表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
そのような地位はいりません。私の望みは大切な人を温めたいだけ。  作者: 元毛玉


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
7/10

第七話

 月影の下でクローテッドが立ち上がり、格子の(そば)まで歩み寄ってきた。

 暖炉(だんろ)もない牢の中で白い息を吐く。

 私も格子へと歩み寄り、出来る限りの笑顔を浮かべた。


「私のせいでごめんなさい。私は……私は……」


 上手く言葉に出来ず、涙だけが(こぼ)れた。


「聖女様、どうか顔をお上げください。私が明確に拒絶(きょぜつ)しなかったことが間違っていたのです」


 そんなことはない。そう伝えたくても(くちびる)が動かなかった。

 代わりに、主任が暗躍(あんやく)していることを伝えていく。


「ヴェルダー主任がクローテッド様を助けるべく手を()くしてくれています。ですから、どうか希望を捨てないでくださいませ」

「ヴェルダーが?」


 クローテッドは安堵(あんど)したように一つ息をついた。


「ヴェルダーが動いてくれているならば、聖女様のことはどうにかなるはずです。軽薄(けいはく)な男ですが、敵国の生まれなのに、命に関わる薬を任されているのです。あれほど信用に足る男は他におりません」


 二人の仲の良さを聞いてはいた。

 けれど、敵が多くて(うたぐ)り深いクローテッドが、ここまで言い切るほど信頼されているとは思わなかった。


 与えられなかった希望を、主任の言葉だけが届けたことに小さな(とげ)が胸を刺す。

 私では届けられないのだろうか。


 想いが(つの)り、気付けば冷えた格子を強く握りしめていた。

 冷たく、(へだ)たれた鉄の(おり)


 会えなかった頃よりも、格子の向こうにいるクローテッドが遠く感じる。

 (かす)かに()れる鉄の音が鳴り響く。

 私の心の凍えすらも伝播(でんぱ)しているようだ。


「クローテッド様……私では足りませんか?」


 (はげ)ましをかけたいのに、口をついて出てきたのは()めるような言葉だけ。

 でも、次の瞬間、私の手に温もりが添えられた。


「聖女様……いえ、アン様は充分に私を満たしてくれています」


 クローテッドが手を重ね、私を安心させるように言葉も重ねていく。

 温かい。だからこそ、失うことが怖くなった。


「……クローテッド様、私は寒いのです。どうか温めてはくれませんか?」


 格子越しで抱きしめることなんて出来ないのは分かっている。

 でも、この温もりをもう少しだけ。私のためだけに欲しい。

 クローテッドは鉄格子を(つか)む私の指を解いて、指を絡めてくる。私も強く返す。


 この温もりを信じて良いのだろうか。

 この(へだ)たりはいつか消えるのだろうか。


 不安に()れながら、クローテッドのアイスブルーの瞳を見つめた。

 涙が(こぼ)れ、そっと目を閉じる。


 月明かりの中、私とクローテッドの唇が重なり合った。



 ◇◆◇◆◇



 あれから数日は(ろく)な行動も出来ず軟禁(なんきん)状態が続く。

 罪が確定するまでは関係者との接触を断つように言われ、カルメリートとの連絡は取れないし、カリソンと接触することも禁じられている。


 ヴェルダー主任も消息を絶ったまま。

 行動範囲も王城内に限定されていて、仲の良い人たちに会えない王城の中は、巨大な鳥かごのように思えた。

 北風が強くなり、雪もちらつく。


(寒い……皆がいないとこんなにも)


