やめろ! メシがまずくなる
「ハァイ~ン」
「うぇぎぇゃあ」
まだ日も短い春の初め。ふと窓に目をやると、既に日没を過ぎた宵闇をバックにエミリアが逆さまにでろんと顔を出してきたのだからたまらない。先天的にチキンでちんぽの小さいノミの心臓の持ち主であるハインは臆病自己保存精神を全開にした事で発現した持ち前の反射神経で足をぴんと張ってしまい、ずるんと椅子から転げ落ちてしまった。
強か後頭部を叩きつけ、死にぞこないの羊のようなうめきをあげながら痙攣するハインを横目にエミリアは窓ガラスを正拳で叩き割った。
手慣れた様子で施錠を外すと、エミリアはずかずかと部屋へ無遠慮に上り込んできた。
「何だよう、せっかくこの可愛いアタシが夜のお誘いに来てやったってのに冷てェじゃねぇかよう」
「ひっ、小悪魔。ぼくの童貞を奪いに来たと公言して回ってきたと云うのですか」
「本当に一番に頂くならわざわざ公言して回ったりしねェよお。なんかさあ、腹減っちまってさあ」
「そこらにいっぱい草とか石とかあるじゃないですか」
「苦いし硬いし無理……おいしくない」
「あんたら呑まず食わずでも倒れたり飢えたり死んだりしないんだから何でもいいでしょ。あんたらが無駄に舌を肥やす為のタンパク質なんか必要ないんですから恵まれない人たちの方に回すべきですよ」
「アッアッアッ、なんだよもお、アッ、そんなっ、アンタの顔でそういう罵り方すんなよう」
ぞくぞく体をよじらせるエミリアの性癖はもうひとつ理解できない所がある。いや、もうひとつは言い過ぎか。やはり何一つ理解できない。この人たち頭おかしい……
「ラーメン屋ができたっていうから誘いに来ただけだってのさ。まだ冷え込むだろ、一緒に……」
「いやです……」
「エッエッエッ、何で? 何でそういう事言うん? エミリアちゃんの誘い断るん? 実にフレンドリーな誘い方だったのにそういう邪見にするような態度取るん? アタシなんかした?」
「胃がもたれるんで……明日テストなんですよ」
「その割には彼氏がいないじゃあねえか」
「彼氏って言うな。クルトはあいつ勉強できるバカだから表でケツにマシュマロにつめて散歩してるんじゃないですか」
「頭おかしいんじゃねえのお前の彼氏」
「彼氏って言うな。ぼくそもそもノンケじゃないですか。彼氏って言うな」
「アタシはアンタがどっちでも構わないんだぞう」
「麺棒でも突っ込んでてくださいよ、ぼく勉強しないといけないんですよ」
「いいじゃねーか期末以外の勉強なんて。世の中受験と就職で決まるんだから学校のカーストなんか大した事じゃねーよ、校外学習だけやってりゃいいんだよ」
「言い方が悪かったようですね、エミリアさんとご飯を食べに行くのが厭なんです」
「おう? おう? 何だあ? 厭にストレートな物言いだぞ? 言い方が悪かったというよりサッサと厄介払いがしたいみたいな感情を調理しないで生でぶつけて来たぞ?」
「ウザイんですよほんと。から揚げにレモンどころか七味まで無断でぶっかけるようなそういう無神経な心遣いは。ほんとウザいんですよあなたとご飯食べに行くの」
「ウザイ? ほんとウザイと思ってたの?」
「テロですよ。文字通り飯がまずくなるからやめてください。あと誘うならでかいメガネとか馬とかいるじゃないですか、仲間はいっぱいいるでしょ」
「やだ。ハインがいい。ハインがいいんだもん」
「どうしてですか」
「カウンター席の横でハインがすっげーうざがる顔が楽しみでイヤガラセやってる節あるんだもん」
「このババァ……!」
「こんなに可愛いエミリアちゃんの何が不満なんだァ? 文句あるなら言ってみろ、ほら。オッパイ触らせてやるししゃぶらせてやるから」
「ほんと頭おかしいんですね、騎士団の人って……ぼくは夜食をすでに用意しているので結構です」
「夜食?」
「ええ。おなかすいてるんだったら別に用意してあるのをあげますけど」
「さすがハイン。ちゅうしてやろか」
「はい、お代は結構です。これあげますからサッサと帰ってください」
「うわあマジで? 結構重たいけど、袋の中身なにこれ」
「草とか石とかいっぱい入ってますよ」