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旅する先生と、世界の教室  作者: 最後に残った形


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第15章 第1話:教育委員会の授業――机の上で決まる教室


 教育委員会の印刷機は、朝から休みなく動いていた。


 白い紙が一枚ずつ吐き出され、排紙トレイに整然と積み上がっていく。紙の端はそろっていて、文字のかすれもない。見出しは太字で、表は見やすく、グラフには色もついている。


 瀬戸さんは、その紙束を手に取った。


『学力向上推進プラン 実施要項』


 表紙には、そう印刷されている。


 市の教育委員会で働き始めて四年目。


 瀬戸さんは、学校現場を支えたいと思ってこの仕事に就いた。子どもたちの学びを支える仕組みを作ること。先生たちが動きやすくなるように整えること。市全体の教育をよりよくすること。


 そういう仕事だと思っていた。


 実際には、毎日が資料と数字に追われている。


 会議資料。


 通知文。


 調査票。


 報告書。


 集計表。


 問い合わせへの回答。


 締切。


 修正。


 再提出。


 机の上には、付箋のついたファイルが何冊も重なっていた。パソコンの画面には、今日中に送る予定のメールが開かれている。


 今回の推進プランは、市内全小学校を対象にしたものだった。


 目的は、学力の底上げ。


 朝学習の徹底。


 小テストの回数増加。


 家庭学習時間の記録。


 定期的な学力調査。


 教師による個別フォロー。


 どれも、子どものためになるはずだった。


 机の上で見る限り、計画は整っている。


 どの学校でも取り組みやすいように、手順も書いた。


 成果を測れるように、調査項目も作った。


 報告様式も統一した。


 管理職向けの説明資料も用意した。


 瀬戸さんは、印刷した要項をめくった。


 表紙。


 目的。


 実施内容。


 年間スケジュール。


 報告様式。


 チェックリスト。


 期待される効果。


 最後のページには、こう書かれている。


『子ども一人ひとりの確かな学びを支えるために』


 瀬戸さんは、その一文を見て小さく頷いた。


 間違っていない。


 このプランは、子どものために作った。


 そのはずだった。


 午前十時、市内の小学校へ通知が送られた。


 メールの送信ボタンを押すと、画面に小さく表示される。


『送信しました』


 その短い文字を見て、瀬戸さんは少しだけ息をついた。


 けれど、同じ頃。


 市立南原小学校の職員室では、一人の教師が通知文を開き、深いため息をついていた。


 前島先生だった。


 五年生の担任。


 机の上には、児童のノート、テストの採点、保護者からの連絡帳、校内研究の資料、学年だよりの原稿が積まれている。


 午後には個別面談が二件。


 放課後には委員会活動。


 その後、明日の理科実験の準備。


 前島先生は、パソコン画面に表示された通知文を読み進めた。


『朝学習の徹底』

『小テストの実施記録』

『家庭学習時間の把握』

『個別フォロー対象児童の記録』

『月末報告書の提出』


 文字を読むたびに、頭の中で仕事が増えていく。


 朝学習のプリント準備。


 小テストの作成。


 採点。


 記録。


 家庭学習カードの確認。


 個別フォローの面談。


 報告書の入力。


 それ自体が悪いわけではない。


 子どもたちの学力を支えたい気持ちは、前島先生にもある。


