0450 ウェラウニの笛吹き男
「ついにお婿様がヒーローになる時が来たのデス!」
極肉食堂ショッキングドンキーで滞納野郎アーク・ドイルから150万ドポン(3億円)をせしめた俺たちは、店からスチームカーでギルドへ戻った。その際に、案の定、アークが手下に後を付けさせていたのでローラに返り討ちにさせた。
今はギルドの駐車場で本日の詰めの仕事の準備に取り掛かるところだ。
「俺・・・やれるよな?」
正直、イザ本番という段になってビビってきた。
「もちろんデス! あれだけ特訓したじゃないデスか」
そうだな。俺はともかく、アイツらはちゃんと動いてくれる筈だ。
「男を見せろ。変態男」
何だとぅ、これが終わったらお前の部屋で存分に男を見せてやろじゃないか。
気合が入った俺は、車に積んでいた仮面と羽根つき帽子と衣装を着用する。
よしっ、行くか!
「肝心の笛を忘れてるのデス」
おっと、それが無ければただのコスプレ男になっちまう。
リコーダーを受け取り、もう俺は平気だからとローラに一つ頷いて歩き出す。
駐車場から裏庭に回ると獲物の持ち込みに来ていた冒険者たちがざわめく。
ピエロのように派手な衣装の吟遊詩人といった風情の俺は格好のネタだ。
ヒソヒソされるのはまだマシな方で、指差して笑ってる奴までいやがる。
笑え笑え。今の内に笑っとけ。だが最後に笑うのは俺だ。
ギルド裏門から通りに出て、予定したコースを歩いて行く。
行き交う人たちも俺を見て一様に何事かとざわついている。
どうやら、吟遊詩人という職業はもうとっくに廃れて珍しいようだ。
日本のチンドン屋みたいな扱いになっとる。時代の流れは切ないものだな。
よし、そろそろこの辺りから・・・やるか!
俺は手にしたソプラノリコーダーを口につけると、この数日間、何度も何度も練習を重ねてきた名曲『エーデルワイス』を奏で始めた。
♬ ピーポーポー ピーパーポー ピーポポピーポーパーポー
極彩色豊かな衣装を着て、孔雀の羽根が付いたつば広の帽子をかぶり、顔の上半分を隠す仮面を付けた男が、笛を吹きながらのし歩く。
最初は遠巻きに見ていた町の住人だったが、まず子供たちが喰いついた。
一人、また一人と俺の5mほど後ろを付いて歩き出す。
そして子供たちの数が6人になった頃、最初の目的地に辿り着いた。
その場で立ち止まり笛を吹き続けていると、何かが俺の足元に飛び出してくる。
「ソウスカンクだっ!」
「逃げろぉぉおお」
「また胃液まで吐かされるぞぉ」
周囲の大人たちは我先にと走り去っていく。
だが、後ろについて歩いていた子供たちは事情を知らないようで、むしろリスのように可愛いソウスカンクに興味津々で目を見張っている。
まぁいいか。このまま次の目的地に行こう。
俺は帽子の上と足元に3匹のソウスカンク、背後に6人の子供たちを従えて歩き出した。もちろん、エーデルワイスを吹きながら。
次の目的地でソウスカンクは6匹に、子供たちは12人になった。
大人たちはここでも逃げ出して行く。情けない姿だがその危機意識は大事だ。
三番目の目的地でソウスカンクは9匹に、子供たちは18人になった。
既に噂になっていたせいか、大人たちは逃げずに遠巻きにして様子を見ている。
四番目の目的地でソウスカンクは12匹に、子供たちは24人になった。
ここに来てついに大人たちは悟ったようだ。俺が何をしているかを。
「あんた頼むよ! うちの靴屋にいるソウスカンクも連れて行ってくれ!」
「ちょっと待て、俺の肉屋が先だろ!」
「私のところの宿屋もお願いします! 建てたばかりなんですぅううう」
笛を吹く俺の両腕にすがりつく大人たちに『任せておけ』と頷き先を急いだ。
その後は行く先々で歓声が上がり、拍手が巻き起こった。
俺の足元にはソウスカンクが、背後には子供たちが群れをなした。
うーむ、こうなってくると、エーデルワイスではしっくりこないな。
俺はリコーダーから口を離し、一度舌なめずりしてから曲を変えた。
この状況にピッタリなのはまさにこの曲・・・
『聖者の行進』だろ!
