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旅する先生と、世界の教室  作者: 最後に残った形


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第33章 第3話:図書室の授業――声を出さない相談席


 昼休みの図書室には、紙の匂いと、ページをめくる音が静かに重なっていた。


 窓際の本棚には、春の光が斜めに差している。古い木の机には、小さな傷がいくつもあり、その上に返却された本が五冊、背表紙をそろえて置かれていた。


 図書室は、教室より少しだけ空気が軽い。


 話さなくてもよい場所。


 ひとりでいても、あまり目立たない場所。


 本を探しているふりをして、少し時間をやり過ごせる場所。


 紬にとって、図書室はそういう場所だった。


 井沢先生は、貸出カウンターの奥で返却本を確認していた。眼鏡の奥の目は穏やかで、声も大きすぎない。紬が何も言わずに入ってきても、いつも「こんにちは」とだけ言い、それ以上は追いかけてこない。


 その距離が、ありがたかった。


 紬は、カウンターの横に置いた紙袋から、白い厚紙を取り出した。


 そこには、昨日の夜に何度も書き直した文字がある。


『相談席』

『困ったことを書いてください』

『先生が読みます』


 文字は丁寧に書いた。


 怖く見えないように、丸みをつけた。


 下には、小さな鉛筆の絵も描いた。


 声を出さなくても困りごとを置ける場所を作りたい。


 成果共有会で、紬は「見るだけでも参加できた」とカードに書いた。


 その言葉を地域学習センターの外にも持っていけたらと思った。


 学校の中にも、声を出さなくても困りごとを置ける場所があったら。


 相談室へ行くほどではない。


 先生を呼び止めるほどでもない。


 でも、胸の中に少し重いものがある。


 そういう時に、何かを書いて置ける場所があったら。


 紬は、自分の経験を思い出した。


 見るだけ席。


 カードで参加すること。


 支援地図。


 相談カード。


 そのどれもが、声に出す前の場所を作ってくれた。


 だから、図書室にも小さく作りたいと思った。


 井沢先生が、紬の持ってきた厚紙を見た。


「作ってきてくれたんですね」


 紬は頷いた。


 声は出さず、カードを一枚差し出す。


『ここなら、話さなくても来られる人がいると思いました』


 井沢先生は、ゆっくり読んで頷いた。


「そうですね。図書室は、話すためではなく、いるために来る人もいますから」


 その言葉に、紬は少しほっとした。


 井沢先生は、窓際の小さな机を指した。


「あそこの席なら、少し奥まっています。入口からは見えすぎず、でも私からは様子がわかります」


 紬は、その席を見た。


 背の低い本棚の横。


 辞書の棚と、進路関係の本棚の間。


 人通りは多くない。


 座るだけなら目立ちにくい。


 そこに、相談席の札を置く。


 紬は、厚紙を小さなスタンドに入れ、机の上に置いた。


『相談席』

『困ったことを書いてください』

『先生が読みます』


 置いた瞬間、図書室の空気が少し変わった気がした。


 札は、思っていたより目立つ。


 白い机の上に、黒い文字。


 相談席。


 その言葉だけが、静かな図書室の中で少し大きく見えた。


 昼休みの生徒が数人、図書室に入ってきた。


 図書委員の二人が、返却本を棚へ戻し始める。


 ひとりが、窓際の机の札を見つけた。


「相談席?」


 もうひとりも見る。


「ここ、座っていいのかな」


「相談ある人用ってことじゃない?」


 その声は小さかった。


 でも、紬にははっきり聞こえた。


 別の生徒が本を探しながら、札の方をちらっと見て、少し離れた席へ座った。


 窓際のその机には、誰も近づかなかった。


 紬は、胸の中が少し固くなるのを感じた。


 声を出さなくてもいい席を作りたかった。


