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旅する先生と、世界の教室  作者: 最後に残った形


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第21章 第1話:本人の意思の授業――選べない同意書


 莉央は、同意書の上に置かれたペンを見つめていた。


 病院の説明室は、白かった。


 白い壁。


 白い机。


 白いカーテン。


 消毒液の匂い。


 空調の低い音。


 窓の外には、病棟の中庭が見えた。花壇には黄色い花が咲いているのに、ガラス越しの色は少し遠く見えた。


 机の向こうには、主治医の藤堂先生が座っている。


 その隣には、看護師。


 左側には母。


 莉央の前には、説明資料が何枚も並んでいた。


 治療方針。


 期待される効果。


 副作用。


 治療期間。


 注意事項。


 検査予定。


 そして、一番上に置かれた同意書。


 莉央の名前を書く欄がある。


 保護者の署名欄もある。


 そこにペンを走らせれば、次の治療が始まる。


 始まってしまう。


 藤堂先生は、ゆっくり説明してくれていた。


「今回提案している治療は、今の状態を安定させるための選択肢の一つです。これまでの治療で一定の効果はありましたが、再び悪化する可能性もあります。新しい治療を加えることで、そのリスクを下げられると考えています」


 声は穏やかだった。


 難しい言葉を避けようとしているのもわかった。


 でも、莉央の耳には、言葉が水の中の音のように届いていた。


 安定。


 リスク。


 副作用。


 効果。


 可能性。


 治療期間。


 どれも大事な言葉なのだろう。


 でも、莉央の胸の中で一番大きかったのは、別の言葉だった。


 また。


 また、入院するのかもしれない。


 また、学校を休むのかもしれない。


 また、友だちに説明しなければならないのかもしれない。


 また、行事に出られないのかもしれない。


 また、母が疲れた顔で笑うのかもしれない。


 藤堂先生は資料を指した。


「副作用についても説明します。人によって出方は違いますが、吐き気やだるさ、発熱、髪の変化などが起こる可能性があります」


 髪。


 莉央の指が、膝の上で制服のスカートを握った。


 髪が抜けるかもしれないとは、前にも聞いていた。


 でも、資料の文字として見ると、急に現実のものになった。


 クラスの子に見られる。


 何か言われる。


 気を遣われる。


 かわいそう、と思われる。


 莉央は、それが怖かった。


 病気そのものより怖いと言ったら、怒られるだろうか。


 命や体のことを考えなければならない場面で、髪や学校行事のことを考える自分は、わがままなのだろうか。


 母が、莉央の横で身を乗り出した。


「先生、この治療をした方がいいんですよね」


 藤堂先生は少し考えてから答えた。


「医学的には、今の段階で選択肢として十分検討する価値があります。ただ、本人の負担もありますので、莉央さんとご家族で確認しながら決めていきたいと思っています」


 母は頷いた。


「莉央のためなら、できることはしたいです」


 莉央のため。


 その言葉が、莉央の胸を少し締めつけた。


 母は悪くない。


 母はずっと一緒にいてくれた。


 夜中に熱が出た時も、検査の結果を待つ時も、入院中に眠れなかった時も、母はそばにいた。


 だから、母を困らせたくない。


 母をがっかりさせたくない。


 でも、怖い。


 治療が怖い。


