第12回:その王、楚の荘王?そう!
ミニコラムの続きです。
春秋時代南方の楚の国で荘王が即位しました。彼は若くして王位に就いたため謀反が起きます。一時は国外に避難するハメになりました。
鎮圧後、帰国した彼はすっかりやる気を失っているように見えました。政治に関心を失い、毎日宴会ばかり。「私に意見する奴は殺すぞ!」と家臣にも言い放ち、家臣も何も言えません。3年もそんな生活が続き、さすがに見かねた伍挙という家臣が決意します。
両側に女を侍らせた荘王に、謎掛けを使って進言したのです。「王よ、ある鳥が3年、全く鳴かず、全く飛びません。この鳥の名前は何というのでしょうか?」
すると、荘王は答えます。「その鳥は、いざ飛ぶと天を突く勢いで飛び、いざ鳴くと人が驚くほどの声を出すだろう。お前の言いた事はわかってる」と言いました。
また、別の家臣も荘王を諫めます。荘王は「俺に意見したら殺すと言ったよな?」と言いますが彼は「殺されて王の目が覚めるなら本物です!」と言い放ちます。荘王は「よくぞ申した!」と言って態度を改めます。
実は今までは家臣達の資質を見極める為に、愚か者のフリをしていたのです。荘王は覚醒すると、怠けていた家臣を処刑して、自分を諫めた家臣を重職につけます。
そして、優れた政治を行い楚の国力をレベルアップさせます。荘王は、内政面では、人材登用や税制改革などを行い、国力を高めました。
また、文化や教育にも力を入れ、楚の文化水準を向上させました。さらに、軍事面では、軍隊の強化や兵器の開発などを行い、楚の軍事力を高めました。
また、自ら兵を率いて各地を転戦し、楚の領土を拡大しました。特に荘王は、晋との間で覇権を争い、邲の戦いで晋の大軍を破りました。
この戦いは、楚の国力を示すとともに、荘王の軍事的才能を天下に示すものでもありました。この時、荘王は、戦いの前に占いを行い、不利な結果が出ていました。
しかし「占いに何がわかるというのだ!」と言い放って兵士たちを鼓舞し、勝利を収めたそうです。荘王のおかげでブリブリに強まった楚は怖いもの無し(なし)。
宗主国の周に訪れた時は、没落してる事を揶揄して「この鼎の重さはどのぐらいですかな?」と聞きます。鼎というのは、三本脚の大きな鉄釜で、周の国宝です。
重さを聞くという事は「楚に持って帰る」事を意味しています。つまり、「お前の国を支配する力があるぞ」と匂わせたのですね。この時は周の重臣が「鼎はここにあり、すなわち天下の徳もまだここにありますぞ!」と言って荘王をやり込めました。
天下を伺う荘王ですが、家臣を大切にしていたエピソードもあります。ある時、楚の宮廷の宴会でロウソクの火が消えて会場が真暗になるハプニングがありました。
ここで酔った不届き者が戯れに王妃の唇を奪ったのです。王妃はとっさに叫びました。「今わらわに不埒な事をした者がおる。咄嗟に不届き者の冠の紐を引きちぎった!冠の紐のない者が犯人じゃ!灯りをつけよ!」と。
自らの貞淑を守ろうとした王妃の行為は立派でした。しかし、荘王は犯人が誰であろうと家臣に恥をかかせたくありませんでした。
荘王は言います。「妻がつまらん事を言ってスマン。つまだけにつまらん…なんちゃって。わはは。今日は無礼講じゃ。ワシは皆と楽しく飲みたい。灯りがつかぬウチに皆の者、冠の紐を引きちぎれ」
こうして、荘王の機転により犯人は誰か分からなくなりました。悪戯した家臣は救われたそうです。
この様にして荘王は家臣の心をつかみ楚を大国にして行きました。楚は強国となるも、恐るべき敵がいました。大国の秦です。
秦との戦いでは楚軍は苦戦していました。しかし、ある時、蔣雄という家臣が進んで先陣を切り、死にものぐるいで秦軍と戦い大怪我をしながらも大功を立てました。
怪我をねぎらった荘王は「なぜ、ここまで国のために尽くした?」と聞きました。蔣雄は言います。「私は王妃に冠の紐を切られた不埒者です。貴方のお陰で恥を晒さず済みました。いつか、恩を返したかったのです」
そして、蔣雄は死にました。笑顔で。楚王は、その後も活躍し、覇者となります。春秋五覇に挙げられる事もある名君でした。