 でも、今の札は、座るだけで「相談があります」と言っているように見える。


 困ったことを書いてください。


 先生が読みます。


 それは、悪い言葉ではない。


 でも、そこに座るには、何か困っていなければならない。


 何かを書かなければならない。


 先生に読まれる覚悟が必要になる。


 静かに座りたいだけの日には、少し重い。


 図書委員の一人が、井沢先生に言った。


「先生、相談って書いてあると、座っただけで相談がある人みたいに見えます」


 紬は、はっと顔を上げた。


 自分が感じたことと同じだった。


 井沢先生は、図書委員の言葉を急いで否定しなかった。


「そう見える?」


「はい。あと、図書室で相談席って大きく書いてあると、ちょっと近づきにくいです」


 もう一人の図書委員も言った。


「本の紹介コーナーなら近づけるけど、相談席は……なんか、座るのに理由がいりそう」


 理由がいりそう。


 紬は、自分のカード入れを握った。


 見るだけ席は、理由を聞かれないから座れた。


 カード参加も、話せない理由を説明しなくてよかったから使えた。


 でも、この相談席は、理由を持って座る場所に見える。


 紬は、机の上の札を見つめた。


 自分なら、座れない。


 作った本人なのに、今のままなら座れない。


 井沢先生は、紬の様子を見て、そっと尋ねた。


「紬さん、今の札、少し重く感じますか」


 紬は、しばらく動けなかった。


 そして、カードにゆっくり書いた。


『声を出さなくてもいい席を作りたいのに、座るだけで何か言わなきゃいけない席に見えました』


 井沢先生は、カードを読んだ。


 その時、図書室の入口に白瀬灯理が現れた。


 黒い上着に、使い込まれた革の鞄。


 今日は井沢先生に招かれ、図書室の新しい取り組みを見に来ていた。灯理は、入口で軽く会釈し、足音を小さくしてカウンターの近くへ来た。


「こんにちは」


 井沢先生が言った。


「白瀬先生、ちょうど相談していたところです」


 紬は、灯理にカードを見せた。


 灯理は、急がずに読んだ。


『声を出さなくてもいい席を作りたいのに、座るだけで何か言わなきゃいけない席に見えました』


 灯理は、紬のカードを静かに受け止めた。


 そして、問いを返した。


「うん。では、相談の入口を作ることは、相談と大きく書いた席を置くことなのでしょうか」


 紬は、机の上の札を見た。


 相談と大きく書いた席。


 それがあれば、困っている人が見つけやすいと思った。


 でも、相談という言葉は重い。


 その言葉に近づくには、自分が相談する人だと認める必要がある。


 それができる人もいる。


 でも、できない人もいる。


 自分の困りごとが相談と呼べるほどかどうか、わからない人もいる。


 ただ少し疲れているだけ。


 誰かと話したいわけではないけれど、ひとりで抱え続けるのも苦しい。


 返事はいらないけれど、どこかに置きたい。


 そんな時、相談席という名前は、少し大きすぎる。


 灯理は、図書室をゆっくり見渡した。


 低い本棚。


 返却箱。


 しおり。


 本の紹介カード。


 貸出カウンター。


 窓際の椅子。


「図書室には、図書室の入口がありますね」


 灯理は言った。


「本を借りる入口。返す入口。探す入口。静かにいる入口。声を出さずに紙を差し込む入口」


 井沢先生が頷いた。


「返却箱やしおりは、図書室では自然ですね」


 図書委員が言った。


「本の紹介カードなら、みんな書きます」


 もう一人が続ける。


「しおり型のカードなら、目立ちにくいかも」


 紬は、その言葉に反応した。


 しおり型カード。


 相談用紙ではなく、しおり。


 図書室らしい形。


 机の上に大きく置くのではなく、本のそばに静かに置けるもの。


 灯理は、中央の閲覧机に紙を置いた。


『図書室でできる静かな入口』


 井沢先生がペンを持つ。


 図書委員たちも集まってきた。


