33 日々
ヘルガたちはしばらくの間、自分たちのやるべきことに専念することができた。
オリヴァーは父について仕事を学ぶことに専念できていたし、ヘルガはシュネーを育てながら、シュネーがだんだんと身につけ初めている疎魔の魔法について研究を進めていた。
「じゃあ行きますよ?」
「ピー!」
テーブルの上にシュネーをのせて、魔法具を手に持ち水の魔法を使う。
水球はふわふわとゆれながらシュネーの方へと近づいていき、ある一定の位置に到達すると、そこから水は魔力の光に戻ってキラキラと散って消えていく。
白鳥たちはこれを自在に操って戦い、自分たちの泉をずっと守ってきた。
ヘルガたちもそのことを知っているがこうして連れてきて間近でその魔法を見ることはそうそうないのだ。
その仕組みを解き明かして疎魔の盾の改良につなげようと考えるのは自然なことであり、ヘルガにとって楽しい課題だった。
「すごいですね。やはり敵意など関係なく魔法をはじくことができる。魔法自体をはじいているというよりも魔力をはじいていて、結果として魔法が維持できなくなり崩壊しているということなんでしょうね」
「フィー! フィヨ!」
「体のどこに当ててもそうですが、それなら実態のない精神に作用する魔法などはどうなるのでしょうか? しかし白魔法でも黒魔法でもどちらも精神作用の魔法具は高価なものですからね、手が届かない代物なんです、シュネー」
特に黒魔法なんかの効果を相殺できるとなれば、護身のためにほしいと望む人は多いだろう。
そう考えると夢の広がる話だった。
比較のために持ってきた疎魔の魔法石を手に取る。
通常の魔法石はベティーナが持っていた伝声の魔法具やヘルガが持っている魔石に魔法をうみだす紋が刻まれたものである。
石は、透き通っていて刻まれる魔法の属性によって透明ながらも色がついている宝石に似ていて、その中に魔力の光を内包している。
しかし疎魔の魔法石は真珠を大きくしたような形をしていて淡いクリーム色の石だ。
シュネーの魔法のように、一定の場所からは魔法が崩壊するようにはじくことができるが完璧ではなく、持っている人間のどこに当てても魔法をはじくという性能もない。
劣化版といって差し支えなく、研究するならばシュネーの方がずっと正確なデータをとれる。
考えながら魔法石を置いて、シュネーの頭に手を伸ばすと、彼女はふと首をかしげる。
それからぐいと上を向いて、なぜかヘルガの手のひらをせわしなくつついて指を甘噛みしてくちばしをカチカチ言わせる。
「なんですか? 食べ物ではありませんよ」
「ピッ」
「あなたも随分と大きくなりましたね」
声をかけてもやめないので、ヘルガはシュネーの意味不明な行動にしかたなく口元に手のひらを持って行って好きなだけつつかせてやることにした。
すでにアヒルぐらいのサイズぐらいあるシュネーだが、鳴き声は幼いままだし、謎の行動をとることも多い。
それとも鳥はだいたいこんな具合で、つついたり鳴いたりと忙しいものなのだろうか。
わからないけれどかわいいことに変わりはなくて、シュネーを抱き寄せてその羽毛に顔を埋めた。
柔らかくて、妙に暖かくてすごく落ち着く質感だ。
「ピヨッ、フィ!」
「ん? あっふふ、くすぐったいです」
するとシュネーはヘルガの耳をツンツンとつついて思わず声を上げて笑う。
「あ、こら、シュネー! ヘルガ様の髪を毛繕いしてはいけませんよ! せっかく私がととのえたのですから」
「ピィ!」
「髪を毛繕いですか? フローラ」
「はいっ! そうなんです、先日フランク様の髪をつつき回してめちゃくちゃにしたと、侍女長から聞いています」
顔を上げるとフローラがじっとシュネーの顔を見つめて、くちばしに人差し指を立てていた。
シュネーは、フローラの剣幕に面食らってふいっとそっぽを向いて顔をそらした。
フローラの言葉の意味はわかっているようだ。
「白鳥は同じ群れ同士で毛繕いするそうなので、多分、信頼の証みたいなものだと思います。ただ私たちの髪ぐらいならば良いんですがヘルガ様の髪は許せませんっ!」
「ピー」
「なんですか、その不満そうな声は」
たしかにシュネーはなんだか納得がいっていないような声で鳴いて、それに返すフローラに思わずヘルガは「ふふっ」と笑ってしまう。
その光景はとても平和で、なんだか和んでしまったのだ。
こんな日がこれからずっと続くと良いのだが、先日ラドフォード侯爵家からベティーナの件の後処理が概ね終わったと連絡が入った。
今回の件によってラドフォード侯爵も派閥争いの火の粉は無視できないものであると考えると思う。
もう無関係を装うことはできないし、巻き込まれるだけよりも準備を整えて迎え撃つ方が確実だ。
研究も楽しい、オリヴァーと一緒に暮らすのも楽しい。……恋愛への進展という点については未だに答えが出せていないが充実している日々である。
そんな日々にまた戻ってくるために、長年の因縁に終止符を打つ時が来たのだ。
(頑張りましょう。私にはたくさんの味方がついているのですから)




