おまけ② 現想。
河原の道を踏み締めて歩くーー……。
草原よりも、砂や砂利混じりの地面ーーけれど、草や花は生えている。背の低い樹々も点々とーーこの拓けた場所の向こうには、木々が茂っているところもある。
近くには木で出来た家屋ーー木造りの家だ。そこでなら雨風も防げそうな気がする。
「ーーで? 」
「うん? 」
人気もなくなった所で、スカラマシュは口を開いた。タルタリヤは反射的に聞き返した。
「人払いをした上に機密ワードまで使って僕を引き留めたのはどうしてなんだい? 愚痴じゃないんだろう? 」
あれ? 夢じゃないかな? ーーと、タルタリヤは先程までとの違い、違和感に気がついた。
「愚痴じゃないよ。ーー覚えていてくれた、良かった」
やけにリアルだ。これはリアルかもしれない。
タルタリヤの感じる通り、タルタリヤの目も、スカラマシュの目も覚めていた。
「『愚痴を言いたい』は君の内密な話があるから留まってだろう? それから、話を聞いて欲しいという意味だったはずだ……。合っているかい? 」
「合っているーー合っているよ。今回は話は無いんだ。だけど留まって欲しくて。」
「ふぅん……? 」
首でも傾げそうなスカラマシュは、けれど首までは傾げなかった。少し物珍しそうにタルタリヤを見詰めた。
「あぁ、君のその躰ーーガタがきてるだろう? メンテナンスをーー」
「必要無い……、と言いたいところだけれど、メンテナンスが必要なのは事実だね……。」
所々、解れてきていたーー躰も動かし辛くなっている。機械人形は本来、毎日でもメンテナンスを受けて過ごすものなのだ。
「あはは、やっぱり」
タルタリヤはその事をよく分かっていた。
「じゃあ部屋に行こう。人目に付く所で着物をはだけさせるのはーー……。ね? 」
確か宿屋がーーあっちの街にあったはずだ。この場所の地理を理解し始めたタルタリヤはスカラマシュの両肩に手を置き、背を押す様に街の方へ繋がる道へ誘導した。
「あぁ。騒ぎになるだろうね。ーー誰も、僕が人形の器に入っているとも知らない……。」
近頃は躰を周囲に晒す事もなくなったのだ。噂がなくなりそうかと思えば、また噂になるーーそれくらいのもので……。
「ちゃんと油を注さないと……、」
「君が遣ってくれるんだろう? 」
悪戯っぽく言ってくるスカラマシュに少し煽られながら、タルタリヤは足を止めなかった。
「勿論、その為に引き留めたんだ。」
言葉も。
「しかしーー最初は人目も周囲に人が居るのも気にせずに僕をひん剥いてメンテナンスが必要かどうかをチェックしたりしていた君が」
「『ひん剥いて』はないだろ? 言語として、ーー適切じゃない。」
タルタリヤは最初の頃、スカラマシュが機械人形だと知ったばかりの頃ーースカラマシュを唯の人形だと思い、人間だとは思わなくなっていた時期がある。
扱いも人形扱い。だから着物を人前で『ひん剥いた』りする事も人形にするそれでしかなかった。
着物を着ていないスカラマシュの躰は、きちんと機械人形で、関節も見るからに人形で、周囲も人目で人形だと判断出来ていた。
「ーー『着物をはだけさせて』? 」
「……。そう。そうだよ、あの頃はまだ」
「『何もかも必死で訳もわからず無我夢中で取り繕っていてそれが精一杯だった』だろう? ……、何度も聞いたよ、君の台詞は。」
若くして、ファデュイのファトゥスーーファデュイ執行官に選ばれ、国のこと、民のこと、弟や妹たち、そういった沢山の事を抱え、抱え切れずに崩壊した。
タルタリヤの軽口が、その崩壊した後に出来たものだと、ーー厄介な癖になったのだと、スカラマシュは知っている。全て近くで見てきたからだ。
