第一話 開眼
数多くの作品の中から見つけていただきありがとうございます。
出来る限りの連載していくので、最後まで読んでいただければ幸いです。
黒色の中に月と星だけが輝く空の下、一人の少女が必死に走っている。
よく見ると、その体には多くの傷がついており、傷口から出た血が彼女の服を所々赤く染め上げていた。
住宅街の中を彼女は走っている。
建ち並ぶ家の窓からは、光がこぼれており、無機質な外とは違い、家族団欒の暖かい空気が感じられる。
周りを注意深く確認しながら、少女は一つの家の前で走るのをやめる。
「………もう………走るのも限界」
肩で息をしながら、彼女はその家を眺める。
黒目が時計の文字盤になっているその眼には強い意思が込められているが、微かな迷いが見られる。
「生き残るには、隠れるしかないか」
彼女は迷いを振り払うように唾を飲み込み、再び歩き出す。
今度は道ではなく、一つの家へと歩みを向けて。
「何も関係のないあなた達を巻き込んでしまって、ごめんなさい」
そう言いながら、彼女はドアを開け、家に入った。
その時、彼女の眼の時計の針が動いていた。
* * *
まだはっきりとしない意識の中、言うことを聞かない体を無理矢理動かして、階段を降りる。
足取りは重く、動きも鈍い。
体に残る眠気が溢れるように、口から大きなあくびが出る。
そして、辿り着いた部屋に入る。
「おはよう」
「おはよう、お兄ちゃん。眠そうだけど、どうせまた夜ふかしでもしてたんでしょ?」
その部屋には既に一人、席について食事をしている人がいた。
伊崎去時音、俺の妹だ。
今年で高一になり、俺と同じ高校に通っている。
「買ったばかりのゲームがあってな、やってたら外が明るくなってた」
俺は苦笑いで、夜ふかししていた事実を告白する。
朝食を準備して、俺も食べるために席に着こうとすると、不意に目の奥に痛みを感じる。
「いって。………ずっとゲームやってたからか、なんか目が痛いな」
「眼精疲労ってやつじゃない?」
「今日は早めに寝るかなぁ」
そして、俺は急ぎ気味に朝食を食べる。
去時音は食べ終わったようで、俺より一足先に席を立つ。
「じゃ、私は食べ終わったから、学校行く支度するね」
「え、ちょっ、今日母さんは………」
俺は食べるのを一旦やめ、妹に質問する。
「仕事だからもう出掛けたよ」
去時音は優しい笑顔を浮かべながら、キッチンから出ていく。
対して、俺の顔は苦笑いを浮かべている。
「てことは、皿洗いが俺の仕事になってるじゃねぇか!」
母が仕事で早く出る場合は、最後に食べた人が皿を洗う。
そのルールに則ると、寝坊し、急いで朝食を食べている俺が、皿洗いという追加の家事までやらないといけないことになってくる。
ただでさえ、寝坊して急いでギリギリなのに、皿洗いまでしていたら、時間に間に合うかどうか分からない。
俺は最初よりもさらに急いで朝食を食べ、皿洗いをし、他の身支度も終らせ、なんとか学校に間に合うギリギリの時間に家を出た。
去時音と一緒に。
「性格悪くないか?」
俺は学校への道を歩きながら、隣を歩く妹へと指摘をする。
こいつは、朝食を食べた時点で制服に着替え終っていて、あとは自分の部屋から荷物を持ってくるだけだったにも関わらず、時間ギリギリの俺が急いで駆けずり回っているのをニコニコと見ていやがった。
「ギリギリになったのは寝坊したからで、寝坊したのはお兄ちゃんが夜更かししてたからでしょ。私はお兄ちゃんの夜更かし癖が治るかと思って、やっただけです」
去時音は、またしても笑顔で答えてくる。
確信犯で確定だろう。
「はいはい。今日は夜更かしせずに寝るよ」
俺も笑って、去時音に答える。
バタバタしたが、平和で楽しい朝だ。
* * *
俺は自分のクラスの扉を開け、自分の席に座る。
