お喋りな妖精
次の日の朝。
ロゼが目覚めて降りて行くと昨日見かけなかった人物がいた。
「あら。お久しぶり」
その人物は気だるそうにロゼを見上げた。その様子から少し疲労が伺える。
「ああ。あんたら来てたんだったな」
この屋敷の主のあまりに無礼な挨拶に隣にいた執事は主人に非難の目線を送る。
「ああ、大丈夫よ。この人の失礼な態度には慣れているから。いっそ心地いいくらいよ。」
ここに来てからロゼはまるで貴族のご令嬢に接するがの如く扱われ正直居心地が少し悪かった。
しかしここの執事は別の意味で捉えたらしい。
「加えて愚息の躾も行き届かず申し訳ない限りです」
クライスは黙っていれば中々仕事の出来る男である。しかし性格は全く父親に似なかったのだなと何となく納得した。
「本当にお互い様だから気にしなくていいのよ?」
これ以上言ってもきっと納得しないだろうと曖昧に微笑んでおいた。
「ところでベルグレドは今帰ってきたの?」
ロゼの問いに彼は目線を逸らした。
「いや、夜中に帰ってきたが寝付けなくて・・・今から仮眠を取る」
よく見ると眼の下に隈が出来ている。ロゼはその様子が少し気にかかった。
「ずっと眠れていないの?」
ベルグレドの近くまで来るとその顔を覗き込む。
「・・・なんだ、エレナの次は俺に媚びを売るのか」
「ベルグレド様!!」
執事がベルグレドを諌めるが彼はそのまま何も言わずに行ってしまった。執事が慌てて謝罪する。
「重ね重ね申し訳ありません。今日は特に機嫌がお悪く」
ロゼはそんな執事に首を振って微笑んだ。これ以上は余計な詮索になるだろうとロゼも首を突っ込まないことにした。
「おはよう。よく眠れたか?」
朝早くから涼しい顔で食卓についているエルグレドにロゼは心の中で「眠れる訳ないでしょ!!」と、突っ込んだ。
「ええ。エルグレドは疲れなどは溜まっていない?」
「いや?今日も体調はいいぞ。朝の鍛錬もはかどった。」
現在朝6時。
(この人一体何時に起きたのだろう?)
席に着きながらまだ眠い頭でぼぅっとしていると唐突にエルグレドが切り出した。
「今日は何がしたい?」
そう問われ思わずキョトンとしてしまう。
「俺は休暇でやることが無いからな。行きたい所があるなら付き合うぞ」
ロゼはそう言われて思わず頬を染めてしまった。
これはもしかしなくても逢い引きのお誘いというものではないだろうか。
(いやいや!考え過ぎよね)
「馬もいるし、少しなら遠出出来るぞ」
「へぇ自分で乗ってもいい?」
ロゼの問いに最早驚きもせずエルグレドが乗れるのか?と問うとロゼは曖昧に答えた。
「馬、というとちょっと違うけどまぁ似たようなモノには乗ったことあるわ」
「・・・一応練習して問題なければ構わない」
しかしエルグレドはロゼは馬に乗れるだろうと確信していた。
きっとロゼが言う馬に似た生き物とは魔獣か奇獣のどちらかだろう。どちらも馬より気性が荒い生き物だ。
「頼もしい限りだな」
エルグレドは思わず本音を呟いたのだった。
****
広い草原を二頭の馬が疾走する。
運動不足だったのか馬は嬉しそうに走っている。
ぐんぐん遠ざかる屋敷を楽しそうに振り返りそのまま周囲をグルリと見渡してロゼは遠くに見える森を指差した。
「あそこまで競争しましょ!」
「構わないが大丈夫なのか?」
今でもかなりスピードが出ている。ロゼは大丈夫とばかりに身体を馬の背に屈めた。エルグレドは薄っすらと笑みを浮かべ「はっ!」と馬に合図を送った。
「流石竜騎士ね。負けたわ」
二人は馬を休ませながら森の川岸で休憩をとっていた。
湧き水があったので喉を潤して木陰で涼んでいる。
「いや。むしろ本気で張り合うお前がどうかしている」
しかしロゼもかなり馬を乗りこなしていた。その差は対してなかったように思える。
「いい場所ね。ほとんど手が入れられて無くて人間の住む場所にしては自然が美しい」
眼を閉じて耳をすませば微かに妖精の囁く声が聞こえてくる。本当に珍しい事だった。
「そうだな。そういえばファイズ家は代々この土地に手を入れる事をあまり良く思っていないようだった」
「もしかしたら貴方の先祖に精霊の類が見える魔力の強い人が居たのかもね」
ロゼの言葉にエルグレドは首を傾げる。ロゼは指で隣に居るエルグレドに自分の太ももへ頭を乗せるよう促した。
「いや・・・なんだいきなり」
「多分聞いた方が分かりやすいから兎に角横になって」
そう言われて恐る恐る膝枕状態になるとロゼがそっとエルグレドの眼を手で押さえた。
「そのまま静かに。耳を澄まして。何か聴こえても急に起き上がったり声を上げたりしないで」
訳も分からず言われるまま静かに耳を澄ましてみる。
しかし何も聞こえてこない。そうして暫く待っていると何処からともなく誰かの囁く声が聞こえてきた。いや。よく聞くとそれは歌だった。
[〜おうまがはしるぅ〜ルルル〜ラララ〜]
[みずしぶきを〜キラキラかがやかせ〜]
子供の声の様な透き通ったその声は優しく森の中の空気と溶け込んでいる。
その声がだんだんとこちらへ近づいてくる。
[あれぇ?きみぼくたちがみえるの?]
