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旅する先生と、世界の教室  作者: 最後に残った形


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第62章 第2話:祖母が厚い布の手入れを受け取り直す電話台――古い座布団の日を見る


 祖母の家の縁側には、朝から干した布が並んでいた。


 厚い玄関マット。


 薄い台所マット。


 それから、押し入れの奥から出した古い座布団。


 座布団の布地は少し色あせていて、端の縫い目には長く使われてきた跡が残っている。日に当たると、乾いた綿の匂いと、しまってあった布の少し懐かしい匂いが混ざった。


 縁側のすぐ横には、電話台がある。


 その上には、叔母の家から送られてきた写真を写した紙が置かれていた。


『手で持って重い布・乾きにくい布の日は真ん中も見る』


『念のため毎回、にはしない』


 その横には、翔太が電話で読み上げてくれた記録が、祖母の字で書き直されている。


『厚い玄関マットでは助かった』


『薄い布では端だけで足りた』


『毎回には増やさない』


 祖母は、その紙をゆっくり指でなぞった。


 叔母の家では、厚い玄関マットの日に真ん中を見ることが助かった。


 けれど、薄い布へは広げなかった。


 その理由も一緒に見せてもらった。


 今日は、祖母の家でその手入れを受け取り直す日だった。


 縁側の外には、午後の光が斜めに差していた。庭の土は少し乾き始め、鉢植えの葉の上に残っていた水滴が、風に揺れて小さく光っている。遠くで鳥の声がし、家の中では古い柱時計が静かに時を刻んでいた。


 祖母は、まず厚い玄関マットを触った。


 端に手を置く。


 端は乾いている。


 次に、真ん中へ手を伸ばした。


 真ん中は、ほんの少しだけ冷たかった。


 祖母は、指先を少し止めた。


「ああ、ここは見た方がいいわね」


 叔母の家で見せてもらった手入れは、祖母の家の厚い玄関マットでも助かった。


 端だけでは、真ん中の冷たさを見落としそうだった。


 祖母は、玄関マットをもう少し日なたの方へずらした。


 風が通る位置へかけ直す。


 これは、同じように使える。


 電話台の記録に書く。


『厚い玄関マット:端と真ん中を見る』


 次に、薄い台所マットを触った。


 端に手を置く。


 軽い。


 乾いている。


 真ん中を見ようとして、祖母は手を止めた。


 叔母の家の札には、


『念のため毎回、にはしない』


 とある。


 祖母は、台所マットを持ち上げた。


 薄くて、風も通りやすい。


 端だけで乾きがわかる。


 ここまで毎回真ん中を見ると、確認が増えすぎる。


 祖母は、薄い台所マットをそのまま畳んだ。


『薄い台所マット:端だけで見る』


 ここまでは、叔母の家から見せてもらった手入れを、そのまま受け取れた。


 厚い玄関マットは、端と真ん中を見る。


 薄い台所マットは、端だけ。


 問題は、古い座布団だった。


 祖母は、縁側に座り直し、座布団を膝の上に置いた。


 手で持つと、思ったより重い。


 乾きにくそうでもある。


 叔母の家の札で言えば、


『手で持って重い布・乾きにくい布の日』


 に近い。


 祖母は、真ん中を見ようとして、指で押しかけた。


 その時、座布団の中の綿が、ぐに、と少し動いた。


 祖母は手を止めた。


 もう一度、そっと端を持つ。


 布地は古い。


 中綿も少し偏りやすくなっている。


 真ん中を強く押すと、形が崩れそうだった。


 厚い玄関マットとは違う。


 叔母の家のマットは、押しても形が戻る。


 けれど、この座布団は、強く押せば中綿が寄ってしまうかもしれない。


 祖母は、電話台の横に置いていた受話器を取り、翔太の家へ電話をかけた。


 数回の呼び出し音のあと、翔太の声が聞こえた。


「もしもし、おばあちゃん?」


「翔太。今、あの手入れを試しているの」


 電話の向こうで、少しざわざわとした音がした。


 叔母と母もいるようだった。


 妹の声も少し聞こえた。


「どうだった?」


 翔太が聞いた。


 祖母は、厚い玄関マットを見た。


「厚い玄関マットは、助かったわ。端は乾いていたけれど、真ん中が少し冷たかったの。もう少し干すことにしたわ」


「よかった」


 叔母の声が少し明るくなった。


「でもね」


 祖母は、膝の上の古い座布団を見た。


「古い座布団は、同じように押すと形が崩れそうなの」


 電話の向こうが、少し静かになった。


 祖母は、白瀬灯理の方を見た。


 灯理は、縁側の柱のそばに立っていた。


 黒い上着に、使い込まれた革の鞄。


 灯理は、祖母の手元の座布団と、電話台の記録を静かに見ていた。


 祖母は言った。


「先生、叔母の家から見せてもらった『重い布の日は真ん中も見る』は助かりました。でも、古い座布団を同じように押すと形が崩れそうで、私の家では触り方を変える必要がありました」


