侍の惑星
◎今回登場する敵:
★謎の戦闘員
メサイアの事件から1ヶ月がが経とうとしていた。
懲罰が解かれたジンを待っていたのはアレンと改めて仲間と認めてくれたルイス達だった。
決して自分達の思っていた事が間違いだったとは思わないが、ジンと言う人間を偏見でしか見ていた事にルイス達は謝罪した。
一方ジンは照れくさそうに『別に、気にしちゃいねぇよ』と言い返し、とりあえず仲間達と和解する事ができた。
ジンも自分の方から訓練に参加し、食事も一緒に摂るようになった。
ジンの事を快くないと思っていた他のスタッフ達もジンの本心を知って見る目を変えつつあった。
そんなある日の事だった。
フェニックス内部にある格納庫、ここでは戦闘機イーグルや装甲戦闘車バッファローなど様々なサポート・メカが100を超える整備チームのメンテナンスを受けていた。
無論スター・ブレイズ隊の強化型ナイトも普段はここで整備を受けている…… ちなみにアレンが使う改良型には整備の必要が無かった。
自己修復機能搭載の改良型ナイトは大幅な破損や故障が無い限りはデータ化されライセンス・ギアの中で何度でも修復される。
使い勝手が難しく、装着時間が限られている改良型にもメリットは存在していた。
日夜整備の止まる事の無い格納庫の一角に整備に必要な部品や機材の納められた複数の倉庫があった。
入り口には1~8と数字がかかれており、スター・ブレイズ隊専用の第3番倉庫ではアレン達が倉庫内の整理清掃を行っていた。
開きっぱなしになっているシャッター式の扉の前には沢山のプラスチック製の箱が山積みに置かれ、その内の1つをアレンが取るとサリーの目の前に持って来た。
そしてサリーに向かうように膝を曲げると蓋を開いて中に入っていた物を取り出した。
「これとこれは…… いらないか」
「これはまだ使えそう」
アレンとサリーは持っている部品を不要と判断したならば『処分』と書かれたプレートの張られたケースの中に、必要と判断した物は『必要』のプレートが張られたケースの中に仕舞った。
現在アレン達は倉庫の整理をしていた。
始まりは今朝のミーティングの事、いつも通り早朝鍛錬が終わり、着替えを終えて司令室に集まったスター・ブレイズ隊にマーカーから倉庫整備の業務を言い渡された。
スター・ブレイズ隊は立ちよった先で問題を起こす為に予算が大幅に削られている、よって各部隊や基地より中古のパーツやいらない機材を格安で譲って貰っているのだった。
そうなると結局使われないままのパーツも多く出てくる、そう言ったパーツを仕分けするのが今回の任務だった。
「はぁ、まだあるのか……」
アレンはため息をこぼしながら山積に差rているケースを見た。
実はここに置いてあるのはほんの一部で、これの数倍のケースがまだ倉庫の中で眠っていた。
そのケースを2つ、1つを右肩に乗せてもう1つを左小脇に抱えたジンが倉庫の奥からやって来た。
すると……
「新しいのを持ってきたぞ」
「あ、ありがとう」
アレンは苦笑した。
それは勿論持ってきた荷物もそうだが、それより驚いているのはジンの腕力の方だった。
金属製の部品が入ったケースの重量はかなりの物となる、それをジンは軽々と持ち上げてきた。
ジンに尋ねても『別に』とか『バーベルより軽い』と言って顔色1つ変えなかった。
オーガ族のずば抜けて高い腕力にアレンは度肝を抜かれた。
それはもう1人の男性隊員はそうも行かなかった。
「にぎぎぎぎぎぎぃぃぃ~~~~っ!!」
ジンに遅れてユウトがやって来た。
ユウトは汗だくになりながら目を大きく見開き、歯を食いしばりながら鼻息を荒くし、蟹股で一歩づつ歩くのがやっとだった。
そしてジンのすぐ後ろに荷物を勢い良く下ろすと老人の様に腰を曲げて両手で膝を握り、息を荒くしながら両肩を上下させた。