 わからないまま授業が進んでしまう子を見逃したくない。


 家庭学習の習慣がつかず困っている子にも手を差し伸べたい。


 でも、すでに一日はいっぱいだった。


 子どもたちに向き合うための時間を増やしたいのに、向き合うための記録を書く時間が増えていく。


 前島先生は、通知文を印刷した。


 紙が出てくる音を聞きながら、思わず呟いた。


「また、教室にいない時間が増える」


 隣の席の教師が振り返った。


「教育委員会からですか」


「学力向上の新しいプランです」


「ああ……」


 その一言に、疲れがにじんでいた。


 誰も、子どもの学力をどうでもいいと思っているわけではない。


 けれど、通知文が届くたびに、職員室には似たような空気が流れる。


 また報告。


 また記録。


 また現場に降ってくる。


 前島先生は、通知文の最後の一文を見た。


『子ども一人ひとりの確かな学びを支えるために』


 その言葉は正しい。


 正しいからこそ、苦しかった。


 昼過ぎ。


 教育委員会の会議室に、瀬戸さんは市内数校の教師たちを迎える準備をしていた。


 今日の午後、推進プランについて現場意見を聞く会が開かれる。


 形式的な説明会ではなく、実際に学校の先生たちと話す場にしたい。


 そう提案したのは、外部助言者として呼ばれていた白瀬灯理だった。


 黒い上着に、使い込まれた革の鞄。


 世界の学校を訪ね、さまざまな学びの場を見てきた先生だと聞いている。


 瀬戸さんは、少し緊張していた。


 現場の先生たちから何を言われるだろう。


 負担が大きい。


 人が足りない。


 また報告か。


 そう言われることは想像できた。


 それでも、聞かなければならないと思っていた。


 会議室の机には、推進プランの資料が整然と並べられている。


 前島先生も、南原小学校の代表としてそこに座った。


 表情は穏やかだが、手元の通知文にはいくつも線が引かれていた。


 瀬戸さんは、資料を手に立ち上がった。


「本日はお忙しい中、お集まりいただきありがとうございます。市教育委員会の瀬戸です。今回の学力向上推進プランは、市内の子どもたち一人ひとりの学びを支えることを目的としています」


 自分でも、少し硬い声だと思った。


 説明を始める。


 朝学習。


 小テスト。


 家庭学習記録。


 学力調査。


 個別フォロー。


 成果指標。


 年間スケジュール。


 話しながら、瀬戸さんは教師たちの顔を見た。


 真剣に聞いている。


 でも、明るい顔ではない。


 前島先生は、資料を見ながらメモを取っていた。


 説明が終わると、灯理が静かに前に出た。


「今日は、良いか悪いかをすぐに決めるのではなく、この施策が教室に届くまでの通り道を見てみませんか」


「通り道、ですか」


 瀬戸さんが聞き返す。


 灯理はホワイトボードに書いた。


『施策の通り道を見る』


 その下に、項目を並べていく。


『施策の目的』

『行政が見たい成果』

『現場で増える作業』

『子どもに届く学び』

『教師が削られる時間』

『代わりに減らせるもの』

『報告の形を簡単にできる部分』

『現場の声を戻す仕組み』


 瀬戸さんは、その項目を見つめた。


 現場で増える作業。


 教師が削られる時間。


 それは、資料には入っていなかった。


 灯理は言った。


「施策は紙の上では整って見えます。でも、教室に届くまでに、誰かの時間を通ります。その時間を見ずに進めると、子どものための計画が、子どもと向き合う時間を削ってしまうことがあります」