 灯理は、祖母の言葉を静かに受け止めた。


 そして、問いを返した。


「うん。では、見せられた暮らしの手入れを自分の家で受け取り直すことは、見せられた触り方をそのまま守ることなのでしょうか」


 見せられた触り方を、そのまま守ることなのか。


 祖母は、古い座布団に目を落とした。


 叔母の家から見せてもらった手入れは、大切だった。


 重い布、乾きにくい布の日は、真ん中も見る。


 念のため毎回にはしない。


 その意味は、祖母の家でも働いている。


 厚い玄関マットでは、同じように助かった。


 けれど、古い座布団では、同じ押し方は合わない。


 守りたいのは、「真ん中を押すこと」そのものではない。


 湿りを見ること。


 冷たさを見ること。


 使う人の負担を増やしすぎないこと。


 布を傷めないこと。


 その意味を守るなら、触り方は変えてよいはずだった。


 祖母は、電話台の上に新しい紙を置いた。


『暮らしの手入れを自分の家で受け取り直す』


 翔太が電話の向こうで言った。


「おばあちゃん、書くね。こっちでも聞いてる」


「ええ。私も書くわ」


 祖母は、ゆっくりペンを持った。


 まず、見せられた手入れ。


「手で持って重い布・乾きにくい布の日は真ん中も見る」


 翔太が電話の向こうで繰り返す。


「念のため毎回、にはしない」


 母の声が続く。


「薄い布や軽い布まで毎回増やさない」


 祖母は書く。


『見せられた手入れ:手で持って重い布・乾きにくい布の日は真ん中も見る。念のため毎回、にはしない。薄い布や軽い布まで毎回増やさない』


 次に、自分の家の布。


 祖母は縁側を見渡した。


「厚い玄関マット。古い座布団。薄い台所マット」


 書く。


『自分の家の布:厚い玄関マット。古い座布団。薄い台所マット』


 次に、同じように使うところ。


 祖母は、玄関マットを指で示した。


「厚い玄関マットでは、端と真ん中を見る」


 それから、薄い台所マットを見た。


「薄い台所マットでは、端だけで見る」


 翔太が言った。


「叔母の家と同じですね」


「ええ。そこは同じように使えます」


 書く。


『同じように使うところ:厚い玄関マットでは、端と真ん中を見る。薄い台所マットでは、端だけで見る』


 次に、触り方を変えるところ。


 祖母は、古い座布団の上に、そっと手のひらを置いた。


 押さない。


 ただ置く。


 布の表面から、冷たさが手のひらへ伝わる。


 強く押さなくても、少し湿りがあるかどうかはわかる。


 次に、座布団を両手で持ち上げた。


 重さを聞く。


 乾いている時より、少し重いかどうか。


 最後に、縁側に置いて、そっと座ってみる。


 座った時の冷たさを聞く。


 祖母は言った。


「古い座布団は、真ん中を強く押さず、手を置いて冷たさを見る」


 翔太が電話の向こうで書いている音がした。


「持ち上げた時の重さを聞く」


 母が続ける。


「座った時の冷たさを聞く」


 祖母は書く。


『触り方を変えるところ:古い座布団は、真ん中を強く押さず、手を置いて冷たさを見る。持ち上げた時の重さを聞く。座った時の冷たさを聞く』


 次に、増やさないところ。


 妹の声が電話の向こうから聞こえた。


「薄い台所マットまで毎回真ん中を見ない」


 祖母は笑った。


「そうね」


 叔母が続ける。


「古い座布団を強く押さない」


 祖母は書く。


『増やさないところ:薄い台所マットまで毎回真ん中を見ない。古い座布団を強く押さない』


 次に、まだ見るところ。


 祖母は、古い座布団の縫い目を指でなぞった。


「古い座布団の乾きにくい日」


 母が言った。


「冬の湿り」


 祖母は、座布団の中綿をそっと整えた。


「中綿が偏らない触り方」


 書く。


『まだ見るところ:古い座布団の乾きにくい日。冬の湿り。中綿が偏らない触り方』


 次に、変える理由。


 祖母は、ゆっくり言った。


「古い座布団は強く押すと形が崩れそう」


 翔太が続ける。


「叔母の家の厚い玄関マットと、祖母の家の古い座布団では素材が違う」


 灯理は静かに聞いている。


 祖母は、最後に言葉を足した。


「守りたい感覚は、湿り、冷たさ、負担を見ること」


 書く。


『変える理由:古い座布団は強く押すと形が崩れそう。叔母の家の厚い玄関マットと、祖母の家の古い座布団では素材が違う。守りたい感覚は湿り・冷たさ・負担を見ること』


 最後に、返す声。


 祖母は、電話の向こうの翔太へ向けて言った。


「祖母の家では、厚い玄関マットは同じように見られた」


 翔太が復唱する。


「古い座布団は、押すのではなく手を置く形へ変えた」


 叔母が続ける。


「薄い台所マットには広げなかった」


 祖母は書く。


『返す声:祖母の家では、厚い玄関マットは同じように見られた。古い座布団は、押すのではなく手を置く形へ変えた。薄い台所マットには広げなかった』


 灯理は、祖母の紙を見ながら頷いた。


 母が電話越しに言った。


「カードにしましょうか」


 祖母は、電話台の紙をもう一枚出した。


 ゆっくり、見出しを書いた。


### 暮らしの手入れを自分の家で受け取り直すカード


#### 受け取り直す時


* 次の家から暮らしの手入れを見せてもらった

* 助かったところと広げなかった理由を聞いた

* 自分の家で試す

* 同じように使えるところがある

* 触り方を変えた方がよいところがある

* 増やさないところがある


#### 一緒に見ること


* 見せられた手入れ

* 自分の家の布

* 同じように使うところ

* 触り方を変えるところ

* 増やさないところ

* まだ見るところ

* 変える理由

* 返す声


#### 暮らしの受け取り直し欄


* 見せられた手入れ:

* 自分の家の布:

* 同じように使うところ:

* 触り方を変えるところ:

* 増やさないところ:

* まだ見るところ:

* 変える理由:

* 返す声:


