52 夜 完結
「でも考えてみてくださいオリヴァー、この記述があるということは、今ある説が正しいと言うだけではないということも言えると思うのです」
「……」
「白鳥が女神が生み出した神聖な魔獣であるという説はとても魅力的ですし、神秘性もありますが、そこに自生していくうちに特性を得たと考える方が自然で――オリヴァー?」
ヘルガはベットの中でうつ伏せになって、胸元に枕を抱えていた。
もう夜も遅い時間、月が真上に昇るとき。
ヘルガは王族の事件に片がついた後、改めて泉のことを調べて、考察をするのが趣味になっていた。
疎魔の盾はエヴァーツ伯爵家にとって重要な一つの強みだと思っているが同時に、白鳥の魔獣が済んでいる不思議な泉の秘密にまでたどり着けばきっとできることもやれることも幅が広がると思うのだ。
なにより、いろいろな文献を読んで様々な考察をするのが楽しい。
考察を話してオリヴァーの意見を聞くのも楽しい、彼は興味深そうに聞いてくれるし、鋭い意見をくれる。
いつまでもそうして居られるぐらい、ヘルガにとって好きな時間だ。
行儀が悪いかもしれないが、体を休めつつも本を読めれば効率的であるし、二人で一つのベッドに入って早三時間。
興奮して考察を口にしていたヘルガの言葉にオリヴァーの声が返ってこなくなって、ふと隣を見た。
隣に置いてある、ランタンの形の魔法具から発せられた光に照らされて、彼の金髪はキラキラと輝く。
しかしその深緑の瞳はまぶたに隠され、見ることがかなうのは頬に影を落とすまつげだけ。
どうやら彼は寝落ちしてしまっていた。
それにきょとんとして、時間を確認するとすっかり夜更けだ。日付も変わっているかもしれない。
寝台にはいるために下ろした髪がヘルガの頬をなでてさらりと落ちてくる。
耳にかけて、本を閉じ、オリヴァーのことを見つめた。
彼とは幼なじみで特別な友人。気兼ねなくどこまでも相手のことを許容してしまえる。
同じベットに入ることもままある。夜通しチェスをすることもある。くだらない話で腹が痛くなるほど笑うときもある。
楽しくなってベッドに入ってまで同じ本を読んだりもする。
しかし、同時に恋人。男女として愛し合っている。
それはどうやら、幼なじみと違って、一から関係を構築する必要があるわけではなく、その延長戦として、ちょっとした分岐の後に存在している可能性みたいなものだとヘルガは解釈していた。
普段は、幼なじみ。
これはあまり変わらない。しかし、ふとしたとき、彼は恋人みたいに振る舞って、関係が切り替わるときがある。
そのトリガーと進展する関係の未知数さに恐れを成し、二の足を踏んでいた。
しかしイーリスに相談したところ、いつかヘルガにも、今のままの延長線上で彼と同じように、ふとしたときその先で恋人みたいに振る舞いたくなる時が来るのではないかとアドバイスされたのだ。
いつかヘルガからも、なんて正直想像がついていなかったが、なにかとてもそれは些細な心境の変化で、オリヴァーの髪にそっと触れてみた。
「……」
「……ん、? ……なんだ、起きてるぞ、聞いてる」
すると彼は眠たいまぶたを持ち上げて、ヘルガが自身の話を聞いていなくてすねたと思い込み、短くそういう。
それはあやすみたいなとても甘ったるい声で、眠たげでぼんやりとしていて、なんだか愛情を感じた。
細く開かれた、トロンとしたまぶたの隙間からのぞく優しいまなざしが、たまらなく恋しくて、自覚なく彼がいつもするように、頬に手を添えて、触れるだけのキスをする。
しっとりとしていて柔らかい、頬も、さらりとしてさわり心地がいい。
ドキリとするけど、少し目を見開いたオリヴァーが笑って「なんだよ。急だな」とつぶやくように言った声を聞いて、やっぱりとても好きだと思った。
今の行動で、もっと進展するかと思ったが、彼は嬉しそうにしてヘルガの手を取ってまったり手を握るだけだ。
片手で、魔法具の明かりを消して、ヘルガも横になって彼の手を温かく感じる。
進展してもいいとふと思えて、行動に出せたことは、きっとそうしたいというよりも準備ができた感覚に近しいものだったと思う。
きっともっと進展するときが来ても土壇場で逃げ出すほどではなく、彼とのその先を知ることができるのが嬉しく思えるだろうとそんな予感があった。
穏やかな寝息が聞こえ始め、ヘルガも目をつむる。
いつかまた、二人で過ごすとき、同じ気持ちになったならきっとためらわないでキスをしよう。
(キスをしてそれから……彼にこの思いを伝えるんです)
それはとても良い案で、そのいつかを楽しみに眠る夜は幸福に感じる。
とても満たされた夜なのだった。
最後までお付き合いいただき嬉しいです。これにて完結となります。
是非、評価していってくださると嬉しいです。ありがとうございました。




