十九 道の先から出てきたのは……
私が洞窟に入って何分経ったか……何歩歩いたか……時間の方はともかく、歩数の方は百二十までは数えていたのだが、もうわからなくなってしまった。途中で数えるのをやめたから。
あまりに広いし、一本道じゃないんだ。私は今、何度も間違った道を選び、戻るという行動を繰り返している。
「……ふう、戻……」
また行き止まりになっていた一本道を戻ろうと歩き出したところで罠か何かが作動したようで、どこからか矢が八本飛んでくる。
私はそれを冷静に指で掴んでいく。これぐらいなら問題ない。
「……っすっ……っとと」
掴み終わると、私はそれを全力で投げ返す。もちろん、八本同時にね。人が投げたわけじゃなくてただの罠だろうから投げ返しても、壁とかに当たるだけで意味はないんだと思う。でも、ストレス発散にはなったから私にとってはそんなことどうでもいい。
「一応……」
『強闇結界』を自身の周りに張ることにした。次にどんな罠が来てもいいようにね。いちいち避けたり、掴むのは嫌だ。
『強闇結界』を張った私はまだ何か罠がないか前方の確認を怠らず、迅速に進んでいく。
迅速なのは、イスヴァを早く救出したいから。
「……?」
何かが地面で蠢いている。音で気づいた。それも複数だ。数の特定は無理だが、多分問題ないだろうな。そのまま行こう。
それから、私が攻撃を受けたのはその判断から三秒後だった。
攻撃主は当然、地面に潜っていた魔物……モグラだ。夜行性だと聞くし、もう外は夜かな?
……ちなみにモグラは通常ならそのままでいいが、魔物の方はマオルヴルフとも言う。このマオルヴルフの数は十匹。結界を張っていたおかげで無傷だが、道を塞いでいるからこのままじゃ通れなくて困ってしまうね。
結界は無事。だが、罠と違って放っておいたらどうにかなるものじゃない。解除して攻撃しなくちゃね。
私は一瞬で解除し、大将らしきマオルヴルフを右足で蹴り飛ばす。洞窟は先に進むにつれ、広くなってきていたので、蹴り飛ばすことは容易。蹴り飛ばされたマオルヴルフは天井に刺さった。
魔法じゃなくて蹴りなのは何となく。モグラは蹴り、もしくは叩きで倒す系の敵という認識を私は持ってる。何故か。
「お、このマオルヴルフは額に小さな目があるんだね」
よく見たらわかった。なるほど、じゃあ、におい対策とかしても無駄かな。ま、どっちにしても勝てるが。
「……」
大将マオルヴルフが一瞬でやられたことで、他のマオルヴルフは一瞬ポカンとした顔になるが、すぐに戻り、怒りの表情でこちらに対して突貫してきた。先頭は副大将的なマオルヴルフ。
大将と同じように蹴り飛ばしてやろうと思ったが、さすがに学んでいるよう。私の足が届く前に地面に潜ってしまった。
なるべく、音を出さないように土の中を進んでいるようだが、称号を利用し、更に集中した私の耳を舐めてもらっては困る。普通に聞こえているよ。次に顔を出した時が君らの最期だ。
潜り進む音を聞いて楽しんでいた私だが、その楽しみは十二秒ほどで終了してしまった。
なんと、マオルヴルフたちは飛び出す直前で再び穴に戻り、元の場所に向かっていってしまったのだ。
私としては食事の途中で皿が片付けられたのような感覚。少し嫌だな。まあ、通れるようになったからいいが。
「……っふぅ」
有り余った力を使って全力疾走。今の私は自身を風のように思いながら走っているよ。
結界はちなみに再び展開。途中で何かとぶつかることがあるが、この結界のおかげでみんなはね飛ばされていっている。
やったね。
……しばらく進んで、三叉路。
今までの道と何ら違いはなさそうな見た目。だが、その先に奇妙な違和感がある。何か、物凄い魔物がいるので……は?
「!?」
右側の道の方から何かが転がってくる音が聞こえた。早速来たか。めちゃくちゃ早いな! ヤバい!
