第九章:咆哮の記憶
廃墟となった施設の中に、静かな冷気が漂っていた。天井は抜け、壁には裂け目が走っている。かつては最先端の技術が詰まっていたであろうこの空間も、今はただの残骸に過ぎなかった。
「ここ……間違いないのか?」
青井が瓦礫を避けながら進む。
「前回、あの壊れたPCから抽出されたログの発信元だ。過去に使われていたサーバー室と見て間違いない」
霧島は端末を片手に、慎重に足を進めた。
「……残ってるといいんだけどな」
研究員が、崩れかけた機器を覗き込む。
「ここ、まだ生きてる可能性あります。記録媒体……多分、ハードディスクの一部が……」
彼は慎重に機材を抜き出し、霧島に差し出した。
「すぐ復元にかかります」
数分後、端末の画面に黒地のコマンドログが流れ、ひとつの名称が浮かび上がった。
──【α-06】
「……新しい名前だな」
青井がつぶやく。
霧島はログを辿り、無数のデータファイルに目を通した。
生体実験、遺伝子強化、異常な再生力、攻撃性──その記録は、明らかに今までの個体とは異質だった。
「α-06……従来の実験体とはプロトコルが違う」
「それが、まだ“動いている”と?」
研究員が顔を青くしながら尋ねた。
「……可能性はある。これを見ろ」
霧島は一枚の監視カメラ映像を開いた。
ぼやけた映像の奥で、異形の影が檻を破り、奥の通路へと消えていく。
そのとき、霧島の端末が震えた。
画面には【吉良園子】の名が表示されていた。
「霧島。ログ、見たんでしょうね」
映像に映る吉良の声は冷静で、どこか緊迫していた。
「はい。新たな個体が確認されました。名称はα-06。今のところ生存の可能性が高いです」
「聞いたことのない名前ね……α系列はα-37までしか報告されてなかったはずよ?」
「おそらく、意図的に情報が隠されていたものかと。記録はこの施設の奥から見つかりました」
吉良は一瞬黙り込んだあと、声を落とした。
「……そのログ、こちらでも分析するわ。とにかく、そちらは一刻も早く行動して。公安が本格的に動き出す前に、情報を握っておきたいのよ」
「了解しました」
吉良の映像が切れると、白猫がどこからともなく姿を現した。天井の梁から静かに降り立ち、霧島たちの前に立つ。
「……また現れたか」
霧島はその白く輝く毛並みを見つめた。
「誘導されてる……そんな感じだな」
青井が猫を見つめる目に、僅かな警戒を滲ませた。
白猫は一度だけ振り返り、しっぽを大きく揺らしてから闇の中へと歩き出す。
その仕草には、まるで「ついてこい」とでも言わんばかりの意思があった。
「……行くぞ。あの猫は、何かを知ってる」
霧島は言うと、白猫の後を追った。
残された研究員が、震える声で呟いた。
「まるで……あの猫が、この計画の管理者だったみたいだな……」
闇の向こうへと踏み出す霧島の背中が、静かに消えていった。
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