第14章 第3話:宿題の授業――終わらせるためだけのノート
夜の食卓に、鉛筆の転がる音がした。
大翔は、算数の宿題ノートを開いたまま、頬杖をついていた。食卓の上には、夕食の皿が片づけられた後の小さな水滴が残っている。台所では、母が明日の弁当の下準備をしていて、包丁がまな板に当たる音が一定のリズムで聞こえていた。
時計は九時を少し過ぎている。
テレビはついていない。
けれど、隣の部屋から妹が音読の練習をする声が聞こえる。
「大翔、宿題終わった?」
台所から母の声が飛んできた。
「もうちょっと」
大翔は、すぐに答えた。
本当は、まだ半分以上残っている。
算数ドリル二ページ。
漢字練習一ページ。
音読カード。
自主学習ノート一ページ。
毎日、宿題は多い。
クラスのほとんどの子が出しているし、出さないと翌朝、黒板横の提出チェック表に印がつく。佐伯先生は怒鳴る先生ではないが、宿題を出していないと静かに言う。
「学習習慣は、毎日の積み重ねです」
その言葉は正しいのだと思う。
でも、大翔にとって宿題は、学びというより、終わらせるものだった。
ノートを埋める。
提出する。
丸をもらう。
それで終わり。
算数ドリルの問題を見る。
『四分の三 ÷ 二分の一』
分数のわり算。
やり方は知っている。
後ろの分数を逆にして、かける。
四分の三 × 一分の二。
答えは二分の三。
大翔は式を書いた。
でも、なぜ逆にするのかはわからない。
授業で説明はあった気がする。
図も描いた気がする。
けれど、頭の中には残っていない。
わからないままでも、答えは書ける。
やり方だけ覚えれば、宿題は進む。
大翔は、ドリルの後ろの答えをちらりと見た。
母に見られないように、ページを少しだけめくる。
答えは合っている。
合っているならいい。
次の問題へ進む。
式を書く。
答えを書く。
途中の計算は省く。
面倒なところは答えを見て写す。
ノートの上では、できたことになっていく。
大翔は、ページの端に小さく丸をつけた。
終わった問題を数える。
あと五問。
あと三問。
あと一問。
最後の問題は文章題だった。
『三分の二リットルのジュースを、一人あたり六分の一リットルずつ分けます。何人に分けられますか』
大翔は問題文を読んだ。
三分の二 ÷ 六分の一。
後ろを逆にする。
三分の二 × 一分の六。
答えは四。
四人。
なぜそうなるのかは、やっぱりよくわからない。
でも、答えは四人。
大翔はノートに書いた。
そして、漢字練習へ移った。
同じ漢字を十回ずつ書く。
形は少し崩れている。
でも、マスは埋まる。
自主学習ノートには、理科の教科書の用語を写した。
意味は、あまり考えなかった。
終わらせるためのノート。
終わればいい。
提出できればいい。
大翔はノートを閉じた。
「終わった!」
台所の母が顔を出す。
「ちゃんとやった?」
「やった」
「答え写してない?」
「写してない」
大翔は、少しだけ目をそらした。
嘘ではない。
全部を写したわけではない。
でも、見たところはある。
わからないところも、できたことにした。
それでも、ノートは埋まっている。
明日の朝、提出できる。
それでいいはずだった。
翌朝、五年二組の教室では、宿題ノートが次々と提出箱に入れられていた。
大翔も、算数ノート、漢字ノート、自主学習ノートを重ねて出した。
提出箱の中には、同じようなノートが山になっている。
佐伯先生は、朝の会の前にその山を机の上へ運んだ。
五年二組の担任、佐伯先生は、宿題を大切にしていた。
毎日机に向かう習慣。
授業で学んだことを家で確かめる時間。
家庭学習のリズム。
それらをつけるために、宿題は必要だと考えている。
ただ、最近、ノートを見ていて気になることがあった。
提出率は高い。
ページも埋まっている。
でも、どの子が本当にわかっているのかが見えにくい。