♬ ピーポッパッポー ピーポッパッポー ピーポパッピーポーパーピーポー
ノリの良い曲に思わず俺も体をくねらせながら笛を吹いて歩き続ける。
ソウスカンクや子供たちも俺のビートとダンスに血が騒いだようだ。
魔獣は飛び跳ね、人間は頭を振ってスキップしながら行進を続けた。
道の両側で歓迎している大人たちの拍手が手拍子に変わる。
パン!パン!パン!パン!と笛のリズムに合わせて手を打ち続けた。
この町の住人全てを指揮しているような万能感に俺は酔いしれる。
当初の目的をすっかり忘れて演奏にのめり込みステップを刻みつつ進んだ。
ふと我に返って周りを見渡せば、ソウスカンク部隊の集合は完了し全員が俺の足元か体の上にいた。子供たちの群れはもう数えきれず100人は下らない。
沿道の大人たちの顔は興奮で赤く染まり俺にコインや花を投げつける。
それを器用にソウスカンクが拾うものだからやんやの大歓声だ。
ここに至って俺のリコーダーズ・ハイも極まった。
まだ練習中で未完成だったが、今ならやれる。今やらずにいつやるよ!?
縦笛に接着していた唇を引き剥がし、十分に舌なめずりして唾液を飲み込む。
そして大きく息を吸い込んで世界中の人間が知ってる曲を吹き始めた。
♬ ピポッパッ ピポッピッ ポゥ!
そう、スーパーマリオブラザーズのテーマだ。
生まれて初めて聞く軽快で不思議な音楽に、一瞬戸惑った町の住民だったが、分かりやすいメロディーとリズムに直ぐ馴染むと、これまで以上に大きな手拍子で応え始める。ここぞというタイミングでは「ヤー!」と合いの手が入った。
こうなると俺も絶好調だ。
体をくねらせ、尻を振り振り、リコーダーを右へ左へ上へとスイングさせながらマリオ行進曲を吹き上げ愉快痛快で前進して行く。
楽しさは伝播する。俺の愉悦は後ろに続く子供たちへ、周囲の大人たちへ、町の住人へと伝わり皆が心を躍らせていった。
もう俺のソウスカンク退治行脚は、盛大なパレードと化していた。
魔獣の悪臭で破滅しかけた町を救ってくれた英雄が通る。
その感謝の念と異様な光景と軽快な音楽が人々に日常を忘却させ熱狂させた。
沿道では、子供たちが笑顔で手を振り、女たちは色っぽくキスを投げつけ、男たちは拳を突き上げて雄叫びを上げ、老人たちは拝み涙している。
この時、確かにこの町は、俺を中心に熱い一体感で包まれていた。
きっと俺は、この日の感動を一生忘れないだろう・・・
楽しい時間もいつかは終わる。
俺の祭りもフィナーレを迎えようとしていた。
北上してきた大通りもあと僅かで終点だ。
その先には町を囲う魔獣返しの水路とその上にかかる跳ね橋、それを越えて更に進めば、俺たちの最終目的地である北の森に到達する。
「ここでお別れだ」
俺は笛から口を放し、後ろを振り返って、静かにだがキッパリと告げた。
別れを予感していた子供たちの顔は一様に切なく寂しげだ。
あぁ、かつて俺がこんなにも子供に愛されたことがあったろうか、いや無い!
今度は子供たちの寂しさが俺に伝搬した。胸が締め付けられる。
「また、会えるさ」
気付いたら俺の口からそんな言葉が漏れていた。
「本当?」「嘘じゃないよね?」「いつ会えるの?」
子供たちは信じやすく、傷つきやすい。故に騙してはいけない。
「正体は明かせないが、俺はいつも君たちのそばにいる」
「え、この町に住んでいるの?」
「ああ、だから安心しろ。もしまた魔獣に襲われることがあったら、俺は再び現れる。リコーダー仮面となって!」
「ぷ、リコーダー仮面て」「かっこ悪ーい」「ビミョー」
子供たちは素直だ。故に残酷である。
さて、ぼちぼち潮時だな。
別れは長引くほど辛くなる。
「じゃあな、みんな、サヨナラは言わないぞ」
俺はそれだけ言って背中を見せると北の森を目指して歩き出す。
再びエーデルワイスを吹くと魔獣ソウスカンクの群れも俺に続いた。
「ありがとうリコーダー仮面!」「ありがとー」「またねー」
子供たちがブンブンと手を振って別れを惜しんでいた。俺の方こそありがとな。
その子供たちから少し離れて見守っていた大人たちからも感謝と別れの言葉、拍手と口笛が飛んできた。
街の住人は俺の姿が見えなくるなるまで見送ると、帰宅の途につきながら、今日見た光景を、参加した祭りを熱く語り合った。
翌日からも、家で学校で職場で路上で酒場で飽きることなく語り継いでいく。
自分は歴史の生き証人になったんだと胸を熱くさせながら。
こうして俺は伝説になった。
『ウェラウニの笛吹き男』という異名を持つ英雄になった。




