おまけ 転生のヒミツ
あれから長い年月が過ぎた。
恵美ちゃんも宍戸先輩はずいぶん前に大往生し、僕があちらの世界に行く事もなくなった。
なんと、宍戸先輩は97歳、恵美ちゃんはなんと105歳まで生きたんだよ。二人は、かなり長生きしたよね。……ちなみにリカルドは81歳で亡くなった。男性の平均寿命ってとこかな?
憎まれっ子世に憚るとはまさにこの事だよね!
リカルドは普通の子だったから、寿命も普通だったんだろう……。
とはいえ、恵美ちゃん達が居なくなってしまった事は、僕のココロにポッカリと大きな穴を開けた。
……。
今更だけど、エリオスが僕を自分の半身にしたがった意味が分かった気がする。
僕は不老だけど不死ではないから、何かあればもちろん死んでしまうんだけれど、そんな痛そうで怖そうな事を自ら進んでする気にはなれないし、ウッカリそんな目に遭わないよう気はつけてはいる。
つまり……僕を待っているのは、当然のごとく愛する人たちとの辛いお別ればかりなのだ。
恵美ちゃん達が居なくなった後も、暫く僕は三人の残した子どもたちを見に行ったりしてた。だけど……さすがに恵美ちゃんや宍戸先輩の孫たちが次々に寿命を迎えていくのを見てるのはしんどすぎて……。いつの間にか、あちらに行くのは止めてしまった。
……だけどね、永遠の恐ろしいところは、凹み続けるのも困難だって事なんだ。
いくら悲しみに暮れたとしても、悪魔だって生きていれば嬉しい事がやっぱりある。
たとえば、猫妖怪クラブ主催の『化け猫・盆踊りフェスティバル』でクソ生意気なケットシーを押し除けて優勝したり、『終末ジャンボ宝くじ』で3等(日本円だと100万円くらい)が当選したりさ……そんな事があれば、やっぱり悲しみなんか忘れて、はしゃいでしまうんだ。
どうしたって膨大な時間は、忘却と共に悲しみを押し流してしまう。
時間とそれがもたらす忘却は、優しくて残酷なものだと僕は思うよ……。
「はぁーーーーー。」
僕は朝からクソデカイ溜息を吐いた。
今日は……恵美ちゃんの命日だ。
もはや何回目なのか数えるのも忘れたけど。
それでも毎年この日は黒い服を着るって決めている。
ちなみに宍戸先輩とリカルドの命日もそうしてる。
最初は色々な人の命日にそうしようかと思っていたけど、覚えてるのも大変だし、僕は長生きしすぎていて沢山の人を見送ったから、一年の大半を黒い服で過ごす事になっちゃうと気付いて……やめた。
だってさ、おしゃれしたいじゃん?
あ。
つまりはね……そう言う事なんだよ。
やっぱり、いくら大好きでも本当に特別ではなかった人たちの事を、ずっと悲しんでるのは無理で……。徐々に、こうして日常の方が大切になってっちゃうんだよね。
……。
とはいえ……恵美ちゃんの命日は、やっぱり凹む。
「理人、どうした?」
向かいの席に座って朝食を食べていたエリオスが僕にそう聞いた。
「エリオス、酷いよ!忘れたの?!……今日は恵美ちゃんの命日だよ!!!」
思わずムカついて、僕はエリオスを睨んだ。
「あー……。そうだったな……。だから黒い服を着てきたのか。しかし……その服もいいな……さすが理人だ。何を着ても本当に似合うな。」
……イラァ。
エリオスから悪魔の力を半分もらった僕は、最近はちょっぴり使いこなせるようになり、姿を変えられるようになったのだ。
なので今現在、僕はリチャードの姿で居る事をしつこく強要されて、そうしてる。
何故って?
エリオスがこの容姿がお気に入りだからだ。
僕的には猫型が一番楽なんだけど……逆らうのも面倒だしさ……。
「あのさぁ、黒い服なんて似合いたくないよ!!!これはドレスアップじゃなくて、喪に服してるんだからね?!エリオスっては酷いよ!仮にも恵美ちゃんは、エミリアちゃんの時は君の娘だったんだぞ?そんな簡単に忘れるなんて……!君って、マジに悪魔だよ!!!薄情すぎる!」
「うーん……まあ、俺はまごう事なく悪魔だからな。そりゃ、恵美が死んだ時は俺だって辛かったさ。だがな……そろそろだろ?」
エリオスは、まるで辛そうな様子もなく辛かったなんて言ってから僕を見つめる。
なんたる薄情さ!!!