答えだけが並んでいるノート。
式が省かれた計算。
赤丸だけがついたページ。
何に迷ったのか。
どこで止まったのか。
答えを見たのか、自分で考えたのか。
ノートからは、ほとんど見えない。
それでも、丸つけの時間は限られている。
佐伯先生は、提出されたノートに一冊ずつ目を通し、日付の横に丸をつける。
時々、字が雑な子には「ていねいに」と書く。
空欄がある子には「最後まで」と書く。
でも、理解の中身までは追いきれない。
「宿題、やらせているだけになっていないかな」
そう思うことがある。
けれど、出さなければ習慣がつかない。
減らせば保護者から「勉強量が足りない」と言われるかもしれない。
増やせば見る時間が足りない。
佐伯先生は、積まれたノートを見て、ため息を飲み込んだ。
その日、教室には見学者がいた。
黒い上着に、使い込まれた革の鞄を持った先生。
白瀬灯理。
世界の学校を訪ねている先生だと、朝の職員打ち合わせで紹介されていた。
灯理は、授業の後ろで静かに子どもたちのノートを見ていた。
特に、大翔の算数ノートで手を止めた。
ページは埋まっている。
答えも多くは合っている。
でも、途中の考えがほとんどない。
間違いの跡もない。
迷った印もない。
すべてが、最初からわかっていたように整っている。
けれど、大翔は授業中、分数のわり算の説明になると少しだけ視線を外していた。
灯理は、その小さなずれを見ていた。
三時間目の算数。
佐伯先生は、前日の宿題に出した分数のわり算を確認した。
「では、三分の二リットルのジュースを、一人あたり六分の一リットルずつ分ける問題です。答えは何人でしたか」
「四人」
教室のあちこちから声が返る。
大翔も、口だけ動かした。
「はい。式は三分の二 ÷ 六分の一。わる数を逆数にしてかけるので、三分の二 × 一分の六。答えは四です」
佐伯先生が黒板に書く。
「では、次の問題へ」
その時、灯理が静かに手を挙げた。
「佐伯先生、少しだけよろしいですか」
「はい」
灯理は教室の前へ出た。
「みなさん、答えは四人と出せましたね」
子どもたちが頷く。
「では、なぜわる数を逆にしてかけるのか、隣の人に説明できますか」
教室が静かになった。
大翔は、机の上の消しゴムを指で押した。
説明。
答えは出せる。
でも、なぜと言われると困る。
隣の茉莉が小声で言った。
「え、逆にするって決まりだからじゃないの?」
大翔は頷いた。
「たぶん」
灯理は、子どもたちの反応を見ていた。
「答えが出せることと、なぜそうするのかを説明できることは、少し違うことがあります」
佐伯先生は黒板の前で頷いた。
灯理は続ける。
「今日の宿題ノートには、答えがたくさん並んでいました。でも、どこで迷ったのか、どこを答えで確かめたのか、どこがまだわからないのかは、あまり見えませんでした」
大翔は、少し背中を丸めた。
自分のことを言われている気がした。
灯理は責めるようには言わなかった。
ただ、黒板に大きく書いた。
『宿題は、何を先生に知らせるものですか』
教室がざわつく。
「やったかどうか」
「提出したか」
「家で勉強したか」
「できたかどうか」
大翔も心の中で言った。
出せばいい。
終わればいい。
灯理は頷いた。
「それもあります。けれど、もう一つあります」
黒板に書き足す。
『自分が何をわかっていて、どこで止まっているか』
佐伯先生は、その言葉をじっと見た。
灯理は子どもたちに言った。
「今日は、宿題ノートを色分けしてみます。正しくできたかどうかだけではなく、自分の宿題の中で何が起きていたかを見ます」
子どもたちに、五色の色鉛筆が配られた。
黒板には、色分けの説明が書かれる。
『青:自分でできたところ』
『黄:迷ったところ』
『赤:答えを見たところ』
『緑:友だちや家族に聞いたところ』
『紫:まだわからないところ』
『星印:次の授業で聞きたいこと』
