50 リスペクト
王命を受けた王族派閥の公爵家がその書状をきちんと所持していたこと、エヴァーツ伯爵家の魔石の採掘場は一切見つからず成果がなかったこと。
それから、調べが入りザイツィンカー商会とのつながりや、彼らにしていた指示の内容などが公となり、王家が貴族たちの財産を守り正当に統治すると言う役目を果たしていなかったことが認められた。
それどころか、権力を私物化し、多くの貴族の命を奪った原因であったことから、正当な裁きを下されることになった。
それは、しばらく形骸化していた評議会によって決定された。
王家の治政が腐敗していたのには貴族たちが、王族の決定を判断する評議会が、歴史の中で徐々に省略されその悪行を真っ向から否定する手段がなかったことも理由の一つだったのだろうと言われている。
王族とその他数名は極刑となりザイツィンカー商会は解体となったが、大規模な政変であるものの罰せられた人数も、その騒動で犠牲になった人数も最小限に抑えられた。
そして確実に多くの貴族を苦しめていた根源を絶ちきることができた。
王族の悪行は白日のもとさらされ、同じようなことが起こらないようにと多くの人が考えて新しい時代を迎える。
それはきっと以前よりも正しく、まっとうな人が報われる世の中であるだろうとヘルガは思う。
ヘルガはそう思っているし、結果に満足して自分のやったことに後悔はしていない。あのときに開示した情報もハイムゼート公爵と口外しないと契約を交わすことができた。
彼女はどうだろうか。
それが気になって、いつか呼び出されるのをそわそわとして待っていた。
しばらくせわしない日々が過ぎ、時間に余裕が生まれたころ、ヘルガはコルネリアに呼び出され、王城へと向かった。
巨大な庭園にある、豪勢なガゼボへと通されて、透き通るような美しい銀髪を格式高く結い上げて精巧な髪飾りが光っている。
自然光の下で見る彼女の銀髪は、それこそ高潔さと気品を感じさせる今の王族に最も求められる姿をしている。
しかし、以前のようにか弱くは見えない。
青白く不健康そうに見えたコルネリアではもうなく、前向きに公務に取り組んでいるらしいことは話に聞いていた。
なんせ、コルネリアは女王になったのだから。
彼女はガゼボの中へと入ってきて、ヘルガと向き合うように卓につく。
「エヴァーツ伯爵令嬢……なんだかとても久方ぶりにこうしてお話しするような気がしますわ」
「それだけ、お忙しくされていたということですね」
「ええ、その通りだと思いますわ」
前髪や横髪で隠れていた顔がきちんと見えており、構えるように曲がっていた背筋もきちんと伸びている。
それだけで随分と気高く意思の強い女性に見えた。
案外、顔立ちはハイムゼート公爵と似ているのかもしれない。
「……」
「……わたくし、あなたにきちんとお礼を言わなければと思ってこうしてきてもらいましたの」
彼女は、一つ一つの言葉をかみしめるようにゆっくりと切り出した。
「あの日、バルトロメウスとイグナーツを前にして、わたくしは母の仇だというのに、自分のことしか頭になくて……。死にたくない、何もしない方がいい、今からでも逃げ出したいなんて考えていたんです」
遠くの方で、鳥の鳴く声が聞こえて、風が吹いて、花が揺れる。今日は暖かな日だ。
「でも同時に、あなたの言葉がわたくしの中に残っていた。……結末を見ればわかります、とあなたはそう言いましたわね」
「はい」
「その通りでしたわ。……エヴァーツ伯爵令嬢、バルトロメウスとイグナーツの処刑をこの目で見ました。わたくしは、その時、自分と父がその横に並んでいた可能性もあったと思った」
「……」
「ぞっとして、寒気がした。抵抗するときも恐ろしい、しかし何もいわずに悪人の下につくことはいつか下される断罪を待つということ。こびへつらってその時自分を守ってもきっと、後悔する日がやってくる」
ヘルガも二人の処刑をきちんと見た。
スカッとはあまりしなかったし、嫌な気持ちになったが、自分がやったことの結末だ。
見たいと思ってそうした。それに安堵はできた。もう彼らを起点に、フリーデのような犠牲は出ない。
それがきちんと心に刻まれたのだ。
だから良かったと思っている。
そして彼女が言った言葉もきっとあり得た可能性だ。
