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エピソード110:恐れるな、勇気を持って迎え撃つのだ

 ザットとアビスは常に緊張感が止まない状況下に置かされていた。

 治安団の団員は命知らずではあるが、団長の期待に応えようとする反抗心。

 アビスは周囲を軽く凪ぎ飛ばした後に厄介者のジェイドと対峙。

 一方で組織の裏切り者としての宿命を背負った茶髪の青年ザット・ディスパイヤーは随分と弾けた緋色のジャケットと黒ズボンを着用し、今日もその殺意ある目付きで敵と見なす敵をあしらう。


「お前らがどれだけ迫ろうが、俺は壁となって立ち伏せる!」


「何人たりとも……この奥から先へは私達が死力を尽くす。どう足掻こうが、決して」


 数では押しきっているというのに。何故こうも段取りが上手くいかないのか?

 問答無用に無様に切られていく団員達に苛立ちながら、下手をすれば女性と勘違いしそうな長さを持つ青髪のジェイドは水色の剣を眺めながらも次の一手へ打とうした。

 自分が遠巻きで見物した所で状況がどうにかなると思っていなかったが……まさか、団員がこんなにも使い物にならないとは。


「成長したな。前まで、あんなに復讐心を持っていた奴が完璧に生まれ変わりやがった」


 この苛立ちを隠せない状況で実にどうでも良い話がペラペラと出る物である。

 組織を束ね、全体を取り仕切るイクモ団長もやたらと判断が甘いライアン隊長も……組織を強化するには何もかも邪魔でしない。


 だから、これを乗り越えた後はミゾノグウジンに良いように利用されながらも徹底的に内部を作り変える。

 既に頭の中身は自分が組織の頂点というイメージでしかないのだ。 

 

「それよりも……今日を持って、あいつを粛清するべきです。奴は既に我々を貶める邪魔者でしかないのですから」


「ザットは俺が小さい頃から子供を仕付けていく感覚で育てた奴だ。いくら副団長になったからとは言え、言葉には慎んでくれよ」


 あんな荒くれ者を育てた所で組織の裏切り者に回っているというのに。

 どうして、イクモはザットの方を大切にするのか? 自分の方が前まで組織の為だけに沢山の貢献をしたというのに。

 これでは完全にこっちの方が損をしているではないか。


「やれやれ。少し、情が入りすぎですよ……いい加減団長なら事態に対して割り切って頂きたい物です」


 言葉に棘を故意に入れて、水色の剣を軽く弄ぶ。それから、程なくしてからザットに対して刃を向けようとした。

 しかし、そこで思わぬ邪魔が入る。今まで散々世界の混乱を招いた張本人であるアビスだ。

 

 行動の原理が一切不明で、何人か危険人物と手を組んでいたこいつが……今や村と家族を失い、アビスに復讐を誓ったザットと手を結ぶとは。

 一体どういう心境の変化がそこまでさせるのか? 考えても考えても納得のいく答えには辿り着かない。


「割り切れたくても、そんなに簡単に出来る訳がねえんだよ」


 イクモはジェイドと共に手始めとしてアビスの撃破に取り掛かろうとした。

 だが、相手は以前モンスターを範囲内であれば制御下に置けるチート使い。


 現在はその能力と共にモンスターが突然絶滅したお陰で使用している場面を見てはいないが、あの新たな得物が手元にあるだけで奴の存在は強固となる。

 それ故に撃破というのは少々簡単な物ではなくなっていて、追い付くだけでも精一杯の動きを強制的に強いられてしまう。


「双方の宿命。懇願すれば、世は無情へと紡がれるであろう」


「何を主張しているのか、私にはさっぱりでありますが……」

 

