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その後。3

 ロベルトが事情を話し、手近にあった酒を飲み干した時、それを聞いていたレンの母は笑いながら言い捨ててみせた。

  


 

 民よりも適齢期が短い貴族の女が、帰らぬ可能性の方が高い男を待っていられるものですか。

 女はね、男程に理想を追ったりし続けないのよ。始めは脳みそを沸きあがらせて、待っている健気な淑女な私、とかやっているけど。厳しい戦況や魔王の恐ろしさを聞けば聞くほど、男が戻ってこなかった場合に自分はどうなってしまうのだろうと冷静に考え始める。

 英雄の、まぁ婚約者であろうと同じだから寡婦でいいわよね、寡婦なんて悲惨なものよ?次の相手を見つけようとも周りが、国を越えて人々が許さない。だって、世界の為に戦って散った英雄が愛した女を、死んでいるとはいっても横取りなんて、なんて罪深いことなのかしら。英雄が愛した女は、英雄以上に人々の夢である必要があるの。散ってしまった婚約者を想って、死んで再会するその時まで喪に服し続ける、清らかで美しい聖女であらねばならないっていう、夢でなければいけないのよ?死ぬまでの間、恋をすることも、贅沢をすることも駄目。人々の目から見て、亡き英雄に相応しい女であり続けなければいけない。

 でも、周りを見てみたら?自分と同じ女達が恋をして、家庭に入って、子供を産んで、孫を慈しむ。貴族の女なら、流行のドレスを身に纏って、当たり前のように宝石で自分を飾りつけて、贅沢で美味な食事、甘いお菓子を楽しむ。女同士で集まって、楽しいおしゃべりに興じている。

 自分が死ぬまで終わらない、清貧の中にあらねばならないのに。ただ、婚約者でしか無かった男の為に!




 

 レンの母のその論説を聞いた時、男と女で大きく反応が別れた。

 レンを始めとする男達は、うわぁと顔を大きく顰め、青褪めさせ、否定したいという想いをありありと表情に映していた。

 だが、フレイアとエリーナは違ったのだ。男達とは違い、あぁそうね、と自分では考え付かない事だが納得は出来るという表情を浮かべて、頷いてもいたのだ。

 親しく長い付き合いのある仲間達のそんな反応にもまた、レン達はショックを受けた。

 真っ青な顔で聞いていたロベルトなど、表情も抜け落ちて石化してしまっていた。

 

 だが、容赦の無いレンの母はそれだけで止まってはくれなかった。




 賢い女なら行動は早い方がいい、と考えるわ。

 貴族の家に生まれた女ですものね、賢くない訳が無いけれど。

 英雄の寡婦が唯一、その身を許しても許される相手って誰だか分かる?分からない?どうして、一人しか居ないじゃない。英雄を失ってしまった痛みを分かち合える、英雄を信頼し傍に置いていた王よ。王には世界の為だけではなく、自分の為に命をかけると誓いを立てて散った臣下、騎士の大切な宝を護る義務がある。

 自分達が命をかけて散っても、王が家族にそこまでしてくれるというのか。っていう考えを臣下や騎士達に示すいい機会でもあるものね。

 英雄が過酷な旅をしている中、不埒な考えを抱く愚か者、もしくは魔王の命を受けた魔族から護るという名目で庇護下に置いたとかいう名目でしょうね、どうせ。庇護下に置くという名目なら、後宮に囲っても別に非難は受けないもの。後宮ほどの女性に対する護りが徹底している場所も無いものね。そして、その中で行われる事がそう大抵の事で外に漏れることも無い。

 王として立派な人物だろうと、所詮は男。下半身なんて、女がやる気を見せたらいかようにも出来るものよ。そうね、英雄の死が分かる以前に失敗してしまったら、他の側妃か何かの子とでもして、慈愛深い英雄の寡婦が育て親になったとか美談にすればいいだけよね。それ以降ならば、慰めあっている間に…とかなんとでも出来る。



 あまりにも明け透けな母の発言に、ようやく我に返ったレンが止めに入った時にはもう遅過ぎた。

 絶望して森へとやってきたロベルトは真っ白に燃え尽きてしまっていた。




 あら、でも絶望することは無いわ。

 だって、貴方は彼等の思惑を外れて生きて帰ったじゃない。それだけで、多くの人間は王達の発言、行いは愚かな虚言だと知ったという事よ。

 まぁ、王達はストーリーを築き上げていることでしょうけど。そうね、魔王との戦いに他の英雄達と共に倒れてしまっていたけど、主君と婚約者を想う気持ちが強過ぎて、まるで生きているかのような霊魂の姿で帰還を果たした。そして、主君が婚約者を護ってくれるという誓いをしてくれて満足して昇天した、とかかしら?