まあ、悪魔に情なんて求めて良いのか謎だけど。
「そろそろって何だよ。そろそろ忘れろとかって言う訳?……そんなの言ったら、もう絶交だからね。」
エリオスを睨みながらそう言ってやると、やれやれとでも言うように、ヤツは肩をすくめた。
ムカッ!!!
確かに恵美ちゃんたちはもう居ない。
だけど、たまに思い出す日があっても良いだろ?!
確かに年々、思い出すら薄れてはいくけど……。
でも、この胸に残る悲しい気持ちは、恵美ちゃんたちを愛した証だ!
だから、それを噛みしめる日があったって良いじゃないか。悲しい気持ちは少し辛い。だけど、僕にとっては、それすら愛おしむ……そんな日なんだ。
「そう睨むな。……そういう事じゃない。」
エリオスはそう言うと、目を細めた。
「じゃあ、どういう事だよ!」
「……そろそろ、恵美たちは……転生してくるんじゃないかって、俺は言いたかったんだ。」
「は?」
「転生。……お前、何度かした記憶があるんだろ?」
「ある……けど……。え?……転生???それって、珍しい事なんじゃないの???」
思わずポカンとエリオスを見つめる。
エリオスはククッと笑った。
「いや。……前世の記憶を持って転生するのが珍しいだけで、転生自体は普通の事だろ。」
「そ、そうなの?」
「ああ。……魂は意味があって転生しているかからな。」
「意味???」
「あのな、魂ってのは一つだと不安定らしいんだ。だからその伴侶を求めて何度も転生するんんだよ。」
伴侶を求めて転生?……どういう事???
「魂は結婚相手を探してるって事?」
「違う。確かに、魂の伴侶ってのは、恋愛的な意味を持つ場合が多いが、厳密には違うんだ。魂ってのは、本当に深く心が結ばれる相手を探してるんだよ。だから異性とは限らないし、恋愛とは限らない。親子や兄弟、親友や師弟関係なんて場合もあるし、魂が込められた作品や、ペットなんかと繋がる事もあるんだ……。そうして、深く結びついた魂同士は大抵が何度転生しても側にいる事になるんだ。」
「ふーん。……でも、どうしてそんな事をしてるの???」
「俺は悪魔だから良くは知らんが……。深く結ばれた魂は何度も巡り合ううちに、段々に溶けて一つに融合し、ひとまわり大きくなるんだ。そして、また別の伴侶を探す果てなき旅に出る。……神はそうやって魂を精製し、より良い世界を作る気なのかも知れないな。ちなみに、何度転生しても誰とも結びつけなかった魂は、消えてしまうから……そういう事かなって俺は解釈してる。」
「へええ……そうなんだ。」
そこで僕はハッとする。
僕は、記憶があるかぎり人生3回目だけど、恵美ちゃんとリカルド、宍戸先輩と双子ちゃんみたいな、運命的で特別な人との出会いは……特に無かった気がする……。
もちろん、好きになった人もいたし、結婚したりもしたけど、転生した後は、前の奥さんや恋人と思しき人たちにまた会える事はなかった。つまりエリオス理論だと、僕の奥さん達は……そんなに魂の結びつきが深い相手では無かった……って事……なんだよね?
ええっ、そ、それって……?!
もしや僕ってば、エリオスに悪魔にして貰わなかったら消えてた?!
ひえええぇ……!
