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そのような地位はいりません。私の望みは大切な人を温めたいだけ。  作者: 元毛玉


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第六話

 召喚の儀以来、久しぶりに謁見の間へと訪れた。

 空気が重い。

 野次馬なのか、広い謁見の間を埋め尽くすほどの貴族が詰めかけている。

 好奇、嫌悪、侮蔑、野卑、ありとあらゆる視線に晒され、私は凍えていた。

 普段は力強く見えていたプロヴァンス国旗も、断頭台の刃に思えてならない。

 数々の嘲りの声が気持ち悪く、耳鳴りさえしてきたときだった。

 法衣を纏った神官らしき集団が前に出てくる。


「これより、王の御前にて、聖女アンの不貞の真偽のほどを問い質す。聖女アンはその場で跪きなさい。ギモーヴ殿下はこちらへ」


 私がプロヴァンス王に対し跪くと、神官が騒動の詳細を朗々と読み上げだした。


「……以上が経緯となります。尚、容疑者であるクローテッド・クロィサーント卿は既に捕らえてあり、任意の元で投獄しました」


 私はクローテッドが囚われていることを今知った。

 ここに来るまで、陛下に話せば分かって貰える程度に捉え、楽観視していたことを悔いる。

 私の体はさらに冷え切り、奥歯も震えだした。

 神官たちは、さも手柄を立ててきたといった様子で陛下へ報告を続けている。

 冗談ではない。

 冤罪で裁かれるかも知れないことへの恐怖が強くなり、私はキツく閉じていた瞼を薄く開け、陛下を見た。

 陛下はさして関心を示さず、天井の方へ視線を向けている。


「さようか。それは大儀であったな。してギモーヴよ、今の報告は真実か?」


 目を爛々と輝かせたギモーヴが、歌劇俳優気取りの動きを添えて語り出す。


「そうです父上。そこの平民聖女は私という婚約者がいる身でありながら、頻繁にさかしい騎士団長と密会を繰り返していたのです」


 二人で会っていたことは否定できないだけに、私も眉尻を下げる。

 陛下は私の方を見て、気遣わしげに声をかけてきた。


「聖女アン様。真実ですかな? 真面目と伝え聞いている貴女がそのようなことをするとは信じがたい。それに余の忠臣でもある三日月卿がそのような……」


 私は居ても立っても居られずに叫んだ。


「誤解です陛下! 私もクローテッド様も不埒なことは一切しておりません!」

「聖女様、落ち着いてくだされ……」


 陛下が諭すように促す中、ギモーヴが大理石の床を踵で強く打ち鳴らした。


「黙れ平民! 陛下の発言を遮るとは何たる不敬! 聖女などと呼ばれて勘違いしているようだが、平民はただ黙って王族の言葉を受け容れろ」


 ギモーヴの怒声が響き渡り、暫くの沈黙が続いた。

 徐に陛下が口を開く。


「ふむ。当事者の意見が真逆であるのか。公爵の意見はどうか?」


 白髪の男性が陛下に向き直る。


「煙のないところに何とやらと言います。市井でも同じ噂で溢れかえっておるようですし、ギモーヴ殿下の弁が正しいように思われますな」

「なるほど。だが民衆は話題性のある噂を信じたがるもの。それだけでは判断できぬ。カリソンはどうか?」


 陛下から水を向けられたカリソンは一礼して回答を辞する構えを見せた。


「私は容疑者の身内であるため余計な発言は控えた方が良いかと存じます」

「さようか」

「ですが、陛下。聖女殿は清廉な御方です。弟はともかく、聖女殿に関しては何かの間違いであると愚考致します」

「よい、下がれ」


 その後も陛下は周囲に意見を求めたが、クローテッドを擁護する人は居ない。

 それどころか、核心部分への真偽を私にぶつけてきた。


「それで聖女アン様は現在身籠っておられるのでしょうか? そこがハッキリしないことには陛下も罰を定められません」


 私は羞恥で全身が熱くなり、屈辱的な追及から平静を保つべく必死に耐える。

 どうしてここまで言われなければならない。

 精神的リンチが目的なのだろうか。衆人環視の不快感で吐き気すら催してきた。

 視線を上げることすらままならず、頭上からギモーヴの罵声を浴び続ける。


「身の程を知らぬドレスを着て、破廉恥が歩くような女に王妃など無理であろう」


 弁護してくれる貴族は居ない。私はそっと目を伏せた。

 すると陛下が疑問を口にする。


「しかし証拠が無いではな。ギモーヴよ、確たる証拠はあるのか?」

「愚問です父上。不貞をしていない証拠を出せないことが既に証拠でございます」


 ついには悪魔の証明のような暴論まで持ち出してきた。私とクローテッドが男女の関係に無い証拠なんて出せるわけがない。

 ギモーヴは熱弁を続ける。


「第一継承権を持つ私に相応しい婚約者では無いでしょう。美しさも気品も併せ持つ、アマレッティこそが私には相応しい。寧ろ彼女こそが聖女だ」


 右手からヒールの音が聞こえたので、頭を垂れたままそっとそちらを見やる。

 アマレッティが不遜で妖艶な笑みを携えていた。


「お褒め頂き光栄ですわ。わたくし、殿下のために自分磨きを続けていましたの。何も努力していない平民女が、殿下のお傍に寄るだけで不快だったのです」


 アマレッティが歩み出たことで、場の流れも未来の王妃に相応しいのは誰かになっていく。

 ざわめきが静まりを見せたところで、陛下が興味なさげに問う。


「それでギモーヴよ。結局お前はどうしたいのだ?」