普通ならばユウトのようになるのが当たり前だろう、しかしジンを見た後ではユウトに同情したくなった。
「ご、ご苦労様」
アレンは労いの言葉をかける。
だが……
「何がご苦労だ。これメチャクチャ重いぜ」
「ああ、そうだな、結構入ってるし……」
「ったく面倒くせぇ、これじゃ始末書書いてる方がまだ楽だぜ」
ユウトは舌打ちしながら上半身を上げると右手で頭を掻きながら言った。
別に嫌味があって言ってる訳じゃないのは分かってる、しかし愚痴らずにはいられなかった。
しかしそれはアレンも同じだった。
何しろ箱の中には大小の歯車やらメーター付きのチューブやらが無造作に入っていたからだ。
アレンとサリーは処分品を確かめると同時に同じ箱に仕分けしていた。
するとユウトはジンに尋ねた。
「な、なぁ、ジン…… お前だってこんなのくだらねぇと思うよな? トレーニングしてる方が良いよな?」
「くだらねぇと思うなら考えんの止めて手ぇ動かせ、でなきゃ何時まで経っても終わらねぇぞ」
素っ気無く言うジンにアレンもユウトも固まった。
本当にジンは何も考えていないようだった。
それを見ていたサリーがアレンに言って来た。
「隊長、これだけの量を今日中に終わらせるのは無理」
「そうだな、整備班にはしばらく時間がかかるって伝えとくよ…… じゃあ、そろそろ休憩にしよう、ルイス達に伝えてくるよ」
アレンはそう言いながら立ち上がった。
倉庫の中ではルイス・リリーナ・アイファが掃除をしていた。
長い間掃除をしていなかったので棚に埃が溜まっていて、箒やハタキを手に掃除をした。
「ケホッケホッ! 本当に時々で良いから掃除しなきゃダメね」
ルイスは顔をしかめながら口元を押さえた。
するとリリーナが言ってきた。
「全く、どうして私がこんな事を…… こう言ったのはスタッフの仕事じゃないんですの?」
「仕方ないわよ、この倉庫は私達が使ってる訳なんだし、自分達の事は自分達で責任をとるのが普通でしょう」
「だからって納得できませんわ、何でこの名門アステリアの血を引く私が倉庫の掃除なんて…… ああ、もうっ! 髪が埃まみれですわ!」
リリーナは自分の髪を手に取ると忌々しそうにはき捨てた。
上流階級育ちのリリーナにとって私生活で炊事洗濯などの家事をするなどした事がなかった。
身の回りの世話は全て使用人にしてきたので、自分が周りの世話をするなどありえなかったからだ。
するとそこへアレンがやって来た。
「お疲れ様」
「隊長」
「アレン様っ!」
リリーナの顔が明るくなった。
「ごめんね、2人供埃まみれにしちゃって」
「これしきどうって事ありませんわ、髪なんて汚れたって洗えばいいだけの事ですわ」
「えっ?」
ルイスはリリーナを見て数秒まで言っていた事が違う事に目を細めた。
するとアレンは辺りを見回した。
ルイス達と倉庫の清掃をしているはずのアイファが見当たらなかったからだ。
「そう言えばアイファは?」
「奥にいるわ、私達じゃ手が届かない所があって……」
「そう、じゃあ2人は先に休憩に行ってて良いよ、オレもアイファを呼んでから行くから」
「分かりましたわ」
リリーナは頷いてルイスと供に倉庫を出て行った。
アレンはさらに奥に進んでいった。
「ううぅ~~~んん~~~………」
アイファは腕を組みながら唸り声を上げていた。
現在アイファは目の前にある『それ』を凝視ししていた。
軽く人間1人分はあるだろう横に長く自分の腰くらいの高さの『それ』には黒いシートがかぶせられ、床に倒れない様に幾重にもベルトで頑丈に固定されていた。
アイファは人差し指でシートの上を拭ってみると長い間誰も触れて無かったのだろう、かなりの埃が付着した。
「ああ、いたいた。アイファ、そろそろ休憩に……」