 紬は、カード入れを机の上に置いた。


 まず、図書室の空気を見る。


『静かに読む』

『本を探す』

『ひとりでいる』

『司書に小さく聞く』

『書く』

『返却箱へ入れる』

『しおりを選ぶ』


 次に、相談席の重さ。


『座るだけで見られる』

『相談がある人に見える』

『何か書かなければいけない気がする』

『先生に読まれるのが怖い』

『困りごとが相談と呼べるかわからない』


 紬は、その一つ一つを見ていた。


 自分だけの感じ方ではなかった。


 図書委員も、井沢先生も、同じように見えている。


 灯理は言った。


「では、声を出さずに置ける入口を、図書室らしい形にするとしたら、どんなものが考えられますか」


 図書委員が言った。


「本のしおり型カード」


 井沢先生が書く。


『しおり型カード』


 もう一人が言う。


「本の気分カードみたいなの。今の気分に近い本を選ぶとか」


『気持ちに近い本カード』


 紬がカードを書いた。


『返事がほしいか、いらないか選びたいです』


 佐伯先生も、今日は途中から来る予定だった。


 相談カードの扱いを学校でどうするか確認するためだ。


 井沢先生は、紬のカードを読んで頷いた。


「返事がいる時と、ただ置きたい時は違いますね」


 紙に書かれる。


『返事はいらない』

『返事がほしい』


 灯理が言った。


「カードを誰が読むのかも、大事ですね」


 図書委員の一人が、少し慌てた。


「私たちは読まない方がいいです」


「どうしてですか」


 井沢先生が優しく尋ねる。


「読んだら、どうしたらいいかわからないし、友だちの悩みだったら困ります」


 もう一人も頷いた。


「図書委員が相談を持つのは、重いです」


 紬は、その言葉に強く頷いた。


 相談カードは、受け取った人が一人で抱えないことが大事だった。


 第31章で、佐伯先生たちと見直した。


 書けた。


 受け取った。


 職員につないだ。


 一人で抱えなかった。


 図書室でも、図書委員が抱えてはいけない。


 井沢先生は、はっきり言った。


「図書委員は、カードを読みません。封筒のまま私へ渡す役割にします」


 図書委員たちは、少しほっとした顔をした。


「それならできます」


「封筒を返却箱から出して、先生へ渡すだけなら」


 灯理は頷いた。


「役割を小さくすると、関われる人が増えますね」


 ちょうどその時、佐伯先生が図書室に入ってきた。


「遅くなりました」


 井沢先生が、今の話を説明する。


 佐伯先生は、しおり型カードの案を見て頷いた。


「相談内容によっては、すぐ対応が必要なものもあります。その場合のルールも必要ですね」


 紙に新しい欄が加わる。


『すぐ先生に渡すカード』

『次の休み時間に確認するカード』

『返事はいらないカード』

『返事がほしいカード』

『名前を書く』

『名前を書かない』

『緊急の時はカウンターへ』


 紬は、緊急という言葉を見て少し身を固くした。


 佐伯先生は、それに気づいて声を少しやわらげた。


「すべてを大きな相談にするためではありません。大人が急いで気づく必要がある時に、遅れないようにするためです」


 紬は、小さく頷いた。


 安全のためのルール。


 でも、入口を重くしすぎないこと。


 その両方が必要だった。


 灯理は、最初の『相談席』の札をそっと机の端へ置いた。


「この札に入っていた願いは何でしょう」


 井沢先生が言った。


「声を出さなくても困りごとを置けること」


 紬がカードを書く。


『ひとりで抱えなくてよいこと』


 図書委員が言う。


「図書室でも、静かに助けを求められること」


 佐伯先生が言う。


「必要な時は、大人へつながること」


 灯理は頷いた。


「では、その願いを図書室の形へ移しましょう」


 新しい名前を考えることになった。


『相談席』では重い。


『困りごと箱』も少し直接的。


『静かなカード』は、少し何のカードかわかりにくい。