コルネリアの母のエレオノーラが彼らに迎合し、まったくもって何にも抵抗せず、静かに暮らしていてコルネリアを生んだとする。
それでもバルトロメウスとイグナーツの行動に反意を持つ人間は必ず現れる。
そうなるようなことをし続けていて、どんなに排除していったとしても決して逃げられるものではない。
ハイムゼートが旗頭となって導かなくとも、多くの人が望むだけの正当性がある結末からは逃げられない。
ヘルガだってそれに向けて動きたいと思っていたのだ。
そうなっていたら、コルネリアはきっと母親と、処刑されて後悔すらできなかったのだ。
彼女の母は、抵抗することによって、コルネリアを守ることができたとも言えるだろう。
それに気がついてくれて、それが正しいことであると証明できる結末を迎えられてヘルガは心底良かったと思う。
「人を害する人がいるかぎり、絶対に自分だけが安全な道などないのですね。奮い立ち、策を練り、打ち倒さなければ、未来はない」
「そうですね」
「ええ、それがわたくしあの時、鮮烈にわかったんですの。だって、あれほどのことをすべて予測し、最高のタイミングで行動を起こしてまさか仲間割れまで起こさせたんですもの!」
その通りだ、これからも気を引き締めて行こうと、二人でしみじみとするはずだったが、コルネリアは途端に拳を握って鼻息を荒くさした。
「?」
「偶然だと言っていましたが、わたくしにはわかっていますのよ。エヴァーツ伯爵令嬢っ!」
「はい?」
「わたくしに言った『結末を見ればわかる』というお言葉っ! そしてなによりあの華麗な物事の運び方! 婚約者の方が即座に察して行動を起こせたのは、エヴァーツ伯爵令嬢が何もかも読み切っていたからだとしか考えられませんっ!」
頬をバラ色に染めて、ヘルガににこりと笑みを浮かべる彼女はとてもチャーミングだ。
「すべてをわかった上で、バルトロメウスとイグナーツの行動を起こさせ、チェックメイトを打つ! その手腕っその心意気っ、なおかつ時が熟すまでじっと待ち続ける堪える姿勢っ!!」
彼女は、やはりハイムゼート公爵とよく似ているのかもしれない。主に興奮したときの様子が。少し怖い。
「尊敬っ、リスペクト、敬愛しております! エヴァーツ伯爵令嬢っ! わたくしのような自己保身にしか興味がなく停滞して何の生産性もなく誰も救われない生き方をしていた人間にも気がつく機会をくださったっ! その行いはまさにっ、慈愛の女神!」
「え、ええと……」
「ハッ、つい興奮してしまいました。お見苦しいところを、もうしわけありませんわ。っしかし! それほど恩義を感じていると言うことですわ! エヴァーツは伯爵令嬢っ」
「本当にただの偶然なんですが……困りましたね」
「ご謙遜を。想定していなかったとは言わせませんわ」
可能性は考えていたが、予想の範疇内というわけではなかったし、結末だって想定外だった。
しかし、それをヘルガが言葉で否定する以外に今は持っていない。
そして言葉で否定してもコルネリアのスタンスは変わる様子がない。
「それに、実際に想定していなかったとしても、エヴァーツ伯爵令嬢。あのときのあなたにわたくしはとても心の底から救われましたわ。心からの感謝を、一生の恩義です」
「……」
「わたくしは何より、それを返すことを優先すると誓いますわ。何がございましたらいつでも、お声をかけてくださいませ」
「……一国の主がそのようなことを言って、良いのでしょうか……?」
「王としてではなく、コルネリアとしての言葉なので問題ありませんわ」
「……」
あまりに重たい感謝の言葉にヘルガは、ありがとうと普通に言ってくれれば良いのだがと思いつつ、どうしたものかとコルネリアを見つめる。
「王としては、より公平に、より平和に、まずはそれを目指して参ります。派手で奇抜な野望ではありませんけれど、なにより大切にしたいんですの」
「……良いと思います。私も、コルネリア女王陛下のことを応援しています。困ったことがあればお話も伺います……。恩義を感じているから助力をしたいと願っているようですが、それよりも私には、お互いに話を聞き合って共有できる関係の方が得だと思います」
「!」
「ですから、改めて、よろしくお願いします」
ヘルガがそう言うとコルネリアの瞳はキラリと光を反射して、ぱっと手が差し出された。
その手を強く握って、協力関係を結ぶことができたのだった。