「あ、隊ちょ~、これ何~?」
「えっ?」
アレンに気が付いたアイファは指を差した。
アレンも『それ』を見ると首を傾げた。
ベルトを外し、シートを取ると『それ』を表に持って行った。
そしてサリーに頼むと『それ』を調べた。
「機体の損傷はそんなに酷く無い、だけどエネルギー回路に問題がある」
「修理出来ないかい?」
サリーは首を横に振った。
「これに使われてるエネルギー回路は旧式、新しい物と交換する必要がある、勿論それを循環させる為に他のパーツも必要」
「今あるパーツや回路で動かす事はできる?」
「可能」
アレンの問いにサリーは頷いた。
サリーが言うにはエネルギー回路はバッファローの予備を使えば可能で、パーツは先ほど整備した中に入っていた。しかも交換にはそれほど時間はかからないと言う。
するとアイファが腰に手を当てながら言って来た。
「隊ちょ~、こんなのあったって仕方ないよ、さっさと粗大ゴミで捨てちゃおうよ」
「いや、オレの勘だけど、これから確実に必要になる…… サリー、暇な時で良いんだけど、これを直しておいてくれないか?」
アレンは尋ねて見る。
するとサリーは白い右手の人差し指・中指・薬指を立ててアレンに見せた。
「……日替わりランチ、3日分」
「あ、杏仁豆腐もつけるよ……」
アレンの声が強張った。
金が無いのは部隊の方ではなくアレンの方だった。
アレンの言うとおり、倉庫の整理は1日では終わらなかった。
ジンとユウトが奥から荷物を運び出し、荷物の仕分けをアレンとサリーが行い、ルイスとリリーナとアイファが倉庫内を清掃する。
そんな同じ作業が3日ほど続いたある日の事だった。
「はぁはぁ…… クッソ、まだ終わらねぇのかよ?」
「さぁな、半分くらいは終わってたんじゃないのか?」
アレンは素っ気無く言った。
他の者達も同じような心境だろう、だがあえて口には出してなかった。
しかし進まなければ終わらない、それは事実だった。
「いっそ事件でも起きてくれねぇモンかねぇ」
「おいおい、不謹慎な事言うなよ、ルイスが聞いたら怒るぞ」
アレンは苦笑しながら言った。
何しろルイスには冗談が伝わらないからだ。
勿論冗談と言うのは分かる、自分達が出撃するという事は人々が苦しむからだ。それはどの部隊でも絶対にあってはならない事だった。
しかしそんな事を考えている時に限って思っている事と逆の事が起こる物だ。
フェニックス内にスクランブルを知らせるサイレンが鳴り響いた。
『エマージェンシーッ! エマージェンシーッ! スター・ブレイズ隊員達は至急指令室に集まってください!』
「マジ?」
「た、隊長…… お、俺ぁ!」
「分かってるよ!」
俗に言う嘘から出た真と言う奴だろう。
冗談で言った事が現実になってしまった事に動揺したユウトをアレンは宥めた。
意外とメンタルの弱いユウトだった。
すると倉庫の中から警報を聞きつけたルイス達も飛び出してきた。
「隊長!」
「ああ、行くぞ!」
アレンは力強く言うと他の隊員達も頷くと荷物をそのままにして格納庫を後にした。
緊急サイレンの鳴り響く中、スター・ブレイズ隊は指令室へ急行した。
指令室にたどり着いた時にはすでにマーカーが席についていた。
アレン達が自分達の席に着いたのを確認したマーカーは一息つくと今回の出撃要請のあった惑星の名を言った。
「今回の依頼はジパーダ第8支部からだ」
「ジパーダから?」
「ジパーダってアレ? 漫画の惑星の?」
マーカーの言葉をアイファは嬉しそうに立ち上がった。
すると他の者達は深くため息を零しながら両肩を落とした。
「……アイファ、関係ない話は今は止めよう」
「ゴ、ゴメンなさい……」
アイファはばつが悪そうに顔を顰めると小さな肩に首を引っ込めながら席に腰を下ろした。