「なら、煽らないでくれよ……。相棒が変わって拗ねているのも分かる、けどさ、」
「ーー拗ねているのは分かるのかい? 本当に? 」
床板に座っているスカラマシュはタルタリヤを見上げて聞いた。
開けば大きな丸い瞳が、真っ直ぐにタルタリヤに向けられた。
「……、お見通し、か……。分からなかったよ、正直、実際……、聞いて知ったんだ」
「鈍感め。」
フイッと顔を背けてしまうスカラマシュ。苛立ちはしていないだろうが、もしかしたらーーと、そのもしかしたらの先をタルタリヤは振り払った。
「ああ! そうだよ! ーー俺は鈍感で……。君が一人でメンテナンスできないって、知らなかったーーそれも、それすらも! 分からなかったんだ……。」
苛立ち始めたのはタルタリヤの方だった。精神的にも若く、脆いーーそういう性質を持ち、自身でコントロール出来ないでいるのだ。しかし、それがタルタリヤの良さでもあると、周囲はタルタリヤのそのままの姿を受け入れていた。
「ーーフンッ、一人では自分の躰もままならない……、そんな僕よりも劣っている事なんて有るのかい? 」
「劣っているとかはーー、別に……。」
優等生と揶揄される程、タルタリヤは優秀だった。本人にもそれが耳に届くくらいに。
そして、タルタリヤが負けず嫌いで、良い意味でも悪い意味でも男尊女卑であること、体格差や背格好で区別や上下を付け易いところがあること、ーーそういったことをスカラマシュは時間を共にした中で理解し、記録していった。
「だろう? 気にし過ぎなんだ、生来君は。」
そして、それが、昔からーー幼い頃から変わっていないところだとタルタリヤ本人が言っていたことを、スカラマシュは記憶している。
「気にもなるだろ……。」
「ーーおや? 思ったより君の方が堪えていると見える……。」
またタルタリヤの顔を見たスカラマシュは、拗ねた様なその顔を見上げた。今にも頬を膨らますか、そのまま暗く表情ごと闇に染まってもいきそうだ。
今回の彼はどうだろう? ーーと、スカラマシュは顔を見詰め続けた。
「……。もう、さ、この話はお仕舞にしよう。暗くなる」
「あぁ、辺りもだ。ーーヒルチャールだかは、この家屋にまで押し掛けて来やしないだろう? 」
街までは距離がある、と近くに見えた木造りの家屋に身を寄せていた。
「ーーーーーーさぁ? 」
「僕にも分からない。君は休んでいると良い。」
ーーつまり、スカラマシュは起きて番をするつもりらしい。タルタリヤにもスカラマシュの一言だけでそれが分かった。
「そうさせて貰うよ。」
そして甘える事にしたタルタリヤは、ベッドの上に上がり体を横にした。
暫くすると、簡易的で簡素なベッドの上で整った呼吸音が聞こえてきた。タルタリヤは静かな寝息を立てて、眠った様だ。
外も家屋も薄暗く、ひんやりとした時間が過ぎた。
火でも焚べれば良いものだが、うっかり転寝をすれば何かの拍子に家屋に燃え移りそうだ。
こんな所で二人して火葬されては堪らない。
スカラマシュは一度剥いだ着物をもう一度剥ぐと、静かにタルタリヤに掛けた。
「(これは夢の中だーーけれど、僕は確かに此処に居るよ。タルタリヤ。)」
静かな家屋に響きそうな声は、消え入る程に小さく、風が吹いては掻き消されてしまう様だった。
けれど、タルタリヤは眠ったまま口元を緩ませた。
「(あぁ……。夢の中さ……。だけど、俺だってここに居る、ここに居るよ。)」
家屋の外に出たスカラマシュに、その寝言は聞こえただろうか?
薄暗い夜は一層静かでひんやりとしていた……。
2026.9.23




