56 湖の町
神守の森を出発して四日。ここまで怪我人のことも考えて、速度はゆっくりとしたものだった。幸い残党や反体制派の襲撃はなく、魔物との戦闘があったくらいだ。その魔物もそれほど強いものはなく、俺たちの食事や売れるものへと変わった。
丘の上にいる俺たちの眼下には大きな湖が広がっている。気軽に一周できるような広さではないな。徒歩だと確実に二日くらいかかると思う。その湖の近くに町がある。町と湖の間にある浜には小さく湖水浴客の姿が見えた。水着姿で楽しそうに遊んでいる。
ここらはどういうわけか、王都よりも気温が高い。だからああして水辺で快適に楽しく遊べるのだろう。
この一団の雰囲気も、見える町や波辺の雰囲気にあてられて上向きとなる。
「さあ、もう少しで到着だ。浮かれすぎて警戒を怠らないようにな」
フーイン様が言い、あちこちから明るい返事が上がる。
二時間弱で町の前に到着し、観光には見えない一団にほかの客たちの視線が注がれる。何事かここらで事件でもあったのかと言いたげな視線だった。
完全武装の一団だし、その感想は仕方ないよね。
フーイン様と騎士が警備の詰所に行き、言葉を交わす。どこぞのお偉いさんと思っていたらしい警備は、その正体を知ったとたん背筋を伸ばした。
慌てた様子の警備の一人が、この町の代表にフーイン様到着を知らせるため走る。
残った警備とフーイン様はなにかを話している。頷いたフーイン様はそばにいた騎士になにかを伝える。その騎士はこちらに戻ってきて町の中に入る許可をもらったと話し、兵たち数人に宿の確認を命じていた。
命を受けた兵たちは町の中に入っていく。
二十分ほど待つと、フーイン様の到着を知らせに走った警備が戻ってくる。その警備の話すことに頷いたフーイン様はまた騎士になにかを話す。
騎士はシャイマンたちが乗る馬車と俺たちの馬車に近づいてくる。
「これからフーイン様がここの代表に挨拶に行く。君たち加護持ち組も同行してくれ。おそらく君たちの宿はフーイン様と同じになる。ほかの者は宿をとった者が戻ってきたら、その適宜人数を分けて宿に向かってくれ」
フーイン様の馬車が移動を始め、俺たちの馬車もそれについていく。
ゆっくりとした速度で町の中を移動していく。町の中は、行ったことのないハワイはこんな感じなのかなと思わせる明るいものだ。潮風はないけどカラッとした空気で、どこからか打楽器や弦楽器などを使った陽気な音楽が聞こえてきて、半袖といった夏服で歩く人々は明るい表情ばかりだ。
ダイオンによるとこういった保養地は、アッツェンのあちこちにあるらしい。南のラムヌには温泉の保養地が多いそうだ。怪我人を癒すという意味でなら、温泉の方が適してたな。
やがて馬車はこの町の代表がいる役所を兼ねた屋敷に到着する。屋敷前で馬車三台が止まり、全員が降りる。
屋敷の入口には人が並ぶ。その中央には深呼吸を繰り返す小太りの男がいた。四十歳過ぎに見えるカバを思わせるニールだ。
「ようこそおいでくださいました。フーイン様。我ら一同歓迎いたします」
「急な訪問すまない。ここに来る前の戦闘で被害が思った以上に大きくてな。近場の保養地で休もうと寄らせてもらった」
「戦闘ですか!? どうしてそのようなことに」
「今国家機密の計画が行われていてな? それを邪魔するため残党が襲いかかってきたのだ」
「残党ですか。あれらもいいかげんおとなしくなってほしいものですな」
「そうだな」
「おっと、お立ち頂いたままで話すことではありませんでしたな。失礼しました。中へどうぞ」
王子に立ち話させることに詫び、俺たちを中へと促す。
歩きながらフーイン様は代表について聞いたり、ここにいる者たちの宿について頼んだりしていた。
聞こえてくる会話で、代表の名前はトウプルとわかり、宿もこの役所の客室を全員が使えるとわかった。
客室の準備が終わるまで、応接室で待つことになる。全員が椅子やソファに座り、フーイン様が口を開く。
「まずは紹介しておこう。加護持ちは立ってくれないか」
促され立ち上がる俺たちを、トウプル様は感嘆の表情で見る。
「加護持ちがこんなにいるのは初めて見ますぞ」