すると隣のリリーナが呆れながら忌々しそうに言った。
「全く、どうして貴女はしょうも無い事ばかり…… その間違った考えはどこから覚えてくるんですの?」
「じゃあ何よ、アンタはジパーダ知ってんの?」
「当然ですわ。私はエリートですのよ、田舎の惑星の文化なんて子供の頃に習いまわしたわ」
「田舎の星で悪かったな」
リリーナの言葉にユウトは舌打ちしながら顔を顰めた。
何しろジパーダはユウトの故郷だからだ。
するとそこをアレンが止めた。
「お前達、寄せ!」
アレンがそう言うと『ある方向』を見た。
アイファ・リリーナ・ユウトの3人がその方を恐る恐る見る、するとそこには話が一向に進まない事に苛立ち、腕を組みながらまるで鬼のように顔を歪ませているマーカーの姿があった。
3人は申し訳なさそうに口を紡いで目を背けた。
アレンは慌てて脱線した話を戻した。
「そ、それで司令、ジパーダで何が起こったんですか?」
「ん? ああ、実は……」
マーカーはため息を零すと今度の任務の詳細を語った。
スター・ブレイズ隊の今度の任務とは……
シルバー・クレスト第1惑星ジパーダ。
6つの惑星の中で独自の文化を持ち、惑星を統括するジパーダ幕府により300年もの間『鎖国』体制をとっていた。
他の惑星との関わりを断ち、刀を持つ事を許された侍が平民を従えると言う階級社会を取っていたのだが、シルバー・ウォーズ終戦後に幕府は解散した。
そして新たに設立された新政府により廃刀令が布かれて侍は滅び、鎖国体制も解かれて他の惑星の文化が流れ込み、ジパーダは生まれ変わりつつあった。
そんなジパーダに事件が起こった。
フェニックスは問題のあった第8支部へ着陸した。
第8支部があるのはジパーダ東北部にあるセーダイと言う街だった。
ほぼ全てが木造2階建ての建物が並ぶ街の中に黒い策の高い壁に覆われた大きな敷地があった。
その中央には5階建ての白塗りの建物と無数の格納庫と宇宙船用の発着場があり、その発着場の1つにフェニックスが降り立った。
ルイスと整備班が補給・点検を行っている中、格納庫からバッファローが走り出した。
バッファローにはアレン・アイファ・ユウトが乗っていた。
今回の任務はごく少数の人数で行う事になり、隊長のアレン、ジパーダ人であるユウト、そして何よりジパーダに来たがっていたアイファが行く事になった。
本当なら任務の都合と積んである機材を使う為にルイスやサリーを同行させる所だが、アイファが泣きながらすがり付いて来た為に止む無く同行させる事になった。
ちなみに周囲の者達はため息を零しながら両手を挙げたのは言うまでも無かった。
後部座席に乗っていたアイファは窓にへばりつきながら表の様子を見ていたが、やがて見るのを止めると頭の後ろに両手を回して背凭れに寄りかかった。
「何か~、思ってたのと違う~」
アイファはつまらなさそうにため息を零した。
ジパーダに憧れていたアイファがこの惑星に来たのはこれが初めてだが、ジパーダに対する知識は全て漫画やアニメで得た物だった。
しかしアイファの考えと現実は大きくかけ離れていた。
24時間営業のコンビニエンス・ストアや他の惑星の食事を楽しむファミリー・レストランやジャンク・フードの店が立ち並び、ネクタイとスーツ姿の男や金色に染めた髪を逆立てたパンクロッカー風の若者が普通に歩いていた。
どれもこれも他の惑星で見られるものばかりだった。
ふてくされているアイファにバッファローを運転していたアレンがバックミラー越しにアイファを見ながら言った。
「そう言うもんだよアイファ、思ってた事と現実が違うなんてよくある話だよ…… まぁ、オレも似たようなもんだけどね」
アレンは微笑する。
アレンもアイファほどではないのだがジパーダに興味を持っていたので、内心カルチャーショックを受けていたのだった。