 無理矢理過ぎるハッピーエンドだけど、王が怖いから人々はそれを信じて黙るしかない。

 でもね、王達は一生怯え続けることになるのよ?何処かで生きている貴方という存在に。英雄を裏切ったという事実を必死に隠す自分達のそれを、貴方が暴きに来るかも知れないという可能性に。




 それは彼女なりの慰めだったのかも知れないが。

 すっかりと燃え尽き、絶望以上の絶望を味わっている最中のロベルトには、届くことは無かった。勿論、女って、とすっかりドン引きしていたレン達も理解出来た訳では無かった。




「ず、随分と強烈なお袋さんだな…」

 その場に居合わせることの無かったニクスも、伝え聞くバーンとレンの言葉によって伝えられたレンの母の弁には、顔を引き攣らせてドン引きするしかなかった。

「えっと、挨拶した方がいいのか?」

 強烈な人ということが分かり、貴族であった人ならば、礼儀に反したら何が起こるのか、想像するのも恐ろしい。そう思ったニクスが挨拶がしたいと申し出てみた。

「あぁ、帰ってきたら紹介する。今は猟師の所に食材を仕入れに行っているから、すぐに戻ってくるだろう」

「強烈な御仁で口が悪いって事を家族に伝えといた方がいいぜ?じゃないとロベルトみたいに泣く羽目になるかも知れないからな」

 バーンの忠告にごくりと喉を鳴らしたニクスの額に汗が滲んだ。

「これだけは先に言っておく。母はニクス達の事を本当に歓迎しているんだ。猟師の所にも子供がたくさん居るのなら肉が食べたがるだろうと考えて向かったくらいで」

 母のフォローを、レンは忘れずにしておく。

「ロベルトの事も一応、言い過ぎたと反省しているんだ。薬の調合が得意な人の所に、酒を幾ら飲んでも身体を悪くしない特別配合の薬というものを貰いにいき、あの酒瓶の中に仕込んだり」

「分かった。あぁ、なんか、紹介されるのが少し、楽しみになってきたわ」




「でも、故郷を捨てなければならなくなったニクスさんのご家族の事を思うと、裏切られて絶望しているロベルトさんの事を考えると、こんな事を言ってはいけないのは分かっているけど」


 おずおずとヨハンナが口を開く。

 新しい新居に夢中のニクスの家族達には聞こえないように、それでいて仲間達には聞こえるように。


「私は皆でもう一度集まれたこと、これからまた一緒に居られることが、少しだけ嬉しいです」


 二年という月日は短くない。

 その間、協力して戦い、束の間の日常というものを楽しみ、性別も身分も関係なく寝食を共にした二年は、普通の時間の流れなどよりももっと長く濃厚な日々だった。

 仲間、友人、それ以上に家族とも言える絆が、自分達の間に生まれているような気をヨハンナは感じていた。


「まぁ、そうだな。レンじゃねぇが、俺達が揃えば何があっても大丈夫だろうしな」

「魔王が来るのは勘弁してもらいたいもんだが、国の一つや二つなら追い払うのは簡単だろうな」


 最年少のヨハンナの言葉に、全員が表情を和ませて頷いた。

 きっと何時か、ロベルトがショックから立ち直って前向きに考えられるようになったなら、彼もきっと頷いてくれることだろう。


「ではまずは、ロベルトさんの愚痴をたっぷり聞いて、一緒に飲み明かして差し上げましょう。そうでなければ、ハッピーエンドとはなりませんでしょう?」

「そうね、あの時は出来なかった祝賀会をかねて、どんちゃん騒ぎでもしたらいいのよ。腕によりをかけてツマミでも作るわ!」

 森へと来て料理を始めたというフライアとヨハンナ、貧乏家族に生まれ育って料理など手馴れたものなエリーナ、が何を作ろうかとキャッキャと年相応のはしゃいだ姿を見せる。


 英雄達は辺境の"名無しの森"で、英雄という固く重たく飾り立てられた殻を捨て、ようやくの平穏を掴むことが出来たようだった。




 魔王との戦いを終えた英雄達のその後について、後世には何一つ遺されなかった。

 ある書では全員魔王と相打ちとなって帰ることが無かったと記され、ある伝承では一人だけ遺品を持ち帰ったもののすぐに儚くなったと言われ、ある書では英雄の力を恐れた愚王達によって抹消されたとあった。

 辺境の森で隠遁者なったと語る人も居たが、それが真実であると記す書も伝承も確認されることは無かった。

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