32話 まるで菩薩だ。
そっとお婆さんの方を見る。目が合った。皺を深くして、にっこりと微笑んでいる。お婆さんは占い師であるらしい。紺色の布をかけた台の向こう側で、ちょこんと座っていた。
「運命」と書かれた小さな行燈が台の上で、ぼんやりと光っている。「運命」の隣には、黒いマジックペンで雑な手書きの文字が添えられていた。500円。
あまりにも安いッ! 安すぎるッ……! 神社のおみくじに毛の生えたような金額で、占ってもらえるらしい。雑な手書きの文字が、私に妙な安心感をもたらしていた。
500円の文字に吸い込まれるようにして、お婆さんの前に立つ。そろりと差し出された紙に、生年月日と名前を書く。「ほうほう」と言いながら、お婆さんはパラパラと古めかしい本を捲っていた。
「手相も拝見いたします」とのことで、私は両手を開いて見せた。お婆さんは微笑みを絶やさない。まるで菩薩のようである。
「あなたは、自分よりも他者のためにがんばることができる人のようですね。親切で優しい星をお持ちだから」
占いが始まった瞬間。当たっているか、当たっていないか。どうでも良いことのように思われた。お婆さんは今、変化したのである。私にとって私のことを褒めてくれる数少ない貴重な人へと……。占いが続く。
「根の部分には、向上心もお有りになるようです。もっと人の役に立ちたいとも思っていらっしゃる」
向上心あったっけ? と首を傾げたくなったが、自分を客観的に見ることは難しい。怠惰な生活の根の部分に、ちっぽけな向上心がないとも言い切れなかった。とにかく、このように私と向き合ってくれる方は稀有な存在だ。深く感謝して、私はお婆さんに歩み寄った。
「そうなんです。人の役に立つためには、どうすればいいのでしょうか」
「今は、現状維持の星が出ておりますね……。重要なことは、運命に逆らわないことです。何があっても途中で物事を投げ出さず、流れに身を任せてください」
何も特別なことをする必要はない、という風に聞こえた。耳触りが良い。ひどく感銘を受けてしまう。これ以上、素晴らしいことはないように思えた。「ただ、」とお婆さんは言葉をつけ足す。
「ただ、身の回りに余計なものが多すぎるようですね。運気を上げたければ、お部屋のお掃除からなさってください」
「………」
的確なアドバイスによって、占いが締め括られた。最後の言葉は当たっている。終わり当たれば、全て良し。やっぱり掃除はしないかもしれないが、占いの満足度は高い。晴れやかな気持ちで、私は500円を支払う。「ありがとうございました」
「あの、倉橋さん……?」
不意に名前を呼ばれて、私は振り向く。ミニマムな女の子が立っていた。古賀の彼女である。