「俺も初めてだったな。これだけ集めてようやく計画通りにいくのだから、これから行おうとしている計画の規模の大きさが想像できるかもしれんな」
フーイン様は一人一人名前を言っていき、紹介し終わって座るように言ってくる。
「彼らのそばにいる者は加護持ちではないが、大事な協力者だ。無礼のないように頼む」
「承知いたしました」
「話は変わるが、ここらでなにか変わったことがあったかなど聞きたい。残党が神獣様のところにいたのだ。それなりに近いここにも潜んでいる可能性はないか?」
「私に入ってくる報告では、いつもどおりのものでした。怪しい人物が暴れているとったものはなく、酒に酔った住民の乱闘騒ぎが最近あった一番の事件でしょうか」
「そうか。では魔物が町の外で騒いでいるといったことはなかっただろうか?」
「傭兵たちもいつもと同じ様子でしたね。大物が現れて暴れたという報告は入っていません」
平和ってことかな。だったら落ち着いた休暇を過ごせそうだ。
同じように考えたフーイン様がほっとしたように息を吐く。
そのときトウプル様が思い出したと手を叩く。
「事件や事故といったものではありませんが、つい最近少し気になる話はありました。湖で何度か水中に大きな影を見たというものです」
「魔物ではないのか?」
俺もそう思ったけど、トウプル様は首を横に振った。
「湖には魔物はいますが、報告が正しいなら、そこまで大きな魔物はこれまで見たことがありません」
「なにか問題はでたのか?」
「いえ、今のところはなにも。なので少しだけ気になる話ということで話しました。調査隊を組んで調べさせているので、いずれなにかわかるでしょう」
「大きな被害がでそうな緊急を要するものならば、こっちに話を通してくれ。協力しよう」
「はい。そのときは声をかけさせていただきます」
フーイン様は滞在にかかる費用の先払いをして、トウプル様が所属する氏族の様子などを二人が話しているうちに客室が準備されたようで、案内される。
俺たちは四人部屋を三人で使えるようで、そこに荷物を置く。旅装を解いて、散歩でもして町の様子を見ようかと話していると扉がノックされる。
ノックしたのは騎士で、今後の予定などを伝達に来た。
滞在は今日を含めて四日。飲み食いやお土産のお金はフーイン様が先払いしたお金から出るので、トウプル様から発行された書類を店員に見せてくれと書類を渡された。ほかには羽目をはずしすぎないようにという注意をして騎士は去っていった。このあと部下たちにも同じことを伝えるそうだ。
「それじゃ出よう」
「はい」
「そうしよう」
財布だけを持って部屋を出て、屋敷を出る。
まずは湖を見てみようと、そちらに足を向ける。
客のほかにちらほらと武装した傭兵の姿もあるが、彼らも町の雰囲気にあてられたように力の抜けた表情で歩いている。
こういった町を本拠地にするのもいいな。賑やかで穏やか、気候も温暖。カラッとした風を浴びながら、ビーチで昼寝とか最高じゃなかろうか。表向きこうなだけで、裏だとドロドロとかもありそうだから、本拠地に決定というわけではないけどな。
「パーレだと秋も深まろうって感じなのに、こっちだとまだまだ夏ってのはすごいな」
「国が違えば気候も違うのは知ってましたけど、実際に体験してみると少し驚きます」
「他国に行った人は似たような感想を持つだろうね。俺も昔他国に行ったときは同じことを思ったよ」
ダイオンは大陸南西にある砂漠の国ヤラハンにも行ったこともあるようで、昼は暑く夜が寒いという気温差に驚いたようだ。
「砂漠はそんな感じだって聞いたことはあるな。住みづらそうだ。あまり行こうって気がしない。人の集まりが悪いんじゃない?」
「そうでもない。あの国には廃棄領域があるから」
また知らない言葉が出てきたな。廃棄領域……ああ管理者からもらった知識にある。
管理者や世界にとってのゴミ箱のような場所らしい。必要なくなったものがそこに集まる。管理者にとっては必要ないものでも、錬金術師などにとっては高級素材だったりするため、高額の回収依頼が良く出ていて、一攫千金目当ての傭兵が集まるのだそうだ。
