29 事実
アイロスは、ものすごく怪訝な表情でヘルガの渡した『結婚しても言ってはいけない言葉 百選』を読み上げていた。
もちろんアイロスがこんな言葉を言うとは思っていないし、ヘルガだって何も本気でアイロスに注意するためにこの書類を作ったわけではない。
それに内容も、支離滅裂だろう。
一応、言ってはいけない言葉の体はとっているがベティーナが盗聴している前提で、彼女のことを話していると聞き取れるようにいろいろと調節してあるのだ。
ここに残されて、やらされることがこんなことではアイロスだってそんな表情になる。
しかし、言うことを聞いてくれるアイロスはやはりとても良い子で、とてもヘルガのことを慕ってくれている。
ならばヘルガもアイロスにそれなりの恩恵を与えなければならない。
するとノックの音が響き、返事をした途端、侍女が入室し焦った様子で告げた。
「お話中、申し訳ありません、先ほどお帰りになったフィルツ子爵令嬢がどうしてもお話があると……!」
その困り果てた様子に、申し訳なく思いつつも、ヘルガは「通してください」と穏やかに返した。
「……ベティーナが? どういうことなんでしょうか、ヘルガさん」
「ああ、そうですね。……彼女は私が想定していたよりも、情熱的なタイプだったということだと思います」
「言ってる場合か、話をするのか?」
「はい。オリヴァー」
「危なそうならすぐ止めるからな。絶対逆上してるだろ」
「……危ないことにならないよう、善処します」
「じ、自分はどうしたら? もうこれは読まなくて良いのでしょうか? まだ六十までしか読めていませんが」
アイロスは混乱した様子で、指示がまだ遂行できていないことを口にする。
その言葉にヘルガは、一瞬、アイロスがヘルガとベティーナが問答をしている横でそれを読み上げ続けている絵面が思い浮かんで、それも少し面白いと思ったがそんな場合ではない。
「大丈夫です。一旦アイロスは、話を聞いていてください。疑問があれば質問してくださってかまいません」
「はいっ」
「では……いらっしゃったようですね」
一度閉ざされた扉が開いて、そこには鬼のような形相をしたベティーナがいた。
目をつり上げて、顔を真っ赤にし、拳を握っている彼女はずんずんとアイロスの方へと向かって言って、その場にいた全員が彼女の異様な雰囲気に静かに立ち上がる。
「ベティーナどう――」
「どうしたもこうしたもありませんわっ! このっこのっ~……よくも騙してくださいましたわねっ!」
「?」
「わたくしのことを陰で笑って、わたくしを馬鹿にして、無害そうな顔して許せないっ!」
ぎりっと歯を食いしばる音がして、ベティーナは今にも爆発しそうな様子だった。
怒りに突き動かされてアイロスを糾弾し、まるで自分を被害者か何かのように勘違いしているようだった。
「許しませんわっ! お父様とお母様に言いつけるんですから! あなたのことなんて、元からわたくしはこれっぽっちだって、まったくもって信用していませんでしたのよっ! わたくしは――」
これではアイロスが不憫だろう、ヘルガは静かに彼女を見据えて口を開いた。
「『わたくしはただ、アイロスを使ってエヴァーツ伯爵家の秘密を盗もうとしていた』だけ?」
「そっ!? そっ、っ……は、はぁ?」
「そうだと言えばいかがですか? ベティーナ、今は、言い逃れできるときではありませんから」
「…………っ、は? なん、何のことだか」
自分の目的を言い当てられて、ベティーナは明らかに動揺する。
アイロスに向けていたギラついた視線をヘルガに向けた。
そんな彼女に見せつけるように、まだ下げられていない彼女が使っていたティーカップに手を伸ばす。
「っ」
ティーカップを持ち上げるとティーカップとソーサーの隙間に小さく光る魔法石が入っている。
魔法具として使うためには本来、きちんと魔法石を守り機能を助けるような外装が施してあるはずだが、魔法石の部分だけでも機能はする。
取り外して仕込みやすい形にして持ち込んだのだろう。
そして彼女は、きちんとヘルガのもくろみ通り、盗聴を図ったのだ。
エヴァーツ伯爵家の秘密を狙って、この好機を逃さなかった。




