そうだ、お花見行こう・中
歩いて五分。ただし姉さんは歩くのが遅いので七分。
そして何か興味を惹かれるものを見つけるとそこに駆け寄るので十分。
途中で疲れたおんぶと駄々をこねるので十五分。
なぜか唐突に迷子になって見せるので二十分。
そして迷子になった先で興味を惹かれるものを見つけていて二十五分。
最後に途中でコンビニに寄って飲み物を買ったので三十分。
「つ、疲れた……なんで歩いて五分の公園に三十分もかけなきゃいけないのさ……」
「あ、あははは……」
伏見さんの笑い声もどこか乾いてる。
「はぁ……まぁ、別に僕はいいんだけどね」
姉さんがそういう人で、一緒に出掛けるとそうなるのは分かり切ってるから。
でも、伏見さんに迷惑かけるのはどうかと思う。
「ほら、伏見さんにごめんなさいしないとダメでしょ?」
「みずきちゃんお母さんみたい」
「ごめんなさいは?」
「ごめんなさい」
「僕に謝ってどうするの。伏見さんにでしょ?」
「ふっしー、ごめんなさい」
よし。
「あはは……いや、やっぱり仲がいいですね、二人とも」
「うん。みずきちゃんは私の嫁だから」
「誰が誰の嫁さ」
「みずきちゃんが私の嫁。だってほら、毎日ごはん作ってくれる」
「せめて主夫って言ってくれないかな」
「主婦のみずきちゃん。エプロンもいいけど、割烹着も捨てがたい」
いきなり何の話さ。
「まぁ、とにかくおべんとうだね」
「そうだね……」
もう突っ込む気力も無いので、嬉しそうに歩く姉さんの後をついて公園に入る。
たくさんの桜の木が見事な桜を咲かせている。思わずため息が出てしまうくらい。
公園に設置された一つ限りの水銀灯が仄かな光を浴びせて、何とも言えない幻想的な光景。
「綺麗だなぁ……」
お昼のお花見もいいけど、夜桜もいいね。凄く綺麗だ。
「うん、すごく綺麗。桜ってきれいだねえ」
「そうだね。来てよかったね」
「うん。おべんとうも楽しみ」
「はいはい。姉さんは花より団子だもんね」
僕は苦笑しながらも地面にシートを敷いて持ってきた風呂敷包みを開ける。
風呂敷包みの中には姉さんがリクエストしたお弁当のメニューが詰め込まれている。
人数が三人だから、それほどたくさんではないけどね。
「ふわー。おいしそう。たべていい?」
「はいはい、召し上がれ。伏見さんも遠慮せずどうぞ」
「それじゃあ、頂かせてもらおうかな」
さっそくお弁当に手を付けた姉さんと伏見さんの反応を待つ。
自分では美味しく出来たと思える会心の出来なんだけど、やっぱり不安だからね。
「おいしい?」
「うん、すごくおいしい。やっぱりみずきちゃんはお料理上手だね」
「そっか。よかったぁ」
料理を作るのは楽しくて、一番嬉しいのはそれを美味しいって言ってくれた時だ。
不味いって言われたらショックだもんね。
「このタルタルソースはみずきちゃんが作ったの?」
「そうだよ。そんなに手は込んでないけどね」
マヨネーズにタマネギとキュウリのピクルス、それからパセリ。そして当然ゆで卵。それを混ぜただけだからね。
マヨネーズは市販のものだし。手作りしてもいいんだけど、マヨネーズは手作りだと味が一定しないから。
「唐揚げもカリッとしてて美味しいね。瑞樹ちゃんはいいお嫁さんになれるよ」
「いや、僕は」
男だからお嫁さんにはなれませんよ、と言おうとすると、その前に姉さんが口を開く。
「私のお嫁さんだからあげないよ」
「だから誰が誰の嫁さ」
「みずきちゃんが私の嫁。ベッドは愛人。パソコンは恋人」
「関係が多すぎるよ」
しかも二つは無機物だし。
「でもベッドから離れたくない辺り、ベッドは嫁か恋人? ふっしーはどう思う?」
「え? いや、嫁なんじゃないですかね……」
「なるほど。じゃあベッドはふっしーにあげる。重婚は駄目だから、みずきちゃんはあげない」
「そりゃないですよ、先生」
なんで僕のことを勝手にやり取りしようとしてるのさ。
「ところで伏見さん、お酒飲まないんですか? 色々買ってきましたけど」
「いや、車だから、ほら。飲酒運転は拙いでしょ?」
「それなら僕が送っていきますよ。運転免許は持ってますから」
まあ、車は持ってないペーパードライバーなんだけど、免許を取ったのはほんの少し前だから問題なく運転出来る。
ペーパードライバーであることに変わりはないけど……。
「それじゃあ、飲んじゃおうかな?」
そう言いつつも、既に伏見さんはお酒に手をつけている。伏見さん凄い嬉しそうにお酒を飲んでるなぁ。
「ぷっはぁっ! 美味い!」
「おつまみもありますよ。合わないかもしれませんけど」
みりん醤油に漬け込んで甘辛い味付けをした鳥皮をカラッと焼いたもの。
そぼろを昨日の夕飯の残りものの里芋をすり潰して小麦粉を加えたものに混ぜ込んで、油でカラッと揚げたもの。
余ったエビをにんにくとオリーブオイルで炒めたもの。
