは今更なんだけど。
……まあいいか。人に振り回された可哀想な子がまた生を得られるというなら、それは悪いことじゃないはず。
じっと俺を見ていた神獣様に頷くと、緑の光が俺の中に入ってきた。
『時が来れば、その子はお前の中から出てくる。それが数ヶ月後か数年後かはわからないが』
「すくなくとも明日明後日ではないんですね」
『それはさすがにないな。では帰るとしよう。あの虎のニールに伝えてくれ、循環の魔法に関して承知したと』
そう言うと神獣様は姿を完全に消した。
力が抜けて大きく息を吐く。管理者には届かないけど、それでも大きな存在にはさすがに緊張で体が強張る。
「主様!」
駆けてきたシャーレが心配そうな顔でこちらを見てくる。心配されるようなことあったか?
「神獣様になにか叱られたのではないですか? 話しているときに困ったような戸惑ったような顔だったので」
あー、それで心配されたのか。
「ちょっと戸惑う話を聞いただけだから」
なんの心配もないとシャーレの頭をポンポンと軽く叩く。
歩き出すと隣をシャーレが歩く。
フーイン様に魔法の使用許可を伝えるため近づく。フーイン様はいまだ治療を受けずこちらを見ていた。
「フーイン様。神獣様が循環の魔法に関して承知したと言っていましたよ」
「それは本当か? 俺たちがやったわけではないとはいえ、同族が霊獣を傷つけるようなことがあったから断られる可能性も考えていたよ」
「そうならずよかったですね」
「ああ、本当によかった。それであの霊獣はどうなったんだ? リョウジの体に入っていったように見えたが」
「俺の個人的な特性で、霊獣の魂を体の中に保管とかそういった感じですね。時間がたてば精霊として復活するとか」
フーイン様は少し疑うような表情になったけど、すぐに首を振った。
「神獣様が言うのなら本当なのだろうな。俺たちの不手際を押しつける形になったな。すまない」
「俺に不利益が発生するようなことではないので。もう心配事も解決したでしょうし、治療を受けてきたらどうです?」
「そうさせてもらおう」
フーイン様は側近の騎士に付き添われて離れていき、ダイオンが話しかけてくる。
「神獣様とはなにを話したんだ?」
「霊獣の魂を預かってくれってこと。いつ精霊として復活するかわからないってこと。あとはここじゃ言えないな。夜にでもこっそりと話すよ」
「厄介事の気配が」
「ばれたら確実に厄介事かもしれん。使わなかったら問題ないんだけどさ」
ダイオンが首を傾げる。話したことはヒントにもならないしわからなくて当然だ。話したら確実に驚くだろうけど。
この話題はここまでとして、俺たちも戦後処理を手伝おう。忙しそうだし、のんびりとしてるのは気が引ける。戦闘したから休んでてもいいんだろうけどね。だから疲れない程度に手伝うとしよう。
三人で野菜の皮むきをやりながら、周囲から聞こえてくる話を聞いていると、残党らしき者たちは全員が死んだらしかった。触手に攻撃された時点では生きていた者もいたそうだが、失敗作キメラが倒されたことを確認すると持っていた毒を飲んで自殺した。
「情報を渡さないためか、もともとここで暴れて死ぬつもりだったのか。どっちなんだろう」
「あいつらの行動から考えると、おそらく後者だ。好きなだけ暴れて、神獣様のアッツェン住民への心象を悪くして死ぬ。それが果たせれば満足だったんだろうな」
「迷惑な人たちです」
綺麗に皮をむきながらシャーレが眉をひそめて言う。
「その迷惑な奴らがまだいるかもしれないっていうね」
「いるだろうねぇ。なにか行動を起こす前に潰せたら、それが一番だ」
自由にさせて良いことは何一つないだろうしね。
そんなことを話していると、兵が近づいてきてフーイン様からの伝言を伝えてくる。
残党の死体を放置していると神獣様に迷惑なので、離れたところに穴を掘ってほしいということだ。
その伝言を持ってきた兵からは嫌な感じがした。兵に気づかれないように、指差し指を交差させ×と示してシャーレとダイオンに注意を促す。それに二人は無言で頷いた。
その兵と一緒に馬車に乗って穴を掘るところまで移動する。十五分ほど移動して、ここらでいいだろうと馬車を降りたところで、兵が動く。
「死ね!」
剣を抜いた兵だったが、武器に手をかけて時点でダイオンが反応しており、殴って動きを止めて、武器を持つ手を強く捻って関節を極める。
兵は舌を噛んで自殺を図ろうとしたが、それにもダイオンは素早く反応し、丸めた布を口に入れて塞いだ。