 図書委員の一人が言った。


「よりみち棚はどうですか」


 紬は、その言葉を聞いて少し顔を上げた。


 よりみち。


 地域学習センターのよりみち縁側にもつながる。


 でも、図書室の棚にも合う。


 井沢先生が微笑んだ。


「いいですね。ただ、学校全体に広げるなら、もう少し図書室らしい名前でもよいかもしれません」


 前の席に座っていた別の生徒が、本を閉じて小さく言った。


「ひと息棚、とか」


 みんなが、その言葉を見るように黙った。


 ひと息棚。


 相談とまでは言わない。


 困りごとと大きく掲げない。


 ただ、ひと息つける棚。


 そこにカードを置くこともできる。


 ただ座ることもできる。


 紬は、カードに書いた。


『ひと息棚がいいです』


 井沢先生が頷いた。


「では、名前は『ひと息棚』にしましょう」


 机は、席ではなく棚になる。


 窓際の小さな机の横に、低い本棚の一段を空ける。


 そこに、しおり型カードを置く。


 カードは四種類。


『今の気分に近い本を探したい』

『話さなくても置けるカード』

『先生に読んでほしいカード』

『返事はいらないカード』

『返事がほしいカード』


 さらに、ただ座るための小さな札。


『ここで本を読んでも、何も書かなくても大丈夫です』


 紬は、その文を見て、肩の力が少し抜けた。


 何も書かなくても大丈夫。


 それがあるだけで、席は少し軽くなる。


 図書委員たちは、封筒の扱いを確認した。


 カード用の小さな封筒を棚に置く。


 封をしたカードは、図書委員が読まずに、返却箱の横の青い箱へ入れる。


 青い箱は、井沢先生だけが開ける。


 井沢先生は、必要に応じて佐伯先生につなぐ。


 返事がほしいカードには、返事の受け取り方法を書く。


『図書室で受け取る』

『担任の先生から』

『佐伯先生から』

『返事はいらない』


 匿名でも出せる。


 でも、返事が必要な場合は、名前か受け取り方法を書く。


 緊急の時は、カードではなくカウンターか近くの先生へ。


 図書室らしい静かな入口と、安全のためのルール。


 その両方が、小さな棚の中に収まっていく。


 紬は、しおり型カードの見本を作ることになった。


 細長い紙に、小さな本の絵を描く。


 上には、


『ひと息カード』


 と書く。


 選べる欄。


『ただ置く』

『先生に読んでほしい』

『返事はいらない』

『返事がほしい』

『今は本を探したい』

『ただ座る』


 裏面には、小さくこう書く。


『声に出さなくても大丈夫です』

『図書委員は読みません』

『困ったことを一人で持たなくてよいように、必要な時は先生へつなぎます』


 図書委員の一人が、それを読んで言った。


「図書委員は読みません、って書いてあるの助かります」


 もう一人も頷いた。


「書く人も、私たちも安心する」


 紬は、その言葉に頷いた。


 相談する人だけではなく、受け取る側も守る。


 それは、よりみち縁側で何度も学んできたことだった。


 放課後、ひと息棚の仮設置をした。


 窓際の本棚の一段に、しおり型カードが並ぶ。


 小さな青い箱。


 封筒。


 気持ちに近い本カード。


『落ち着きたい時』

『笑いたい時』

『少し遠くへ行きたい時』

『誰かの話を聞きたい時』

『何も考えたくない時』


 本の紹介カードに混ざって、ひと息カードがある。


 でも、目立ちすぎない。


 座る席には、大きな札ではなく、小さな木のスタンドだけが置かれた。


『ここで本を読んでも、何も書かなくても大丈夫です』


 さっきの相談席とは違う。


 座るための理由が、少し広がった。


 本を読む。


 しおりを選ぶ。


 カードを置く。


 何も書かない。


 ただ座る。


 どれでもよい。


 試しに、一人の生徒が近づいてきた。


 その子は、本を探すふりをしながら、ひと息棚のカードを見た。


 すぐには取らない。