教室が一気にざわついた。
「答え見たところも書くの?」
「怒られない?」
「赤で塗るの嫌だ」
「まだわからないって書いていいの?」
大翔も、胸がざわざわした。
答えを見たところに赤をつける。
それは、ばれるということだ。
できたふりをしていたところが、見えてしまう。
佐伯先生は、そのざわめきを聞きながら前に出た。
「今日は、赤や紫をつけたからといって叱りません」
子どもたちが先生を見る。
「先生が知りたいのは、みんながどこまで考えたか、どこで止まったかです。できたふりをされると、先生は次に何を教えればいいかわかりません」
大翔は、ノートを開いた。
昨日の宿題。
分数のわり算。
答えが並んでいる。
最初の数問は、自分でやった。
青をつける。
途中で答えを見たところがある。
赤をつけるか迷う。
隣の茉莉が、小さく赤をつけた。
「私、ここ見た」
「俺も」
大翔は小さく言って、同じ問題に赤をつけた。
思っていたより、誰も笑わなかった。
次の問題。
自分でやったけれど、なぜそうなるかはわからなかった。
これは何色だろう。
答えは出せた。
でも、理解しているかは怪しい。
大翔は黄色をつけた。
最後の文章題。
答えは合っている。
でも、やっぱり意味はわからない。
大翔は、黄色と紫で迷った。
わかっていないと言うのは、少し怖い。
でも、昨日からずっと引っかかっている。
なぜ、六分の一で割ると四人になるのか。
なぜ、逆にしてかけるのか。
大翔は、紫を小さくつけた。
そして星印を描いた。
ノートの端に、小さく書く。
『分数のわり算で、なぜ逆にするのかわからない』
書いた瞬間、胸が少し軽くなった。
終わったことにはならない。
でも、隠したままでもない。
自分がどこで止まっているかを、初めてノートに置いた気がした。
灯理が机の横に来た。
「大翔くん、星印を書いたんですね」
大翔は少し身構えた。
「はい」
「何を書きましたか」
「分数のわり算で、なぜ逆にするのかわからないって」
「大切な一行ですね」
「でも、宿題は終わってます」
「はい」
「答えも合ってます」
「うん」
「でも、まだわかってない」
言ってから、大翔は自分で驚いた。
その言葉は、ノートに書いた一行と同じだった。
灯理は頷いた。
「宿題は、できたふりをするためのものなのでしょうか。それとも、明日の授業で何を見るかを知らせるものなのでしょうか」
大翔は、紫の印を見た。
「知らせるもの」
小さく答えた。
「たぶん」
授業の終わりに、佐伯先生は子どもたちのノートを集めず、まず机の上で開かせた。
「今日、星印をつけた人は、その一つを付箋に書いてください」
付箋が配られる。
子どもたちは、それぞれ書いた。
『分数のわり算で、なぜ逆にするのかわからない』
『文章題で、何を割ればいいかわからない』
『約分をいつするのかわからない』
『答えを見ればわかるけど、自分では式が作れない』
『図にするとわからなくなる』
佐伯先生は、それらを黒板に貼った。
大翔の付箋と同じ内容が、いくつもあった。
「なぜ逆にするのかわからない」
一人ではなかった。
大翔は少し驚いた。
みんな、答えは出していた。
でも、同じようにわからないままの子がいた。
佐伯先生は黒板を見て、深く息を吸った。
「明日の算数は、ここから始めます」
黒板の中央に、赤い丸をつける。
『分数のわり算で、なぜ逆にするのか』
教室が少しざわついた。
「宿題の質問から授業やるの?」
「明日?」
「じゃあ、書いてよかったんだ」
大翔は、自分のノートの星印を見た。
昨日までなら、宿題は提出して終わりだった。
でも、今日の星印は明日の授業につながっている。
ノートが、ただの提出物ではなくなった気がした。
放課後、佐伯先生は職員室で宿題ノートの山を見ていた。
いつものように、丸をつけるだけなら早い。
