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05ブランドを作り上げる

 それを口に含むとエグ味が口に広がるが、美味しくないと何度も言われていたので味覚の範囲内。注目するべき部分はその感触。


「あ、ゼリー?」


 食べた覚えがある。思わず女性の方を見て、レシピを知りたいと頼むとレシピは普通にあっさりくれた。毎日作っているので覚えているという。

 ゼリーを作ったら利益を渡すために、相手の女性の名前と住所をきっちり記名。こういうのはちゃんとしないと。


「いえ、そんな。いりませんよ」


「まぁまぁ、期待せずにお待ちいただけると。ふふ!」


 女性は小さい話だと思い込んで遠慮していたが、そうではない。身分を明かさずにいるので詳しい話はゼリーが進んでからになる。


 ぶどうの品種で作ったワインのブランド名であるヴァレンシア。

 ヴァレンシアブランドを隣国の例の商人と考えて発足されているが、まだまだ完成してない。その間にいろいろ付随する商品の企画だけでも進めておきたい。


 ヴァレンシア・クッキー。

 ヴァレンシア・チョコレート。

 ワインではなくても、ぶどうは特別で唯一のものを使う。

 現実世界ではブランドというと特定の製品や企業と結びついているが、異世界ではその概念自体を自由に定義できる。


 概念からして存在していない。

 ブランドというのは主に視覚、ロゴ、パッケージ。味覚、つまり食品に訴えかける。

 それが異世界ではもっと多角的にアプローチできるのだ。


 普通ならば各カテゴリーに特化したサブブランドを構築することで、ブランドの価値を希薄化することを避けられる。

 マーケティングや商標法といった制約にとらわれず、純粋に見てもらえるというわけだ。


「ワインのブランドが、高級感や職人技といったイメージで確立されていないから、安価な食品で無秩序に展開したりして、ブランドの持つ特別な価値が薄れる可能性がない」


 消費者が、このブランドはワインの専門なのに、なぜ突然お菓子を出しているのか?と混乱することもない。

 前例がないからこそテーラが初めてのブランドという文字、言葉を使う第一人者となる。


 関連性の高い食品。例えばチーズやパテなどであれば、通常ならば相乗効果が期待されるがこの国もどの国も組み合わせなんて知らない。

 全く異なるジャンルでは注意が必要、なんてことを気にする必要は皆無。


「ブランドをイコール、私の農園にすればいい」


 笑う。ゼリーはヴァレンシアのぶどうゼリーか、ヴァレンシア・ジュレにしようか。悩むなと、紙に書きながらさらに歩く。

 屋敷に帰ると早速ゼリーを何日も試行錯誤して、完成させていく。


「お、美味しいです!」


「なんて、風味が豊か」


 まだ上手くいかないけど使用人たちに味見してもらう。


「これでまだ途中なのですか?」


「信じられないです」


 作りながら、将来の商品の完成形を考えていく。


「ブランドっていうと、富裕層に向けにデザインするのもありか」


 高級感のあるパッケージデザインを採用し、ワインと共にギフトセットとして販売。


「大切な人への贈り物に、ヴァレンシアのワインとゼリーはいかがですか?これは謳い文句にしよう」


 特別な日のギフト需要を開拓できる。材料を混ぜながら、絞ったぶどうの果汁をボウルに入れた。


 テーラが夜会でアシェルを冷たくあしらったことが話題になり始めているらしい。


 彼女はいつものようにぶどう畑で作業に没頭していた日は、品種改良した新しいぶどう、星彩果せいさいかの収穫時期について、父に相談するつもりだった。


 だが、あの人はどうしようもないことに、王家との関係を修復することに躍起になっており、まともに話を聞いてくれない。

 娘の非礼を謝っているつもりなのだろう。

 テーラは盛大に呆れつつも一人で思案を巡らせていた。


「レシピの葡萄パンには干し葡萄が必要になるから……星彩果の糖度なら、最高のものができるはず。んっ、甘い。これなら、最高の葡萄パン計画も明るい」


 独り言を呟きながらテーラはぶどうの房を手に取り、その粒を愛おしそうに撫でていると、この間のように背後から声をかけられた。


「テーラ様」


 振り返るとそこに立っていたのは隣国の大商会の代表、フェチル。

 実は彼こそがワインのブランドとして考えていたヴァレンシアという名前を付けたブランドの立ち上げに際して、最初に提携を申し込んだ相手なのだ。


 困っていたのだ、本当に。この国では爵位こそないが、真摯で誠実な人柄。商売に対する鋭い洞察力を持つフェチルに、テーラは深い信頼を寄せていた。この前振りだと笑う。


「フェチル様。どうなさいました?。在庫はもうありませんよ?」


「はは、在庫確認ではありませんよ」


「そうですか?とりあえず小屋へ行きましょうか」


 テーラはフェチルを、例の自身が作業用に建てた小さな小屋へと案内した。

 まだまだ、父や母は爵位がない人間を屋敷に入れることを嫌がったが、テーラはそんな形式ばった習慣は無意味だと考えている。


 文句を言われないように、敷地のギリギリに建てた。大切なのは肩書きではなく、人そのものだから。


 フェチルは整えられた内装の小屋に入ると、傍に控えていたメイドが運んできたお茶を、少し気まずそうに見ていた。

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