 副作用が怖い。


 学校に戻れなくなるのが怖い。


 友だちの中で、自分だけ違う時間を生きるのが怖い。


 藤堂先生が言った。


「今日は、この同意書を持ち帰っていただいても構いません。ただ、治療開始の時期を考えると、来週までにはお返事をいただけると助かります」


 母が、莉央の方を見た。


「莉央、どうする?」


 どうする。


 その言葉が、あまりにも大きかった。


 莉央はペンを見た。


 持てなかった。


 指が動かない。


 母は、少し焦ったように言った。


「怖いのはわかるけど、ちゃんと治すためだから」


 ちゃんと。


 莉央の中で、その言葉だけが鋭く残った。


 ちゃんとって、何。


 治療を受けること。


 怖くても頷くこと。


 母を安心させること。


 先生の説明を理解したふりをすること。


 同意書に名前を書くこと。


 莉央は、何も言えなかった。


 ペンは、同意書の上に置かれたままだった。


 その日の午後、莉央は病院内学級の小さな教室にいた。


 病棟の一角にある教室には、低い本棚と小さな机がいくつか並んでいる。窓辺には、入院している子どもたちが作った紙の花が飾られていた。


 病院内学級の片瀬先生は、莉央に数学のプリントを出した。


 けれど、莉央の鉛筆は動かなかった。


 片瀬先生は、無理に解かせなかった。


 莉央の顔を見て、そっとプリントを裏返した。


「今日は、勉強の前に少し休みましょうか」


 莉央は小さく頷いた。


 片瀬先生は、第18章の病院内学級で灯理と出会って以来、学習支援だけではなく、子どもが病気の中でも自分の世界とつながる時間を大切にするようになっていた。


 学校の勉強。


 友だちとのつながり。


 病室から見える行事。


 手紙。


 応援旗。


 それらは、治療とは別のようでいて、本人が生きる力を支えるものだった。


 教室の扉がノックされた。


 入ってきたのは、白瀬灯理だった。


 黒い上着に、使い込まれた革の鞄。


 病院内学級の学習支援の相談で来ている先生だった。


 灯理は、莉央の前にある裏返されたプリントを見た。


 そして、机の端に置かれた説明資料の封筒にも気づいた。


「莉央さん、今日はたくさん説明を聞いたのですね」


 莉央は、少しだけ頷いた。


「はい」


 声が自分のものではないみたいに小さかった。


 片瀬先生が、莉央の様子を見ながら言った。


「新しい治療の説明があったそうです」


 莉央は、膝の上で手を握った。


 しばらく黙った後、ぽつりと言った。


「先生、選ばなきゃいけないのに、どっちを選んでも怖いんです」


 言葉にした途端、目の奥が熱くなった。


 治療を受けるのも怖い。


 受けないのも怖い。


 頷くのも怖い。


 迷っていると思われるのも怖い。


 母を心配させるのも怖い。


 自分で決めたことの責任を持つのも怖い。


 灯理は、莉央の言葉を急いでほどこうとはしなかった。


 静かに、問いを返した。


「うん。では、選ぶことは、怖くない答えを見つけることだけなのでしょうか」


 莉央は、顔を上げた。


「怖くない答え?」


「はい」


「そんなの、ないです」


「そう感じているのですね」


「どっちも怖いです」


「はい」


「じゃあ、どう選べばいいんですか」


 灯理は、同意書の入った封筒を見た。


「署名するかしないかの前に、莉央さんが何を怖がっているのか、何を大切にしたいのかを、少し整理してみませんか」


 片瀬先生が頷き、色のついたカードを机に並べた。


 灯理は、白い紙に大きく書いた。