 瀬戸さんの胸が小さく鳴った。


 前島先生が、ゆっくり手を挙げた。


「発言してもよろしいですか」


「お願いします」


 瀬戸さんは頷いた。


 前島先生は、通知文を開いた。


「目的には賛成です。学力を支えることも、つまずきを早く見つけることも必要です」


「ありがとうございます」


「ただ、現場で何が増えるかを考えると、正直かなり厳しいです」


 会議室が静かになる。


「朝学習のプリントを準備する。小テストを作る。採点する。結果を入力する。家庭学習時間を確認する。個別フォロー対象を記録する。月末に報告書を出す」


 前島先生は、一つずつ指で追った。


「それをする時間は、どこから出るのかと思いました」


 瀬戸さんは口を開きかけた。


 しかし、灯理が少しだけ視線で待つよう促した。


 前島先生は続けた。


「子どもに向き合う時間を増やすための施策なのに、報告のために放課後の時間が減るなら、子どもと話す時間が削られます」


 瀬戸さんは、資料の余白を見た。


 放課後の時間。


 そこには書いていない。


 前島先生の隣に座っていた校長が言った。


「学校としても、学力向上は重要です。ただ、現場ではすでに別の調査や記録もあります。重複するものがないか見直せると助かります」


 別の学校の教師も続けた。


「小テストの実施記録を毎回細かく入力するのは負担です。月に一度の簡単な傾向報告ではだめでしょうか」


「家庭学習時間も、毎日分単位で記録するより、週単位で傾向を見る方が現実的だと思います」


「個別フォローは大切ですが、記録様式が細かすぎると、面談より記録に時間を使ってしまいます」


 瀬戸さんは、手元の資料にメモを取った。


 最初は、胸が痛かった。


 自分たちが作ったプランが否定されているように感じた。


 でも、聞いているうちに、違うとわかってきた。


 教師たちは、目的を否定しているのではない。


 子どものためになる部分を残すために、余計な重さを減らしたいと言っている。


 灯理が瀬戸さんに目を向けた。


「瀬戸さん、このプランを作る時、どんなことを大切にしましたか」


 瀬戸さんは、少し背筋を伸ばした。


「子どものつまずきを早く見つけたいと思いました。学校によって取り組みに差が出ないように、市全体で共通の形を作りたいと考えました」


「はい」


「また、成果を見えるようにしないと、継続や予算の説明が難しいので、記録や報告も必要だと思いました」


 前島先生は、その言葉に少し顔を上げた。


 瀬戸さんは続けた。


「でも……」


 自分の声が少し小さくなった。


「先生、机の上では子どものためになる計画に見えたんです」


 灯理は頷いた。


「うん。では、その計画が教室に届くまでに、誰の時間を通っていくのでしょうか」


 瀬戸さんは、ホワイトボードを見た。


 施策の目的。


 行政が見たい成果。


 現場で増える作業。


 子どもに届く学び。


 教師が削られる時間。


 紙の上では、プランはまっすぐ子どもへ届くように見えていた。


 しかし実際には、校長の説明時間を通る。


 担任の準備時間を通る。


 採点の時間を通る。


 入力の時間を通る。


 職員会議の時間を通る。


 放課後の個別対応の時間を通る。


 家庭との連絡の時間を通る。


 そのどこかで時間が詰まれば、子どもに届く前に、教師の余白が削られていく。


 瀬戸さんは、推進プランの余白に初めて書いた。


『現場で削られる時間』


 その文字を見て、胸が苦しくなった。


 自分は、そこを設計に入れていなかった。


 午後の会議は、次第に具体的な作業へ変わった。


 灯理はホワイトボードを区切った。


『残したい目的』

『減らせる作業』

『簡単にできる報告』

『現場から戻す声』


 前島先生が言った。


「朝学習そのものは有効だと思います。ただ、毎日新しいプリントを作るのではなく、既存教材を使える形にしてほしいです」


 瀬戸さんが書く。


『朝学習:既存教材可』


 別の教師が言う。


「小テストは、回数を増やすより、結果を授業に戻すことが大切です。毎週ではなく、単元ごとでもよいのでは」


『小テスト:単元ごと。授業改善に使う』


 校長が言った。


「家庭学習時間の記録は、毎日分単位ではなく、週に一度の自己振り返りに変えられないでしょうか」


『家庭学習:週一振り返り』


 前島先生が続ける。


「報告書は、全児童分の細かい入力ではなく、学年ごとの傾向と困っている点を書く形にしてほしいです」


