微かな歪み
「全く昼間から堂々と執務室で何やってんだか」
ベルグレドは呆れた様子でロゼに包みを渡す。
ロゼは先程のことは何処へやらケロッとした顔をしていた。
「お子様には刺激が強かったかしら?」
ベルグレドはロゼと同じ歳である。
冷めた目でロゼを睨んでいる。
冗談が通じない奴だな。とロゼは笑った。
「コレは?」
「こちらに来るって言ったらロゼに渡してくれって。俺にも何か話しがあるんだろ?」
今2人はガルドエルムの城下町に来ている。
一応ロゼの護衛という形で。
「私が冒険者だというのは聞いている?」
「ああ・・・・そういえばそんなこと言ってたかな?」
ベルグレドの反応にロゼは苦笑いを浮かべた。
この国に暮す者にとって冒険者というのはあまり馴染みのない仕事である。
能力があれば金を稼げるが無ければ生活は安定しない。
それよりも与えられた土地でその地の仕事をしていた方がよっぽど楽な暮らしが出来るからだ。
領地は管理されているので危険も少ない。
領主に収入の何割かを渡せば安定した生活が送れるのならそれに越したことはない。
だからこの国の人々は冒険者にあまり関心を持たない。
「私の仲間に会わせたいのだけど。いいかしら?」
ロゼの意外な要求にベルグレドは驚いた。
「まぁちょっとばかり失礼な奴だけど実力は確かよ。彼も交えて大事な話しがあるの」
その様子に何かを感じ取ったのかベルグレドは黙って頷いた。
奥まった路地裏の空き部屋に案内されるとそこには美しい銀の髪をもつ美丈夫な神官がなにやら書き物をしていた。
「お待たせルシフェル。彼はベルグレドよ」
「ああ?なんだ偉い美人だな?」
その言葉にピキリと青筋が立ったベルグレドはルシフェルを指差して口を引きつらせた。
「コイツ。本当に神官か?」
ロゼは大きな溜息を出した。
「・・・・残念ながら」
今から大事な話をしなければいけないのに大丈夫なのか?
ロゼは額を押さえた。
****
室内は静けさに包まれていた。
ベルグレドは眉を顰め何か考え込んでいる。
ロゼはベルグレドに今分かっている事を伝え、ルシフェルにはその御告げについて見解を求めた。
重苦しい空気の中ルシフェルが口を開いた。
「封印の宝玉は、てっきり宝石が何かだと思っていたんだが・・・まさか生きている人間だとは・・・」
「その宝玉について何か知っているの?」
「創世神話の第一章。神の怒りを抑える為捧げられた貢物・・・と俺は伝え聞いたんだがな?だがそれも偽物の可能性があるが」
「第一章ということは他の章もあるってこと?」
「かもな。だが諦めろ」
ルシフェルはキッパリ言い切った。
ここで今まで黙って聞いていたベルグレドが口を開いた。
「俺の力が得体の知れない物だというのは分かった。それで、ロゼは俺も一緒に連れて行きたいのか?」
5人の御子を探し引き合わせたいのかと言われロゼはそれを否定した。
「興味はあるけど別にわざわざ危険に飛び込みたいわけじゃないわ。ただお互い何も知らない状態で引き合ってしまったらとても危険でしょ?だから共通の認識を持っていて欲しいのよ」
しかもその御子自身自分が何者なのか知らない可能性が高い。非常に危険な存在である。
「あと、ベルグレドはあの屋敷で守られていたから知らないかも知れないけど。私達は常に何者かに狙われている」
ベルグレドは驚いて眼を見開いた。
確かに侵入者や盗賊などが屋敷に忍び込んでくる事はあったが、その中にベルグレドを狙った者もいるというのだ。
「殺されるならまだマシよ。もし連れ去られてこの力を悪用されたら・・・・分かるわよね?」
この国、いやこの世界が壊れてしまうかも知れない。
「強くなりなさいベルグレド。貴方はまだ間に合う。そして良い仲間を見つけることよ。もし、貴方の身に何かあってここから離れなければならなくなった時の為に、その入り口だけは確保しておいてあげるわ」
それがルシフェルである。
彼はありとあらゆる繋がりを広く持っている。
「おいおい!俺は安かないぞ?タダでは働かない」
ロゼとベルグレドは視線を合わす。
「そんなこと言っていいのかしら?私があんたにメリットが無い情報だけ持ってくると思う?」
そのセリフにルシフェルは「お?」と興味有りげにベルグレドを見た。
その顔は嫌そうな顔をしている。
「私も信じがたかったのだけどね。彼"ダービィディラルよ」
「な!?まじか!」
ルシフェルが思わず立ち上がり前のめりになる。
ベルグレドは説明してくれとロゼを睨んでいる。
「ダービィディラルとは精霊や妖精に無条件に愛される者のことよ。貴方は今までその力を抑えられていたのはあの部屋に居たからだと思っていたらしいけど半分は違うわ」
あの部屋には魔法陣も描かれていた。
それは他愛ない妖精を呼び出す物だったのだが・・・・。
「よっぽど貴方を気に入ってたのね。その妖精達自ら精霊王に力を貸してもらったらしいわよ?」