「ロープで縛ってくれ」
「あいよ」
馬車からロープを取り出し、俺が兵の足を拘束して、シャーレが縛る。腕も後ろ手で縛る。
フーイン様のところに連れていくことにして、馬車で野営地に戻る。
ダイオンが兵を見張り、俺とシャーレがフーイン様のいるテントへと向かう。
フーイン様は治療にポーションを使ったのか、怪我はほとんど消えていて、皮膚が少し違和感を感じさせる程度になっていた。
「穴が掘れたのか?」
「そのことで報告があります」
誰かに聞かれていいものかわからず、耳元で兵のことを伝えるとフーイン様の表情が強張る。
近くにいた騎士はその表情で何事か起きたのだろうと判断し、人払いを始めた。
「その兵はどうしている?」
「ダイオンが見張っています」
「そうか。おそらく残党のスパイだろうが、念のためそいつの荷物を確認してから判断したいと思う。ないとは思うが、君たちが嘘を吐いている可能性も疑わないといけないからな」
フーインは側近の騎士にスパイかもしれない兵の荷物検査とここまでの行動の調査を命じる。
頷いた騎士がテントから出ていく。
「それで穴はどうなった?」
「ああ、穴を掘る指示は本物だったんですね。あの兵が俺たちを連れ出す口実かと思ってました。掘ってこようと思いますけど、捕まえた兵を預かってくれませんか」
「わかった」
フーイン様は俺たちと一緒にテントを出て、近くにいた兵に声をかける。大きな袋を準備させて、一緒に馬車へと向かう。
馬車の中で転がる兵を見て、一緒に連れられてきた兵は驚いていたが、スパイ容疑がかかっているとフーイン様に教えられ、表情を引き締めてその兵を袋に入れる。
「じゃあ、すまないが穴を頼む」
「はい」
場所はさっきのところでいいな。
幅三メートルくらいの深い穴を魔法で開けた。ここに残党の死体を放り込んで、枯れ枝を入れて油を撒いて焼いたあと、埋めるらしい。
今回の戦闘で死んだ騎士と兵は腐敗を防ぐため魔法で冷やし、近くの町の墓に入れることになっている。親類には髪の毛と形見になるなにかを包んで渡すことになっているそうだ。
夕暮れになり、死者の簡単な葬儀を済ませて食事になる。
明日は休養日として、明後日に出発予定だと夕食の場でフーイン様が話していた。
死者も出て、明るい雰囲気とはいえない夕食で、一番不安そうだったのはシェーゾンだ。十歳の彼には刺激が強すぎたようで、レンソやトーローさんに気遣われていた。
その様子や騎士たちを見て、フーイン様は何事か考え、側近の騎士と相談していた。
夕食を終えて、風呂もすませて馬車に戻る。馬車の中に風の壁を作って音を外部に漏れにくいようにして神獣様との会話について話し出す。
「なにが問題なんだ?」
「最初から話していくね」
霊獣の魂が俺の中にあり、いつか精霊として復活するという一度話したことから始めて、俺に起こるなにかが原因らしいけど詳細はわからないこと、復活すると精霊との繋がりで国境を越えることができるようになることを話す。
「国境を越えるときたか」
「自在に越えられると知られるのはまずいよね?」
「商人からしてみれば垂涎ものだし、犯罪者だって羨ましがる」
増えた秘密をばれないように決めて明かりを消して寝る。
翌日は決めてあったとおり、休日でのんびりとした雰囲気が野営地に漂う。フーイン様たち一部の人間はスパイから情報を抜くため動いていたらしい。
それには俺たちは関わらず、シェーゾンたちとゲームをしたりして過ごしていた。
そして休日が終わり、出発前にフーイン様からちょっとした予定の変更が伝えられる。
魔法を使う予定地には寄り道して向かうという変更だ。
大怪我した騎士や兵の休養、仲間の死によるショックを癒すため保養地に寄ることにしたらしい。おそらくだけどシェーゾンのことも考えての寄り道なんだろうとダイオンは言っていた。今の心境では魔法使用に不都合があるかもしれない。だから気分をリセットするため寄り道するということらしい。
「出発だ!」
フーイン様が出発を告げて、馬車が動き出す。
馬車の中から外を見る。野営地はすっかり元の荒野の様相を取り戻し、人がいた形跡は焚火の跡などが示すだけだ。
立つ鳥跡を濁さずといった感じで、場を綺麗にした俺たちは神守の森から離れていく。
今も神守の森は見えないけど、そこにあって神獣様は俺たちを見送っているかもしれない。なんとなくだけど人ではない、厳かな視線を感じたのだ。
昨日は昔読んだ小説を見つけて懐かしく思い、夢中になって読んでいて更新忘れてました