『報告:学年傾向+困りごと』


 瀬戸さんは、書きながら気づいた。


 減らせる作業を見つけることは、施策を弱めることではない。


 目的に近づけるために、通り道を整えることなのだ。


 灯理は、もう一つ問いを置いた。


「代わりに、学校で減らせるものはありますか。新しい施策を入れるなら、何かを減らすことも一緒に考える必要があります」


 会議室が少し静かになった。


 前島先生が口を開く。


「すでに似たような校内記録があります。市への報告と校内記録を一本化できるなら、二重入力を減らせます」


 瀬戸さんは顔を上げた。


「様式を合わせれば、学校内で使っている記録をそのまま市へ提出できるかもしれません」


 別の教師が言った。


「学力調査後の細かい分析表も、全項目ではなく重点項目だけでよいのでは」


「その代わり、先生たちが授業で使えるコメント欄を増やす」


 瀬戸さんは、資料の別ページに赤いペンで線を引いた。


 報告のための報告ではなく、授業に戻る報告。


 現場から戻る声。


 これまで自分たちは、成果を見たいと思っていた。


 しかし、現場が困っていることを見る項目は少なかった。


 瀬戸さんは新しい欄を書き足した。


『実施して削られた時間・困ったこと』


 その欄を見て、前島先生が少し驚いたように言った。


「それも報告していいんですか」


「はい」


 瀬戸さんは、自分でも少し驚くほどはっきり答えた。


「むしろ、それを知らないと次に直せません」


 前島先生は、初めて少しだけ表情をゆるめた。


 会議の終わりには、推進プランはかなり形を変えていた。


 全面撤回ではない。


 学力向上の目的も、子どものつまずきを早く見ることも、残っている。


 ただし、全校一斉実施ではなく、まずは三校で試行する。


 期間は一学期。


 報告様式は簡略化する。


 既存の校内記録と重複しない形にする。


 家庭学習時間は、毎日分単位ではなく週一回の振り返りにする。


 小テストは回数を増やすのではなく、単元ごとに授業改善へつなげる。


 そして、報告欄に新しく項目を入れる。


『子どもに届いた学び』

『教師が削られた時間』

『減らす必要がある作業』

『次に修正したい点』


 瀬戸さんは、修正案を見ながら、深く息を吐いた。


 最初の資料より、きれいではない。


 項目も少し複雑になった。


 行政側の集計もしにくくなるかもしれない。


 でも、教室に届くまでの道筋は、前より見えている気がした。


 会議が終わった後、前島先生が瀬戸さんのところへ来た。


「瀬戸さん」


「はい」


「今日は、いろいろ言ってすみません」


「いえ。言っていただけてよかったです」


 前島先生は、修正された資料を見た。


「正直、通知が届いた時は、また現場をわかっていないものが来たと思いました」


 瀬戸さんは少し苦笑した。


「そう思われても仕方なかったと思います」


「でも、今日話して、教育委員会が現場を苦しめたいわけではないこともわかりました」


「ありがとうございます」


「ただ、現場の声を返す仕組みがないと、たぶんまた同じことになります」


 瀬戸さんは頷いた。


「はい。そこを作ります」


 前島先生は言った。


「私たちも、ただため息をつくだけではなく、何が負担で、何なら子どもに届くのかを具体的に返さないといけませんね」


 瀬戸さんは、その言葉をメモに書いた。


『現場の声を具体的に戻す』


 夕方、教育委員会の執務室に戻った瀬戸さんは、推進プランのデータを開いた。


 午前中に印刷した整った資料。


 その余白に、今日聞いた言葉を入れていく。


 前島先生のため息。


 子どもと話す時間が削られるという言葉。


 報告のための報告を減らしたいという意見。


 既存記録との重複。


 現場で削られる時間。


 子どもに届く学び。


 瀬戸さんは、最後のページを修正した。


 最初はこうだった。


『子ども一人ひとりの確かな学びを支えるために』


 その下に、新しい一文を加える。


『施策は、教室に届くまでの時間も含めて設計する』


 キーボードを打つ手が、少し止まった。


 この一文を入れることは、自分たちの仕事を難しくすることでもある。


 現場の時間を見る。


 負担を見る。


 削られるものを見る。


 成果だけでなく、過程も見る。


 簡単ではない。


 けれど、見なければ、机の上で決めた教室になってしまう。