『わかっていること』

『まだわからないこと』

『怖いこと』

『続けたい生活』

『学校で失いたくない時間』

『家族にわかってほしいこと』

『先生に聞きたいこと』

『今すぐ決められること』

『もう少し時間が必要なこと』

『自分で言いたい言葉』

『代わりに言ってほしい言葉』


 莉央は、その項目を見つめた。


 治療するか、しないか。


 それだけではなかった。


 選ぶ前に、こんなに考えてよいことがあるのかと思った。


「全部、書くんですか」


「書けるところからで大丈夫です」


「間違ってたら?」


「間違いを探す紙ではありません」


 灯理は言った。


「莉央さんの中にあるものを、見えるようにする紙です」


 莉央は、黄色いカードを取った。


『怖いこと』


 最初に書いた。


『髪が抜けるかもしれないこと』


 書いた瞬間、胸がきゅっとした。


 こんなことを書いていいのだろうか。


 でも、灯理も片瀬先生も止めなかった。


 莉央は次のカードを取った。


『友だちに説明するのが怖い』

『また運動会に出られないかもしれない』

『副作用で学校に行けなくなること』

『母をがっかりさせること』

『先生の説明が難しくて、わかったふりをしてしまうこと』

『質問したら、治療したくないと思われそうなこと』


 書くたびに、莉央の呼吸が少し荒くなった。


 片瀬先生が、そっと水を渡した。


「休みながらでいいですよ」


 莉央は水を飲み、次に青いカードを取った。


『続けたい生活』


 少し考えて書く。


『学校に行きたい』

『昼休みに友だちと話したい』

『体育は全部無理でも、見学だけじゃなく何か参加したい』

『髪のことを勝手にみんなに言われたくない』

『勉強が遅れても、戻れる場所がほしい』

『母に、病気の話だけじゃなく普通の話もしてほしい』


 最後の一文を書いた時、莉央は少し恥ずかしくなった。


 でも、それも本当だった。


 家で母は、薬の時間、体調、検査、食事、睡眠の話ばかりする。


 心配してくれているからだとわかっている。


 でも、莉央は時々、自分が病気だけになってしまったように感じた。


 次に、緑のカード。


『先生に聞きたいこと』


『副作用はどのくらい続くのか』

『髪は本当に抜けるのか』

『抜けた時、学校にはどう説明すればいいのか』

『運動会の日に体調が悪かったら、何か別の参加方法はあるのか』

『治療を始める日を、行事の後にできるのか』

『わからないことを何回聞いてもいいのか』


 莉央は、書いたカードを机の上に並べた。


 それは、治療を拒否する言葉ではなかった。


 治療を受けると決める言葉でもなかった。


 でも、自分の中にあった怖さと大切なことが、初めて外に出た。


 片瀬先生は、カードを見ながら言った。


「莉央さんは、治療が嫌だと言いたいだけではないのですね」


 莉央は、少し考えてから頷いた。


「嫌じゃないっていうか……治したいです。でも、何が変わるのかわからないまま、はいって言うのが怖いです」


 灯理は言った。


「その言葉を、次の説明の場で使えそうですか」


 莉央は首を横に振りかけた。


 でも、途中で止めた。


「一人では無理かもしれない」


「では、誰にそばにいてほしいですか」


「片瀬先生」


 片瀬先生は、ゆっくり頷いた。


「一緒に行きましょう」


「あと、母にも先に見せたいです」


 灯理は、カードをまとめるための確認メモを用意した。


 莉央は、カードの中から特に大事なものを選んだ。


『治療が嫌なのではなく、何を失うのかわからないまま決めるのが怖い』

