待機組
ラッセとスカイキャットが黒騎士と死闘を繰り広げている一方で、夜明島の格納庫で動く二人がいた。
「唯花さん、なんか具合悪そうだけど大丈夫?」
「う、うん。平気だから、気にしないで。大丈夫だから」
遼河と唯花は、隼風の操縦席に乗り込んでいた。唯花は全面のメイン操縦席、遼河はこれまで“おもちゃ箱”と名付けていた謎の空き空間にいた。
どこか様子がおかしい唯花に声をかけた遼河だったが、唯花は遼河との会話を避けるようにさっさと座席を元に戻してしまった。
その背中はどこか何かを必死に押さえつけているようで、鬼気迫る言葉遣いに怯み、遼河は思わず言葉を失う。
なし崩し的にこの場にいるが、遼河だって操縦士として隼風に乗るのはこれが初めてだ。緊張しないわけが無い。操縦士の先輩の唯花にはアドバイス等を求めたかったが……。
「いやいや、何女々しいこと言っているんだ俺。唯花さんが集中してるのを邪魔しちゃダメだろ」
自分の甘い考えを戒めるように一度両頬をパンと叩き、改めて周囲を見渡す。一日整備をしていないだけで、少し懐かしい気もするその空間。遼河が“おもちゃ箱”と名付けていた、何もない空間だ。
相変わらず隅には小さな工具箱が置かれており、今すぐにでも整備ができる。
隼風の中にいるのに整備ができない悲しみと、これからその隼風の操縦士として乗り込むという緊張感で、自分の心臓の鼓動が早くなっていくのを感じる。
ソアラは今回は何もしなくていい、唯花がやってくれるからと言ってくれたが、だからと言って本当に観光気分で乗り込むわけにはいかない。不足の事態に対応できるのは、自分しかいないのだ。
「ええっと、ソアラはここに入れば大丈夫だって言ってたけど……」
周囲は見ての通り何もない。整備の際もただの物置として使っていたので、まさかここが操縦席だと思う者など誰一人いなかった。まさか自分の身体の動きと連動して操縦するという、ある種夢のつまった操縦方法なのだろうか?
ガコン
そんな妄想に、期待と不安が高まったその時、何かが駆動する音がして、遼河の足元が突如明るくなった。顔を下に向けると、遼河の靴裏を中心に、エメラルド色の幾何学模様が蜘蛛の巣のように床を張っていき、さらに“おもちゃ箱”全体を包んでいく。
そして部屋全体が変形を始めた。
模様の形に壁や床が隆起し、ただでさえ狭い室内を更に密にしていく。狭かった殺風景な部屋がどんどんごちゃごちゃした雰囲気になっていく。
あまりの出来事に遼河が絶句していると、突然膝裏を何かに押された。
「うわっ!?」
そしてすぐにお尻と背中に堅い感触が当たる。どうやら椅子がせり出してきて、強制的に座らされたらしい。遼河が尻もちをつく形で椅子に腰かけると、両肩の後ろからベルトが胸をクロスするように巻き付き、固定する。
目の前にモニターがせりあがってきて、丁度いい位置で止まる。
モニターには機械的な文体で「please touch」の文字。戸惑いながらも押すと、モニター全体に様々な情報が映し出される。
また、周囲の壁が消え去ったかのようにクリアになり、外の格納庫の様子が目に飛び込んでくる。
座席の壁で隔たれていたはずの唯花の背中も側に見えた。いつの間にか座席全体が上昇していたようで、遼河の方が唯花の斜め上、後方にいる形だ。
「唯花さん」
「えっ? 遼河くん?」
唯花が驚いて後ろを振り向く。音もしっかりと聞き取れるし、雑音も無い。もしかしたら本当に壁ごと無くなったのだろうか。
そう思い前方に手を伸ばすと、すぐに手が見えない壁に触れる。壁はちゃんと存在するらしい。しかしだとするとこのクリアな視界はどうだ。
外の景色はもちろん、壁で隔たれていたはずの唯花の驚いた表情まではっきりと見える。
