64 閑話その5
松本藍は1人で悩んでいた。恋の悩みやお通じや体形の悩みではなく、自分の職業である回復士に未来はあるのかと。
同じ時期に新人族となった5人は、近接戦闘系の職業で、スキルだけでなく武器を使ったアーツも、1つ2つと習得し始めている。一方、自分は杖術を頑張っているが、未だ1つも習得できていない。ただ、アーツはその内なんとかなると思っているが、回復士のスキルが問題なのだ。
別に回復スキルが使えないわけではなく、薬で代替可能なことが、今の藍の悩みであるのだ。自分がこの先、春人や仲間たちから必要とされなくなるのではと、危惧しているのだ。現に、ダンジョンでは誰一人怪我を負わないので、練習以外でスキルを使用することがないのだから、藍が思い悩むのも仕方のないことである。
複数人を一度に回復できる上に、MPが枯渇しなければ何度でも使用できるスキルとは違い、薬は1人用で使い切りであるのだ。万が一の予備としてなら、高価な薬も使用するだろうが、モンスターと戦闘するたびに回復薬を使っていたら、その内赤字になりダンジョンで稼ぐことも難しくなるだろう。
ダンジョンの難易度が上がれば、回復スキルを持つ職業は、引く手数多になるだろう。
薫やその両親が聞けば、笑われて終わる話である。
薬が安く買えるのは、5月3日までで、それ以降は元の価格に戻るのだ。もしかしたら、更に価格が上がる可能性もあるのだ。しかし、そのことに気が付いていない藍は、真剣に悩んでいるである。
永井俊樹は、盾士として訓練に励んでいる。それは、自分自身のためであることは当然として、如月薫に認めて貰いたいという欲求も大きかった。何せ、久しぶりに薫本人に会ったとき、俊樹の目には薫がとてつもなく輝いて映っていたのだから。
俊樹には、6つ年の離れた兄がいるのだが、兄弟仲は良くない。第2次性徴期真っただ中だった、不安定な兄のストレス発散として目をつけられた俊樹が、兄を嫌いになるのも仕方のない事であった。現在、兄は独り暮らしをしているので顔を合わせるのは、お盆休みやお正月休みくらいである。兄は土産物を俊樹にも買ってくるのだが、受け取りはしても兄が実家からいなくなってから処分している。兄は俊樹のことを嫌ってなどいないのだが、俊樹は兄が大嫌いなのである。
俊樹が薫に好意を持ったのは、頼りになる理想の兄への憧れからであった。それは、春人が上級生に絡まれて虐められた翌日、またもや春人に絡んできた上級生を薫が撃退したからである。
薫が直接暴力をふるったわけではない。お年玉貯金を使って強い上級生を数人買収して、春人へ絡んできた対象の上級生を、力と数の暴力で屈服させたのだ。しかも、親と一緒に相手の親へ証拠映像を見せつけ、示談金と誓約書まで書かせるという、念の入れ方であった。
もちろん、薫がすべて自力が考えたわけではなく、SNSを使った情報集めとアドバイスの賜物であるのだが、そのことを知らない俊樹は、薫をリスペクトするようになったのだ。
春人と仲良くなり、如月家に遊びに行くようなった俊樹は、必ず薫の所在を確かめるようになった。しかし、同級生とはそれなりに接することが出来るようになった俊樹だが、年上とは兄しか接点がないため、薫に接する時に構ってオーラを出しまくり、邪険にされる様になってしまっている。本人は、未だに普通に接している気なので、関係が良好になる事はないだろう。