するとユウトが言ってきた。
「隊長もかよ…… ったくどいつもこいつもジパーダを何だと思ってんだか」
「不快に思ったなら謝るよ、でもオレの憧れには君も含まれているよ」
「何がだよ?」
ユウトは尋ねる。
アレンも剣を持つ者だからこそ耳にしていた。
それは一度抜けば鉄をも切り裂くジパーダに伝わる剣士『侍』の事だった。
シルバー・ウォーズの最中、敵船に極僅かな人数で乗船し、銃器を持つ敵兵をサムライ・ソードで切り裂いて言ったと言う武勇伝は有名だった。
最終的には鎖国ゆえに時代の波に着いて行けずに敗戦を余儀なくされたが、それでもシルバー・クレスト最強の剣士である侍の噂は有名だった。
するとユウトは呆れると言うか、刹那の間複雑な顔をして返答に困るが、やがて口ごもりながら言い出した。
「隊長…… あんまり期待しない方が良いぜ、侍って言ったって良いモンばかりじゃないぜ」
「ん、ああ、分かってるよ、調べたからね」
「何々~? ど~言う意味ぃ~?」
「……お前、本当に軍人か?」
「アイファ、いくらサムライでも『人間』って意味だよ」
何の事だか分からないアイファにアレンが言った。
ユウトも左ひじを窓際につけて頬杖を付きながら目を細めて窓の外を見た。
3人を乗せたバッファローがセーダイの街を出ると左右に田園が広がる道が広がった。
まだ蒼々としているが立派に育った稲穂の水田を抜けると今度は深い森の中へ続く道があった。
元々あっただろう木々を切り倒して作られただけの道は街中や水田の道と違いとても悪路だった。
大小の石とでこぼこの道ゆえに車体が大きく揺れ、荷台に積んだ荷物が衝撃で壊れないようにアイファが身を乗り出して抑えていた。
「隊ちょ~、もっとまともな道なかったの~?」
「仕方ないだろ、ここしかないんだから…… って言うか喋ると舌噛むぞ」
「大丈夫だよ、そこまでアタシはドジじゃなな……アベハッ!!」
((言ってる側から……))
「痛ふぁい~~~ッッ!!」
後ろ向きだが目に涙を浮かべているアイファの顔が頭に浮かび上がるアレンとユウトは眉間に皺を寄せながらため息を零した。
セーダイの街を出てから約5時間後、アレン達は問題の場所へやって来た。
大きく開かれた場所で目にしたのは崖崩れに塞がれた山道だった。
これが今回のスター・ブレイズ隊の任務だった。
今は通る事ができないが、首を上げるほど大きく高い切り立った崖の間にある1本の道を行くと『日下部村』と言う小さな山村が存在する。
普段は訪れる者も少ない小さな山奥の村なのだが、日下部村在中のシルバー・フォース隊員より4日ほど前から連絡が取れなくなっていたと言う。
セーダイのシルバー・フォース隊員が駆けつけた時にはこの様な有様で、スター・ブレイズ隊にはこの大岩を撤去して村人の安否を確認してきて欲しいと依頼が入った。
アレン達はバッファローから降りると問題の崩れた崖を見上げた。
「ここか…… 一気にバッファローでふっ飛ばしちまおうぜ」
「そんなんじゃ余計被害が出る…… データを集めるんだ」
アレンが言うとバッファローの荷台から機材を下ろし、チューブを車内のバッテリーを接続するとコンピューターを起動させた。
小型だが長方形で4本の折りたたみ式の足の付いたマイクロウェーブ照射装置を敷地内のあちこちに設置してスイッチを入れた。
カメラのレンズのような物が取り付けられた底部分から発せられるマイクロウェーブが地中に浸透し、一度バッファロー内のコンピューターに転送される、集まったデータはフェニックスに送られて正しいデータが解析されて戻ってくる。
これで撤去に必要な爆薬の正しい量や何故崖崩れが起きたのかを検証できるのだった。