「すごい技術だ……」
そうとしか言えない。これが全天モニターなのだろう。いわゆるHUDの改良型で、開発の段階でも特にデリケートだからと、遼河が関われなかったところだ。
しかし実際にその性能を目の当たりにすると、驚きよりも先に疑問が出てきてしまう。一体どれだけの技術が追いつけばこれだけクリアな視界を確保できるのだろうか。下手するとそのまま外に出た時よりも視界が澄み切っている。
「ねえ遼河くん……」
道の技術に夢中になっている遼河に、唯花の声が届く。顔を上げると、唯花が申し訳なさそうな顔をしてこちらを見ていた。
「さっきはごめんね、遼河くんだって初めてのフライトで不安なはずなのに私、自分のことでいっぱいいっぱいで……」
顔色が悪く、まだどこか調子悪そうな唯花。それでも遼河を心配させまいと、いつもの声でそう言ってくれる。
「気にしないでよ、唯花さん、ラッセを援護できるよう頑張ろう!」
人の機微を読み取るのはそこまで得意じゃない。唯花が今何に悩んでいるのかなんて、出会って間もない遼河には分かるはずもない。なら空元気でも見せて操縦に集中してもらうしかない。
外でチカッと光の線が走る。
顔を上げると、スカイキャットと銀騎士の戦闘が既に始まっていた。隼風がしゃがみ込んでいる場所が、格納庫の入り口の高さよりも少し下なので、ぎりぎり外の戦闘が見えるのだ。
二機の位置は遠い。
恐らくラッセが島への被害を避けるために移動させたのだろう。
遼河が視線をそちらに集中すると、全天モニターの右上にそちらを拡大した画面が小窓で現れた。これまたありがたい機能だと感嘆する。
夜なので外の闇で見通しが悪いが、なんとか二機の戦闘は追えそうだ。
格納庫の影から様子を覗いているだけだが、その戦闘が激しいものだというのが遠目からでも良く分かる。光の線が時折夜空に走っているのは、スカイキャットの装備のようだ。
今のところは……優勢に見える。
それを同じく見ていた唯花も感じたようだ。気持ちのこもった声で言った、
「……そうだね、遼河くんの言う通りだよ。今は集中してラッセ君の助けにならないとね。何かあった時のための待機だし、しっかり頑張らないと」
ようやくいつもの唯花らしさがでてきた。前を向いた唯花の後ろ姿は、これまで以上に気合十分に見える。
ソアラから言い渡された遼河達への指示は、《待機》だ。
今はラッセが頑張ってくれているが、敵は圧倒的技術力を持つゲンティアナのMSG。いつ何か起こるか分からない。そういった意味で、遼河達も隼風に搭乗して万が一のために控えているのだ。
正直自分達が生活する島で、客であるラッセのみに戦いを任せるのは非常に気が引ける。しかし飛ぶのがやっとの隼風が出向いても足を引っ張るだけになりかねないし、考えたくはないが万が一ラッセが敗れた場合、島を守れる最後の砦は隼風なのだ。
「隼風、少し動かすね。もう少し外の様子が見える位置に移動しよう」
「……了解」
壁が透明になったおかげで、斜め下にいる唯花が複雑なボタンとレバーを操縦して早風を動かす様子がよく見える。
元々電子系が苦手科目だった遼河にとって、その操作はちんぷんかんぷんだ。一応操縦の簡略化には成功しているというが、遼河だったら最初の動きだしから躓いてしまいそうだ。
急に自分がここに居てもいいのか不安になってきた。
素質があるからと操縦士に選ばれたが、操縦が難しくて動かせませんじゃ話にならないが……そうだ。
手持無沙汰になるのが嫌で、ようやく目の前のモニターに目を向ける。唯花の操縦席との一番の違いは、このパソコン画面を彷彿とさせるモニターだ。このモニターに自分ができる何かがあるはず。
モニターに映し出されていたのは、