 でも、離れなかった。


 少しして、『落ち着きたい時』の本カードを一枚取った。


 井沢先生は、声をかけなかった。


 その子は、窓際の席に座り、本を開いた。


 何も書かなかった。


 それでも、ひと息棚は使われた気がした。


 紬は、その様子を少し離れた場所から見ていた。


 胸の中に、静かなあたたかさが広がった。


 声に出さなくても、何かが置ける。


 書かなくても、そこにいられる。


 相談と呼ばなくても、少し息ができる。


 それが、図書室に合う形だった。


 井沢先生が、紬に尋ねた。


「紬さん、最後に一枚、棚に置く言葉を書いてもらえますか」


 紬は、しおり型カードを一枚取った。


 ゆっくりペンを動かす。


『声に出さなくても、困ったことが本の間に少し置ける場所になった』


 書き終えると、そのカードをひと息棚の端に置いた。


 大きく掲示するのではなく、しおりの一枚として。


 本の間に、そっと。


 夜、白瀬灯理は学校図書室を出た。


 廊下には、放課後の静けさが流れている。窓の外では、校庭の端に長い影が伸びていた。図書室のガラス越しに、ひと息棚が見える。低い本棚の一段に、細いしおり型カードと青い箱が並んでいる。


 井沢先生と佐伯先生、紬が、図書室の入口まで見送りに来た。


「白瀬先生、ありがとうございました」


 井沢先生が言った。


「こちらこそ、図書室の空気に合う静かな入口ができていく時間を一緒に見せていただきました」


 灯理は静かに答えた。


 佐伯先生は、ひと息棚を振り返った。


「学校の中に相談の入口を増やしたいと思うと、どうしても『相談』と書きたくなります。でも、その言葉が重くなることもあるんですね」


 紬はカードを書いた。


 佐伯先生が読む。


「『相談と書いていない方が、置けることがあります』」


 井沢先生が頷いた。


「図書室では、相談席より、ひと息棚でしたね」


 紬は、もう一枚カードを書いた。


「『座っても、何も書かなくてもいいのがよかったです』」


 灯理は、紬のカードを静かに見た。


 外には、夕方の風が流れていた。


 図書室の中では、図書委員が青い箱の位置をもう少し見えにくい場所へ調整している。


「ここなら、カードを入れるところが入口から見えすぎない」


「でも、先生はわかる」


 井沢先生が頷く。


「いいですね」


 相談の入口を作ることは、相談と大きく書いた席を置くことだけではない。


 相談という言葉が必要な時もある。


 助けを求める道をはっきり示すことは、大切だ。


 緊急の時に、迷わず大人へつながる仕組みも必要だ。


 けれど、すべての困りごとが、最初から相談という形をしているわけではない。


 まだ言葉にならない違和感。


 少し疲れた気持ち。


 誰にも言うほどではないと思ってしまう重さ。


 返事はいらないけれど、どこかに置きたいこと。


 ただ静かに座って、息を整えたい時間。


 そういうものには、その場所の空気に合う入口がいる。


 図書室なら、しおり。


 本の紹介カード。


 返却箱。


 低い棚。


 静かな席。


 声を出さずに紙を差し込む箱。


 そして、何も書かなくてもよいという言葉。


 困りごとを受け取る側も、一人で抱え込まない。


 図書委員は読まない。


 井沢先生へ渡す。


 必要なら佐伯先生へつなぐ。


 返事がほしいか、いらないかを選べる。


 匿名で置けるものと、名前が必要なものを分ける。


 静かな入口は、ただ小さいだけではない。


 書く人と受け取る人の両方を守る、小さな仕組みだった。


 灯理は、夕方の廊下から図書室を振り返った。


 ひと息棚の端には、紬のしおり型カードが一枚残っている。


 声に出さなくても、困ったことが本の間に少し置ける場所になった。


 その言葉を胸に、灯理は静かな道をゆっくり歩いていった。

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