アレンがキーボードを叩いて集めたデータをフェニックスに待機しているルイスの元へ送った。
するとユウトがバッファローに背を当てながら言って来た。
「隊長、俺が言って置きながらなんだけどさ…… こう言うのって地元の連中でどうにかするモンじゃねぇのか?」
「仕方ないだろ、セーダイ支部は別件があるって言うんだから」
アレンは言った。
セーダイ支部は昨日港区で起こったテロ・バンク『快天党』が起こした暴動事件の為に大多数が出動してしまったと言う。
幸い暴動は鎮圧できたのだが、事故処理の為に戸惑っていて人員が足りていないと言うのだった。
「早く片付くんだから良いじゃないか、これも世の為人の為だ」
「隊長、マジで人助けが趣味みたいだな…… ん?」
ユウトはため息を零した。
するとユウトは何かに気付いた。
それは少し離れた場所でアイファが片膝を付いて地面に手を当てて目を閉じていた。
いつもなら口を尖らせて『つまらない~っ!』とか『遊びに行きたい~っ!』と言って駄々をこねるのだが、今のアイファは何かを思いつめた感じで眉間に皺を寄せていた。
やがて目を開けたアイファは立ち上がって膝の頭を手で叩くとアレンの側へやって来た。
「隊ちょ~、アタシこの先行ってみる」
「えっ?」
「はぁ? お前な、ここから先なんて行ける訳ないだろ」
「行けるよ! これくらいなら私登れるし~」
「あ、おい! アイファ!」
アレンはバッファローから身を乗り出してアイファの名を叫んだ。
しかしアイファは崩れた崖に近づくと大地を蹴って飛び上がり、まるで猫のような身軽さで岩が硬くて足場の丈夫な部分を飛び越えるとあっという間に頂上へたどり着いてしまった。
するとアイファは立ち上がって後ろを振り向いて眼下にあるバッファローを見ると上着からライセンス・ギアを取り出した。
するとバッファローの中のアレンの上着の内ポケットに入れていたライセンス・ギアに呼び出し音がかかった。
アレンはライセンス・ギアを取ってスイッチを入れた。
『隊ちょ~、ここ変だよ~』
「変って何が?」
『分からない~、でも何かいるって言うか~? あるって言うか~?』
「何だそりゃ?」
話を聞いていたユウトが首をかしげた。
『とにかくこのまま行ってみるよ~、村の人達の事心配なんでしょ~?』
「ん、まぁ…… そうだけど」
『じゃあ、行って来る~!』
アイファは左手を大きく振るうと崖の向こう側へ消えていった。
するとアレンは最後に一言言った。
「アイファ、ここは君に任せるけど…… 決して警戒を怠るな、それと最低でも5分に1回は連絡を入れるようにな」
『は~い』
それだけ言うとアイファからの通信が切れた。
アレンはチェアーに背を凭れるとため息を零した。
「なんだか娘を持った親父みてぇだな」
「そこまで老けてないだろ」
ユウトの冗談にアレンは苦笑した。
するとバッファローのコンピューターにルイスからのメールが届いた。
そのメールを開いた瞬間、アレンの顔が強張った。
「……まさかこんな事が?」
一方、アイファは坂道を登っていた。
周囲に木々は茂っているが車一台分くらいなら通れるくらいの広さの道の真ん中を両手を振りながら歩いていた。
ジパーダはもうすぐ夏と言う事もあるので気温は高いが青葉が茂っている為に涼しくてとても快適だった。
任務でない限りはちょっとした森林浴気分だろう、アイファもそんな気分で歩いていた。
「いい気持ちだな~」
アイファは猫のように大きく背を伸ばした。
だがそんなアイファを少し離れた木々の隙間から覗き見している無数の影があった。
その刃のように鋭い眼光が輝くとアイファの背筋に悪寒が走った。
「ッ!?」
アイファは足を止めて振り返った。
瞬時に影達は姿を隠したが、生憎アイファには通じなかった。
