不穏な周囲とエルグレド
ガルドエルムは初夏を迎えていた。
ロゼはいつも通り宮廷に入りエルグレドの執務室に向かっていた。
その途中魔術士と思われる数人と見慣れない兵士が会議室らしき部屋から出てきた。
恐らく竜騎士とは別の、兵卒部隊の兵士だろう。
ロゼが傍に避けようと移動するとその兵士はロゼに気がつき話しかけてきた。
「これはこれは貴方はファイズ様の婚約者様では?」
大げさな声で呼び止められロゼは少々不快な気分になる。
「はい。その通りですが、貴方は?」
なるべく感情が言葉に乗らないよう淡々と返事を返す。
しかし兵士はそれには気付かないようでだらしなく笑いながらロゼをジロジロと見てきた。
「私は第五兵卒部隊に所属しております。ダンゲと申します。実はエレナ様の婚約パーティーに護衛で付いておりまして。その時貴方を拝見致しました」
だから何だ?と思ったが黙っている。
「貴方のあの美しさに皆驚きが隠せない様でしたよ?わたしもその1人ですが本当にファイズ様が羨ましいです」
その言葉にもロゼは黙っていた。
ダンゲはその反応に少し焦れてデカイ図体をロゼに近付けてきた。
「しかし貴方は話によると貴族ではないとお聞きしております。さぞかし苦労なさっているのではないですか?」
そう言いながらダンゲの眼はそうに違いないと決めつけていた。ロゼはしばし考えていた。
(コイツこの場で締めたらマズイかしらね)
しかし今にもロゼに掴みかかりそうな勢いである。
周りにはロゼを助けてくれそうな者も見当たらない。
(よし!殺さない程度に痛めつけよう!)
「私は貴方をとても気にかけているのですよ?」
ダンゲの手がロゼに伸ばされロゼが呪文を素早く構築した瞬間、突然横から声がかけられた。
「その手をどうするつもりかな?」
その声に驚きダンゲはそのまま固まった。
ロゼもその声音に驚きその相手に眼を向けた。
「その方は我が騎士団長の婚約者だ。ファイズ様以外許可なく触れることは許されないぞ」
(ゼイル!?)
何故ここに?と思ったがゼイルの怒気に今は黙っていた方が良さそうだと口を閉じる。
「それともお前はファイズ様の命を何か受けているのか?
私は何も聞いていないが?」
ダンゲはさっきの強引さを無くして「いや」とか「そうではなく」などとはっきりしない受け答えをしている。
「二度と気軽にこの方に声をかけるな。次はお前の上司に報告するぞ」
そう言うとダンゲは「はっ!」と深く頭を下げた。
ロゼとゼイルはそんなダンゲを残し執務室へ向かう。
そんな2人を顔を上げたダンゲは悔しげに睨みつけた。
「申し訳ありません。部下の躾が行き届かず、不快な思いをさせてしまいました」
ゼイルは本当に申し訳なさそうにロゼに謝罪した。
その様子にロゼは眼を瞬かせた。
「正直驚いたわ」
「ですよね、まさかこの宮廷内で兵卒の者があの様に女性に絡むなど・・・」
「いや、そうではなくて」
心配そうに、こちらを伺うゼイルに何だか先程の不快な気分がどこかへ行ってしまった。
「ゼイルが副騎士団長って本当だったのね?」
その言いようにゼイルは酷いなぁと情けない顔をした。
ロゼはそのゼイルの顔を見てやっと笑顔をみせた。
「でもやけにタイミングが良かったわね」
そう言われゼイルは少し言いづらそうに口を開いた。
「実は貴方が城に入ってくるのが見えたので・・・気になって様子を見に来たのです」
もしかしなくても私、見張られてる?とゼイルを伺うと実はとゼイルは白状した。
「私、先月付けでリュカ様付きになってしまいまして」
は?とゼイルを凝視する。
「実はここだけの話。リュカ様は何者かに狙われている様なのです」
それは初耳である。本当に秘匿の内容なのだろう。
「大丈夫です。ロゼ様には教えても良いと言われました。
親交があるのでしょう?」
なるほど。ロゼは納得した。
「リュカ様に言われてきたのね?」
ゼイルはそれには無言で頷いた。
