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源氏秘恋  作者: 世宇
3/22

三 若紫

 夕顔の死に追いやってもなお手放せない想いを抱えたまま私は十八歳の春を迎えた。

 廃院から戻った後の病は癒えたが、少し前から私は再び病床に戻っていた。捨て切れない恋情が原因なのか夕方になると決まって熱が出る。まじないや加持祈祷をいくら受けても、いっこうに回復しない。叶わない想いを抱えこのまま儚くなったとしても、それは定めというものだろう。桐壺帝や左大臣から届けられた薬もそのままに日々を弄していると、東宮から見舞い状が届いた。東宮という身では二条に暮らす私を見舞うのは難しいと詫びた後、(ひじり)と呼ばれる北山の名僧を訊ねるようにと流麗な手蹟()で書かれていた。淡い青の薄紙からは、ほのかに東宮の香が薫る。

 幼い頃を思い出す。臣籍に下り半月ほど経ったその日、私は東宮とともに竹取りの物語の絵巻物を眺めていた。

 十五夜の夜、天人(あまびと)たちの迎えを受けたかぐや姫は、地上でのすべてを忘れさせる(あま)の羽衣を身につけ、帝を残し月の都へ還っていく。姫は不死の秘薬を遺したが、帝は想い人のいない世を憂い、それを国で最も高い山で焼くよう命じた。月の秘薬を焼いた煙は今も天へ立ち昇り続けている。

 悲しみに満ちた物語の終わりを目にすると、やわらかな気性の東宮は、

「なよたけの姫がすべてを忘れて月に還ってしまうのは悲しいね」

 そう言って、目を潤ませた。私は懸命に東宮をなぐさめ、半月の後、絵巻物を差し出した。絵五段、詩五段のそれを完成させるために、桐壺帝の許しを得て画所(えどころ)(たくみ)たちを使い、私自身も絵筆を手にした。一段には竹の中で翁に発見される小さな姫を、次には五人の公達との騒動。三段では帝の求めを拒む姫を、続けて月への昇天を、最後の段に帝と姫を並べて描いた。五段の詩は自ら綴った。不死の秘薬を焼いた煙は月の都へ辿りつき、その煙によって姫は帝を思い出し、天を棄て地へ降り、帝と結ばれた。

 東宮は私が紡ぎ直した物語を読み終えると、満面の笑みで幾度も礼を言った。

「ありがとう、光の君。おかげでもう悲しくないよ」

 喜びに満ちた表情は今も色褪せずにこの胸のうちにある。あの頃、私たちは女房たちから「東宮さまは優美、光の君さまは玲瓏」と称賛されていた。

 年を重ね凛々しさよりも麗しさを増していく東宮に礼状をしたため、北山へ使いを送った。北山の僧から病のため山を降りられないとの返書を受け、私は親しい供を数人連れ、夜明け前に牛車で二条院を出た。


 都ではとうに散った桜が北山では盛りを迎えていた。弥生(三月)の末とは思えぬほどの満開の桜を一枝届ければ、あの人はどれほど顔を輝かせるだろう。幼い頃、咲き初めの白梅を一枝贈った時のような笑みを与えてくれるだろうか。

 聖から祈祷を受けたせいか、その日は夕方になっても熱が出なかった。このまま二条へ戻ろうと思ったが、大事を取るよう勧められ山中に留まることとした。

 日の暮れが遅い春の黄昏、私は気晴らしに外へ出た。

「このような所で絵でも描いて日々を過ごせたなら、幸せだろうね」

 景色を愛で歩きながら言えば、侍従の良清(よしきよ)が誇らしげな笑みとともに口を開いた。

「私が以前おりました播磨(はりまの)(くに)の明石の浦の景勝はこちら以上でございますよ」

 帝の皇子とされる私は都から遠く離れた明石へなど出向いたことがない。この先もないだろう。詳しく話すよう命じると、良清はやや早口に話し始めた。

「特別な謂われはない浦なのですが、不思議なほど美しい海なのです。前の播磨守(はりまのかみ)だった男などは国司であった時分に貯め込んだ財で海の近くに贅を尽くした屋敷を建て、都にも戻らず明石に暮らしているほどです。出家した身でありながら、まだ幼い娘をいつの日にか高貴な方に差し上げると息巻いて京の姫君にも劣らぬほど大切に育てているそうで、つまらぬ男を通わせるぐらいなら海に身を投げて海龍王の妃になれとまで命じているとか」