 水色の刀身からとんでもない水が湧き出る。剣から液体に変化させたそれを大きく持ち上げ。


「とにもかくにも私達を馬鹿にしているという事は意地でも分かりました」


「なるほど……それをまとも受ければ、我の生命は死を招かんか」


 身軽な動きで飄々(ひょうひょう)と回避するアビス。振り下ろした刀身の先から形を露にした水の龍は全体を覆う。

 無論、敵味方関係なしに巻き込んで。これに関して、イクモは怒りを隠しきれない。


 さすがにどんな理由が存在すれど、自分の部下である団員を巻き込むなんて。

 副団長である前に人間としてモラルに欠いた行為でしかない。

 

「やり過ぎだ!」


「これ位派手にやらないと奴は落とせませんよ」


「落とせてないだろうが!!」


 目の前に居る二人の仲は早々宜しくはない。その険悪な光景を見て関係性を多少判断出来たアビス。

 攻撃が止まるや否やすぐさま接近し、間合いを図った所で黒い斬撃を幾つも飛ばす。


「終息の時は近付いたと見えよう」


 気が付けば、舞台はごく少数の生き残りしかいない。それほどまでアビスとザットは治安団にとっては強敵の存在として生まれ変わってしまったのだ。

 もっとも、世界の秩序と近郊を保つ事を主旨とした団体が今やミゾノグウジンに酷使されている時点で組織として成り立っているのかが謎ではあるが。


「私が知らない間に随分と鍛え上げたようだな」


「兄貴はまだまだリハビリ最中って奴ですか?」


「どうだろうな? リハビリの期間は収まっている筈だが」


 状況を的確に判断した場合……この3対2では2の方が勝利の機会を与えてしまうリスクが高い。

 運動性能と共にやけに息の合うザットとアビスなら、返ってこっちが敗北を許すのだ。


 ここは意地でも負けたくないという気持ちに押し潰されて、ジェイドは下に見ている二人を焚き付ける。

 組織として、これ以上の失態を注がない為に。


「組織の恥さらしのザット並びにふざけた論理を並べて愚弄するアビス。お前達はミゾノグウジンに捨てられ、今や生きる場所も価値も何一つない! そんな……ごみでしかない二人に世界の秩序と均衡を保持する為に消えなければならない! と、そう思いませんか?」


「そ、それは今の俺には難しい質問になってきたな」


 同意を明らかに求めている言葉遣い。その時点でイクモとライアンは考え直す。

 特にこれまでの情勢を否応なく見つめてきたイクモはこの惨めな光景にいい加減飽き飽きしてきたのが本音で。

 その上でミゾノグウジンに掌の上で躍らせているジェイドが更に滑稽でいて厄介でしかない。


 もう理由を正当化させる為とはいえ、自分の部下を半ば強制的に巻き込むのは非常に許されない物であった。

 首を下に向けて、考え込むイクモ。そこに同じく立ち止まっていたライアンも同様に脳裏が過り出す。


「イクモ団長。これ以上……無闇に戦力を遊ばせる訳にはいきません」


「そうだな、俺も団長として部隊を守る責任がある」


 これ以上余計な戦力は避けねばならないと決めたイクモは前線に赴く。


「お前ら! これまで俺は世界を守る為に敢えてミゾノグウジンと共に組んでいた。しかしな! もう、どっちに転んだとしても世界は丸ごとあいつの所有物となる。だから……最後の最後に今更遅くなってしまったが、判断を委ねようと思う。あくまでも自分の考えで頼むぞ」


 一体どういう魂胆があって、そんな愚かな言葉を告げたのか? 

 片耳を傾けていたジェイドは団長の言葉であろうが、今すぐ口を塞ぎたい気持ちに駆られた。

 

 しかも、聞いていた団員も続々と武器を落とし抗議の声を上げた。

 その主な対象は裏を使って、副団長に成り上がったジェイド。 

 彼の我儘でミゾノグウジンありきの考えに納得がいっていないようである。


「ば、馬鹿な!? 貴様ら、誰に向かって口答えをしているのか分かっているのか!!」


「確かに今までずっと黙って団長に付き従っていた俺達にも責任があるのかもしれない。だが、何もかも取り返しが付かなくなり始めたのは遠方の支部に回されたお前が副団長になってからだ。それから、色々とおかしくなったんだよ!」