それには流石のルシフェルも呆れ返った顔をした。
契約もせずに精霊王に力を借りるなど聞いたこともない。恐らく対価は妖精達が払ったのだ。
「この坊ちゃんといい、ファイといい・・・・何故妖精や精霊は自分達に無頓着な奴ばかりを好むんだ?」
そう。ファイもダービィディラルである。しかし彼女の妖精に対する態度は酷いものだ。
敬意のカケラも見られない。
簡単に言えば接し方が雑なのだ。
「まぁファイに関しては・・・もうしょうがないとして、ベルグレドはしっかり彼等に対価を払わないとね」
特に頼んだことでも無いのに恩を売られてベルグレドは複雑である。
だが次に言われたロゼの言葉で考えを改める。
「妖精の魔力は無限じゃないのよ。魔力が無くなれば消滅してしまう。貴方を救う為に何匹妖精が消えたと思う?」
ロゼはベルグレドの魔力の間引き方に妖精へ魔力を渡す方法も取り入れていた。
本来なら対価で払う魔力を無償で渡すのだ。
これが意外と難しかった。
しかしロゼは最初これが出来るようになるまで頑として何も教えてくれなかった。
その理由の一部をベルグレドは今やっと理解したのだ。
「彼等が勝手にやったこと。ダービィディラルはそういう存在なの。でも、どうするかは自分で考えなさい」
ロゼは手段は与えたが後は自由にしろと言った。
「いやいや、せっかく仲良くしてくれるなら親交を深めてくれると俺は助かるぞ?そして俺にも協力してくれると助かる。それが俺への対価だ」
「協力って何をするんだ?」
「簡単だよ。ただ妖精に頼んでくれればいい」
は?とベルグレドが訳の分からない顔をする。
それはそうだ。神官は普通妖精や精霊と行動を共にする。
「この人神官のくせに微妙に妖精達から嫌われてるのよ」
だから神官としての役割を果たしたい時不具合が生じるらしい。
「そんなのもう神官じゃねぇだろ!?」
「いや〜でも実際神官の出番って少ないんだぜ?コレだけじゃ食ってけないから副業してたらそっちの方がハマっちまってさ〜?」
そんなやり取りを眺めながらこれなら何とか上手くやれそうかとロゼはやれやれと安堵したのだった。
****
エルグレドは最近の自分の行動の異常さに気が付いていた。
主にロゼが絡むと自分が抑えられない時がある。
そもそもエルグレド・ファイズという人間は昔から理性的で何かに執着したことが無かった。
ただ唯一バルドにのみ忠誠を誓っていた。
だからエルグレドはそれが自分という者だと疑ったことがなかった。
しかしロゼと出会い少しずつ知らないうちにエルグレドは変わっていった。
いや。そうではない。実はコレがエルグレドの持つ本質的な部分だった。
だがそれを周りも本人自身でさえ未だ理解出来ていなかった。
「あら!エルグレド様ご機嫌麗しゅう!」
宮殿の庭園の渡り廊下を歩いていたエルグレドは普段着用とは思えない派手なドレスにケバケバしい化粧を施した女性に声をかけられる。
エルグレドは礼を返すと表情を動かさぬまま彼女を見下ろした。
「たまにはこちらでご一緒にお茶でも如何ですか?お仕事ばかりでは身体に障りましょう?」
「いいえ。身体は鍛えておりますのでアンドリュー嬢」
エルグレドの素っ気なさにアンティは思わず顔を引攣らせる。
「そうですわね、お忙しいところお引止めしてはご迷惑でしたわね。また機会が御座いましたら是非」
「お気遣いありがとうございます」
一礼して去って行こうとするエルグレドにアンティは「そう言えば・・・」と言葉を続けた。
一応エルグレドは足を止めると、とんでもない言葉が降ってきた。
「貴方の婚約者・・・ロゼ様だったかしら?貴方の知らない所でよく美しい男性と会っているらしいですわ。ご親戚か何かかしら?」
ロゼに家族は居ないはずだ。親戚ではない。
「いくらご親戚だとしても町で男性と二人きりでお会いになるなんて誤解されても仕方ないですわよね?わたくしエルグレド様が心配ですわ」
冒険者の仲間か何かだろう。
「それに・・・・・最近リュカ様の執務室にロゼ様が頻繁に出入りしていると聞きました。まぁあのリュカ様ですから心配はないとは思いますが・・・」
それを聞いた瞬間にエルグレドの中で何か途轍もなく黒い物が身体を覆う感覚がした。
「そう言われるのでしたら問題ないのでしょう」
アンティは目線の先のエルグレドを見上げあまりの衝撃に悲鳴をもらしてしまった。
「・・・・・ひっ!」
その眼はまるで獲物にとどめを刺す時のようなそんな眼だった。
全く表情がないのに眼光だけは鋭くアンティを射抜いていた。
アンティはガクガクと震え足元から血の気が引いて行くのがわかった。
そんなわけある筈がないのに今自分はここで殺されるのではと思ってしまったのだ。
「アンドリュー嬢、ご気分が優れないようだ。もう屋敷に戻った方がよろしいでしょう」
そう言うとエルグレドはそのままアンティに目もくれずその場から去って行った。
アンティは限界を迎えそのまま意識を失った。