学校は同じだが、学年が違う去時音とは階段で別れ、それぞれの教室に向かった。
来る時間がギリギリだったので、教室にはほとんどの生徒が揃っている。
「おはよう、伊崎君。遅刻しなかったのは良かったけれど、休日明けにそこまで眠そうってことは、また夜更かしでもしていたの?」
席に座って、一段落したところで、隣の席の女子が話しかけてきた。
こいつは、斥本茜。このクラスの学級委員長で、俺と小学校からこの高校まで同じ学校なので幼馴染みということになる。
真面目な性格だが、友達思いな優しいやつだ。
「当たりだよ。今朝、去時音にも指摘されたんだ、斥本まで責めるのはやめてくれ」
「あらそう。去時音ちゃんに絞られたなら、私の出番はなさそうね」
斥本が少し残念そうにしているのは引っ掛かったが………
「ちょっと待て、俺は指摘されたとは言ったが、絞られたなんて一言も言ってないぞ」
「それはそれだけれど、あなたが言っただけで聞くとは思えないし、何か反省したくなる様なことをされたんじゃないの?」
当たってる。
長いこと関わってるだけあって、俺と去時音のことをよく理解している。
幼馴染みって肩書きも伊達じゃないってことかな。
* * *
最後の授業が終わり、チャイムが鳴る。
教室が一気に気の抜けた空気になり、今日も学校が終わったのだと、実感する。
俺は早く家に帰り、ゲームの続きをするため、帰り支度を終え、席を立つ。
「じゃ、斥本、また明日」
「ええ、伊崎君、明日は遅刻ギリギリじゃないといいわね」
「頑張るよ」
少しニヤケながらこっちを見てくる斥本に、返事をして帰路に着く。
学年ごとに終わる時間は微妙に違うし、去時音も友達と遊んだりするだろうということで、帰りは大抵別々に帰っている。
登校する時は二人で通った道を帰りは一人で通る。
何故だか分からないが、今朝二人で歩いていた時よりも、今一人で歩いている時の方が自分の中でしっくりとくる感覚があった。
「………高一の時は一人だったから、そのせいか」
俺は微かに湧いた違和感を深く考えることはせず、軽く流した。
そうしていると、既に自宅の前に辿り着いていた。
鍵を開け、中に入る。
玄関に置いてある靴を見ると、俺以外の家族は全員帰宅しているようであった。
父も母も仕事が忙しいので、基本は俺より早く帰ってはこない。
しかし、二人とも最近は普段よりも際立って忙しそうだったので、今日辺り仕事が落ち着き早く帰ってきた。というところだろうか。
俺は両親が早く帰ってきている理由を推測しながら、靴を脱ぎ、リビングに行こうとする。
不意に異様な匂いが鼻を掠める。
鉄のような、錆のような匂いだった。
そのような表現を俺はどこかで聞いたことがあるような気がした。
俺は未知の匂いに対して少しばかりの抵抗を感じながらもリビングへと近付いていく。
こびりついて剥がれない違和感が俺の体に纏わりついたまま、リビングの扉を開ける。
リビングの光景を見て、この匂いの表現をどこで聞いたことがあるか思い出した。
小説や漫画に出てくる表現だった。
人の血が大量に流れる殺人現場。
その描写でよく使われるものだ。
リビングには、床に倒れている人が二人。
誰なのかは見てすぐに分かったが、脳がそう判断するのを拒んでいる。
俺は驚きのあまり力を失っている体を動かして、二人の側まで行く。
二人のからだと周囲の床は鮮やかな赤色に染まっている。
この色は血だ。
素人からしてもここまでの出血量だとこの二人はもう助からないだろう。
俺はその二人の顔を確かめるために顔を手で動かす。
簡単に動くと思った顔を固く固定されており、動かすのに相当の力を入れる必要があった。
そうして確認した二人の顔は俺の予想を外れてはいなかった。
リビングで周囲を赤く染め上げている二人。
それは俺の両親だった。
ガタンッ!
