0話 早乙女神子
「お客様は神様です」
「お客様は神様です!」
「お客様は神様です!!」
「お客様は神様です…」
日本のあちこちで、祈りのように、あるいは呪文のようにその言葉が叫ばれた。
高度経済成長からバブルへ向かう時代。その言霊が強い力をもったある日。
商売の神を祀る、下町の小さな神社。
拝殿の端に、まるでシャボン玉が弾けるように、ポコッと一人の少女が姿を現した。
「……ん? おや、なんや、変なもんが湧いとるな」
奥から現れたのは、派手な羽織を引っかけた、いかにも「商売の神」といった風情の老人だった。
老人は少女の顔を覗き込み、面白そうに目を細める。
「新しい神か。……嬢ちゃん、何が好きや?」
「……接客!」
少女は迷いなく、キラキラした目で答えた。
老人はカカカと喉を鳴らして笑う。
「接客か! 難儀なもんを好きになったもんやなぁ。ほな、お前さんは『接客の神様』や。……で、生まれた時のこと、覚えとるか?」
「はい。『お客様は神様です』って、みんなが言ってたのです」
「最近流行っとる言葉か……」
老人は少しだけ、寂しそうな顔で顎を撫でた。
流行り言葉は風のように過ぎ去る。祀る社も、古くからの経典もない彼女は、その言葉が忘れられれば、明日にも消えてしまう。
「……嬢ちゃん、このままだとすぐ消えてまうかもしれんな。」
少女は悲しそうにうなだれた。
「…せや!わしが強そうな名前を授けたる!多少の風には飛ばされへんようにな!」
老人は背筋を伸ばし、少し考え声を響かせた。
「神名を言う。お前さんの名は、接遇照覧大御神や!人々の接客を照らし、見守る神様……ええ名前やろ?」
「……長いのです。」
「ハハハ! 確かにそうやな。ほな、人の姿になって下界に降りることもあるやろ。その時の名前もついでに考えたるわ。……そうやな」
「早乙女 神子」
それから数十年
「おじ様ー。今日もお仕事行ってくるのですー!」
「よう稼いできいやー」
彼女は消えずに元気に職場に向かう。
彼女には祀る社も、信仰してる人もいない。
だが、
「神子ちゃん朝から元気だね!」
「神子ー。レジ頼むー」
「早乙女さん、いつもありがとうね」
名前を呼ばれる度に彼女は力を貰っている。
「いらっしゃいませ。」
「お待たせしました。」
「ありがとうございます。」
「またのご来店お待ちしてます。」
今日もサンライズ下町店では、早乙女 神子が笑顔でレジに立つ。
これで「下町スーパー、女神付き。〜転生特典は人の怒りが見えるだけ?〜」は完結です。
ご来店ありがとうございました。
最初は「接客中に相手が怒ってるのがわかれば無双できるのか?」から書き始めましたが、全く無双はできませんでした…。
最後の方は夏夫が少しでもやってる仕事を「まぁ悪くないか…」と思えたらと書いてました。
夏夫は仕事を自分の意思で定年後も続けます。
神子は名前を呼ばれなくなるまで…。
「ようこそ異世界課へ!」連載中
「ひなたのことば〜ここは言葉の幼稚園〜」連載中
新作執筆中
よろしくお願いします。
またのご来店をお待ちしています。




