第三十三話 クルピア・イロアの憂い
「妾の話をコレディッカから聞いたのか?
出会った時の次くらいに強い緊張感が、辺りを蹂躙する。
「ええ、まあ」
「あー、やっぱりか……彼奴も高位魔術師じゃったか……そんな事じゃろうと思ったわい」
次の瞬間、張り詰めた空気が呼吸を再開した。
「何ですか、怖いなあ全く」
「いやあ……いずれ知らせねばならぬとは思っておったがのぅ……今じゃったかあ」
ナチュレステーションのへ向かった俺は、二秒も立たずイロハちゃんに詰め寄られ、そして解放されていた。
そして俺達は音を遮断する壁を作り、その裏で話を続ける。
おそらく原因は、俺が不慣れな通信端末を使って、イロハちゃんに「多分コレディッカ先生に呼ばれると思います」とメッセージを送ったことだろう。
あらぬ誤解を与えてしまったのであれば、申し訳ない次第であるが……クルピアちゃんの心配は、それだけに留まらないようである。
「隠すことなんですか?クルピアちゃんの階級って」
「追放されたと言った手前、説明が面倒でのう」
「そんなことかいな」
「それに、妾と其方が師弟関係にあることをバラす訳にもいかぬじゃろう。うっかりいつもの慣れ親しんだ口調で話でもしてみろ。其方が、仮にも表向きには追放された最高位魔術師の知り合いじゃとバレたら、大騒ぎじゃ」
「それはそうですけど」
表向きの追放という点が、実に話をややこしくしている。
真理が絡むと、魔術学院の頭は硬くなってしまうのだろうか。
クルピアちゃんが接触した「生命の真理」が何かは知らないが、魔術師的に「不老になる情報」というのは、そこまで知られないで在るべきものなのだろうか。
……「不老になったらいつまでも研究できるじゃん!」なんて、考えるものなのだろうか。
「まあ……妾も年貢の納め時かのう。白状してやろうではないか。妾は最高位魔術師のクルピア・イロアじゃ」
「おおー。それっぽい」
「ぽいというか、そうじゃからな。じゃが……其方にそれをバラしたところで、妾の問題は解決せん」
「変装のことですか?」
「うむ。こればかりはどうすれば良いのか、さっぱりじゃ」
「うーん」
「まずは、順序を整理しようではないか。コレディッカとバルディオ・ラルグスが、妾に接触しようとしているんじゃろ?」
「そうです」
「妾は良いんじゃよ、妾は。じゃが……どんな顔して、クラスメイトと教授の前に姿を表せば良いものかのう。いつもイロハ・テレジアに変身しておるとはいえ……髪と目の色以外はほぼ同じじゃからなあ……」
「イロハ・テレジア以外の姿に変身するとか?」
「いやあ、奴を前にそれは危険じゃ」
「じゃあやっぱり、元の姿で?」
「それが一番現実的じゃが……あー!こんなことならもっと元の姿から外した姿に変身しておくんじゃったー!」
「バレませんよ多分」
「多分って!不安じゃ!口調だって結局直らなかったし!嫌じゃ嫌じゃー!」
「そんなこと言ったってぇ……」
「……まあ、どうせ誰かから声がかかる気はしておったがのう……。表向きじゃったが追放だ何だとほざいておきながら、こういう時ばっかり、使いやすい駒として扱うんじゃろうとは分かっておったが!」
「災難ですね」
「ホントじゃ!」
「……あ、良いこと考えました」
「何じゃ!?」
「これをやるには、俺が出なきゃいけないんですけど……」
「うーん……愛弟子を奴との戦いに出すのは気が引けるが……言うてみぃ、何じゃ」
「俺が【光】と【音】を使って、ゴリゴリに変装させます。声も変えます」
「それじゃ!」
バルディオとコレディッカ先生を助けつつ、クルピアちゃんを消耗させずに姿も声も隠す。
その両方を達成するには、俺が遠くに隠れて魔術を達成する、それしか無いのである。
道具で解決しようかとも考えたが、そうはいかない事情はすぐに見えてきた。
姿と声を変えることができる道具は無いという訳ではないが、かなりのお金がかかる上、魔術学院が調査すれば、購入者は自然とクルピアちゃん周りの人間へと絞られてしまうことが予想される。
つまり、道具を今から用意しようとすると、自然と足がつくという、変装をする上で絶対に看過できないデメリットが発生してしまうのだ。
そして、道具は攻撃によって破壊されてしまう可能性が非常に高い。
敵はかつてクルピアちゃんに勝っている吸血鬼だ。
その吸血鬼による攻撃が、激しくないハズが無い。
道具に頼った変装では、基本的にノーダメージ、被弾ゼロで、ナルカを倒さなければならなくなってしまうだろう。
勿論、クルピアちゃんがノーダメージで勝てるに越した事は無いが、理想で武装を固めても勝てるとは限らないのが戦いであると、それを理解できない俺ではない。
「それなら、多分大丈夫でしょう?」
「いける、いけるぞぉ!やっぱり其方は自慢の弟子じゃあ!」
「えへへへ。もっと誇ってくれたって良いんですよ」
「無論じゃあ!手始めに、い~っぱい撫でてやろう!よ~しよしよしよしよし!」
白髪美少女に頭をわしゃわしゃと撫でられる至福。
この瞬間だけは何にも代え難いものである。
「ああ……好き」
「んむ、何じゃ、照れるのう」
「いやあ……大好きなクルピアちゃんと一緒に戦えるのが嬉しくて」
「ふん、調子の良い奴じゃ。今回ばかりは危険なんじゃぞ、馬鹿者ぉ」
「分かってますよ。もしかしたら、俺もクルピアちゃんも死ぬかもしれない。バルディオも、コレディッカ先生も。でも、そんな時……側に居られないのは、嫌ですから」
「ふん。……そうか。それなら、其方にとっては運が良かったのやもしれぬな」
イロハちゃんは、ぷいっとわざとらしく視線を逸らした。
「ま、そうですね。クルピアちゃんには心配かけちゃいますけど」
「全くじゃ。……でも、どこか嬉しい妾もいるのう。この間もじゃが……こうして弟子と肩を並べて戦う日が来ようとは……若い頃の妾に話しても、きっと信じぬじゃろうなあ」
「クルピアちゃんの若い頃って、どんなだったんですか?」
「今とさほど変わらぬ。弟子をとるような真似はしなかったじゃろうがな」
「弟子、俺以外にいなかったんですか?」
「うむ。其方が一番弟子じゃ」
「なんか嬉しい。やったー」
何事も一番というのは嬉しいものである。
特に、クルピアちゃんの初めての弟子の座は、俺にとってこの上ない名誉だった。
「……ふん。自分でも分からなかったが、寂しくなったんじゃろうなぁ。年寄りになるといかんな、自分一人、時間に流されているような気がしてのう」
「そういうもんですか」
「そういうもんじゃ。じゃが、今は其方がいてくれる。心配はいらんぞ」
「そうですか……じゃ、もっと撫でてください」
「やれやれ、仕方ないのう~」
俺はひとしきり撫でられ尽くした後、イロハちゃんと手を繋いでナチュレステーション内へ戻った。
ひとまず、これでクルピアちゃんのことに関して、何か探る必要は無くなっただろう。
そして俺は、すっかり眠りこけているバルディオを横目に、ベッドに伏せるのだった。