「これ……タッチパネルだ。エネルギー残量、周囲のサーモグラフィ、周囲MSGその他兵器との位置関係、凄い、周囲の環境の違いや風の流れまで見える……!」
現在であれば、夜の闇の中だというのに、まるで昼間のようにスカイキャットと敵MSGとの戦闘の様子が分かる。表示されている画面の左側の▽をタッチすると、様々なメニュー画面が表示され、それぞれ簡単な英語で何ができるのかが示されている。
試しにロックオンボタンをタッチする。するとボタンがオレンジ色に輝き、戦う二機のMSGの輪郭を囲むようにオレンジの線が暗闇の中に映し出される。
そのまま敵機体をタッチすると、敵の機体を囲う輪郭が赤色になり、邪魔にならない程度に、『enemy』の文字が現れる。
「すごい……これ遼河くんがやったの?」
顔を上げると、手元のタッチパネルで起こっている出来事がそのまま全天モニターにも表れていた。夜の暗闇に、敵機の赤の輪郭とスカイキャットの青い輪郭がはっきりと浮かび上がっている。
「これはうまく使えばかなり戦いやすくなるぞ。でもなんでこの機能を唯花さんの操縦席に付けなかったんだ?」
元々二人乗りだというなら納得だが、ソアラが遼河の適性を見抜いたのは偶然だと言うし、そんな偶然のためにわざわざこんな良機能を後方座席に回す意味とはなんだろうか。
格納庫でのソアラの発言からして、複座式にすることは予め決まっていたように思える。操縦士の負担を軽減するという意味では複座式の意図は汲み取れるがそれだけとも思えない――。
――いけないいけない、集中だ。
頭を振って切り替える。どれだけ考えても情報が少なすぎて答えなどでない。この話は後ほど、ソアラ本人に聞いてみればいい。ソアラは管制室にいるはずだが、スカイキャットのサポートに必死なはずだ。今その邪魔をするわけにはいかない。
ピー! ピー!
その時、耳慣れない電子音が耳を打つ。
「緊急アラーム!? これは――!?」
タッチパネルの中では、戦闘が小休止に入ったのか、スカイキャットと黒騎士がある程度距離をとって向かい合っていた。
――ん? 黒騎士?
違和感を覚えた遼河がモニターを凝視すると、敵機体の姿がズームアップされ、その姿が鮮明に映る。
そこにいたのは、全身の鎧のような装甲を真っ黒に染め上げた敵機体の姿だった。おかしい。先ほどまで月光を反射する銀色の美しい装甲だったはずなのだが。
アラームは敵の変化を知らせてくれたのだろう。
ラッセも慎重になっているのか、二機に動きは無い。しかし遼河は、あの黒ずくめの機体から、何かいい知れない嫌な予感がした。
タッチパネルのメニュー画面を開き、先ほど確認しておいた機能のうちのひとつ、“データ解析”を選択する。本来は管制室が行う敵機体の調査、情報収集をすべてまかなえるというシステムだ。
開いてみると、ロックオンしている敵機体のデータが画面に映し出され、解析中の文字とともにゲージがゆっくりと右に動いていく。
さすがに距離がありすぎるのか、ゲージの進みはかなり遅い。
「唯花さん、もう少し近づける? あの機体何かまずい気がする。データを取りたい」
隼風を操縦しているのは唯花だ。一応遼河の操縦席にも操縦桿らしきものはあるが、下手に触れて操縦の邪魔になってもいけないので、移動するときは唯花に頼むということで、隼風に乗り込む前に唯花と約束している。
しかし遼河の呼びかけに唯花は一切反応を示さない。操縦桿だけを握りしめ、体を小刻みに震わせている。
「唯花さん?」
もしかして敵の突然の変化に怖くなってしまったのか。そう考えた遼河がもう一度声をかけたとき。
「…………あはっ♪」
心の底から楽しそうな声を、唯花が漏らした。




