転生先でも月曜日はやってくる
俺――風見嵐水と日向陽菜は、数々の騒動を乗り越え、ついに婚約へと至った。
これから先、結婚をした後も、まとまった時間は取れそうもない。
そう考えた2人は、新婚旅行…の前に、婚前旅行に出掛けることにしたのだが、それがまさかあんなことになるとは、思いもしなかった。
旅の途中、怪しげな光を放つ古の遺跡に足を踏み入れた瞬間、視界が真っ白に染まった。
次に気づいたとき、俺は、金刺繍で飾られた見事な執務服を着て突っ立っていた。隣には、シルクのブラウスにタイトスカートという、なぜか丸の内仕様のキャリアウーマンルックを完璧に再現した陽菜が立っている。
ここは剣と魔法のファンタジー世界、神聖王国ヨーロズアの王都。
元の世界へ戻る手がかりを探すため、手始めに王都のガバナンス推進局に潜り込んだ俺たちは、コンプライアンス管理課の担当者として、それぞれ『ランス』『ハル』のやっつけ偽名で配属され、過酷な監査対応に追われていた。
「嵐水、本日の受付実績と監査進捗を共有します。10番窓口に並んでいる冒険者パーティですが、全員の『危険生物討伐に係る労働安全衛生法』に基づく保護具着用義務に違反しています。さらに、『魔獣討伐時の副産物売却益に関する不正取引防止誓約書』およびエビデンスが未添付です」
陽菜は淡々とした口調で、山のように積み上がった申請書類の記載内容と関連書類のクロスチェックを進めていた。仕事の時だけは敬語になるあたり、オフィスワーカー時代のTPOがしっかり染み込んでいる。
この世界の王都は、モンスターの討伐そのものよりも、冒険者やギルドが犯す法令違反や労務トラブルの是正措置を処理することの方が圧倒的に重要らしい。
「把握した。こっちは個別案件の事前リスクアセスメントの真っ最中だ……」
俺――ランスは、目の前で青ざめている一人の男に、冷ややかな視線を向けた。
煤けたマントを羽織ったその男は、この世界を救うはずの『勇者』だった。だが、その表情は英雄のものというより、重大なコンプライアンス違反で社内処分の聴聞会に呼ばれた中間管理職のそれだった。
「す、すみません! 魔王城制圧の前に、どうしても『伝説の聖剣・エグゼカリパー』の武器使用契約書の更新と、必殺技『グランド・クロス・ブレイク』の新規スキル登録許可を通しておきたくて……!」
勇者がすがりつくように差し出してきた分厚い契約書を、俺は冷静に精査する。
「却下だ、勇者。指摘事項は主に2点ある。第一に、この聖剣の『神聖エネルギー排出量』が、王国環境省の定める魔力規制の基準値を300%超過している。このまま使用すれば、環境汚染が甚大であるだけでなく、安全配慮義務違反としてこちらの管理責任が問われる。第二に、必殺技の名称にある『クロス』という表現が、隣国の宗教的価値観に対する配慮義務について問題視される恐れがある。名称を中立的な『マルチ・アングル・ブレイク』に変更の上、聖剣のエネルギー排出量を基準値以下に抑えた事を証明するエビデンスを添えて、環境アセスメント課の決裁を得てから再提出してくれ」
「そんなぁ! 魔王は今週末に復活するんですよ! スケジュール的に間に合いません!」
「知らん。当課の判断基準は魔王の動向ではなく、あくまで法令順守とレピュテーションリスクの回避だ。不備が解消されない限り、決裁は下ろせない。――次の方、どうぞ」
勇者が「お役所仕事め……!」と苦悶の表情を浮かべながら窓口を離れると、間髪入れずに次の来訪者がやってきた。
今度は、ローブの裾を引きずった天才魔法使いの少女だった。
「あの、私、今夜のクエスト時に極大魔法『メテオ・ストライク』を詠唱したいんですけど……『特定魔導危険物の取扱資格』が昨日の17時で失効していて……。特例対応で決裁していただけませんか……?」
ハルが冷静に眼鏡の位置を直し、冷徹な視線を彼女に向けた。
「規定違反です。極大魔法の行使に必要な資格の有効期限は、前月の末日までに更新手続きを完了させることが王国法で義務付けられています。失効状態のまま極大魔法を発動すれば、マナの逆流による大規模なデータ漏洩ならびに魔力管理システムの構成が崩壊します。今すぐ窓口で『セキュリティインシデントに関するヒヤリハット報告書』および、具体的な再発防止策を盛り込んだ始末書を提出してください」
「そ、そんなぁ……! 私の詠唱資格がぁ……!」
魔法使いがその場で崩れ落ちる。
――これが、俺たちの異世界ライフの現実だった。
剣と魔法の世界だろうと、結局のところ、この世界の仕組みは安全管理とコンプライアンスの両輪で回っている。
日銭を稼ぎ、元の世界へ戻るための転移陣の購入費用を貯めるため、俺たちは今日も今日とて、ファンタジーの理不尽を論理的な規程解釈と監査権限で淡々と処理し続けるのだった。