鳥皮は唐揚げに使った鶏肉についてたやつで、そぼろはハンバーグの挽肉をちょっと流用、エビはエビフライのエビが余ったのを使って作った、残り物おつまみだ。
僕はお酒飲まないから分からないけど、お酒に合うとは思う。
「おー、こりゃ嬉しいなぁ。本当にいいお嫁さんになれるよ」
「だからみずきちゃんは私の嫁だとあれほど」
「誰が誰の嫁さってこれほど言ってもわかんないの?」
「わかっててもわかるわけにはいかんのだー」
がおー、と姉さんがふざけたポーズを取りながら言う。
「でも、このおだんご美味しい。中身はおにく?」
「そうだよ。そぼろを混ぜてあるんだよ。そっちの鳥皮は唐揚げに使った鶏肉についてた奴」
「主夫の知恵という奴ですなー。みずきちゃんは家計にも優しくていいこ」
「節約は普通だと思うけどね」
そう言いつつ、僕は自分の作ったおにぎりを頬張る。
「あ、言い忘れてたけど、おにぎりは上の列がおかかで、その下が鮭、その更に下はたらこだからね」
「やった、わたしたらこ大好き」
それを知ってたからたらこのおにぎりにしたんだけどね。
「塩加減が絶妙だねえ。このおにぎりもやっぱり瑞樹ちゃんが?」
「はい、そうですよ?」
「ふーん…………」
「どうかしましたか? 僕の手に何か?」
なぜか伏見さんが僕の手をチラチラと見て来たので、何かあったろうかと思って手を見るのだけど何ともない。
「ふっしー、みずきちゃんはおにぎりを作る時はラップに巻いて作る派だよ?」
「手の雑菌は洗っても全部取れるわけじゃないからね。ラップで巻いて作った方が安全ではあるんだよ」
すぐ食べるならあんまり関係ないんだけど、今では習慣になっちゃった感じがある。
それに新しいおにぎりを握る度に手を洗うのも手間だしね。
でもなんでいきなりそんな話になったんだろ。
「え、あ、いや、あははは……そ、そうでしたか」
「ふっしー、ちょっと変態かも」
「あ、あはは……す、すみません……」
どういうことだろう?
「い、いやあ、それにしてもほんと瑞樹ちゃんの料理は美味しいね。特にこの団子が! これは里芋を練った奴かな?」
「そうですよー。昨日の煮物の残りなんですけどね」
「残り物でもちゃんと調理してある時点で偉いよ。うちの母親なんか俺が学生時代、昨日の残り物を毎日弁当に入れたりしててね」
それはそれで楽だからまぁ納得出来る話かも。
「でも、なんで里芋だけのこったの? そんなにたくさんなかったとおもう」
「それはね、姉さんが煮物の鶏肉とたけのこばっかり食べたから。お蔭でニンジンと里芋ばっかり残ったんだよ」
「てへ?」
「てへじゃありません」
小学生みたいな好き嫌いして……まったく。
「ちなみにニンジンは僕が残らず食べました」
ニンジンは流用が難しいからね。
里芋は潰して、団子にして揚げて今日のおかずに、と思ってたんだけど、急遽お花見になったからね。
「瑞樹ちゃんって食べれないものとかあるのかい? 西野先生は好き嫌いが多いけど……」
「トロロだけは食べられないよね。私しってる。でも私はたべられる。ふふん」
どうしてそこで自慢げになるのか。
「喰わず嫌いなんだけどね。見た目がどうしてもだめなんだよ」
「でも牛乳はのめるよね」
「そりゃ飲めるけど……何の関係があるの?」
「あ、わかった。トロロの方がそれっぽいから……」
「は? トロロのなにがそれっぽいの?」
「ううん。みずきちゃんって純粋だなぁ、って」
そう言われるほど純粋ではないと思うけど……。
「ふっしーもそう思うよね?」
「え? ああ、はい。今どき珍しいって感じはしますね。もちろん、いい意味ですけど。女子高出身とか言われても納得できそうな感じで」
「みずきちゃん共学校出身だよね?」
「そりゃ姉さんと同じ学校だったからね。知ってるでしょ?」
僕と姉さんは年齢が一つしか違わないから、僕と姉さんは二年間同じ学校に通っていた。
だから普通に覚えてると思うんだけど。
姉さんが学校に通ってたのだって、ほんの一年前までのことなんだし。
「趣味とか編み物って感じですよね」
「うん。というか、実際に編み物は趣味のはず」
「別に趣味じゃなくてただの暇潰しだよ」
母さんが教えてくれたんだよね。僕の場合、姉さんが母さんに教えてもらってるのを見て、僕もやるー、と言ってやり始めたんだけど。
まぁ、姉さんはすぐにやめちゃって、僕もやめようとしたら母さんが僕だけは逃がさんと言わんばかりの勢いで教えてくるので、そのまま続けた、って感じ。
まぁ、マフラーなんか自作出来るから便利かもしれないけどさ……。
「へぇー……他に趣味とかあるの?」
「みずきちゃんクロスワードパズル好きだよね」
「新聞に載ってる奴とかはよくやるね」
そんな風に、雑談をしながら、桜を見て。
料理とお酒、僕はジュースを楽しんで。
思う存分楽しんで、お花見は続いていった。