でも今日は、子どもたちの色が見える。
青が多いページ。
赤が多いページ。
黄色が点々とあるページ。
紫が一つだけついているページ。
星印があるページ。
これまで見えなかったものが、急に見え始めていた。
大翔のノートを開く。
答えは並んでいる。
でも、その横に色がある。
赤。
黄。
紫。
星印。
『分数のわり算で、なぜ逆にするのかわからない』
佐伯先生は、その一行を何度も読んだ。
「この一行が、昨日まで見えていなかったんですね」
灯理が隣に立った。
「はい」
「私は、宿題を出していれば学習習慣がつくと思っていました」
「大切な考えですね」
「でも、ただ終わらせるだけになっている子がいることも、わかっていたはずです」
佐伯先生は、宿題ノートの山を見た。
「私の丸は、提出されたことへの丸でした。理解への丸ではなかったのかもしれません」
灯理は静かに聞いていた。
「もちろん、全部を細かく見るのは難しいです」
佐伯先生は続けた。
「毎日、全員分。授業もあります。行事もあります。保護者対応もあります」
「はい」
「だからこそ、ノートの最後に、子どもが自分で知らせる欄を作ればいいのかもしれません」
佐伯先生は、宿題用の新しいテンプレートを紙に書き始めた。
『今日できたこと』
『止まったところ』
『明日聞きたいこと』
「宿題の量も少し減らします」
佐伯先生は言った。
「その代わり、この三行は必ず書く。全部できました、でもいい。ここで止まりました、でもいい。答えを見ました、でもいい」
灯理は頷いた。
「翌日の授業の入口になりますね」
「はい。宿題を出すことで終わりではなく、宿題から授業を作る」
佐伯先生は、少しだけ笑った。
「大変そうです」
「はい」
「でも、今より子どもたちが見えそうです」
翌日の算数は、いつもと違う始まり方をした。
佐伯先生は黒板に、昨日集めた付箋を貼った。
『分数のわり算で、なぜ逆にするのかわからない』
「今日は、この問いから始めます」
大翔は顔を上げた。
自分の書いた一行が、授業の最初にある。
それだけで、少し背筋が伸びた。
佐伯先生は、黒板に長方形の図を描いた。
「三分の二リットルのジュースがあります。一人に六分の一リットルずつ分けると、何人分でしょう」
透明なカップの絵を描く。
三分の二リットルを、六分の一ずつに分ける。
子どもたちは、紙の帯を使って実際に切り分ける活動をした。
一リットルを六つに分ける。
六分の一。
三分の二は、六分の四。
六分の一が四つ分。
だから四人。
大翔は紙の帯を見た。
「あ」
声が出た。
六分の一が、四つ入る。
だから四。
それは、昨日ノートに書いた答えと同じだった。
でも、今日は意味が少し見えた。
佐伯先生は続けた。
「では、式で考えるとどうなるでしょう。三分の二 ÷ 六分の一。このわり算は、『三分の二の中に六分の一がいくつあるか』を考えています」
大翔は、ノートに書いた。
『わり算=いくつ分あるか』
それから、昨日の紫の印の下に書き足した。
『六分の一が四つ入るから四人』
まだ、逆数をかける理由を完全に説明できるわけではない。
でも、昨日より近づいた。
終わったけど、わかっていなかったところが、授業の中で少し開いた。
授業の終わり、佐伯先生は新しい宿題を配った。
問題数は、いつもより少なかった。
その代わり、最後に三つの欄がある。
『今日できたこと』
『止まったところ』
『明日聞きたいこと』
教室が少しざわつく。
「宿題少ない」
「でも書く欄ある」
「何書けばいいの?」
佐伯先生は言った。
「正直に書いてください。全部できたなら、それでもいいです。止まったところがあるなら、そこを書いてください。先生は、そこから明日の授業を考えます」
大翔は、その欄を見た。
昨日なら、面倒だと思ったかもしれない。
でも今日は少し違った。
自分の一行が、授業になった。