 全てが色褪(いろあ)せた灰色の景色。

 時計台の鐘の音さえ、華やかさが消え失せて重鈍(おもにぶ)く聞こえる。


 城の中は雑音だらけで、耳を(ふさ)ぎたくなることばかり。心を殺して耐える日々。

 処断(しょだん)が保留されたままの状態に、何とも言えない焦りを感じながら過ごしていた。


 ──数日後。


 いつものように貴族たちの噂を聞き流していたら、あり得ない情報を耳が拾う。

 この一件の真犯人が侍女のフランだと言う噂。

 支離滅裂(しりめつれつ)で、どうしてそういう話になったのか分からず、ゴシップ好きそうな貴族令嬢たちに問い(ただ)した。


「ごきげんよう、はじめまして。私の侍女が犯人とはどういうことですの?」


 貴族令嬢たちはサッと顔が青ざめていく。


「は、はじめまして聖女様! わたくしが申し上げている訳ではありません!」

「そうですわ! わたくしたちも又聞きなのです!」

「疑っていませんよ。ですから、噂の内容を順を追って説明してくださいませ」


 (いく)つかの情報を集めて理解した。

 私に不貞(ふてい)(そそのか)したのはフランだという密告が行われる。

 その真偽不明の情報が出回り、悪意をもって(ゆが)められているようだ。


 私を(おとし)めたいばかりに、嘘の情報まで()き散らかすことに怒りを覚える。

 密告者には一言文句を言ってやらないと気が済まない。


 内容が内容だけにフランには()せておき、面識(めんしき)のある騎士に調査を依頼してどうにか情報を入手した。

 自室に戻り、さっそく資料に目を通す。


「え? ……う、嘘でしょ?」


 密告者リストの中にカルメリートの名を見つける。

 目の前が大きく()れ、足元が崩壊(ほうかい)する錯覚を覚え、私は部屋の中で嘔吐(おうと)した。

 信じていた何もかもが壊れる音を、私は間違いなく聞いた。

 部屋のドアがノックも無しに勢いよく開かれる。


「アン様! 一体どうなされたのですか!?」


 嗚咽(おえつ)吐瀉物(としゃぶつ)の音を聞き付けたフランが部屋に飛び込んできた。

 ハッと我に返り、慌てて資料を隠す。

 フランが気遣(きづか)うように背中を()でてくれた。


「アン様、どうして何も(おっしゃ)ってくれないのです?」

「だって……だって」


 言えない。フランにだけは。


「その隠している紙と何か関係があるのでしょうか? 見せてくださいませ」


 抱え込む資料を取り上げようとしたフランの手を振り払い、紙が潰れるのも(いと)わず強く胸元に手繰り寄せる。

 フランが呆れたといった感じの溜息を吐いた。


「この後に(およ)んで隠し事ですか? 一先ずお掃除をするので部屋から出ていてください」


 仁王立(におうだ)ちで譲らない姿勢のフランに部屋から追い出され、応接室の方で(しばら)く時間を潰す。

 口を噤んだとき、フランの瞳が悲しげな色を帯びていたことが心に突き刺さる。


 でも、噂のことをフランには伝えられず、相談したいはずのカルメリートは密告者だった。

 誰を信じて良いのか。

 いつまで一人で耐えなければならないのか。


 再び(もよお)した吐き気を(こら)え、必死に嚥下(えんげ)した。

 すると掃除を終えたフランが部屋から出てくる。


「アン様、湯浴みにしますか? それともお茶にしますか?」

「……フランの淹れたお茶が飲みたい」


 フランは「我儘(わがまま)な聖女様だこと」と憎まれ口を叩き、お茶の準備を始める。

 普段通りのフランの姿に少しだけ安堵(あんど)した。


「どうぞ」

「ありがとうフラン」


 お茶を一口啜る。

 体の芯までフランの優しさと温かさが()み入ってくるようだ。

 カップをソーサーに戻そうとしたら、フランが真剣な表情で私を見ていることに気付いた。


「どうしたのフラン?」

「アン様、折り入ってご相談があります」


 とても嫌な予感がする。けれど、こんな真剣なフランは断れない。

 私は恐る恐る頷いた。


「侍女を辞めさせて頂きたく……」

「やだ!」


 いつでも不敵に笑って、誰が相手でも淡々(たんたん)とした態度で、とても優しいフラン。

 彼女が自らの意志で辞めるなんて言うはずがない。

 私の強い拒絶(きょぜつ)にも驚きを見せずフランは言う。


「『やだ』ではありません。淑女としてはしたないですよ? そんなことでは私がいなくなった後にどうするのです?」

「やだやだやだ! こんなダメ淑女は放って置けないでしょ? いつまでも私の(そば)に居てよ、フラン!」


 フランは静かに頭を下げた。


「申し訳ありません。そういう訳にはいかないのです。私に関する噂はご存じでしょう?」


 噂なんか関係ない。そもそも完全な冤罪(えんざい)なのだ。

 私は何度も何度も首を振る。


「あんなデタラメ! 誰も信じないよ!」

「アン様が出掛(でか)けている間、部屋に神官が訪れて私の罪状を伝えてきました。罪を認めるならアン様はお(とが)め無しになると聞き……私は罪を認めました」

「ダメ!」


(なんで!? どうしてそんな嘘を認めちゃうの?)