焦ってエリオスを見つめると、何故かこっちをうっとりと眺めていた。
非常にキモいので、僕は思わず口を閉じる。
だってさ、下手な事を言うと「お前の運命の相手は俺だからな!」的な事を言い出しそうだからだ。
しかしながら僕的には、エリオスの場合は、力技で僕を無理矢理に運命にした気がするから、絶対にそれは認めたくない!!!……なので、未来永劫とぼけ続けてやろうと思います。
「ま、そういう訳だから、恵美たちはそろそろ転生してくるし、リカルドは必ず恵美の側にいるんじゃないか?宍戸さんは必ずとは言えないが、恵美ともリカルドとも縁が強めだから側にいそうだって俺は思う。……探しに行ってみるか?!前世の事を思い出せるかは運だが、根本は変わらないはずだから、仲良くなれるかも知れないぞ?」
「マ、マジで……?!」
「ああ。……まあ、前世を思い出さない状態で悪魔ってバレると厄介だから、人のフリをした方が良いが……。」
「行く!行きたい!……エリオスお願い、恵美ちゃんたちを探すの手伝ってよ!」
僕がそう言ってエリオスにねだると、エリオスは頼もしい笑顔を浮かべた。
◇
「……あれが、恵美ちゃんとリカルド。」
「ああ、今はエミーとリッカという名前らしいがな。」
しばらくすると、エリオスが恵美ちゃんとリカルドを見つけたと言うので、僕とエリオスは悪魔っぽさを隠し、この世界に馴染むような格好をして、こっそりと二人を伺っている。
どうやらここは、現代日本風の世界だ。
リカルドと恵美ちゃんは高校生らしく、相変わらす口喧嘩という名のイチャイチャをしながら登校している。……こどうやらこの世界でも幼馴染らしい。
あ、そうそう。
ちょっと話は変わるんだけど、僕に執着していた神様は、しばらく前に消滅してしまった。
悪魔は人の恐れを源にして力を得てるからなかなか消滅しないけど、神様は信仰心が力のモトになってるから、時代が変わってそういうのが薄れると消えちゃうんだってさ。まあ、その代わりに人は新たな信仰も生み出す訳で……。悪魔とは違って、神様とはどんどん誕生するものでもあるらしい。
「どうする?話しかけてみるか?」
「うーん……。もう少し様子を見ようよ。」
二人の後を付けていくと、バス停で剣道の道具を背負った大柄の男の子が合流した。
「あ!あれ……宍戸先輩じゃない?!」
「ああ、そうだな。」
三人は同級生なのか、今日のテストの事で談笑しはじめた。
「なあ、今日のテスト、勉強したか?俺、試合の事に夢中で忘れててさ、一夜漬けなんだよな。」
宍戸先輩っぽい男の子がリッカにそう言うと、リッカが笑う。
笑顔は……やっぱり、リカルドのまんまだ。
「ルーイが珍しいね。それだけ今回の試合にかけてるって事かな?……俺は、今回のテスト、けっこう気合入れてやったけど……。でも、いつも授業を真面目にやってるルーイなら一夜漬けでも問題ないんじゃないかな?不安なら、テスト前に少し一緒に振り返ろうか?」
どいやら宍戸先輩は今はルーイという名前らしい。
「そうしてくれると助かるよ。ありがとな、リッカ。……おい、ところでエミー。お前はどうなんだ?」
ルーイがそう聞くと、エミーは不敵に笑った。
うわぁ……あの笑い方……クズい発言をする前の恵美ちゃんそのものだ。
「はぁ。……リッカもルーイも何も分かってない。これだから、テストが何のためにあるか理解してない人たちってダメなんだよね?テストは良い点を取る為のものじゃないんだよ?授業の理解度を知る為にあるんだからね?……つまり、ありのままの自分で挑むべきなんだよ!!!ついでに言うとこれは先生への通告でもあるんだからね?『お前の授業が意味不明だから、理解できねーんだぞ!』っていうね。」
「ルーイ……相手にしちゃダメだぞ。」
「うん。知ってる。」
リッカとルーイが呆れた様にそう言い合うと、リッカは鞄からテスト対策用のノートを取り出してルーイに手渡した。
「良かったらこれ。俺がまとめたノートだけど、ルーイ、バスの中で少し読んだら?」
「え、いいのか?」
「はぁ?……ちょ、ちょっと待ってよ!……何でリッカはルーイにノート貸すの?!私に見せてよ!!!」
「エミーはありのままでテストに挑むんだろ?俺のノートなんか不要だろ?」
リッカが意地悪くそう言うとエミーが膨れた。
「リッカのイジワル!」