[わぁめずらしいねぇここのひとでわたしたちがみえるひとなんてもうほとんどいないのに]
嬉しそうにキャッキャっと笑う声が聞こえてくる。
ロゼはそれに答えない。
[ぼくたちのこえきこえないのかな?]
[なにもいわないね。でもこわいひとではなさそうだよ?]
エルグレドはその会話を聞きながらとても驚いていた。
恐らくだが今ロゼに話しかけている存在は"妖精"である可能性があるからだ。しかし悟られぬよう気配を消してじっとしている。
[あれぇ?この人なんかべるぐれどのけはいがする]
そこに妖精の口から発せられた思わぬ名前に二人は内心驚いてしまう。
[べるぐれどのおともだちなのかな?]
[このひともべるぐれどとおなじだものね]
[あーほんとだーこのひともー・・・・・]
「貴方達。随分とお喋りさんなのね」
その時突然ロゼが口を開いた。
同時にエルグレドは視界が開き目の前の手のひら程の二匹の妖精と眼が合ってしまう。
[ーひっ!]
二匹は余りにも驚いたのか固まってしまっている。
エルグレドは思わず対応に困りロゼを見てしまう。
「大丈夫。この人はベルグレドのお兄さんよ」
ロゼが落ちついた様子で二匹にいうと二匹の妖精は怖がりながらもまじまじとエルグレドを見つめ首を傾げるポーズをした。
[そうなんだ?へんなの〜]
[にんげんってよくわからないね〜]
それはこちらの台詞だと言ってやりたい。エルグレドは若干失礼な態度の妖精を睨んでしまった。
しかし慣れたのか何なのか二匹は睨まれても怯えずクルクル飛び回りながらケラケラロゼ達の頭の上を飛び回っている。
「あまり気安く人間に近寄ってはダメよ。貴方達を捕まえることが出来る人間もいるのだから。」
上から[はーい!]といい返事が返ってくる。
二匹はクルクルと渦状に飛び上がりそのまま姿を消してしまう。
「あれは、妖精か?」
ロゼは苦笑いでその問いに肯定する。
「本来はあんな風に話しかけて来ないのだけど・・・ここは危険が少ないのかもしれないわね。」
本当は妖精の会話を少し聞かせる程度で済ませる筈だったが思わぬ誤算が起きてしまった。
「しかし、何故ベルグレドの事を知っていたんだ?」
「領主だからかしらね?」
曖昧に答えてロゼは立ち上がる。エルグレドも一緒に立ち上がりロゼの手をさり気なく握った。
「・・・・また競争するか?」
そう言われてロゼは下を向いて首を振る。
「あれ以上は馬に負担をかけるわ。帰りはゆっくり・・・途中まで歩いて行きましょう」
下を向いているロゼの耳が赤くなっているのが分かりエルグレドは思わず吹き出しそうになった。
(膝枕が平気で手を繋ぐのは恥ずかしいとは。本当によく分からない奴だな)
そう思いながら手を振り解かないロゼにエルグレドは優しく眼を細めたのだった。
****
屋敷に戻りロゼは考えを巡らせていた。
廊下を歩いてふと足を止める。そしてまた歩き出した。
(見て見ぬ振り・・・という選択肢もあるけれど)
屋敷の裏の扉から外に出る。その入り口は隠すようにひっそりと存在した。
(今朝ベルグレドの肩についていた葉。この木で間違いないわね)
下は芝で覆われているが間違いなく人為的に作られた跡がある。ロゼはそこをそっと持ち上げると階段が現れた。
「・・・・・さて、どうしようかしら」
しかしロゼにとってこれは自分が知りたい事を知る。またとないチャンスであった。
この機を逃せば二度とここに来られないかも知れない。
ロゼは覚悟を決めその階段を降りていった。
階段の下は薄暗く中は意外と広かった。
長い階段を降りると一つの扉。
ロゼは一呼吸置いてからゆっくりとその扉を開けた。
「ここは・・・・・」
そこには薄暗い部屋があった。
ロゼは近くにあったランプに火をつける。
薄暗くよく見えなかった室内が明るくなりハッキリと見えた瞬間、後ろから声をかけられた。
「こんな所で何をなさっているのですか?」
その声は落ち着いていたがその瞳には敵意がチラついていたのをロゼは見逃さなかった。
「・・・・この部屋はベルグレドの為に作られた部屋なのね?」
ロゼは先程からずっと後を付けられていたことに気づいていた。部屋の中を見渡し改めて男に視線を戻す。
「どうやら、何かを封じようとしていたみたいだけど一体何を封じようとしていたのかしらね?」
男が無言で胸元から暗器らしき物を取り出す。ロゼは 肩を竦め大袈裟に手を挙げた。
「この部屋では魔術は使えません。諦めた方が苦しみませんよ」
男の言葉にロゼは改めて心の中で呟いた。
(本当全然似てないわクライス)
ロゼは苦笑いして自分の腰にあった短剣を引き抜いた。