「気を付けて下さい。くれぐれも人気のない所へ行かないよう」
「分かったわ。あ、じゃあついでにコレ渡しておいてくれる?」
ロゼは茶色の包みをゼイルに渡す。
「お約束の物ですと言ってくれれば伝わるから。お願い出来る?」
「こんな事でしたらいつでも喜んで」
そのタイミングで執務室からエルグレドが出てきた。
2人はそちらへ目線を向けギョッとして思わず背後を確認した。
(何もない・・・・と、言うことは・・・・)
「ロゼ様。私はここで下がらせていただきます。伝言は確かに伝えさせていただきますので」
ゼイルは素早く頭を下げるとそのまま踵を返して行ってしまう。
逃げられた!と思ったが時すでに遅し。
「ロゼ。一体ゼイルと何をしていたんだ?」
何故か最高潮に不機嫌なエルグレドに詰め寄られる勢いで問われ、ロゼはどうしてこうなった。と頭を抱えたくなった。
「だから、絡まれた所を助けて送ってくれただけなの」
黙々と仕事を続けるエルグレドにロゼは渋い顔でもう一度繰り返した。
「それはさっきも聞いたから分かっている」
じゃあ何でさっきからずっと怒っているのだ!もう訳が分からないロゼである。
「もぅ〜じゃあどうしたのよぅ」
ロゼもだんだんふくれっ面になってくる。
無意識だがロゼの癖である。
それをチラリと見てエルグレドがため息を吐いた。
ペンを置きロゼが座っているソファーの隣に腰掛ける。
「次から俺が迎えにいく」
思いもよらない発言に思わず「え?」と問い返してしまった。
しかしエルグレドは表情を崩さずに先を続ける。
「最近お前の周りで妙なことはないか?」
妙なこと?と思考を巡らせ何点か思い当たる。
「こちらに帰って来てから街でよく絡まれる様になったわね?宿泊してる宿に花束や宛先人不明の手紙も届くようになったわ」
愛の手紙や脅迫文である。
それを聞きエルグレドは茫然とロゼを見た。
「お前は何故そんな大事なこと俺に報告しないんだ!」
報告って仕事の業務じゃあるまいし!と思ったが、いや?仕事なのかな?と思わず別の事を考えてしまう。
「これからはこちらへ来る時はうちの屋敷に泊まれ。来る時もなるべく連絡をよこしてくれ」
えー?とロゼが不満を示すと盛大にエルグレドの眉間に皺がよった。
ロゼは渋々了承する。
「でも、確実ではないわよ?手紙と行き違いになる場合もあるし・・・」
出す地域によって配達される日数が違ったりする。
届かないこともあるのだ。
「出来る限りでいい。身の安全を守る為だ」
いや、相手の身の安全確保した方が良いと思う。
ロゼは心の中で突っ込んだ。しかしこれも口には出さない。
「わかったわ。エルグレドの方は大丈夫なの?」
「俺の方は相変わらずだ。それも来年になれば収まるだろう」
鬱陶しそうに呟くと、おもむろにロゼの頬に触れてきた。
ロゼはそんなエルグレドを下からチラリと見上げた。
(うううう・・・・・慣れないわ)
あの夜からエルグレドは時々こうしてロゼに触れてくる。
特に何か言うわけではなく、しかしロゼが嫌がらない程度に触れ、拒絶しなければ少々大胆な行動をする。
「・・・ロゼ」
呼ばれて顔を上げるとそのままエルグレドの唇がロゼの唇に重なった。
ロゼは慌てて眼を閉じた。
今までのエルグレドであればいくら休憩中とはいえ職務中にこんな事するなど考えられない。
「・・・・んっ」
しかも長い。
いくら触れているだけとはいえ変な気分になりそうなのでいつもロゼから降参を申し出る。
「エ、エルグレド・・・・そろそっー!?」
ロゼがいつものようにエルグレドを引き剥がし顔を上げるとその表情は恐ろしく艶めかしいものでロゼは頭が真っ白になった。
そういえば。とロゼは真っ白な頭の隅でこの先はどうするのだろう?と考える。
エルグレドが再びロゼに手をかけた時。物凄い勢いで執務室の扉が開かれた。
「兄さん。頼まれたものもってきたけど?」
その瞬間ロゼは安堵と羞恥で天井を見上げ、エルグレドはソファーの背に項垂れたのだった。