「明石の入道と呼ばれる男だろう」

「ご存知でいらっしゃいましたか」

「位を捨てて出家したことぐらいはね」

「もとは大臣の家柄で三位の中将まで登りながら位を捨て出家した上に明石に留まるなど相当の変わり者なのでしょう」

「良清っ」

 惟光が鋭く諌めた。

「惟光、私は気にしていない」

 忠義に厚い惟光に苦笑して、不安そうにこちらを伺う良清に笑いかける。

「顔も知らないが、入道は私の母の従兄妹にあたる者なのだよ」

「き、桐壺の更衣さまの(ゆかり)の方でございましたか。そうとは存じ上げず、不躾なことを。大変申し訳ございません。どうかお許しくださいませ」

「良清は私に仕えてまだ間もないし、知る人もほとんどないことだからね。私も話を聞くまで忘れていたよ」

 笑って免じたが、良清は顔色を失ったまま、もう一度謝罪をくり返す。

「本当に構わない。それにしても官位さえ持たぬ身で娘にそんな大願をかけるとは、仏道に入った者とも思えないことだな」

 明石の入道も母と同じだ。身分不相応な願いを望み、母は私を、入道は娘を犠牲にしている。

 どうしてそれほど世俗の栄華を望むのか、人の欲深さを憂いながら歩いていると、周囲より立派な僧坊があった。興味を引かれ、小柴垣へ近寄れば、十歳ほどの少女が目に入った。白髪の尼君の傍らに座し、白に山吹を重ねた衣も愛らしく似合っている。顔立ちは大人になればさぞと思われるほどに整い、その顔にはどこか見覚えがある。山深いこんな場所に所縁の者がいるとも思えないがと考え、気づく。

 藤壺の女御。少女は先々帝の姫宮で桐壺帝の寵妃である藤壺の女御に似ている。まだまだあどけないが、年を重ねれば女御によく似た美しい姫君となるだろう。

 藤壺の女御には母の異なる妹宮がいる。先々帝の五の宮でもある姫は姉に似た美貌を讃えられ、女御として東宮へ入内する日も近いと聞く。東宮はすでに幾人かの妃を迎えているが、未だ格別の情けをかける寵妃はいない。源氏の姓を賜り臣籍に下ったとはいえ先々帝の血筋であり、容色も兼ね備えた姫君であれば、抜きん出た寵愛を得ても不思議はない。

 いずれ帝となる東宮の心を得ようと姫君たちが競うその中に私は立ち入れない。けれど、もし私が藤壺の女御に似た少女をこの手で最高の姫君に育て上げ入内させたなら、東宮の愛は得られるだろうか。ふいに浮かんだ思いを抱えたまま見つめる先、上品な尼が少女の絹糸のような髪を梳いている。大人しく(くしけず)られる横顔に、私は一つの決意をした。


 聖のもとへ戻ると、折りもよくその僧坊に住む僧都(そうず)から招きがあった。私は求められるままに出向き、見てもいない夢の話を(かた)り、尼君は僧都の妹であり、亡き按察使(あぜち)の大納言の正室であったと知った。大納言は二人の間に産まれた姫を帝へ捧げるつもりで大切に育てたが、入内を叶える前に亡くなった。父を喪った姫のもとにはいつしか兵部卿(ひょうぶきょう)の宮が通うようになり、娘にも恵まれが、母となった姫は産後の肥立ちが悪くそのまま儚くなった。高貴な家柄の正室とともに暮らす兵部卿の宮は母を亡くした娘を引き取ろうとはせず、哀れに思った祖母が親代わりに面倒を見ることとなった。