『髪や学校のことも、私には大事』

『質問しても治療を拒否していると思わないでほしい』

『母には、病気以外の私の話も聞いてほしい』

『すぐ署名する前に、もう一度説明を聞きたい』


 その日の夕方、母が病院内学級へ迎えに来た。


 莉央は、確認メモを持っていた。


 母は、莉央の顔を見るなり言った。


「大丈夫? 疲れた?」


 莉央は、いつものように「大丈夫」と言いかけた。


 でも、言葉を変えた。


「大丈夫じゃないかも」


 母の表情が揺れた。


「莉央?」


「これ、読んでほしい」


 莉央は、確認メモを差し出した。


 母は受け取り、椅子に座って読んだ。


 最初の行で、母の指が止まった。


『治療が嫌なのではなく、何を失うのかわからないまま決めるのが怖い』


 母は、次の行を読む。


『髪や学校のことも、私には大事』


 さらに読む。


『母には、病気以外の私の話も聞いてほしい』


 母の目が、少し赤くなった。


「莉央」


 母は、メモを握ったまま言った。


「お母さん、治すことばかり考えてた」


 莉央は、膝の上で手を握った。


「うん」


「莉央のためって言いながら、莉央が何を怖がってるか、ちゃんと聞けてなかったかもしれない」


 莉央は、うつむいた。


「お母さんを困らせたいわけじゃない」


「うん」


「治療したくないって決めたわけでもない」


「うん」


「でも、怖いって言ったら、お母さんが悲しむと思った」


 母は、メモを机に置き、莉央の手にそっと触れた。


「怖いって言っていいよ」


 その言葉を聞いた瞬間、莉央の目から涙が落ちた。


 母も泣きそうな顔になった。


「怖いまま、一緒に聞こう」


 莉央は、小さく頷いた。


 翌日、再説明の場が設けられた。


 説明室には、藤堂先生、看護師、母、莉央、片瀬先生、そして灯理がいた。


 机の上には、同意書ではなく、莉央の確認メモが置かれている。


 藤堂先生は、そのメモを事前に読んでいた。


 最初に言った。


「莉央さん、昨日の説明は、治療の医学的な内容に偏っていたかもしれません。今日は、莉央さんの生活に関わることも一緒に確認しましょう」


 莉央は、確認メモを握った。


 手は震えている。


 でも、今日はペンではなく、自分の言葉を持っている。


 莉央は、ゆっくり言った。


「治療が嫌なんじゃなくて、私が何を失うのかを知らないまま決めるのが怖いです」


 言えた。


 説明室の空気が、少し変わった。


 藤堂先生は頷いた。


「大事なことを言ってくれてありがとう」


 莉央は、次のメモを見た。


「髪のことも、学校のことも、私には大事です。そんなことって思わないでほしいです」


 藤堂先生は、資料を一枚取り出した。


「もちろんです。副作用として髪に変化が出る可能性はあります。ただ、全員に同じように出るわけではありません。出た場合のケアや、学校への説明の仕方も一緒に考えられます」


 看護師が言った。


「ウィッグや帽子、学校との相談もできます。莉央さんが誰にどこまで伝えたいかを確認しながら進めましょう」


 片瀬先生も続けた。


「学校生活については、病院内学級と在籍校で連絡を取りながら、行事への参加方法や学習のつなぎ方を考えられます」


 莉央は、少し息を吸った。


「運動会の日、もし体調が悪かったら、何もできないんですか」


 藤堂先生は、すぐには答えを決めなかった。


「治療の予定と体調次第です。日程の調整ができるか、確認しましょう。全部参加が難しくても、見学だけでなく、係や応援など、負担の少ない形を学校と相談できるかもしれません」