 祖母は、今日の欄を清書した。


### 暮らしの受け取り直し欄


* 見せられた手入れ:手で持って重い布・乾きにくい布の日は真ん中も見る。念のため毎回、にはしない。薄い布や軽い布まで毎回増やさない


* 自分の家の布:厚い玄関マット。古い座布団。薄い台所マット


* 同じように使うところ:厚い玄関マットでは、端と真ん中を見る。薄い台所マットでは、端だけで見る


* 触り方を変えるところ:古い座布団は、真ん中を強く押さず、手を置いて冷たさを見る。持ち上げた時の重さを聞く。座った時の冷たさを聞く


* 増やさないところ:薄い台所マットまで毎回真ん中を見ない。古い座布団を強く押さない


* まだ見るところ:古い座布団の乾きにくい日。冬の湿り。中綿が偏らない触り方


* 変える理由:古い座布団は強く押すと形が崩れそう。叔母の家の厚い玄関マットと、祖母の家の古い座布団では素材が違う。守りたい感覚は湿り・冷たさ・負担を見ること


* 返す声:祖母の家では、厚い玄関マットは同じように見られた。古い座布団は、押すのではなく手を置く形へ変えた。薄い台所マットには広げなかった


 電話の向こうで、翔太が言った。


「おばあちゃん、触り方を変えたんだね」


「ええ。同じように見ようとしたけれど、同じ押し方では合わなかったの」


 叔母が少し申し訳なさそうに言った。


「私の家のマットとは違うものね」


 祖母は、首を横に振った。


「見せてもらった手入れが悪いのではないのよ。むしろ、広げなかった理由も見せてもらったから、私も変えていいのだと思えたわ」


 母が言った。


「変えることは、手入れを否定することではないのですね」


 祖母は、古い座布団にもう一度手を置いた。


「湿りを見ること、冷たさを見ること、負担を増やしすぎないこと。それは同じです」


 妹の声が明るく聞こえた。


「古いクッションは、ぎゅっと押さないで、そっと手を置く!」


 祖母は笑った。


「そうね。花の鉢と同じね。強く触ればいいわけではないものね」


 電話を切った後、祖母は縁側に戻った。


 厚い玄関マットは、もう少し干す。


 薄い台所マットは、取り込む。


 古い座布団は、端と真ん中に手を置いてから、もう少し風に当てる。


 押さない。


 手を置く。


 持ち上げた時の重さを聞く。


 座った時の冷たさを聞く。


 叔母の家から見せてもらった手入れは、祖母の家で少し形を変えた。


 けれど、意味は消えていない。


 湿りを見る。


 冷たさを見る。


 負担を増やしすぎない。


 布を傷めない。


 その意味が、祖母の家の布に合う形へ置き直された。


 祖母は電話台の記録を開き、最後に一文を書いた。


『見せられた暮らしの手入れを自分の家で受け取り直すことは、叔母の家から見せてもらった「重い布の日は真ん中も見る」を同じ触り方で守ることではなく、厚い玄関マットでは同じように使い、古い座布団では押さずに手を置く形へ変え、湿り・冷たさ・負担を見る意味を祖母の家に合う大きさで受け取ることだった』


 祖母は、その一文を読み返した。


「家に合う大きさで受け取る」


 その言葉が、電話台の記録の中で静かに残った。


 暮らしの手入れを見せてもらうと、同じようにやることが丁寧だと思うことがある。


 相手が試して、助かったと言っていたから。


 広げなかった理由まで教えてくれたから。


 だから、同じ触り方で守ろうとする。