冷たく凍るような視線、自分に向けられる激しい殺気を隠す事はできなかった。
姿は見えずともただ事では無い事はアイファでも分かった。
アイファは息を呑むとこの事態を知らせようとライセンス・ギアの通信を入れた。
「隊ちょ~! 隊ちょ~っ! ああっ!?」
しかしその時だ。ヒュッ! と言う風を切る音が耳に入った。
慌てて身を屈めて交わすとそれは地面に突き刺さった。
それは鋭い鏃と白い尾羽の矢だった。
すると今度は無数の矢が木々の間から飛んできてアイファを襲った。
「くっ!」
アイファはさらに横に飛んで地面に転がって攻撃を回避、体を起こして体制を立て直した。
明らかに敵がいる、そして止まっていては格好の的となる…… そう判断したアイファはその場から逃げる事にした。
森の中を只管駆け抜けて行くアイファ。
振り返えると自分を狙っている敵は今もなお自分を追いかけてくる。
敵の正体と数、さらに何が目的かは分からない、だが明らかに自分を狙っているのは分かった。
この状況を1人で打破するのは不可能と判断したライセンス・ギアに向かって叫んだ。
「隊ちょ~! 大変、敵が…… あぐっ!!」
横から飛んできた矢が自分の右手の甲を掠めた。
『アイファ? どうした。アイファッ!?』
ライセンス・ギアからアレンの声が聞こえる。
慌てて拾おうとしたアイファだったが突然激しい目眩に覆われた。どうやら鏃に毒が塗ってあったようだった。
毒の影響は次第に四肢の方にも現れた。
体中に痺れが回ってくると手や腕、膝や足から力が抜けて感覚がなくなって来た。どうやら塗られている毒は即効性の猛毒では無く相手を捕獲する為の神経毒のようだ。
これは身軽さを売りとするアイファには命取りだった。
毒の影響か思考もままならなくなり…… いや、意思がハッキリしていたとしても拾っている暇は無い、とにかく今は逃げるしかなかった。
「はぁ、はぁ……」
意識が無くなりそうになる。
だが敵に捕まる訳にはいかなかった。
しかし急ぐのと焦るのは違う、まして始め訪れたアイファはどこをどう彷徨っているのか分からず、最悪の場所にたどり着いてしまった。
「ああっ?」
アイファは足を止めた。
目の前には大きな川があり、しかもアイファから見て右側は滝となっていて大量の水が下に落ちていた。
川の流れは結構速い、もう少し上流に行けば流れが穏やかな場所もあるだろう、しかしそれを待っていてくれるほど敵は甘くなかった。
茂みをかけ分けて敵は現れた。
黒い覆面付きの着物の上から背中には黒い二重丸の中に『剣』と言う刺繍の施された紫色の装束を羽織った男達はアイファの周りを取り囲んだ。
「くっ…… な、何なのよ、アンタ達、一体何者よ?」
アイファは息を荒くしながら相手の正体を探ろうとする。
だが男達は質問に答えるどころか弓を放り投げると今度は腰に差した刀を引き抜くと切っ先をアイファに向けた。
「問答無用!」
男達は刀を振るってアイファに襲い掛かった。
「きゃあっ?」
アイファは敵の攻撃を交わし続けた。
ライセンス・ギアが無いので助けを呼ぶことも出来ず、まして任務が任務なだけに武器も持ってきていない…… さらに毒による麻痺で反撃する事すら出来なかった。
あっという間に崖の淵まで追い込まれてしまった。
「はっ!」
敵の凶刃が横に振るわれ、アイファは身を仰け反らせて交わした。
だがその瞬間、足から地面を踏んでいると言う感触が無くなった。
「きゃあああぁぁああーーーーっ!!」
足場が崩れ落ちるとアイファは真っ逆さまに崖から落ちていった。
悲鳴は滝の音にかき消され、アイファは滝の中へ消えて行った。
9話目です。
パソコン画面が壊れてしまい、しばらく投稿できずにいましたが、お楽しみいただければ幸いです。
ご感想、ご意見お待ちしております。