 莉央は、メモに小さく丸をつけた。


 質問しても、怒られなかった。


 治療を拒んでいると思われなかった。


 わからないことを聞くことは、同意を邪魔することではなかった。


 藤堂先生は、説明資料を莉央向けに書き直した確認カードを出した。


『この治療で期待すること』

『体に起こるかもしれないこと』

『学校生活で相談できること』

『困った時に連絡する人』

『まだ決めなくてよいこと』

『次回までに考えること』


 難しい言葉には、短い説明がついている。


 莉央は、それを一つずつ読んだ。


 完全に怖さが消えたわけではない。


 治療はまだ怖い。


 副作用も怖い。


 学校のことも不安だ。


 でも、昨日までとは違った。


 怖いものが、机の上に置かれている。


 母も、医師も、先生も、それを一緒に見ている。


 藤堂先生は最後に言った。


「同意書は、今日この場で急いで書かなくて大丈夫です。今日の説明を持ち帰って、莉央さんとお母さんで話してください。次回、また確認しましょう」


 母が頷いた。


「はい」


 莉央も、小さく頷いた。


 選ばされるのではない。


 一緒に考える時間がある。


 それだけで、同意書の白さは少し変わって見えた。


 数日後、莉央は病院内学級で確認メモを見直していた。


 カードは少し増えている。


『母に言えたこと』

『先生に聞けたこと』

『まだ怖いこと』

『次に聞くこと』

『学校に伝える範囲』


 片瀬先生は、莉央に学校の友だちへ出す手紙の案を見せた。


 病気の詳しい説明を全部書く必要はない。


 莉央が伝えたいことだけを書く。


『しばらく治療で休む日があるかもしれません』

『体調によって行事の参加方法が変わるかもしれません』

『聞かれて困ることは、今は答えられないこともあります』

『でも、普通の話もしてほしいです』


 莉央は、その最後の一文を見て少し笑った。


「普通の話もしてほしい」


「大事ですね」


「はい」


 莉央は、確認メモの最後に新しい一文を書いた。


『怖いままでも、私の言葉で聞いていい』


 書いた後、しばらくその文字を見ていた。


 怖いままでも。


 それが大事だった。


 怖さが消えたから選べるのではない。


 怖さを隠さず、聞きたいことを聞き、大切なことを伝えながら、少しずつ選ぶ。


 それが、今の莉央にできる選び方だった。


 夕方、灯理は病院の廊下を歩いていた。


 窓の外の中庭には、黄色い花が夕方の光を受けている。廊下の奥では、ワゴンの車輪の音が小さく響いていた。


 藤堂先生が、説明室の前で灯理に声をかけた。


「白瀬先生、ありがとうございました」


「こちらこそ、莉央さんの言葉を一緒に聞かせていただきました」


 藤堂先生は、手元の確認カードを見た。


「私は、丁寧に説明しているつもりでした」


「はい」


「けれど、医学的な説明が本人の生活に届いていないことがあるのですね。効果やリスクを話すだけでは、本人が何を失うことを怖がっているのかが見えない」


 灯理は頷いた。


「同意は、署名だけではなく、理解と問いの積み重ねでもありますね」


「はい。これからは、説明の最後に『質問はありますか』と聞くだけでなく、本人が質問を作れる時間も大切にしたいと思います」


 少し離れた場所で、母と莉央が病院内学級から出てきた。


 莉央は、確認メモをファイルに入れて抱えている。


 母は、莉央に何かを話していた。


 薬の話ではないようだった。


 莉央が少し笑った。


 その笑顔を見て、片瀬先生が灯理の横で静かに言った。


「病院内学級は、勉強をつなぐ場所だと思っていました」


「はい」


「でも今日、本人が自分の言葉をつなぐ場所でもあるのだと思いました」


 灯理は、中庭を見た。


 ガラスの向こうで、黄色い花が風に揺れている。


 夜、灯理は病院を出た。


 玄関の自動ドアが開くと、外の空気は少し湿っていた。救急車のサイレンが遠くで一度響き、すぐに小さくなっていく。


 鞄の中には、高校の進路指導室から届いた依頼状が入っている。


 けれど、まだ開かなかった。


 本人の意思を学ぶことは、同意書に名前を書くことだけではない。


 はい、と言うこと。


 いいえ、と言うこと。


 そのどちらかを急ぐ前に、見なければならないものがある。


 何が怖いのか。


 何を続けたいのか。


 何を失うと思っているのか。


 誰にわかってほしいのか。


 どの言葉が難しいのか。


 どの質問を飲み込んでいるのか。


 怖さは、選択の邪魔ではない。


 怖さの中に、その人が大切にしているものが隠れていることがある。


 治療を支えることは、体だけを見ることではない。


 学校へ戻る時間。


 友だちとの距離。


 髪を触る指。


 母との会話。


 行事への小さな参加。


 わかったふりをしないための質問。


 それらも、その人の治療のそばにある。


 灯理は、病棟の明かりを振り返った。


 そのどこかの小さな教室で、莉央の確認メモがファイルに挟まれている。


 そこには、莉央の字で一文が残っている。


 怖いままでも、私の言葉で聞いていい。


 その言葉を胸に、灯理は静かな道をゆっくり歩いていった。

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