 フランがいなくなる恐怖に怯え、声が出せなくなっていく。


「どうか泣かないでくださいませ。アン様にお仕えできて私は幸せでした」


 様々なものが込み上げて言葉にならない。

 だからフランに駆け寄って抱きしめた。

 絶対に離さない意志を込め、強く。


「アン様……私より年上なのに、まるで子供みたいですよ?」


 子供でいい。フランが居てくれるなら赤ちゃんでも構わない。


「どうか聞き分けてください。これが最も幸せになれる結末なのです」


 フランの胸元へ顔を埋め、首を振り続ける。

 フランがいなくなったら、そこに私の幸せなんてありはしない。

 キツく目を閉じていたら、ふいに頭を()でられる感覚が訪れた。


「……アン様は抜けていることも多いけどしっかり者で、ずぼらなところもあるけど努力家で。失敗してへこんでも、時間が経てば立ち直れる強い人です」


 静かな声色からは「私がいなくても」の副音声(ふくおんせい)が聞こえ、受け容れられない。


 ──その時だった。


 応接室の扉が放たれ、衛兵たちが部屋の中に雪崩(なだれ)れ込んできた。


「侍女フラン! 王族に連なる婚約者に対し、不貞(ふてい)(そそのか)し、またその機会を斡旋(あっせん)した罪で拘束(こうそく)する!」


 否定しないとダメだ。

 それなのにあまりの事態に心が追い付かず、声が出ない。


(やめて! 連れて行かないで!)


 涙で視界がぼやける中、私から引き()がされたフランが扉の向こうへ歩いていくのが見える。

 扉が閉まる音とフランの声。


「どうか幸せになってください」



 ◇◆◇◆◇



 どうすれば良かったのか。何も分からない。

 部屋からフランがいなくなり、私は外に出ることも考える事も放棄した。

 散らかされた一人きりの部屋は、どれだけ暖炉(だんろ)(そば)でも心が凍えてしまう。


「フラン……早く帰ってきて掃除をしてよ。フランがいなかったら誰が私の部屋を掃除するの?」


 帰ってくるのなら二度と恋ができなくてもいい。

 誰か、私にフランを返して。


 そうした日々を過ごしていたら、事態はさらに悪化した。

 ヴェルダー主任の失踪(しっそう)報告とフランの処刑日が決まる。


「神様! 私の聖女としての全てを(ささ)げます! どうか、フランにご慈悲(じひ)を!」


 頼れる人が誰も(そば)にいない。

 私はひたすら神に(すが)った。

 なのに毎日祈れど、何も変わらなかった。


 処刑日の朝。

 もう時間がない。

 鏡台の前で私の本当に大切なものを見つめ直す。


 いざとなったら反逆罪も覚悟で聖女の魔法を使う。

 一人でも決行する。

 そう決めた矢先だった。


 ──コン、コン。


 こんな朝早くに訪問者は珍しい。

 ヴェルダー主任が帰ってきたのだろうか。

 期待して扉を開けた先に立っていたのは見知らぬ衛兵だ。


「聖女様、これを……」


 沈痛(ちんつう)な面持ちで渡された荷物を受け取ると、衛兵は走り去ってしまう。

 何かフランを助けられる物が入っているのかと荷物を開けた。


「……え?」


 そこにはフランが愛用していた裁縫(さいほう)セット。

 彼女の私物の化粧品の数々もある。


 フランと同じ香水の匂いが「フランの物だ」と私に警鐘(けいしょう)を鳴らした。

 そして、最後に残っていた物。


「嘘……」


 この世界に来てから、最も見慣れていた亜麻色(あまいろ)

 その髪の(たば)がそこにはあった。


「嫌あぁぁぁああぁあ!!」


 何も見えない、聞こえない。

 喉を焼き尽くす痛みと共に、私は叫び続けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
特設割烹へのリンクバナー
 

i1085101
― 新着の感想 ―
 お邪魔しています。  なんて悲しい! アンを大切に思っている人たちが、次々に悲しい目に遭うなんて。フランは、アンにとって最後の気持ちの支えだったのに……。何か見えない力で、事態が動いているような気…
クロちゃんとは、気持ちを確認できたからよかったね〜(*^^*) でも…フランちゃんに根も葉もない噂が…と思ったらその発端はカルメリートさん!?どういうことどういうこと〜? しかもフランちゃんが…(…
ちゅーしちゃった!ちゅー……なんて思っていたらフランが……。 え? アンがフランの荷物を受け取ったけど、髪の束があるってことは髪切られた? まさか、死ん……でないと願いたいですね
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