37 犠牲
十年前に起こったロメーヌの泉襲撃事件。
それは、プライセル子爵家の策略だった。彼らの狙いは二つ、第一目標はエヴァーツ伯爵家が所有する魔法石の採掘場の情報。
そして、二つ目、第一目標がかなわないのならば、エヴァーツ伯爵跡取りの成り代わりだった。
エヴァーツ伯爵家にはヘルガ以外の子供が居ないし、一番血の近い親類がプライセル子爵家だ。
採掘場の秘密を知ることができないならばヘルガを亡き者にして、プライセル子爵家の子供を養子に出しスパイ行為をさせることを企んでいたのだ。
実際、プライセル子爵や子爵夫人が仕込んだフリーデを使って秘密を聞き出して遊びに行かせるという罠は成功していた。
しかし、秘密の場所は採掘場ではなくハズレだった。
そうして雇われた男たちは、ここは秘密の採掘場ではないと判断し第二目標に移った。
フリーデも攻撃されたのは、プライセル子爵家が疑われないためのカムフラージュだ。
プライセル子爵家には子供がたくさんいるので一人襲撃で殺しておいて、同じ被害者を装って、我が子をどうぞ跡取りにしてくださいと差し出す。
そんな算段だったらしい。
しかし、問題はなぜ、秘密の場所という機密性の高い場所に男たちが当たり前のように現れたか? という点だ。
最初からそのつもりでフリーデを仕込んだとしても、部外者がのこのことついてこられるようにはしていない。
同伴していた侍女たちは、兵士たちを馬車のそばに待機させて人につけられていない事を確認して森に入った。
けれども、その後に襲撃に遭った。
からくりはフリーデのよく持っているバスケットの中に仕込まれた、位置を知らせる魔法具だ。
ベティーナが使っていた伝声の魔法具のように二つで一対の魔法具で、一つの魔石を分割するとお互い引かれ合うという作用を利用した方位磁石のような形状の魔法具だ。
こちらは、魔石に魔法を刻み込んだ魔法石を使う魔法具と違って、魔法的な素材由来の特性を利用した魔法具なのでより疎魔の盾に近しいものと言って良いだろう。
それがフリーデに仕込まれており、彼らは振り切られることなく泉まで到着した。
しかし、彼らにとって予想外だったのは言わずもがな、白鳥たちの応戦だろう。
仕留め損ねて雇われた暴漢は命を落とし証拠はすべてその場に残った。
プライセル子爵家は当然、罪に問われた。その時に彼らが主張したのは、安価でザイツィンガー商会から魔法具を譲り受けた。
それはもう王家の指示も同然で、正当性があると言う主張だった。
つまるところ十年前から変わらないやり口で、王家の作戦は二度もエヴァーツ伯爵家に牙をむいている。
泉の襲撃事件での傷は大きく、父はヘルガにつきっきりになって屋敷から出ることが少なくなり、オリヴァー以外をヘルガに近づけないようにした。
オリヴァー自身も少し不安定になり『ヘルガを守る』『大丈夫』と意味もなく何度も言われることがあり、それがオリヴァーなりの安定の測り方なのだとしばらくして理解した。
そして、この件での一番大きな犠牲は、やはりフリーデだろう。プライセル子爵家のフリーデは死んでしまったのだ。
「……」
「なんですか、ヘルガ様、そんなにじっと私を見つめてっ! そんなに見つめられたら照れてしまいますよ」
食事が終わって部屋に戻る途中、無意識に隣を歩いているフローラを見つめていた。
彼女は茶化すようにそんなことを言って、楽しそうに笑う。
十年前のことを思い出すとつい、ヘルガは彼女を心配してしまうのだ。
先ほど話題にも上がったし、辛くは思ってはいないかとつい考えてしまう。
「熱烈な視線を送るのはオリヴァー様だけにしてください。私がオリヴァー様に嫉妬されてしまうかもしれませんからっ!」
「フローラには嫉妬なんてしないと思いますよ」
「甘いですよ、ヘルガ様、一度恋に落ちた男性はどんなものにも敏感になって、どこにも逃がすまいと牙をむく獰猛な野獣になるのです」
「オリヴァーは例外では?」
フローラに言われてヘルガは、別にその言葉は間違っていないと思う。
そういう恋愛というものもあるだろう。
しかしヘルガとオリヴァーの場合は違うだろう。
彼はヘルガが、幸せにしたいと切羽詰まっていなければ手を出したりしてこないし……好きという言葉はまぁ、真実と認めるとしてもそれほど苛烈ではないはずだ。
それにお互い何年一緒に居ると思っているんだ。もう熟年夫婦のように落ち着き払っているのだから今更嫉妬などあり得ない。
後は、ヘルガが気持ちの整理をつけて彼と恋愛面で前に進む努力をするだけだ。
「どうでしょうかね」
「含みのある言い方ですね……それに熱烈に見つめていたと言うわけではありません」
にまにまとしているフローラにヘルガは話を打ち切って、元に戻す。
「ただ、傷の調子はどうかと。十年前のことが先ほど話に上がったでしょう」
「! ああ、傷ですか」
問いかけるとフローラは、簡単にボタンを外してぐいと引っ張ってあのとき刺された傷口を見せた。
そこだけ肌の色が違っていて、大きな傷ではあるのだがそれほど痛ましい痕跡でもない。
きれいに治っている。
「ずっと前から、気にもなっていないぐらいですっ! あのとき、ヘルガ様が助けてくださったおかげですね!」
「……私の魔法は本当にただ命をつないだだけです。治したのは駆けつけたお父様ですよ」
「でも、それがなければ、私はここに居ません! こんなふうに夢見た仕事について夢見た生活を送っていません」
「……」
「ですから何度でも不安になったら聞いてください。あなたのおかげで私は幸せですから!」
「ありがとう、フリーデ」
「今はフローラですよ」
「……そうですね」
フローラは惜しみなく言葉をくれる。
プライセル子爵家のフリーデは死んでしまった……というか死んでしまったことにするほかなかった。
犯した罪は大罪で、連座で多くの人が裁かれた中、利用され事の発端になった彼女は生き延びた。
しかし、生きていたとしても裁かれる道しかない。
死んだことにして彼女の貴族としてのすべてを終わらせて、ただの平民の娘であるフローラとしてエヴァーツ伯爵家に雇われた。
フローラはこう言ってくれているが、奪われたものは多い。
将来の貴族としての生活、結婚するはずだった相手、フローラの家族。多くのものは奪われて、フローラも酷く混乱していたが、一から関係を作り直して今がある。
そうして彼女がこうして健全であってくれることこそヘルガの救いだ。
一番最初に手を伸ばした相手は、それを受け止めてそばにいてくれている。
オリヴァーもヘルガを守ってくれる。
だからヘルガは、皆を守るためにはやはり戦うのだ。そういう性分であるし、その方がきっとより多くの人が幸せだと信じているから。