「エミーが『リッカ様お願いします。どうか哀れなエミーにテストノート見せて下さい。』ってお願いしたら見せてあげてもいいよ。……てかさ、つまらない理屈はどーでも良いから、家でもっと勉強してこいって話だよ。そもそも今日のテストはエミ―のお兄さん……ユーリ先生の世界史だろ?」
「だよな。……妹のエミーがユーリ先生のテストで赤点とか、先生が浮かばれん……。それによぉ、ユーリ先生の世界史はすごく分かりやすいって、歴史嫌いのヤツらからも評判なんだぞ?先生が悪いから分かりませんってのは、ユーリ先生の場合は違うって俺は思う。」
「うるさいなぁ……。私、歴史は大っ嫌いなのよ!お兄ちゃんは関係ない!!!お兄ちゃんはね、学校ではいい先生ぶってるけど、家で私が質問すると『へぇ~。馬鹿ってこういう顔をしてるんだ。後学の為にその顔をよーく見せてよ。』なんて言って、プゲラするんだよ?!」
「「あはははは。先生最高!!!」」
三人がギャーギャー騒いでいると、バスがやって来て三人は乗り込んで行ってしまった。
◇
「エリオス。どうやらユリウス君もいるみたいだね。」
僕は三人が乗ったバスを見送り、エリオスにそう言った。
「……そうだな。」
エリオスはそう言うと考え込んだ。
ユリウス君……。
恵美ちゃんの前々世の兄で、前世では弟……そして今世も兄……。それだけなら、きっと僕はユリウス君も魂の繋がりが恵美ちゃん達と強いのかなって思うだけだった。
でも……。
ユリウス君の存在は謎、なんだよね。
エリオス曰く、ユリウス君には悪魔っぽい痣があったらしい。紋章を持つ悪魔は名のある悪魔らしいが……ユリウス君が悪魔なのかは、エリオスにもよく分からないらしい。
……そう言えば、ユリウス君は、前世でもその前も……誰とも結婚せずに、ずっと恵美ちゃんとリカルドの側にいたな……?そして、彼は恵美ちゃんとリカルド以外とは、深い縁をほぼ持たなかった。
ユリウス君って、人当たりは良いんだけど、常に人間関係が浅く広くて……なんとなく、一線引いてるんだよな。
あ。
そうするとユリウス君もエリオス理論では、いつか消える魂って事になるんだけど……?でもなんだか、消えるにしては強すぎるんだよね、あの魂……。
「あのさぁ、エリオス。」
「……なんだ理人。」
「あのさ、まさか……まさかなんだけどね?……ユリウス君って……恵美ちゃんとリカルドの魂が融合して一つになるの待ってる悪魔だったりしないよね?……だってさ、悪魔って、気に入った魂を一つしか側に置けないんでしょう???」
「あ、ああ……。確かに、悪魔は半身を一つしか持てない。……し、しかし……?……いやぁ、まさか。ユリウスは普通に縁があって、恵美たちと一緒に転生してるだけじゃないか?宍戸さんみたいに……。」
確かにそうなんだけど、宍戸先輩には双子がいるし、なんだかんだで先輩はユリウス君より色々な人と濃密に関わりを持ってるんだよなぁ……。
「うーん……。そうなのかなぁ……?」
「それにだ。もしユリウスが本当に悪魔だとしたら……アレは俺すら欺く、相当な悪魔って事になるんだぞ?」
……そうだ。
エリオスはこんなだけど、実はかなり凄い悪魔なんでした。……あちらの世界で、エリオスより高位の悪魔なんてほとんど居なかった。
そう。ほとんど。
エリオスより凄い悪魔ってのは……いわゆる……。
僕とエリオスは、目を合わせて、ヘラヘラと笑い合う。
「……。なんか面白い事になるかもねぇ……。」
「そうだな……。」
「ねぇ、エリオス、僕らも行かない?!……暫くさ、この世界で恵美ちゃん達と同級生したいかも!」
「ああ、なんだかそれも面白そうだな。……それに、久しぶりにお前と学生やるのも悪くない……。よし行くか、リヒト君。もし恵美たちの学校が野球の強豪校なら、一緒に甲子園でも目指そうか。」
「ははは。……僕がさ、そういう意外にノリのいいエリオスが大好きって知ってた?……よーし、思いっきりアオハルしょーぜ、エリオス君!……でも、目指すのは放課後の幸楽苑でお願いします!」
僕たちは、笑い合うと、軽い足取りで恵美ちゃん達が向かった方向に歩き始めた。……なんだか少し、ワクワクしながら。
続きそうなノリですが、続きません。
多分、ノリで高校生になった二人はこれからある世界史のテストで赤点を取る事になる予定。……だって、二人はこの世界の歴史なんて知らないので。
ちなみに、ユリウスの正体は理人とエリオスが勝手に思っているだけで、謎のまんまです。




