28 断罪
ベティーナはたまらない気持ちで早足でエヴァーツ伯爵家から出て、急いで馬車に乗り込んだ。
あの状況ならばベティーナが仕込んだ魔法石はすぐには下げられることはない。
その場に置かれ続けて、なおかつヘルガたちはこれからの話をすると言っていた。
きっとベティーナにどのタイミングで秘密を明かすのか、そして最近の疎魔の魔法石の採掘状況の情報、良ければ場所の情報まで手に入るかもしれない。
今回のお茶会は目的達成のための足がかりであると思っていたが、とんでもない、これは最高の好機だ。
急いで侍女に魔法具を出してもらって、伝声の魔法具に魔力を込める。
仕込んできた魔法石は音を送る側、こちらは受け取る側だ。
両手の手のひらに収まるぐらいのサイズ感の箱にトランペットの口が上部についているような形は奇妙だが、この魔法具の性能はきちんとテストした。
問題は、きちんと音が聞き取れるかどうかだが……。
(早く、早くしてくださいませ! 重要な情報を聞き逃してしまいますわ!)
魔力を込めていくとブツブツ、ザザッという雑音が入った後に、人の声が入る。
「!」
『……だと、……して……』
ベティーナはそれを食い入るように見つめて、開口部に耳を近づけてにんまりと笑みを浮かべた。
ヘルガのことは噂で聞いていて、やっかいな相手だと思っていたがなんてことはない。
友人たちと同じ、簡単にベティーナのことを信用してちょっと感じの良いふうに対応すれば簡単に心を開いた。
まったく間抜けで、ただの凡人だ。
完璧で賢く愛らしい、ベティーナに勝る部分などない、ただの地味な女だ。
でも、まぁ、ベティーナのことを正しく評価して、見込みがあると判断した点だけは見る目があると言ってやっても良いだろう。
もしエヴァーツ伯爵家が生業を失って路頭に迷っても侍女にぐらいはしてやっても良いかもしれない。
だってベティーナが成功した一番の功労者は彼女なのだから。
ベティーナはそう考えてすでに、勝ちを確信していた。
『するべきで、所詮は………なのだから』
本格的にアイロスの声が聞こえてくる。
あの馬鹿な男にも今なら少しだけ優しく接してやってもいいような気がしていた。
馬車が小さく揺れて動き出す音がする。その雑音に遮られて重要な情報を聞き逃さないよう、ベティーナは一層、魔法具に耳を近づける。
『今に見てろ。結婚したらボロ雑巾のように使ってやる』
そうして一番初めに聞こえた第一声。
アイロスの声で、普段の態度とはまるで違う意味のわからない言葉。
「は?」
ベティーナは思わず声を上げて、眉間にしわを寄せる。信じられないことを聞いた気分だった。
『所詮、結婚しても、他人。部外者。秘密は教えない、産んだ子供も自由も奪って使用人みたいにこき使ってやる』
「……」
『良いですね。アイロス、その調子です』
聞こえてくる声に、楽しげなヘルガの声が混じる。
嬉しそうに同意して、その感情が伝わってくるようだった。
『……価値のない女、身分も低けりゃかわいげもない』
『そうですよ。うんうん』
『我が家の一員だなんて認めない。今に見てろ。得をするのは自分たちだけだ。びた一文渡さない、全部独占する。ベティーナは何もわかってない』
ベティーナは目を見開いて、カチリと固まっていた。
自分の名前も出てきた、何か別のものに対して言っている訳ではない。
ベティーナのことだベティーナのことを話している。
『後悔させてやる。尽くすことだけが嫁の義務だ。搾取して、どこにも逃がさない』
『さすが、アイロスです』
『贅沢も無駄遣いも一切許さない。飼い殺しにしてやる。秘密も利益も自分たち家族だけのものだ』
聞けば聞くほど、不快感がたまっていく。
やっと頭が追いつくと、勢い余ってそのまま沸騰してベティーナは手に持っていたそれを馬車の壁に向かって投げつけた。
ガシャンと音が鳴って、魔法具が砕け散る、しかし音は小さくなったのに未だに声が聞こえ続ける。
『無様な女、無能なくせに』
「っ、なぁっ、なんですってぇ!!」
気がついたら力の限り叫んでいた、侍女を押しのけて突き飛ばし御者がいる側の壁をドンドンッとたたいた。
「馬車を戻して!! 馬車を戻しなさい!! 早く!!!」
ベティーナの声に驚いた素っ頓狂な御者の返事が返ってくる。しかしベティーナの猛烈な怒りは立ち消えることはない。
むしろどんどんと大きくなっていき、力の限り拳を握ってブルブルと震わせる。
(従順なフリをして! あの男っ、あの男! わたくしを騙してたんですの! エヴァーツ伯爵家の秘密がほしいとわかってたんだわ! 知ってたんですわ! その上でっ)
頭に血が上っていく、顔が真っ赤になるほど熱かった。
苦しいぐらいの怒りにいくら呼吸をしてもままならない。
うまくいっていると思っていた。しかし違った。
アイロスたちはベティーナのささやかな願いすら利用して、身内で笑い踏みにじりめちゃくちゃにしようとしていた。
彼らは総じてそういう悪党だったのだ。ベティーナのことを食い物にする気で今もヘルガとアイロスとオリヴァーで三人で笑っている。
そのことはどうしてもしゃくに障る。
それがどうしても許せない。
侮られたままでなんて居られない。わからせなくては居られない。
あんなふうに媚びた態度で接していたのは、ただベティーナが彼らを騙そうとしていたからだ、本来ベティーナはもっと高潔でもっと品があってもっと騙されたりしない、女だ。
無価値なんかじゃない、あり得ない。
こんな非道がまかり通る訳がない、許せない。断罪だ。断罪が必要だ。
(私は、馬鹿な女じゃない! わからせてやるっっ!! たった今、私はあなたたちの醜い素顔を暴いたのよ!!)