わからないと書いても、怒られなかった。
むしろ、そこから始まった。
その夜、大翔は食卓で宿題をしていた。
問題数は少ない。
でも、今日は途中の式を書くことにした。
わからなくなったところには黄色をつけた。
答えを見たところには、赤を小さくつけた。
最後の三行まで来る。
『今日できたこと』
分数のわり算で、図を使うと何個分か少しわかった。
『止まったところ』
二分の一 ÷ 四分の三みたいに、わる数の方が大きい時にまだ迷う。
『明日聞きたいこと』
逆にしてかける式と、図で考えることがどうつながるのか。
書いてから、大翔は少し考えた。
そして、ノートの端にもう一行書いた。
『終わったけど、まだわかってない』
昨日までなら、そんなことは書かなかった。
終わったら終わり。
提出したら終わり。
でも今は、終わった後にも続きがある気がした。
母が台所から声をかける。
「宿題終わった?」
大翔はノートを見た。
問題は終わった。
でも、まだわかっていないこともある。
どちらも本当だった。
「終わった」
大翔は答えた。
少し間を置いて、言い直した。
「でも、明日聞くことも書いた」
母が不思議そうに顔を出した。
「聞くこと?」
「うん。宿題の最後に書くんだ」
「へえ」
「わからないところ」
「そう」
母は少し笑った。
「じゃあ、明日聞けるね」
大翔は頷いた。
「うん」
翌朝、大翔は宿題ノートを提出箱に入れた。
以前と同じように、ノートは山の中へ入る。
でも、中身は少し違う。
できたところ。
止まったところ。
明日聞きたいこと。
その三行がある。
佐伯先生は、提出箱からノートを取り出し、一冊目を開いた。
そこには、子どもたちの小さな声が並んでいた。
『約分はできた』
『文章題の式がわからなかった』
『お母さんに聞いた』
『答えを見たけど、次は自分でやりたい』
『図にしたら少しわかった』
『明日、逆数の意味をもう一回聞きたい』
佐伯先生は、赤ペンではなく青い付箋を取り出した。
今日の授業で取り上げる問いを選ぶ。
宿題ノートは、もうただの提出物ではなかった。
子どもたちが、明日の授業へ差し出した地図だった。
夜、灯理は小学校を出た。
校舎の窓には、職員室の明かりが残っている。佐伯先生は机に向かい、宿題ノートの最後の三行を読みながら、翌日の授業の導入を考えていた。
校門まで、佐伯先生が見送りに来た。
「白瀬先生、ありがとうございました」
「こちらこそ、宿題ノートを一緒に見せていただきました」
佐伯先生は、手にしたノートを見た。
「宿題は、学習習慣のために必要だと思っていました」
「大切なことですね」
「はい。でも、習慣にすることばかり考えて、何を学んでいるのか、どこで止まっているのかを見ることが後回しになっていました」
佐伯先生は、少し笑った。
「大翔くんの『終わったけど、まだわかってない』という一行が、忘れられません」
灯理は頷いた。
「正直な学びの入り口ですね」
「ええ。宿題は、終わらせるためだけのものではなく、次の授業を始めるためのものにもできるんですね」
夜風が、校門の横の木を揺らした。
灯理は鞄を肩にかけ直した。
中には、別室登校とオンライン支援を行う学校から届いた依頼状が入っている。
けれど、まだ開かなかった。
宿題は、ノートを埋めるためだけのものではない。
提出箱に入れるためだけのものでもない。
自分でできたところ。
迷ったところ。
答えを見たところ。
誰かに聞いたところ。
まだわからないところ。
明日聞きたいこと。
それらが見える時、宿題は学びの終わりではなく、次の授業への入口になる。
灯理は夜の校舎を振り返った。
どこかの机の中で、大翔のノートが静かに閉じられている。
その端には、消されなかった一行が残っている。
終わったけど、まだわかってない。
その正直な言葉を胸に、灯理は静かな道をゆっくり歩いていった。




