隠された部屋
「話は最後まで聞いた方がいいと思うわよ」
ロゼは目の前で短剣を構えつつゆっくりと移動した。
「その必要はありません。ここは本来存在しない場所なのですよ!」
男が手元に持っていた小型の投げナイフで攻撃を仕掛けてくる。ロゼはそれを避けると素早く飛んできたもう一方も短剣で弾き身体を素早く反転させそのまま地面に足を踏み込むと相手の懐に飛び込んだ。
「!!」
男はロゼが振り上げた短剣をギリギリで躱すとそのままロゼの腕を掴もうと手を伸ばし左手ではロゼの急所をしっかりと捉えるようナイフが握られていた。
「アイアンローゼン!!」
その瞬間ロゼは振り上げた短剣を激しく下へ振り下ろした。
男は咄嗟に後ろへ飛び退さるが間に合わなかった。
なぜなら短剣の筈のロゼの武器が急に細剣に変化したのだ。
男は武器を叩き落とされ攻撃を躱した反動で身体のバランスが崩れた。
その隙をロゼは見逃さなかった。
口で何事かを素早く呟いて持っていた武器を手放すと、あろうことかその拳を勢いよく男の腹に叩きつけた。
「ーかっ!」
その拳は信じられないことに並みの成人男性より重かった。
堪らず身体を折り曲げその場にうずくまってしまう。
視界の端でその拳を叩き込んだ少女が武器を拾っている。
この屋敷の執事は殺されることを覚悟した。
「さて・・・・・二つほど訂正しておくわね」
しかし少女はトドメを刺さず男の前で膝をついた。
「一つ。私がここに来た理由はベルグレドを連れ去る事ではないこと」
男は息を整えながら霞む眼でロゼを見上げた。
「もう一つはこの場所で魔術や魔法が使えないというのは大きな間違いということ。まさか本気でそんな事信じていたの?」
男は理解出来ず呆然とロゼを見ている。
それを確認し彼女は深い溜息を吐いた。
「ここに描かれている魔術式、不完全なのよ。恐らく素人か魔術士もどきが描いたのね。いくつか魔方陣みたいなものもあるけど、こちらは全く関係ない代物ね。悪い物ではないから身体に影響はないと思うけど・・・・」
「そんな・・・ではベル様は・・・」
「多分今までほぼ自力で力を押さえ込んでいた事になるわね。いや、多少は助けて貰ってたのかもしれないけど」
そう言いながらあの妖精達を思い出す。
「私を、殺さないのですか?」
男は何故という顔をした。それはそうだ先程本気で殺されそうになったのだから自分が殺されたっておかしくはない。
「貴方、私がここに来た時名乗らなかったわよね?」
クライスの父親であると匂わせたが自分の名は名乗らなかった。この屋敷の執事とだけ。
「最初から変だと思ってたの。まぁ短期間だからわざわざ名乗らないだけかとも思ったんだけど。あの私を追い出す気満々だったクライスでさえ私に名乗ったのよ?」
男はやっとまともに息が出来るようになり身体をゆっくり起こした。膝は付いたままだ。
「だから一応何パターンか予測しておいたのよ?勿論ただの思い過ごしも含めてだけど・・・・」
そう言って笑うロゼに男は完全なる敗北を悟った。
「私が貴方を殺すつもりだと気づいていたと?」
「もしくは私の事を最初から知っていて名乗れなかったのか?と元暗殺部隊長ブラド」
そう言われ執事長ブラドは苦笑いした。
「・・・・・やはり、ご存知でしたか」
「ええ。貴方中々冒険者の間では有名だから。随分前に足を洗ったみたいだけど未だに崇拝者がいるわよ」
「それは目を覚まして頂きたいものですね。私はただの人殺しですよ」
ブラドは溜息をつきもう一度ロゼを見た。
「申し訳ありません。私はどのような罰でもお受けいたしますのでどうかこの場所の事黙っていて頂けませんか?」
「何故?こんな部屋掃除してしまえばただの倉庫になってしまうじゃない。そうすれば隠す必要なんてないわ」
ロゼの大雑把な物言いに半端呆然としてブラドは言い返す。
「しかし、それではベルグレド様が・・・」
恐らくベルグレドはこの部屋を拠り所にして今まで生きて来たのだろう。ロゼにはそれがよく分かる。
「こんな意味のない部屋より、私が直接彼に教えた方が早いし私は制御出来る手段をある程度持っているわよ」
ロゼの台詞にブラドは驚愕の表情を露わにした。