「かしこまりました。我が意を全ての者に示します」


 大袈裟な手振りを加え、ギモーヴが高らかに宣言した。


「私こと、ギモーヴ・プロヴァンスは聖女アンとの婚約を破棄する! そして、アマレッティ・ブレデルと婚約し、真実の愛を追いかけることをここに誓う!」


 どよめきが起こる。けれど、ギモーヴはそれを手で制した。


「さらに! アマレッティを正式な聖女として認め、偽物聖女アンはその地位を剥奪! 不貞を働いた騎士団長クローテッドと共に極刑を求める!」


 言葉を聞いた瞬間、私の頭の中は真っ白になった。

 息が苦しい。うまく呼吸ができない。

 クローテッドが巻き込まれてしまったことの罪悪感で身動きが取れずにいた。

 ギモーヴが話を纏めようとしたとき、二人の貴族が前に歩み出る。


「お待ちください陛下。アンの数々の功績は誰からも歪められるものではございません」

「そうですわ、陛下。わたくしを始めとした多くの者がアン様の御力で救われているのです。それを否定することなどできませんわ」


 ヴェルダー主任とカルメリートが私の隣に並び立った。

 二人はこれまでの私とクローテッドの功績を挙げて貴族たちに反論していく。


「魔族との争いに勝利し、周辺諸国との紛争も沈静化させ、平和を謳歌しているのは紛れもなくアンの聖女としての力です」

「経済が安定し、国が富んだのも平和になったことでの恩恵ですわ。各地の小さな衝突に睨みを利かせて牽制し続けたクローテッド様の尽力も大きいと思います」


 二人が語るほどに、周囲の反応は少しずつ軟化を見せ始めた。

 しかし、黙っていなかったのはギモーヴとアマレッティだ。


「黙れ売国奴どもめ! 平民聖女と成り上がりの騎士団長が居たから富んだとは、恩着せがましいにも程がある。国に置いているのだから働くのは当然であろう」

「居なくても問題ありませんわ。この国には殿下を始めとした優秀な貴族たちが揃っているのですもの。他国出身のお二方には理解が難しいのでしょうね」


 ギモーヴたちの「居なくても優秀だから問題ない」の主張は、貴族たちの自尊心を刺激したのか圧倒的な支持を得る。

 今や野次の対象は、私とクローテッドだけに留まらず主任とカルメリートにまで及び始めた。

 場が騒然としてきたところで陛下が再び口を開く。


「騒々しい、静かにせよ。余の我儘であった婚約については本人の意向もあるゆえ、破棄は認めよう。だが、此度の招集は裁きを下すものでは無いため、沙汰は後日とする。皆の者、異存は無いな?」


 陛下の一声に対し、貴族たちは礼で返して異存がないことを示した。


「では解散せよ。長い時間ご苦労であった。キルシュヴァッサーとランビック嬢は事情を聞きたいゆえ、残るように」


 私は慌てて、居残りを命じられた主任とカルメリートの顔を見上げた。二人は黙って力強く頷く。

 立ち去るように命じられては残れない。迷惑をかけてしまった二人に申し訳なさを感じながら、私はその場を辞した。

 貴族たちの悪意や疑念が渦巻くのが目に浮かび、私は下を向き、人目から逃げるように廊下を歩く。

 自室に辿り着いてフランに出迎えられたときは、思わず抱きついてしまった。



 ◇◆◇◆◇



 その日の夜。

 フランに一頻り甘えた後、寝床に入ってこれまでのことを省みた。

 私が自分の感情を優先したことで、多くの人に迷惑をかけている。

 その罪は重い。

 どうして婚約解消を申し出なかったのか。そうしてから会いに行っていたなら、ここまで拗れることも無かったと思う。

 自身に「聖女の責務を全うしなければ」と枷を嵌めて、視野を狭めていたことに今さら気付く。


(私って、本当に馬鹿だ……)


 気持ちに気付かないフリをして、蓋をして、挙句の果てに皆を不幸にした。

 それも私の大好きな人たちを。

 もし取り返しがつくのなら、少しでも報いたい。

 強い覚悟を秘め、私は眠りについた。


 翌日。

 ヴェルダー主任の薬剤研究室へ立ち寄る。

 これからのことを主任に相談したかったから。でも、不在だった。

 彼の助手から主任の手紙を預かる。


『──アンへ。まずは端的に現状を説明するよ。陛下のお考えも含め、今回の件は犯人が居ないと収まらない事態になっている。クローテッドには何かしらの責任が取らされることになると思う』


 一枚目を読んで、やっぱりと思ってしまった。

 救いたいのに力が足りない。

 悔しくて、手紙を持つ手が震えるけれど、二枚目に手を伸ばす。


『僕は所用があって暫く留守にします。だけど心配しないで。それから僕たちを信じて、何があっても心を強く持っていて欲しい。君になら出来るから。──アンを心から愛するヴェルダーより』


 ヴェルダー主任が暫く不在なのは不安しかない。

 様々なものが込み上げて、爪が掌に食い込む。

 助手にお礼を伝えて立ち去ろうとすると、騎士団長との面会を望むかの伝言があると言われ、私は即答で快諾した。


 初めて入る北の塔。

 政治犯を捕える牢があるそこは、今までの私には無縁の場所だった。

 案内の兵に続き、薄暗い塔の中を進む。


「聖女様、どうぞこちらです」


 兵に通された特別な牢。

 月明かりに照らされた埃が舞う中、独房の中で項垂れるクローテッドの姿がそこにはあった。


「クローテッド様……」


 私が声をかけると、息を飲んだクローテッドが視線を上げる。


「どうしてここに来たのですか?」

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