 兵部卿の宮は先々帝の皇子であり藤壺の女御の同母兄(あに)でもある。似ているのも道理、少女は藤壺の女御の姪にあたる。

 思いもよらない宿縁に驚きながらも私は父宮に望まれなかった少女に関し、ある願いを僧都に告げた。仏に仕える僧はひどく驚き、丁重に断りを口にした。

 その場は引き下がったものの諦められるはずがない。必ず手に入れる。そのためになら、どんなことでもしてみせる。私は固く心に決め、少女に出逢えた喜びとともに山中での一夜を明かした。


 夜が明けると、左大臣の命を受けた頭の中将が私を迎えにやってきた。

「せっかくの花の盛り。このまま都に戻るには惜しいと思いませんか」

 頭の中将の呼びかけにより、岩陰の苔むした場所に座して桜の宴が開かれた。少なくない酒を口にしながらも酔いも見せず横笛を見事に吹き鳴らした中将が、思わせぶりな視線を向けてくる。

「何やらご機嫌麗しいご様子ですね、源氏の君」

「気のせいでしょう」

「このような山中に見所のある女人がいるとも思えませんが、色好みの貴方ですからねぇ」

「無位無官の父を持ちながら海龍王の妃になると息巻く娘の話を耳にしただけですよ」

「路傍の野花にも等しい身で海神(わだつみ)の妃を望むとは、不相応にも程がありますね。もっとも光の君なら海龍王にも劣りはしないでしょうが」

「残念ながら、その娘は明石にいるそうで」

「明石ですか。それはそれは、いくら光の君とは言え鄙びた明石までは迎えに行けませんね、惨めな都落ちになってしまう」

 言って、中将は屈託もなく声を上げて笑った。

 左大臣と正室の間に生まれた子は、中将と葵の二人だけだ。父も母も同じくする兄妹だが、兄は才気煥発で明朗な左大臣の血を、葵は気高く慎み深い母宮の血を多く感じさせる。

 夫婦となって六年、未だ心の通わない妻を思い、私は花の中で憂いを覚えた。


 都に戻ると、帰京を待ちかねていたように、左大臣から招きがあった。舅であり後見でもある相手の懇願にも近い勧めのまま、久しぶりに三条の邸へ出向いたが、葵は気分が優れないからと顔さえ見せなかった。私は一人、北山の少女を想いながら夜を明かした。

 その後も私は諦めることなく僧都のもとへ懇願の文を送り続けた。


 夏の初め、藤壺の女御が重くはないが病を得て、三条の里へ下った。

同じ頃、東宮も体調を崩し、病床に就いた。見舞いに出向いた私を東宮は褥に横になったまま出迎えた。

「急に暑さが増して、気分があまりよくなくてね」

 心配をかけまいとするように微笑みかけてはくるが、頬の線が明らかに細くなっている。おそらく食事をほとんど摂っていないのだろう。枕元に座し、傍らに控える命婦に聞けば、「干し(なつめ)をほんのお一つかお二つほどしかお召し上がりになりません」

泣き出しそうな顔で訴えてくる。

「兄君はお小さい頃のままですね」

 私が苦笑すると、困ったように笑う。

 壮健な質ではない東宮は幼い頃から暑さに弱かった。夏の初めに体調を崩すことも多く、その度に私は氷を持参し見舞いに出向いた。病が癒えると、「光の君の氷が何よりの薬になったよ」と東宮はいつもそう言ってくれた。