「そんな・・・まさか、あなたは・・・」
「あと、貴方に対する罰なら今この瞬間から始まっているから、気にしなくて大丈夫よ」
その台詞にブラドが息を呑むのが分かった。
「この秘密を一生墓まで持っていってもらう」
ロゼはこの日新たな仲間を手に入れた。
****
「ロゼ?どこに行っていたんだ?」
屋敷に戻るとエルグレドが昼の鍛錬から戻って来ていた。
「色々屋敷の外を散策していたの。あちらに庭もあるのね。ただ、植木ばかりで少し味気なかったわ」
「そういえばそんな場所もあったな。あまりこちらには来ないから忘れていた」
「それにしてもエルグレドってどれだけ体力あるの?朝も鍛錬してたのよね?」
宮廷でも手が空けばやれ剣の相手だの何だのと身体の管理を怠らない。おまけに疲れ知らずである。
「少しでもサボると身体が鈍るからな。ロゼはどうなんだ?」
そう問われ視線は自然と上を向く。
「まぁ・・・エルグレド程ではないけどそこそこに」
嘘である。
実はロゼも空き時間で鍛錬している。
でなければいくらブランクがあったとはいえブラドとあれ程闘えるはずがない。
「でも、確かに最近鈍ってるかも。ちょっと身体を動かしたいわね」
ロゼは前方から歩いてくる人物に眼を止めエルグレドに、にっこりと笑いかける。
エルグレドは嫌な予感がした。
「ロゼ?」
「あの人も鈍ってそうね?」
エルグレドは顔を引きつらせた。
「それで。何で俺はこんな所に連れて来られたんだ?」
そこには仏頂面が二人肩を並べて立っていた。
場所は屋敷から少し離れた所にある広場である。
エルグレドがいつも鍛錬場として使っているらしい。
「ベルグレド。貴方魔力の制御上手く出来ていないのでしょう?」
ロゼの言葉をベルグレドは、はっと笑い飛ばした。
「なんだ義理姉様直々に魔術の指導をして下さるって?そりゃ有り難いね!」
エルグレドも隣で渋い顔をしている。ロゼは満面の笑顔のままである。
「ベルグレド。頭の悪い貴方にも分かりやすいよう丁寧に説明してあげるわね?」
どこの世界であっても教えを請う者はそれを与える者に対してある程度敬意を払わなくてはならない。教育的指導である。
「例えば私の今の実力がそこにある木ぐらいの器だとする。そこに林檎がなっている。これが魔力。本体に栄養があれば林檎は甘く育つわね。これは能力の質。しかし林檎の実が余りにも沢山になった場合どうなる?」
「栄養が行き届かないから質が悪くなる。か?」
これにはエルグレドが答える。ロゼはその通りと頷く。
「そして弱い枝から折れていく。でもまだこの段階ならそれほど問題ではないのよ」
これはどうやら魔力についての勉強のようだが何を伝えたいのかエルグレドには今いち分からない。
「問題は何かの衝撃を受け一斉に枝が折れて総ての実が落ちてしまった場合。衝撃で全ての実が一斉に割れ全てダメになる」
ロゼはそう言ってすっと顔から笑顔を消した。
「私が言いたいこと分かるかしら?」
ふとエルグレドが隣を見ると真っ青になったベルグレドが立っている。ベルグレドには何の事か理解出来たようだ。
「ちなみに今のベルグレドの器を例えるならアレ」
振り返るとそこには植えたての苗木があった。
二人は沈黙する。
「おい!いくらなんでもアレはないだろ!」
納得できないベルグレドが言い返すが一言で却下される。
「使える魔力を持っているのにそれを使えない赤子同然の素人が大先輩に口答えするんじゃないわよ」
今まで見たことない厳しいロゼの態度にエルグレドは驚いている。
「いい?この数日の間にその林檎を間引く方法をあんたに叩き込む。異論も反論も却下!でも最後までやり抜く気があるなら私の特別性のご褒美をあげるわ今すぐにね。」
ベルグレドはふと目線をロゼの背後にうつした。
そこにはブラドが控えている。
ブラドはベルグレドと視線を合わせると深く頭を下げた。
「本気で?」
ベルグレドは絞りだすようにその言葉を吐き出した。
ロゼは意地悪な笑みを浮かべた。
「私の相手は大変よ?気を引き締めて取り組まないと死ぬわよ。心得ておきなさい」
その日から避暑地が地獄の訓練場へと変わったのである。