 でも、家が違えば、布も違う。


 厚さも、古さも、乾き方も、手触りも違う。


 同じ玄関マットなら、同じように使える。


 けれど、古い座布団には、古い座布団に合う触り方がある。


 押すのではなく、手を置く。


 強さではなく、冷たさを聞く。


 決まった手順ではなく、守りたい感覚へ戻る。


 そうして、見せられた手入れは、祖母の家で息をし直す。


 夕方、白瀬灯理は祖母の家を出た。


 縁側には、まだ少し夕陽が残っていた。厚い玄関マットは風の通る場所に移され、薄い台所マットは畳まれている。古い座布団は、強く押されることなく、静かに日を受けていた。


 電話台には、新しいカードが置かれている。


『暮らしの手入れを自分の家で受け取り直す』


『同じように使うところ:厚い玄関マット、薄い台所マット』


『触り方を変えるところ:古い座布団』


『増やさないところ:薄い台所マットまで毎回真ん中を見ない。古い座布団を強く押さない』


 祖母が玄関まで見送りに来た。


「白瀬先生、ありがとうございました」


「こちらこそ、見せられた暮らしの手入れを、そのまま守るのではなく、祖母さんの家の布に合わせて受け取り直す時間を見せていただきました」


 灯理は静かに答えた。


 祖母は、電話台の記録を手に持っていた。


「先生、厚い玄関マットでは、叔母の家と同じように真ん中を見ることが助かりました」


「はい」


「でも、古い座布団では、同じように押すと形が崩れそうでした」


 灯理は頷いた。


 祖母は続けた。


「だから、押すのではなく、手を置くことにしました。持ち上げた時の重さや、座った時の冷たさも聞いてみます」


「それは、祖母さんの家の布に合う受け取り方ですね」


 祖母は少し微笑んだ。


「薄い台所マットには広げませんでした。毎回増やすと、暮らしが重くなりますから」


 灯理は、夕方の道を見た。


 見せられた暮らしの手入れを自分の家で受け取り直すことは、見せられた触り方をそのまま守ることではない。


 見せられた手入れは、大切である。


 重い布、乾きにくい布の日は真ん中も見る。


 念のため毎回にはしない。


 薄い布や軽い布まで毎回増やさない。


 その手入れは、祖母の家の入口になった。


 けれど、祖母の家には祖母の家の布がある。


 厚い玄関マット。


 古い座布団。


 薄い台所マット。


 同じように使えるところがある。


 変えた方がよいところがある。


 増やさないところがある。


 まだ見るところがある。


 大切なのは、触り方そのものを守ることではなく、守られていた意味を受け取ること。


 湿りを見る。


 冷たさを見る。


 負担を見る。


 暮らしを重くしすぎない。


 布を傷めない。


 その意味を頼りに、祖母の家に合う大きさへ置き直す。


 灯理は、祖母の家を一度振り返った。


 祖母の電話台の記録には、一文が残っている。


 見せられた暮らしの手入れを自分の家で受け取り直すことは、叔母の家から見せてもらった「重い布の日は真ん中も見る」を同じ触り方で守ることではなく、厚い玄関マットでは同じように使い、古い座布団では押さずに手を置く形へ変え、湿り・冷たさ・負担を見る意味を祖母の家に合う大きさで受け取ることだった。


 その言葉を胸に、灯理は静かな道をゆっくり歩いていった。

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