 私は氷を削らせ、甘葛(あまづら)をかけたものを用意させた。

「どうか一口だけでもお召し上がりください」

 金属の器に入れて差し出すが、東宮はゆるく首を振る。

「身体に力が入らなくて」

 冠をつけてはいるが、わずかに乱れた黒髪が白い肌に映え、色めいて見える。

「ご褒美を差し上げましょうか」

 言えば、不思議そうに見上げてくる。

「こちらなどいかがでしょう」

 私は持参した絵巻物を取り出た。広げると、東宮は頬を喜びに染めた。

「雀の子だ、とても愛らしい」

「猫の子もいますよ」

 描いたのは、動物や鳥たちの幼い姿だった。春の花の中で遊ぶそれらに東宮は目を輝かせ、ゆっくりと上体を起こした。

「源氏の君の絵は美しいだけでなく見ていてとても心地がいいね」

 呼び名こそ変わったが、褒め言葉は幼い頃と変わらない。微笑みを浮かべ絵に見入る横顔を見つめる。

 ただ一人を喜ばせられるようにと描き続け、私の腕は今や当代一の絵師にも劣らないと称えられている。口々に褒めそやす女房たちに同意した後、東宮は匙を手にし、氷を口にした。

「たまには病もいいね。こんな褒美がもらえるなら」

 ほどなく器を空にすると顔色も幾分よくなり、そんなことさえ口にした。

 命婦に促され褥に横たわるその胸元には絵巻物を抱え込んでいる。

「いい夢が見られそうだよ」

 穏やかな顔でまぶたを閉じた東宮に扇で風を送り、眠りにつくのを見届けて私は淑景舎へ戻った。


 少し休むと女房たちを遠ざけ、脇息(きょうそく)にもたれ、ただ一人を想う。白絹に包まれた身体を心のままに抱きしめたなら、東宮はどう思うのか。驚きはしても、寛容な東宮は私を罰したりはしないだろう。

「東宮の優しさに付け入るつもりか」

 冬の薫りが漂い、声はすぐ傍らで聞こえた。驚きもなく視線を向けると、隻眼の公達が近くに座している。

「龍神であれば、人の心を読むことも妬心を煽り生き霊とすることも造作ないのか」

「私は居所を知らせただけだ」

「そうだな。夕顔を廃院の連れ出したのも、御息所をあれほどに追いつめたのもこの私だ」

 言って、目を閉じる。夕顔に出逢う前から私の心は六条の御息所から離れていた。本当は最初から心を捧げてなどいなかった。風雅を極め、誰もが称賛する佳人を手に入れれば、叶わない想いを静められるかと思っただけだ。

 この恋を受け止めてくれた夕顔さえも、私は最期まで軽んじていた。名も身分も伝えず、脅えていると知りながら廃院に留め続けた。頼りなげな夕顔にとって、どれほど恐ろしい心地がしただろう。

 どこからかかすかに琴の音が聞こえてくる。東宮の手によるものではないとすぐに分かる。楽の才に恵まれた東宮の琴の音が、この殿舎にも時折もれ聞こえてくる。儚いまでにかすかな音色であっても、それは私にとって御所に留まる大きな理由となった。

 何をしていても誰といても、私の心は東宮に囚われたままだ。それがひどく苦しい。

「藤壺が里下がりしているな」

 ふいにかけられた声にまぶたを開く。

「ああ、一度は後宮に戻ったのに、再びの宿下がりで帝がひどくお嘆きだ」

 どこからか冷え冷えとした風が吹き込み、頬を撫でる。

「今上は藤壺を寵愛している。藤壺が皇子を産めば、次代の東宮とするだろう」

 遠くどこからか琴の音が聞こえる。

 東宮の琴の音が聞きたい。その性質そのもののようなやわらかで優しい音色に包まれたい。けれど、今、耳に届くのは人ならざるものの水底のような低い声。

「先だっての藤壺の里下がり、私は三条に出向いた」

 思いもしない言葉に驚けば、龍神がその姿を変えていく。比類なきまでに美しい貴公子が目前にいる。非の打ちどころのない端整な姿は私と同じ。けれど、瞳だけはそのままに右は閉じられ左は金色に輝いている。

「顔を伏せ、日の宮、光の君と並び称されたあの幼い日よりずっとお慕いしておりましたと偽れば、御簾の内へ招かれた。だか、折り悪く今上の使者が訪れ、触れることは叶わなかった」

