26話 怒り以外に見えたもの
「最近、万引きが増えてるみたいだから気をつけて。もし不審な動きを見かけたら、無理せずすぐに社員に報告してね」
朝礼での店長の言葉に、俺は気を引き締めた。不思議なことに神子がシフトに入っている日はトラブルが少ないのだが、あいにく今日は彼女の休みだ。
少し警戒しながら青果コーナーの品出しをしていると、出口付近から鋭い怒号が響いた。
「ちょっと! 私を疑うわけ!? 失礼しちゃうわ!」
慌てて駆けつけると、パートの鈴木が、一人の女性客と対峙していた。
「カバンに商品を入れるところ、私見たんだから!」
鈴木が強い口調で、真っ直ぐに相手を捉えている。
「証拠でもあるの? 言いがかりはやめてちょうだい!」
女性は大きな声で捲し立てている。だが、俺の視界には彼女の「ぷんぷんゲージ」は見えていない。
(……黒だな)
やましいことがあるからこそ、ハッタリで声を大きくしているのだ。
「いい? たかがパートの分際で、客を泥棒扱いするんじゃないわよ!こんなパート雇ってる店も底がしれるわ!」
女性の口から、店や働く人間を小馬鹿にする言葉が次々と溢れ出す。
その瞬間、俺の胸の奥でドロリとした怒りが沸き上がった。言い返そうと一歩踏み出した、その時…。
――パリンッ!
そんな音が聞こえた気がした。
隣にいた鈴木の「ぷんぷんゲージ」が一瞬で沸点を突破し、真っ赤に燃え上がったのだ。
「ちょっと! 私のことはいいけど、このお店の悪口を言うのはやめてくれる!?」
「ひっ……な、なによ……」
鈴木の気迫に、女性が気圧されて後ずさる。
まだ店を出る前だ。現行犯にはならない。俺は間に入り、一呼吸おいて形式的なお詫びを口にした。
「お客様、こちらの勘違いであれば失礼いたしました。鞄の中の商品、レシートにはございませんが……改めてお買い上げになりますか?」
「……ふん、もういいわよ! 二度と来ないわ!」
女性は捨て台詞を残し、逃げるように店を出ていった。
嵐が去った後、俺は肩の力を抜いて鈴木を振り返った。
「……鈴木。見かけたら社員に報告、って言われただろ?」
「すみません……つい、勢いで」
「次は声をかける前に呼んでくれよ。……でも、ありがとうな」
「え? 何ですか?」
「……いや、なんでもない」
鈴木の頭上に残っていた赤色の残光。それは、単なる「怒り」ではなく、この店を大切にしてる「想い」に見えた。
そして、言い返そうとした自分の中にも、同じ「想い」があることに気づいて、少しだけ嬉しくなった。