私は結界を即解除。そして、魔法で仕留めるために手に魔力を溜めていく。急いでやったため、ここまで要した時間はおよそ三秒。自分で言うのもなんだが、ここまで早い者はいないだろうな。
転がってくるわけだから、そういう攻撃をするような魔物……体表面が鎧のような骨の板で覆われている被甲目っていう動物がいるが、あれみたいな感じの魔物だろうな。多分。
被甲目は東方のケンビナという国の乾燥地帯にのみ出没する動物と言われていたが、数年前からこういった洞窟にも出没するようになった。ただ、その姿は通常とは違い、魔物のように凶悪。
最初は被甲目の凶悪な個体という扱いだったが、今ではきちんとした魔物であると冒険者協会が発表している。
通常の被甲目と区別するためにそれらの被甲目には名前がつけられた。確か、ギュルテルティーアだね。元より魔物である被甲目も同様の呼び名だ。何故、そこは区別しないのか気になるよ。
ギュルテルティーアにも上位種を表すシュタルク、下位種を表すシュバハがいるが、シュバハの時点でそれなりに強いと聞く。
この洞窟で出会う魔物は先程からそれなりの強さだと思うので、きっとここにいるのは元から強いギュルテルティーアの更に強くなった個体だと思う。とんでもないだろうな。期待大だ。
身構えていたはずなのに、次の瞬間に私は驚きで止まってしまった。
「……っはぁ!?」
道の先から出てきたのは二つの生物……
一つは予想通り……ギュルテルティーアだ。
だが、二つ目は予想外すぎてしまった。何でなのかわからず、私の脳みそは機能を停止し、唇は振動し変な音を出している。
「……イスヴァ……ぁ?」
そう、二つ目……というか、二人目……いや、ギュルテルティーアは人じゃないから一人目……
あー、なんか混乱してきているよ。
「イスヴァ、なんだよね?」
「……痛た……あれ、クロノ様じゃないですか。何故にこのような場所にいらっしゃるのですか?」
名前を知っていることも、敬称をつけてきたこともギュルテルティーアと一緒にやってきたことも気になるが、一番は……
「なんで、そこから出てきた。そこに何かあるのか? アルッディに捕まっていたわけではないのか?」
「……アル……え、待ってください! えっ……クロノ様、アルッディのことを知っているんですか?」
「あっ、ああ……知っているが」
なんだこの反応は。どういうことだ。
「知っているんですね。僕も知っているんですが、まだ会ったことはないんですよね」
会ったことはないのか……なるほど。
「……その感じだと捕まっていたわけではないっぽいな。あいつは嘘をついていたようだ」
「洞窟にいるのは本当だ」とか会ったら言いそうだな。まだ念話で少ししか話をしてないのに予想できるよ。
「……あのー、クロノ様? クロノ様は何故にアルッディを探しているのですか……?」
あー、はいはい。
「別に友達とかではないよ。安心してくれ。私はね、奴を探し出して殺そうと思っている。君はどうだ?」
「ぼ、僕も同じです……結構軽い感じで殺すと言いますね?」
「まあね」
イスヴァ、もしかして引いてる?
……まあいいか。私はこれまでに数え切れないほどの人間にドン引きされてきた。慣れてる。
その後、私は心停止した後に何があったのか、イスヴァの口から詳しく教えてもらったよ。
どうやら、魂だけの状態で特殊な空間に飛ばされていたようだね。そこで私の正体やらアルッディの話を聞かされたとか。
「なんであの道の方から来たのかはわかってる?」
「それはよくわからないです。森に通じていると思って穴を通ったら何故かここに通じていて……いきなり攻撃したモグラを殺して、何故か懐いてきた被甲目と一緒にここに来ました」
ん、んん? んん?
「被甲目はともかく、君はモグラとも会っているのかい?」
「あ、はい。それがどうかしましたか?」
もしかして、さっきのマオルヴルフたちはイスヴァに引き寄せられたのか? 魔物は魔力が多い者に引き寄せられるというからな。今の私はそれなりに魔力を消費しているし、ありえる。
「いや、何もない。君はそのモグラを殺したんだよね。死体とかは残っているのだろうか?」
「え……あ、ほとんどは魔法を放った際に消滅してしまいました。一応、一匹だけ消滅しなかったんですが、それも数秒で絶命しまして、取り敢えずモグラなので、土葬しておきました」
土葬か……まあ、モグラだしね……うん。
私は頷くと、心の中で密かに思っていたことを口に……しようとしたのだが、その前にとある恥ずかしいことが起こる。
合唱だ。お腹が一瞬、合唱した。
私とイスヴァは恥ずかしくて、同時に俯いて顔を抑えた。顔が紅潮している気がする。多分、イスヴァもだ。こんな恥ずかしいことが起きたら、そうならずにはいられないと思うんだ。
「お、お腹減っただろう……? ……モグラは食べれるから、まだ死体があるのならちょっと料理しようかとも思ったんだよ……」
「そ、そうなんですね……モグラって食べれるんですか……はは」
こんな場面、他人に見られたら「婚姻前の夫婦か」とでも言われてしまうのではないか……?
あ、そういえば、ここにはアルッディがいるんだったな。もしかして、奴は私たちを見ている?
もし、見ているのなら……くっ、辛い。
「……あの、美味しいんですか……? モグラ」
「いや、不味いと聞くよ……」
「不味いんですか……」
なんかどんどんとテンションが下がっていく。婚姻前から葬儀前のようになってきている気がする。ヤバい。
ああ、ダメだ……
「ね、ねえ……イスヴァ」
「なんでしょうか、クロノ様」
イスヴァは顔を青くして、こちらを見る。なんで君までそんな落ちこんでいるんだ。モグラがまずいのがそんなにショックか。
「取り敢えず、行こう」
「あ、そうですね」
イスヴァが何故か近くにあるギュルテルティーアを拾った後にそう言った。何だ、飼うつもりか?
「……」
「……」
こうして、私は……私たちはなんかどんよりとした気持ちのまま、アルッディを探すことになったのだった。
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