 衝撃が胸を突く。未遂とは言え帝の寵妃との不義密通。万が一にも知られれば、申し開きの余地もなく死罪。私ほどの血統であっても官位剥奪の上、流罪となるだろう。

「この身の破滅を望むのか」

 問えば、ひどく楽しそうに笑う、私の顔で。

「私はお前の亡き母の望みを叶えようとしただけだ」

 白くしなやかな手が揺らめき、指先で私の顎を捉える。人ではないその肌にぬくもりはない。作りもののように整った顔が近付いてくる。

「この血に帝位を、それがお前の亡き母の非願」

 まつげさえも触れあうほどに近く囁かれた。

「……私に藤壺の女御と契れと言うのか」

「光の君と日の宮の皇子であれば、この世の輝きのすべてを集めたかのごとき子となろう」

「生まれながらに罪を背負う悲しい子だ、この私と同じように」

「亡き母を哀れに思わぬのか」

「愚かと思うだけだ」

 桐壺帝に父としての親しみを感じたことはない。それでも亡き寵妃の忘れ形見として私を慈しんでくれる養い親を裏切れるはずもない。何より東宮にとっては敬愛する父だ。私が藤壺の女御と通じたと知れば、どれほどの衝撃を受けるだろう。

「今上はお前を臣籍としたことを今も悔いている。藤壺がお前に似た皇子を産めば東宮にと望むだろう。皇子が産まれぬなら、お前自身が皇籍に戻ってもいい。今なら左大臣の後見がある上、折りよく東宮は病を得ている」

「東宮に仇なすつもりかっ」

 湧き上がる怒りに任せ、扇で指を打ち払い、立ち上がった。見下ろせば、自分と同じ顔がどこまでも美しく笑う。

「道は二つに一つだ。父としてお前に選ばせよう。自ら帝となるか、我が子を帝とするか」

「東宮の死か藤壺の女御との密通か、どちらかを選べと言うのか」

「どちらも選べぬなら、もう一つの道を与えよう」

 龍神がゆっくりと立ち上がる。同じ高さにある金色の瞳は満ちた月のように輝かしい。

「我に龍珠を。それがあれば、私はこの双眸さえもお前と同じに変えられる」

 作りもののように美しい手を伸ばされる。扇で強く打ち払ったはずなのに、その肌に傷痕は何一つ見当たらない。

「お前にとって守るべきただ一人はもう決まっているのだろう」

 私は答えの代わりに、神の掌中に白銀の宝珠を落とした。龍神を父としながら帝の皇子と偽る私は、産まれながらに罪人だった。そして、今、新たな罪を自ら重ねた。


 その夜、帝に召され、私は管絃の宴に列席した。宴席の最中、気分が良くなったからと東宮が姿を見せた。

「源氏の君の琴を聴いたら、戻って休むから」

 請われ、私は桐壺帝から教えを受けた(きん)の事を奏でた。

 何も知らない笑顔が眩しく、宴の後は眠れぬままに朝を迎えた。龍珠はいつの間にか傍らに戻っていた。


 三月(みつき)近い時が過ぎた夏の終わり、私は藤壺の女御の懐妊を知った。私と同じく龍神を父としながら帝の皇子として産まれてくるのはきっと弟なのだろう。


 秋の初め、藤壺の女御の妹宮が東宮のもとへ入内した。帝を父としながら更衣腹であるがゆえに臣籍に落とされた姫は入内により皇籍を取り戻した。東宮の女御となった顔も声も知らぬ姫を私は秘かに憎んだ。

 冬が近づく中、北山の尼君が亡くなった。少女とともに尼君を弔い、私は願いを叶えた。

 父である兵部卿の宮の迎えより早く、二条院の西の対に迎え入れ、若紫(わかむらさき)という呼び名を与えた。乳母として若紫に仕えていた少納言はよくできた女房で、そのつてを辿り、口が堅く信頼のおける女房たちを集めた。和歌や書、和琴に香の調合、容姿だけでなく何か一つ抜きんでた嗜みを持つ女房たちに、私は若紫を二条院の一の人として扱うよう命じた。


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