魔物にとっても餌場なようで、様々な魔物が集まっているようだ。そこにあるものを食べて変異した魔物も出現し、危険度はなかなかのもの。欲深く長く滞在するとあっさりと命を落とすということらしい。
「占いでリョウジのことが出なければ、廃棄領域に行くつもりだったよ」
「そうなんだ?」
「あそこの錬金術師が生み出す道具は質が高い。もしかしたら霊熱病や呪いもどうにかなるかもと思っていた」
「ほー、一回くらい見物に行くものありかな。でも砂漠の移動が大変そうだな」
「お金さえだせば、砂上を高速移動する砂船に乗れるからそれほど大変でもない」
砂船とかゲームの中でしか見たことがない。それが実現してるってのは、好奇心が刺激される。それを見るだけでもヤラハンに行きたくなってきた。
「興味津々って顔しているな」
「砂船とか話にも聞いたことがないしね。見てみたい。いつかヤラハンに行こう」
「それもいいな」
いつになるかなー。今の依頼をこなして、パーレに一度戻って、ファーネンさんに元気なシャーレの姿を見せて、そのあとって感じ? 管理者から指示が出るかもしれないからもっと後かもしれない。
それでもいつかは見に行こう。楽しみだ。
「あ、ジュースがあるね。飲もう」
視線の先に屋台があり、そこで果物で飾りつけされたカラフルなジュースを買う。
騎士からもらった書類を見せたら、店主はメモになにか書きつけてジュースを三人分渡してくる。
ジュースで喉を潤し、器を返して、砂浜に入る。
「間近で見るととんでもなく広いなこの湖」
視界いっぱいに水と空。はるか遠くに森が見える。
人々が遊び場としているのは町側の砂浜のみで、反対側には水着を着た人影はない。かわりに漁をしているらしい小舟がちらほらと見えていた。砂浜があるのはこちら側のみで、ほかのところは磯ばかりというのも遊び場になっていない理由かもしれない。
水は濁っておらず、水の浅い部分は綺麗に湖底が見える。
泳いでいる者、浅いところで遊ぶ者、砂浜でのんびりと寛ぐ者。砂浜ではしゃぐ者。いろいろな過ごし方をしていて、誰もが楽しそうで、この場の安全は保たれていることがわかる。
「そういやここらの水辺には魔物の姿ないね」
「魔物を近づけさせない薬でも撒いているんじゃないかな。ほらあそこ」
ダイオンが指差した方向に小舟があり、それに乗っている人がちょうどなにかの液体を撒いていた。そういった小舟は六隻あり、皆砂浜から二十メートルほどのところで止まって周囲を警戒している様子だった。
「あの人たちが警備と定期的な薬の散布を担当しているんだろう」
「安全を求めるならば、湖全体に薬を撒いた方がいいと思うのですけど」
「魚とか食べられる魔物とか死にそうだから、広くは撒かないんだろう。湖から得られるものもこの町を支える大事な資源だと思う。あとは薬を湖全体に撒くと、費用がかかりすぎるのかもしれないね」
なるほどとシャーレは納得した様子を見せる。
魔物と魚を全滅させたら綺麗な湖が保てなくなる可能性もあるし、今くらいがちょうどいいんだろうね。
ゴザと帽子を借りて、ここらでのんびりと過ごすことにする。近くには水着を貸している店もあったから、明日は泳げるな。
ダイオンは瓶に入った酒とつまみを買ってきて、ゆったりと風景を眺めながら飲み始める。
俺とシャーレは砂をいじって遊んでいた。
俺たち以外にも関係者の姿がある。シェーゾンはレンソと水辺ではしゃぎ、シャイマンはダイオンと一緒に酒盛りを始めた。トーローさんは女の兵士と一緒にシェーゾンたちを見守っていた。ほかにも見覚えのある騎士や兵が武装を解いて、思い思いに過ごしている。ナンパをして玉砕している騎士たちもいて、本当に気を抜いているんだなってわかる。
一時間ほど時間がたつと、ダイオンたちの酒盛りは人数を増やし、笑い声が上がっている。シェーゾンは現地の子供と仲良くなったようで、楽しそうに遊んでいた。この町に来る前の不安定さはなくなっていた。それを見てレンソたちはほっと安心した表情でいる。
俺はシャーレの膝を借りて寝転び、目を閉じて波の音や賑やかな声を聞いて過ごす。
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