第156回:ブイブイ言わせる武韋の禍
ミニコラムの続きです。
唐王朝の皇帝になった中宗は、母の独裁に対抗できませんでした。生母である武則天が生きている頃は、母のいいなりだったのです。
ですが、少しでも抵抗したいと考えます。このため、中宗の正妻である韋皇后の外戚を頼りました。母の武則天の一族である武一族がエラそうなので対抗できる存在を作りたかったのです。
しかし、この勝手な行動が武則天の怒りに触れます。中宗はわずか55日間で辞めさせられます。皇帝の権威もクソもあったものではありません。おっと、お下品な表現で失礼いたしました。
さらに追い打ちをかけるように、中宗は遠方の湖北に流刑になりました。韋皇后も流刑先まで随行する事になります。流刑先で韋皇后は末っ子の娘である安楽公主を出産します。
夫婦は流刑先で苦しい生活に追い込まれました。同行した韋皇后の親族はバタバタと亡くなります。それに中宗も将来を悲観して自殺を考えるようになります。
しかし、韋皇后は何度も中宗を励ましました。中宗と韋皇后は夫婦仲睦まじかったのです。中宗は励ましてくれる皇后に感激します。
そして、「もし、私が再び復権できるような事があったら、キミは好きな事をしなさい。ボクはなんの制限も加えないよ」と誓うのです。
一方その頃、武則天により次の皇位は中宗の弟の李旦が選ばれていました。睿宗皇帝と呼ばれる人物です。でずが、どちらにしても皇帝は武則天の操り人形でした。
その後、武則天は自ら皇帝になります。武則天は中国史上唯一の女帝となったのです。国号も「周」に改められました。武則天は敵対者には残酷な行動を行いました。しかし、国を治める政治家としては有能でした。長期にわたり政権を維持します。
しかし、武則天も寄る年波には勝てず、死の直前には権力を失って退位させられます。そして、失意の中で武則天は亡くなります。
武則天の没後は改名していた「周」の国名は「唐」に戻されました。今より遥かに男尊女卑の時代ですから「女が作った新王朝など認められるか」という宮廷重臣たちの考えがあったのでしょう。
母:武則天の死後、側近たちの働きかけで皇位は中宗に戻りました。中宗は流刑地から呼び戻されたのです。中宗はウキウキしていました。
中宗は韋后との間にもうけた娘の安楽公主を自分の補佐として、政治に参加させました。中宗は気弱で病弱で自分で政治をできる状態ではありませんでした。
さらに、中宗は妻の韋后と娘の安楽公主を深く信頼していたようです。通常なら「女に政治に口出しさせるとはけしからん」となって反対意見がでます。しかし、当時は女性がパワーあふれている時代だったのです。
妻の韋皇后と娘の安楽公主は、政治を補佐する、つまり政治に口を出すうちに権力の魅力に取りつかれます。そして、女帝として力強く君臨した武則天の時代にあこがれます。自分達も、もっと権力を得たいと思うようになりました。
ちなみに、韋皇后は自分の長男と三女を武則天に殺されています。「反乱を企てた」という理由です。このため「権力を得ないと自分の大切な者を守れない」という苦い想いもあったのかも知れません。
しかし「韋后はいかがわしい行為をしてまっせ」という告発がなされます。韋后は「ヤバいわ、罰を受けるわ、権力を失ってしまうわ。」と焦ります。そして、何を血迷ったのか「そうだ、私が権力者になればいいのよ。私も皇帝を目指しましょ。ダンナは邪魔だから殺しましょう」と思ってしまったのです。
焦った韋后と安楽公主は、夫であり父である中宗を毒殺してしまいます。彼女たちの権力の根幹は中宗の信頼です。しかし、その権力の支えである皇帝を殺してしまいます。これは本末転倒です。ましてや自分が皇位につくなど政治力の不足している彼女には無理な事でした。
しかし、韋后は傀儡。つまり、:操り人形となる皇帝を立てるなど暗躍するようになります。これに、腹を立てたのが、皇族の李隆基です。彼は後に玄宗皇帝になる人物です。
なお、李隆基は睿宗の息子であり、武則天の孫にあたります。
李隆基は、当時強い実権を持っていた自らの伯母の太平公主と手を組みます。言い方を変えると、太平公主は、武則天の娘です。しかも、一番お気に入りの娘だったそうです。
李隆基は、太平公主の力を借りて後宮へ手を伸ばします。当時権力をもてあそんでいた、韋皇后、安楽公主とその郎党(仲間たちのこと)を粛正します。つまり、暗殺したのです。
武則天に憧れ、もう一度女性の支配する時代を望んだ母娘でしたが、能力は武則天とは比べるべくもありませんでした。人材を育成して優れた政治力を発揮した武則天。
かたや、ただ権力を弄び、贅沢三昧するだけの韋皇后と安楽公主。差は歴然です。
韋皇后と安楽公主は、人心を得られなかった事により、みじめな末路を辿りました。
なお、唐初期の「武」則天が皇位につき「韋」皇后がその栄光を真似しようとした時代を武韋の禍といいます。彼女たちが権力をゲットしてブイブイ言わせていた時代だった。と覚えて下さい。