「おのれぇぇ。部下の分際でぇぇ」


「ははっ! 完全に副団長としては笑い種になってんな!」


 腹を抱えて笑うザットにジェイドは殺意を覚える。この理不尽な状況下で余裕な態度をしている事が本当に許せなくなっていた。

 それに……何故急に治安団を崩壊させようとするのかが分からない。

 何か理由が存在したとしても、頭がおかしいとしか思えない。


「悪いな……ジェイド。俺は最初、自分の世界を守ろうと理不尽な状況でも理解しようと努めたがやっぱり駄目だった。あんな自由勝手な女に世界を好き放題されるってんなら、始めからなかった事にした方がずっとマシかもしれないと気付いたんだ」


「貴方の主張する理由。それがいかに正当の言葉として並べようとも団長失格です。ミゾノグウジンの考えから背く時点で」


「いーや、失格なのはてめえだ。その階級を与えられた割には俺よりも劣った性格と力。全ての面に置いて、雑魚に等しいてめえに居場所なんてねえんだよ」


「ザット・ディスパイヤー。副団長に一番相応しくないお前が語る言葉か!!」


 怒りの沸点が頂点に達したジェイド。もう、この場は自分しか頼れないと判断してから武器である水色の剣を乱暴に使って不要となった部下を問答無用で断罪。

 それから後に流れの早い竜巻を作り上げて、周囲を無造作に巻き込む。

 高笑いするジェイド。もはや、手の付けよいのない暴れっぷりで色々と壊れてしまっているようだ。


「壊してやる……何もかも消してやる!」


「おいおい、まじかよ」


「敵味方関係なしか」


 あまりの傍若無人ぶりにイクモとライアンは冷静に回避する。しかし、急いで説得を試みた所でどうあって勢いは止まらず寧ろ早くなっていく。

 もはやお手上げ状態に近い形に仕上がっていた。そんな状況下でアビスだけは静かに切り込もうとしていた。

 やはり、世界を散々巻き込んできた犯罪者だけあって人一倍恐れを知らない男である。


「兄貴、団長。組織を抜けた俺から言う台詞じゃないですけど、ここは一つ協力出来ませんか? 正直こんな化け物相手には総戦力でやっちまった方が効率が良いと思うんです」


「ふーん。お前さんも言うようになったねえ」


「今なら、それも一理あるかもな」


 珍しく頭を下げるザット。イクモとライアンは互いに頷きつつ、視線の向こう側に存在するジェイドに対して武器を構えて突進していく。

 そして、何も言っていないにも関わらず大方の団員達はジェイドに攻撃を仕掛けていく。

 

「私を誰だと心得ている!? これから組織の中核を担う存在として生きようとする副団長様だぞ!?」


「ふざけるのも大概にしろ。お前が副団長より、ザットがやってくれた方が100倍マシだ!」


「ジェイド・スターク! 本日付で副団長の任を不適合とし、治安団にとっての反逆者として処分する。正々堂々と消え失せるが良いさ!」


 全員が全員、敵。頼れる味方は誰一人も居らず、肝心な時に限ってミゾノグウジンが居ない。

 四面に囲まれた絶望的な状況でジェイドは塵一つ残さないよう、邪魔となる存在を消す! 

 もはや目的の遂行の妨げとなる存在は……不要でしかないのだ。


「お前ら! 一体誰の力で治安団の存在が生かされたのかという事を嫌という程に叩き込んでやる!」


 暴風のように吹き荒れ、風が一生止みそうにないジェイド。緊急事態という事でザットとアビスに結託し合うようになったイクモとライアン。

 これから、彼等はどう向かっていくのか? 暴れ回る狂人を相手に皆は武器に魂を込めて、迎え撃つ。

 最後の最後までプライドだけが無駄に高く、ミゾノグウジンの思想に取り付かれるという……どうしようもない奴に。

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