上から大きな物音が聞こえた。
その音が二人の死という非現実的な事実から現実へと意識を引き戻す。
俺は二人の側を離れ、リビングを出る。
二人は明らかに誰かに殺されたようだった。
そして、今の物音からすると、犯人はまだこの家にいる。
しかも、二階には家族それぞれの部屋がある。その二階で音がして、去時音がいるなら、去時音だけでも救わないといけない。
リビングから出てすぐの階段を上がろうとした時、階段を降りようとしている人影が現れた。
レインコートを着ていて詳しい姿は分からないが、体の大きさからして男だということ。
そして、去時音を脇に抱えていることだけは分かった。
それを見た時、俺の心は二つの感情に塗り潰された。
「怒り」と「恐怖」
両親を殺した上に、今まさに去時音さえも連れていこうとしていることへの「怒り」
両親を殺したと思われる相手を前にして、自分も同じ目に遭うのではないかという「恐怖」
拮抗する二つの感情がせめぎ合った後、僅かに勝った「怒り」が俺の体を突き動かした。
「この野郎!!」
全速力で階段を駆け上がると共に、一度も人を殴ったことのない俺が怒りに身を任せて拳を殺人犯へと振り抜く。
「………邪魔だ」
俺の激しい感情など微塵も気にしないかのように、殺人犯は軽い蹴りを繰り出す。
その蹴りをそのまま食らった俺は、拳を殺人犯に届かせることすらないまま、階段を転がり落ちる。
転がり落ちた末に物が背に当たり、俺は座った状態になる。
階段の段差の角が転がり落ちる際に体に鋭く当たって、全身に痛みを感じる。
その痛みにもがいている内に、殺人犯は去時音を抱えて、家を出ていこうとする。
必死に体を動かそうとするが、体は言うことを聞かない。
格闘技でも習っていれば違ったのかもしれないが、帰宅部所属の高校生にはこの痛みを無視して動くことは難しかった。
言うことを聞かない体とは逆に、感情は体内で暴れ出る程に沸き上がる。
こんなことが許せるはずがない。
たとえこれが運命なのだとしても、こんな運命は俺が捩じ曲げる!
そして、それに呼応するように目が痛む。
ーーーいや、目じゃない、眼が痛む。
それを意識した瞬間、体は言うことを聞いてくれた。
座ったままだった体は、立っている。
ゆっくりと歩いていた殺人犯が俺の横を通り過ぎるところだった。
殺人犯はこちらに顔を向ける。
見えづらいながらも見えた奴の顔には、憂鬱の感情が見て取れた。
しかし、俺のことを見た瞬間、奴の感情が変わる。
「お前も所有者だったのか?」
驚きと喜びを含む奴の言葉は俺には届かなかった。
「去時音を救う」
そのことしか俺の中には存在しなかった。
俺は大きく奴の懐へと踏み込む。
体の限界まで体を捻り、力を溜める。
そして、奴の腹に目掛けて、拳を振り抜いた。
先程、空を切った拳は奴の腹にめり込み、奴を吹き飛ばす。
吹き飛ばされた奴は壁に激しく叩きつけられ、その威力は壁に無数のヒビを入れる程だった。
抱えられていた去時音は奴が吹き飛ばされた際に、落とされ、床に倒れている。
すぐに去時音の無事を確かめようとした。
しかし、再び体が言うことを聞かなかった。
さらに、今度は意識まで消えかかっている。
消えそうな意識の中で、最後に感じたものは強烈な右腕を始めとする全身の痛みと、勝利と引き換えに異物感を感じるようになった両眼。そして、微かな安堵だった。
今回も読んでいただきありがとうございました。
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