 瀬戸さんは保存ボタンを押した。


 翌週、南原小学校では、修正された試行プランの説明が行われた。


 前島先生は、学年会で資料を広げた。


「最初の案より、だいぶ現場に合わせて修正されています」


 同僚が資料を覗き込む。


「報告、これだけでいいんですか」


「試行期間中は。既存の記録と重ねられるようになっています」


「家庭学習も週一振り返りになってる」


「小テストも単元ごとですね」


 前島先生は頷いた。


「その代わり、実際にやってみて、子どもに届いたことと、教師の時間がどこで削られたかを返します」


 若手教師が言った。


「削られた時間も書いていいんですか」


「書いていいそうです。次に直すために」


 職員室の空気が、少しだけ変わった。


 まだ忙しさは消えていない。


 仕事はある。


 試行も簡単ではない。


 でも、ただ上から降ってきたものをこなすだけではない。


 やってみて、返す。


 返したものが、次の形に入る。


 その道が少し見えた。


 放課後、前島先生は五年生の教室に残っていた。


 子どもたちは帰り、机の上には夕方の光が差している。


 前島先生は、朝学習に使うプリントを見直した。


 新しく作るのではなく、これまで使っていた教材を組み合わせる。


 小テストは、単元の最後に一度。


 その結果を、報告のためだけでなく、次の授業の復習に使う。


 机の上には、簡略化された記録用紙があった。


『子どもに届いた学び』

『教師が削られた時間』

『次に修正したい点』


 前島先生は、その欄を指でなぞった。


 教育委員会は遠い場所だと思っていた。


 通知文が届く場所。


 報告書を送る場所。


 現場を見ずに決める場所。


 でも、今日の欄を見ると、少しだけ道ができた気がする。


 現場の声を返す道。


 もちろん、すべてが変わるわけではない。


 行政には行政の制約がある。


 学校には学校の現実がある。


 子どもたちには、一人ひとり違う生活がある。


 だからこそ、通り道を見続けなければならないのだろう。


 夜、灯理は教育委員会の建物を出た。


 市役所の窓には、まだいくつもの明かりが残っている。瀬戸さんの机にも、修正途中の推進プランが開かれていた。


 玄関前で、瀬戸さんが見送りに来た。


「白瀬先生、今日はありがとうございました」


「こちらこそ、施策の通り道を一緒に見せていただきました」


 瀬戸さんは、手にした資料を見た。


「行政の仕事は、計画を作ることだと思っていました」


「大切な仕事ですね」


「はい。でも、計画を作って送っただけでは、子どもには届かないんですね」


 彼は少しだけ苦笑した。


「届くまでに、先生たちの朝や放課後や、記録を書く時間や、子どもと話す時間を通っていく」


 灯理は頷いた。


「その時間も、施策の一部ですね」


「今日、前島先生に言われて痛かったです。子どもと向き合う時間が削られる、と」


「はい」


「でも、聞けてよかった。聞かなければ、きれいな資料のまま進めていたと思います」


 夜風が、市役所前の旗を小さく揺らした。


 瀬戸さんは資料の最後のページを開いた。


 そこには、新しく加えた一文がある。


『施策は、教室に届くまでの時間も含めて設計する』


「これを、消さないようにします」


 灯理は静かに頷いた。


 鞄の中には、新しい依頼状が入っている。


 家庭学習をめぐり、親子の夜が苦しくなっている小学校からのものだった。


 けれど、まだ開かなかった。


 制度は、机の上で形になる。


 通知文になり、要項になり、調査票になり、報告書になる。


 それは、教室を支える力にもなる。


 けれど、その紙が教室へ届くまでには、誰かの時間がある。


 教師の準備時間。


 子どもと話す時間。


 放課後の余白。


 家庭へ連絡する時間。


 記録を書く時間。


 その通り道を見ずに作られた施策は、子どものためという言葉を持ちながら、子どもに向き合う時間を削ってしまうことがある。


 灯理は、夜の市役所を振り返った。


 明るい窓の向こうで、瀬戸さんが資料の余白に赤い文字を書き込んでいる。


 机の上で決まる教室ではなく、教室の声を受け取りながら直されていく仕組みへ。


 その小さな修正の跡を胸に、灯理は静かな道をゆっくり歩いていった。

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