一つの指輪と婚姻届
私の家まで車で送ってもらい、「じゃあ、貞操帯の鍵を……」と渡してもらおうとすると、「家まで送ってやったんだから、お茶くらい出せよ」と言われる。
仕方なく、彼に家に上がってもらうことになった。
母は突然の訪問に驚きつつも、御影様と挨拶を交わす。
彼は「後で、大事なお話があります」と母に不穏な宣告をしてから、私の部屋に入ってきた。
「あの、御影様……鍵は?」
「外してやるからこっち来い」
言われるがままに近づき、外してもらう。
やっと解放された……!
はぁ〜、やっぱりこんなもの、ないほうが絶対にいい〜!
私が心底安堵の表情を浮かべていると、不意に彼が私の両耳に触れ、やさしく揉んできた。
(あっ、まさか……)
ゆっくりと頭皮をマッサージし、手のひらを指でなぞり、一番弱いところを突いてから指を絡めて『恋人繋ぎ』をしてくる。
――青児さんがやったのと全く同じことを、同じ手順でなぞっているのだ。
意地悪……。
そう思いながらも、私は抗えずにトロンとして気持ちよくなり……そのまま眠りに落ちてしまったらしい。
*****
気がつくと、御影様はすでにいなくなっていた。 ふと胸元に触れると、首のネックレスから指輪が一つなくなっていて、私の分の婚約指輪だけが残されていた。
後で母から聞いたところによると、私との婚約破棄は撤回され、なんと御影様の署名が入った婚姻届を預かったのだという。
「俺はまたすぐ海外に行くので、初音の好きなタイミングで役所に出してやってほしい」
とお願いされたらしい。
母は、「御影様って、本当に不器用な方なのね……」と、呆れたように、けれどどこかホッとしたように漏らした。
*****
暫くして、青児さんから約束していた『あの絵』が届いた。
キャンバスの中の私は、臙脂色のドレスを着て横たわっている。
幾重にも重なる細かいフリルがまるで燃え盛る炎のように見え、私は青児さんの放つ『業火』で焼かれているのだと錯覚するほどだった。
― 業深き画家の家系 編 ― <完>




