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03実家を破滅させないように理性を働かせていた

 口角をあげて、絶句する母から離れた。将来、父も母も後悔に濡れるに違いない。この家が手にするはずだったワインという誇れをもし、聞かれたらテーラしか関わっておらず両親は一切合切関わってないことを全てに常に伝える。


 王家もなんの関係もないと笑みを浮かべてちょっとずつちょっとずつ伝えて寧ろ、邪魔されていたと言いつけてやろうと微かに笑う。薄らと浮かぶのは意地の悪い気持ち。

 これだけ周りから軽んじられてはテーラも我慢などしない。あの婚約者の男もこちらを軽んじる。許せない。


 現代人の名にかけてなにもかも渡さないと怒りの炎を瞳に宿らせて、メラメラと燃やす。絶対、絶対に利益など渡さない。

 王子のあの甘ったれたガキにも。

 アシェルにはテーラというこの世界における知識の宝庫は宝の持ち腐れ。


「この世界の人達にワインの知識は黄金並み。もったいなかったか。はあ、無駄な時間を過ごしちゃった」


 ワインについて教える時間は無駄の極みだったわけで。自分の時間の無益さに辟易。

 説明する時間をぶどうについての時間にすればどれだけ有意義だったか計算すればするほど、あまりにも無にさせ過ぎた。


 よくよく考えればなかったものを証明するのは悪魔の証明。知識の差に絶望して、価値観に改めて向き直らねば。これからは無価値な人間になど関わらないでおこう。


 ワインを作れば自ずと評価してもらえるから、そこに人を関わらせるなんて人件費を払うよりも意味のない行為だろう。とくに王族が関与する気がないと先に証明してみせたのだ。


 もう、後からやはり一枚噛ませて欲しいと擦り寄ってこようと、テーラの価値を知ったところで手遅れ。自分も彼らには心底がっかりなので無価値と更新して、ここはきっぱり気持ちを切り替えていかねば。


 そうしないとあんな人達に構う時間よりも、ワインに使いたい。芳醇な香りを思い出し、目を閉じて気持ちを落ち着かせる。そういえば、近々夜会があったなと思い出す。

 あれもつまらない時間なのだ。


 後日となる、月明かりが降り注ぐ夜の庭園。夜なのはどうかと思うけれど色とりどりの光を放つ魔法のランタンが闇を幻想的に彩っている。


 ランタンはよいものを使っていた。

 芝生の上には金糸銀糸で刺繍されたドレスや、星のきらめきを閉じ込めたようなローブを身につけた人々がグラスを片手に優雅に談笑している。


 今日のテーマに合わせて、ローブらしい。庭園の中央に設えられた噴水からは水の代わりに淡い光の粒が空へと舞い上がり、夜空に瞬く星々と溶け合っている。


 ため息を深く吐く周りでは弦楽器が奏でる軽やかな音色に合わせて、妖精たちが優雅な舞を披露していた。妖精とは言っても魔法で作っているので本物ではない。


 甘い香りの漂う花々からは神秘的な輝きを放つ蝶たちがひらひらと舞い、髪や肩にとまっている。

 このテーマや魔道具、趣向などを提案したのはテーラ。夜会の喧騒の中にも異世界ならではの静謐な美しさが息づいている。


 無駄に王妃候補、または未来の王妃と見做されているからと張り切って用意して、考えて……はあ、やらなきゃよかった、と後悔している。今後、茶会も夜会のテーマやアイデアは寄越さないようにしないと。悪態をつく。


「くだらない」


 甘い匂いが鼻をつく。見渡せばどこもかしこも煌びやかな衣装を纏った人間ばかりで誰もが作り笑いを浮かべ、意味のないお世辞を囁き合っている。


 外であろうと中であろうと、こちらへ向けられる視線、薄っぺらい会話のどこに価値があるというのか。


「薄っぺらい会話。見苦しい」


 男はただ権力のある者の顔色を窺っているだけ、女は自分達のつまらない宝石を自慢したいだけ。視界に入るもの全てが吐き気を催すほどに滑稽で、欺瞞に満ちている。


「早く帰りたい」


 胸の奥がざわつく。退屈な時間に耐えている自分が一番馬鹿らしく思えてくる。


「はぁ」


 帰りたい。優雅な音楽も美しい光も、全てが醜い現実を誤魔化すための偽りに冷え切ったグラスを握りしめ、ひたすらに夜会の終わりを願う。


「テーラ」


 叫ぶように呼び止められて振り返ると婚約者のアシェル。またくだらない一番上の男がやってきたのか。

 声をかけないでほしい。耳障りな声音を聞いていると、苛つく。


 早くどこかへ消えて欲しいと不快な気分で静かに眺めていると、呼び止めたのに何某かと聞かれなかったことに戸惑いと疑問の瞳をこちらに向ける。言いたければ勝手に口を動かせばいいのでは?


 とっとと話して欲しい。あなたの口はお飾りなのかと、冷ややかな瞳が牙を作る。王妃にはなってあげよう。しかし、名前だけで王家に行くつもりもない。


 名前だけのお飾り王妃。なんなら、執務、公務、全てを放棄したっていい。父にも言ったが結婚する気はないとあれだけ言っているのに結婚させようとする人たちのために、仕事をする気はない。


 前の世界ならば辞表を渡すだけで辞められるのに、無理にその椅子に座らせるというのならばそっちも責任を取らせる。実家の力を下げれば王家とて、テーラを王妃に据える意味を失うはず。


 そうなれば容易に離縁なり、なんなりやりようがありそう。己の市場価値を、暴落させればいい。


 生まれた家のことなど、ぶどうが上手くいきワインをブランド化できれば用無しと切り捨てられると頭に描いた計画書を思い描き、なんとか実家を破滅させないように理性を働かせていた。


「あ、の」


「……」


 特にハイ、なんて返事しない。言葉も金なり。こちらは有料になる。


「そ、のな……前に、お前のぶどうについて……なのだが……謝りたいと……なのだが」


 なにがなのだが、なのだろう。彼は単に婚約を保留にしたいと言ったから謝ろうとしているだけで、保留を言い渡す前に言えば反省していると思ってあげられた。


 けれど、言った後ではどれだけ言おうと反省したようには見えない。

 氷のような零度な温度を向け、ふいっと顔を横にする。最後になる言葉はそれか、とあの時言ったのになぜこの猿は話しかけてきたのだろう。


 はら、と夜会用の羽扇子を開く。

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